SSW/プロデューサーの春野がニュー・シングル「Paris feat. YELLOW黃宣」を7月19日(水)にリリースした。
今作は予てより春野がファンだったという台湾のアーティスト・YELLOW黃宣(イエローホアンシュエン)を迎えた、国境を越えたコラボ作。メロウでスムース、そしてミニマムに削ぎ落としたサウンド・プロダクションといった春野のひとつのシグネチャーを感じさせつつ、YELLOW黃宣のボーカル、メロディも極自然な形で溶け合っている。
5月にリリースした1stアルバム『The Lover』で、自身の新たな側面も提示した春野と、これまでに台湾のグラミー賞と呼ばれる「金曲奨(Golden Melody Award)」や、よりインディペンデントなアーティストにフィーチャーした「金音創作獎(Golden Indie Music Awards / GIMA」といった音楽賞を受賞してきた実力派、YELLOW黃宣。2人の共作の背景を紐解くべく、今回はそれぞれへ行ったインタビューをお届けする。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo(春野) by 遥南碧
「怪天氣」で受けた衝撃、YELLOW黃宣との出会い
――春野さんとYELLOW黃宣との出会いを教えてもらえますか?
春野:Spotifyで色々なエリアのチャートやプレイリストなどをチェックして、新しい音楽やアーティストをディグるのが趣味というか日課になっているんですけど、そこで一際惹かれたアーティストのひとりが黃宣でした。同じく台湾のSSW・9m88とのコラボ曲「怪天氣 Strange Weather」を聴いたときに、当時自分がやりたかった音楽のひとつの答えみたいなものが見えた気がしたんです。
春野:かなり削ぎ落としたサウンド・プロダクション、ボーカルの息遣いやニュアンスなどなど、そういう部分にすごく魅力を感じて。それから台湾のシーンにもとても興味を持ちました。
――春野さんから見た黃宣の魅力というのを教えてもらえますか?
春野:何て言うんだろう……大別すればソウルやR&Bに入るような曲が多いんですけど、いわゆるポップス的な解釈とは異なるサウンドだと思うんですよね。彼が率いているバンドのYELLOWも純粋なロックではないというか。ハード・ロックのようなギターも飛び出すけど、それは純粋にひとつの音色として使っているだけな気がして。ちょっとオリエンタルな雰囲気もあるし、ポップスとして捉えたときにわかりやすいかわかりにくいかでいうと完全に後者だと思うんです。でも、だからこそ惹かれるというか。
春野:黃宣が日本向けのインタビューで常田大希さんのことをリスペクトしてるって語っていて、すごく納得しました。やってる音楽はかなり違うけど、僕も常田大希さんに対しては次元がひとつ違うなっていう畏敬の念を抱いているので。
――今回のコラボに際して、春野さんからコンタクトを取ったんですか?
春野:はい。黃宣だけじゃなくて、僕は好きなアーティストを見つけると何かしらの手段で連絡を取ってみたくなるんです。それはただの一方的なラブレターのようなものなんですけど(笑)。これまでコラボや共同制作した方々……シンくん(Shin Sakiura)やyamaさん、佐藤千亜妃さん、phritzさんなどなど、全部僕からコンタクトを取っていますね。
黃宣の場合はマネージャー経由で連絡を取ってもらいました。それが実は1年半くらい前のことで、EP『25』(2022年)の制作中に共作のオファーを承諾してくれて。ただ、そこから完成させるまでに長い時間がかかってしまったんです。
――ということは、brb.とのコラボ曲(EP『25』収録曲「cash out feat. brb.」)と同じくらいの時期だったのでしょうか。
春野:brb.の方が少し早かったかな。ちょうどアジアの音楽に目を向け始めたタイミングだったんです。
――アルバム『The Lover』より前に制作された曲なのかな、というのは個人的にも感じたポイントでした。どちらかというと初期の頃の春野さんの雰囲気があるというか。
春野:アルバムよりも『25』に近い感じがしますよね。やっぱり聴いている音楽によって自分の趣味趣向も変わってくるし、自分がポップスを見る角度みたいなものが変化する気がしていて。制作の時期が被っていたので、アルバムに収録しようかなとも考えたんですけど、結果的にはシングルとして切れてよかったなと思っています。
――「Paris」の制作において、黃宣とはどのようなやり取りをしたんですか?
