「新しい音楽の発見」をテーマに、Spincoasterが今、注目しているアーティストにスポットライトを当てる音楽イベント、“SPIN.DISCOVERY”が3月4日(日)、表参道WALL&WALLにて開催された。
6回目の開催となる今回は、近年国内外で大きな盛り上がりをみせる「ヒップホップ」をフィーチャー。しかし、ひとくちに「ヒップホップ」と言っても多種多様。世界中で様々に枝分かれ、進化、細分化が進む同ジャンルなだけあり、今回イベントに招聘した4組の音楽性、スタイルももちろんそれぞれ大きく異なるが、彼らに共通しているのは、とりわけフレッシュな感性を感じさせるアーティストだということ。
今回は、そんな新世代アーティストたちが鎬を削った、白熱の一夜をレポートする。
Text by Takazumi Hosaka
Photo by Junichi Kamada (Except for Spincoaster Logo)
Scarf & the SuspenderS
一番手として登場したのはMC 前田拓也 a.k.a. スカーフを率いるScarf & the SuspenderS。初っ端からギター・ドラム・ウッドベース・シンセを連れた生音ヒップホップ・バンドだ。即興性の高い4人の演奏が始まり、少しだけ遅れて絶妙にセットアップを着崩したMC 前田拓也 a.k.a. スカーフが登場――ステージの幕開けだ。
瑞々しい鍵盤の音色に唸るウッドベース。まだ夕方にもかかわらず、まるで真夜中のジャズ・クラブ、もしくはパブを想起させるような、艶やかな世界が一気に広がる。
「おれは“最高”のことをしつこいくらい“コイサー”って言ってるんですけど、それだけでも周知させていきたいと思います」と前田が語るとおり、次々と放たれていく「コイサー・ミュージック」の数々。前田の変幻自在のフロウは、まるで楽器の一種類のようにバックの演奏に溶け込み、5者によるスリリングなセッションを繰り広げる。彼らのデビューEP『Invitation』からも数曲を披露。途中には何も決めず、お客さんから演奏を始める順番を指示してもらい、完全な即興演奏も行うという、まさしくこの日、この場でしか見れないライブの真髄を見せつけてくれた。
アンセミックかつメッセージ性の高い新曲「からっぽ」からの「K.I.K.E」でフィニッシュ。
ソリッドな演奏時と、MCでの砕けたキャラクターとのギャップも含め、初見のオーディエンスにも強いインパクトを残したのではないだろうか。
Taeyoung Boy
続いてステージに現れたのは、急速的に注目を集める若きラッパー・Taeyoung Boy(テヤン・ボーイ)。自身もラッパー/ビートメイカーとして活躍するyouheyheyをDJに従え、初っ端から4月にリリース予定だというDroittte(ドロワット)との連名名義でのアルバムから、「Fault」をドロップ。メロウな音源とは異なり、ライブではエモーショナルなパフォーマンスでオーディエンスを圧倒する。メロディアスなフロウはそのままに、つんのめり気味なラップには力が込められている様子が伝わってくる
また、Droittteが手がけた先鋭的なビートを自在に乗りこなすのも新世代ならではのセンスを感じさせる。「ライブで初めてやる曲ばっかなんです」とのMC通り、昨年リリースした5曲入りEP『Vipassana』からも「Suga」1曲を披露したのみ。新曲群はLAの〈Soulection〉界隈や、韓国のGroovyRoom、そして彼らも参加する〈H1GHR MUSIC〉辺りともリンクするような、ウェットかつ洒脱なトラックが印象的で、国内ではあまり類を見ないそのセンスには、改めて目を見張るものがあった。
SUSHIBOYS
そして、本イベントの3組目は昨年一気にブレイクを果たしたSUSHIBOYS。1曲目の「遊園地」から一気に彼らの空気感で会場を上塗りしていく。「WALL&WALL、ぶっ壊そうぜ!」というアツいMCを放ったと思えば、「いつもおれたちは会場をぶっ壊そうと思ってやってるんですけど、未だに一回も壊れたことないんで(笑)、今日はみなさんで協力して壊していきましょう!」と、笑いを誘う辺りが実に彼ららしい。