春野:一度オンラインで打ち合わせをして、どういう音楽が好きか、みたいな話をちょっとして。僕は「怪天氣」を聴いて衝撃を受けてから、黃宣と一緒に作るならこういう感じっていう確固とした方向性があったので、それをお伝えしました。
言語の壁もあるし、ハードルの高さも感じつつ、僕としては「やってやるぞ」っていう感じでかなり気合いが入っていて。まずはワンコーラスだけのデモをいくつか作ってお投げして、黃宣にその中からひとつ選んでもらいました。そしたら僕が仮で入れてたメロディを拾ってくれて、完成版でいう2番のヴァースとプリコーラス部分まで、ほとんど今と変わらない状態で入れて送り返してくれたんです。
――そこから広げていったと。
春野:はい。ただ、黃宣の歌がすごくよかったのと、リリックの解像度って言うんですかね? それが僕の書くリリックよりくっきりしている気がしていて。そのテクスチャーを合わせるのが難しくて、時間がかかってしまいました。
黃宣が入れてくれたヴァースを2番において、同じメロディで僕も歌うっていうシンプルな構成も考えたんですけど、何かしっくりこなくて。色々とこねくり回した結果、1Aと1B、2Aと2B、全部違うメロディという形にして、どうにか着地させることができました。だから……コラボレーションではあるけど、後半はずっと自分自身と向き合っていた感じなんです。
――黃宣に伝えた“方向性”という部分について、もう少し具体的に教えてもらえますか?
春野:すごく抽象的なんですけど、廃れたモノの中にこそ美しさがあるんじゃないかなっていうことを、丁寧に書きたかったんです。それに対してのひとつの解を黃宣が先に出してくれた。なので、僕は彼のリリックを包み込むようなアプローチになったのかな。元のアイディアをぐいっと引き伸ばして、その端の方を切り取ったような形というか。
――パリという地名には何か思い入れがあるのでしょうか。
春野:「Angels」という曲でも《そして遠い国へ向かった》って歌っているんですけど、物理的にすごく距離が離れているところって、言ってしまえば天国みたいな感じがするんです。自分にとっては架空の場所みたいに思えるというか。今回のパリ(Paris)も、今いる場所からかけ離れたところという漠然としたイメージでタイトルに冠しました。なので、そこに特に深い意味合いはないんです。
春野:僕にとって黃宣のリリックは情景描写として完璧だったから、同じようなリリックを目指すというよりは、僕は少し寄り道をさせたかった。捉えようのない情報をたくさん散りばめて、そん中にひとつだけ伝えたい核心を入れ込むような感覚。そこから黃宣のヴァースに行くっていう形の方が綺麗だなと。……言いたいことは色々あるんです。でも、敢えて強く伝わるようにはしなかった。
――確かに春野さんのリリックは抽象的ですが、出だしの《君がいなくなった Paris》というラインはかなりドキッとするというか、一気に引き込まれます。
春野:いつも仮歌の段階では鼻歌だったり、めちゃくちゃな英語で歌ってるんですけど、あのラインだけ仮歌のときから入ってたんですよ。ほとんど無意識で歌っていたというか。その言葉に気づいたときに、タイトルも「Paris」でいこうって決めました。
――サウンド面についてもお聞きしたいです。デモの段階から今のミニマルなR&B〜ネオソウル・ライクなトラックだったのでしょうか?
春野:最初に黃宣に送ったデモは色々なパターンがあって、BPM遅めのハウスやもっとパキッとしたAORっぽいのだったり。そこから黃宣が選んでくれたのが、メロディアスなR&Bっぽいトラックだったんです。ただ、結局はそのデモもBPM以外は全て変えちゃいましたね。
最初はドラムマシンとナローなパッド、あとはちょっだけセクシーなギターが入っているっていう、もっと「怪天氣」に引っ張られた感じだったんですけど、同じことをやってもなって思い、色々なことを試しました。それこそハウスっぽい音を入れてみたり、いわゆるシティポップと言われるようなジャンルに落とし込んでみたり。ただ、黃宣のリリックが現代的だったので、そこにぶつけるなら“いなたい”トラックの方がいいだろうということで、今の形になりました。
――個人的には特定の時代感がない、普遍的な印象を受けました。各音色も生っぽく響いて聴こえてきます。
春野:ドラムは打ち込んでるんですけど、おっしゃる通り生演奏の質感を出したかったので、ギターは以前も弾いてもらったHISAさんにお願いして、ベースも自分で弾いています。このために練習しました。
ただ、生感は出してるんですけど、完全に弾き切っているわけではなくて。セクションごとにエディットしたりしています。どうしても拍の頭でキチッと揃えたくなるというか。やはり僕はプレイヤーではなくプロデューサー気質なんだなと。
受け手に寄り添う音楽を──春野の次なるムード
――春野さんが台湾やシンガポールといったアジアのシーンに惹かれるのはなぜだと思いますか?
春野:言語が大きいと思います。自分にとって全くわからない言語でコミュニケーションを取っている人がいるっていうのが、何か美しくて、同時に恐ろしくもあって、めちゃめちゃ興味が湧くというか。
あとはやっぱり音ですよね。台湾の方たちの言葉は日本語にも通ずる部分もあるけど、子音が前に出ていて、やっぱり響きが全然違う。そこに起因するリズムの取り方や、音価の美しさに純粋に惹かれますね。
――日本とも欧米とも異なる音の気持ちよさを追求したいというか。
春野:そうですね。やっぱり僕はプロデューサーなので、まずは音楽的な探究心が先行してしまいます。昔はJ-POPやアメリカのチャートばかり追いかけていたんですけど、近年ではそれこそ韓国の音楽ばかり聴いていた時期もあって。当然自分で作る音楽もそこに引っ張られるけど、日本語のリリックでは上手く埋められないメロディっていうのも出てくるんです。そういうときに、自分の知らない言語に対しての興味と漠然とした憧れを抱いてしまうんですよね。
――自分の知らないもの、未知のものに惹かれる性質があるのでしょうか。
春野:自分の枠みたいなものを常に押し広げていきたいとは思っています。新しい知識を取り込んだり経験をして、より豊かな人間になりたいなって。例えば新しい洋服に袖を通したり、いつもとは違うメイクをしたり、行ったことのない場所に出かけてみたりすると、人としての深みが増すと思うんです。僕はそれを音楽でやっているイメージ。もちろん自分の好きな音楽をみんなに知ってもらいたい、広めたいっていう気持ちもあるけど、どちらかというと自分のためにやってるんだなって、このインタビューを受けていて実感しました(笑)。
あと、ぼくは後先を考えずに行動する方が性に合っていて。言葉も喋れないのにbrb.や黃宣にコンタクトを取ったのもそうだし、とにかく動いてみる。外に出てしまえばどうにでもなるというか、そういう心持ちで今後も新しいことに挑戦していきたいですね。
――今作「Paris feat. YELLOW黃宣」はアルバム『The Lover』以前から着手していたとのことで、次の一手が実質的な春野さんの最新ムードになるのかなと思います。これまで出してこなかった側面も包み隠さずに表現したアルバムを経て、次はどのような作品を作りたいですか?
春野:これまで色々な方にインタビューをしてもらって、その度に「自分のために音楽を作っている」って力強く言い切ってきたんですけど、『The Lover』を作り上げて、“自分のため”というコンセプトみたいなものが一区切りついたのかなっていう感覚があって。もちろんまだまだやれることはあるし、一生満足はしないと思います。ただ、自分の次のフェーズとしては、もっと相手のことを考えて作ってみたいんですよね。
――“相手”というのは受け手、リスナーのことですよね。
春野:はい。これまでの作品は自分、もしくは特定の人に向けた、言ってしまえば届かないラブレターみたいなものだったんですけど……僕ももう27歳ですし(笑)、同じことをずっとやり続けるよりは、もっと前を向いた方がいいのかなって。プロデューサーとして音楽的なスキルは磨きつつ、もっとポジティブに前進していきたいですね。
――これからの活動、すごく楽しみにしています。曲は引き続き作っていますか?
春野:作り続けていますね。ただ、マネージャーからは「少し休みなさい」と言われていて(笑)。ちょうどパスポートも取ったし、大きいスーツケースも買ったので、どこかに逃避行にでも行こうかなと。
――いいですね。
春野:自宅がスタジオになってるので、家にいると24時間仕事のことばかり考えちゃうんです。家から離れて余暇もしっかりと楽しめるようになったら、より豊かな人間になれるんじゃないかなって。
あとは旅先とかで作曲してみたいんですよね。いつものスタジオとは違う環境、それこそ海が見える窓際でノートPCを開いたりして。そうやってできた曲をリリースすることができたら、春野としての成長を実感できるんじゃないかなって思います。
INTERVIEW:YELLOW黃宣
――春野さんから連絡がきたとき、どう感じましたか?