ユニークな題材とリリック、そしてポップでトリッキーなトラックとは裏腹に、スキルフルなラップと安定したパフォーマンスは、まさしく彼らが昨年様々な現場で積み上げてきた経験値の賜物だろうか。
ボイス・サンプルが華やかかつソウルフルな雰囲気を演出する「軽自動車」、「ブルーハワイ」、トラップをキャッチーに昇華した「ダンボルギーニ」、「ママチャリ」など、人気曲を立て続けに投下し、会場の空気をグングンと上げていく。途中、Farmhouseの高速ラップを軸とした「ママチャリ」が、次に出るミニ・アルバムでエビデンス、サンテナの2名のバースも加えたリミックスVer.が収録されることもアナウンスし、ファンを湧かせた。
最後は今年に入ってからリリースされた、彼らの新機軸とも言えるシリアスな一曲。「なんでもできる」で終幕。この無敵感溢れるパフォーマンスを目の当たりにすると、その言葉通りこの3人ならば本当に「なんでもできる」のではないかと、そんな思いを抱かされる。
glitsmotel
いよいよ4組目。今回のトリを飾るのは、北海道出身・現在は全国を徒歩で旅する異色のラッパー・HANGと、昨年シーンを横断するような活躍ぶりをみせた、沖縄出身の唾奇からなるglitsmotelだ。ユニットとしての都内でのライブはまだまだ貴重。彼らのライブが目当てで会場に足を運んだ人も少なくないのではないだろうか。
転換も早々に終え、唾奇によるアカペラでのラップからHANGが加わり「i Believe」でライブは幕開け。バックのDJを務めるのはビートメイカー/MPCプレイヤーのhokutoだ。
熱量の高いフロウを武器とした、フリーキーなスタイルのHANGと、抑制されたスタイルながらも、その奥底にはHANGと同様の熱を感じさせる唾奇。この両者の対比はまるで計算され尽くされたかのようなクオリティの高さを感じさせる。
「SUSHIBOYSがWALL & WALLをぶっ壊したので、おれらglitsmotelは直しにきました(笑)」と、唾奇。ユニット名の由来となったコラボ・アルバム『glitsmotel』からの曲を中心にしながらも、hokutoの1stアルバム『AMATEUR RHYTHM』からの「Cheep Sunday feat. 唾奇」や、唾奇のソロ作『道-TAO-』から「今日はチコはコレないんですけど」のMCと共に披露された「Let me Remix (feat Chico Carlito) prod.Sweet William」では、その言葉を裏切りChico Carlitoがステージへ登場。嬉しいサプライズとなった。
HANG、唾奇からなるこのglitsmotelの楽曲に通底するメッセージは、実はシンプルなもののように感じられる。遊びの延長線でやり始めた音楽を、そのまま続けようといったこと。そして、そんな単純で簡単なことが、何よりも難しいことだということも本人たちは痛いほど実感しているのだろう。「ame。」での「お前飛ぶならハナから話しかけんなよ」というパンチラインは、言葉通りの意味もあるだろうが、逆説的に「お願いだから飛ばないでくれ」という切実な願いが込められているように感じられてならない。
唾奇の「Soda Water」やHANGのアルバムに入る曲だという「Go」など、それぞれのソロ曲も披露。中でも、現在活動休止中のThe bluesonicsというユニットしてのキャリアを持つHANGが簡素なピアノをバックに乗せたフリースタイルは、間違いなくこの日のハイライトのひとつだろう。そこには打算や利己心のないリアルな本音が綴られていた。
唾奇がMCで「ここにいる人、全員の明日が晴れることを祈ってる。声枯らすぜ」と放ち、最後は「道-TAO-」で大団円。フックではオーディエンスが大合唱が巻き起こり、そこには有終の美を飾るに相応しい景色が広がっていた。