YELLOW黃宣:最初は少し驚きました。春野さんは「怪天氣」という楽曲がきっかけで私のことを知ったらしいのですが、実はあの楽曲は私のディスコグラフィの中では珍しいタイプの作品なんです。そんな楽曲が色々な人に聴かれて、愛され、その上春野さんのような素晴らしいアーティストからコラボレーションのお話をいただくきっかけになるなんて、とても嬉しく思います。音楽には国境がないということを強く実感しました。
――9m88とのコラボ曲「怪天氣」はどのようにして生まれたのでしょうか。
YELLOW黃宣:この曲は何気ない午後にデモを生み出しました。当時はウォン・カーウァイ監督の映画『2046』に出てくる「全ての記憶は涙で濡れている」という台詞をベースに、都会の情緒の煌めくの感じを描きたかったんです。偶然、親友である9m88にデモを聴かせたら、歌詞をスラスラと書いてくれて、今のバージョンが生まれました。
――春野さんの音楽に対する印象を教えてください。
YELLOW黃宣:癒やし、爽やか、穏やか、ゆるやか、洗練された上質感……そしてグルーヴィー!
――春野さんからデモがいくつか送られてきたとき、すぐにメロディや歌詞が浮かびましたか?
YELLOW黃宣:デモ音源を聴いたとき、上品かつクラシカル、それでいて華やかさもあるアレンジが広がっていて、想像の余地を与えてくれるトラックだなと感じました。私のリリックは深夜、近所の河川敷公園に車を停めて書いたことを覚えています。「幸せは必ずしも全身全霊で感じる必要はない。一人でも安らぐ美しさを持つことはできる」──心の奥の気持ちをまっすぐ表現したかったんです。
――「Paris」のテーマについて、春野さんは「廃れたものの中にある美しさ」と語っていました。このテーマについて、あなたは何を感じましたか?
YELLOW黃宣:春野さんはとてもスマートだと思いした。私はパリに行ったことがないので、想像にすぎないのですが、だからこそほどよい距離が生まれて美しく感じる。人間関係に近いかもしれませんね。ハハハ。これはあくまでも個人的な見解です。
――もし、春野さんと再度コラボするなら、次はどのような曲に挑戦したいですか?
YELLOW黃宣:レゲエ!
――他のインタビューで、お気に入りのミュージシャン、もしくは影響を受けたアーティストとして常田大希、cro-magnon、久保田利伸など、日本のアーティストの名前を挙げていました。日本の音楽やカルチャーとの接点を教えてください。
YELLOW黃宣:実は幼い頃から中華圏以外の音楽をたくさん聴いていたんです。最初のきっかけは母が好きだった日本のテレビ・ドラマ。そこで流れてくる音楽に興味を持って、その後はレコード屋に通ってディグるようになりました。最近では雑誌やインターネットを通じて、日本のポップ・カルチャーをリアルタイムで情報収集しています。
――他にコラボレーションしてみたい日本人アーティストはいますか?
YELLOW黃宣:コラボレーションの範囲をより広げて、長瀬智也とバイクに乗りたいです。
――2021年にリリースしたアルバム『BEANSTALK』から、ハイクオリティなMVの発表が続いています。今後も映像作品には力を入れる予定でしょうか?
YELLOW黃宣:もちろん。映像コンテンツは楽曲への没入感を高めてくれるから、今後も色々な工夫をしていきたいと考えています。
――今後の活動について教えてください。何か計画していることはありますか?
YELLOW黃宣:想定外のことが起きないかぎり、新しいアルバムを年内にリリースする予定です。バンド・メンバーと共に、引き続き皆さんを楽しませることができればなと。
――そういえば、あなたは以前、日本のフェス『SUMMER SONIC』にも遊びに来たことがあるそうですね。今後日本に来る予定はありますか?
YELLOW黃宣:はい。来年、新作を携えて日本でライブをできたらなと考えています。楽しみにしていてください。
Translation by 柯 珈瑀 Rise Ko
【リリース情報】
春野 『Paris feat. YELLOW黃宣』
Release Date:2023.07.19 (Wed.)
Label:Victor Entertainment / Suppage Records
Tracklist:
1. Paris feat. YELLOW黃宣