Sion(シオン)の歌声は、聴く者の心を瞬時に捉える。繊細さと力強さを併せ持ち、予測不能なボーカルワークで楽曲に命を吹き込むそのスタイルは、まさに唯一無二だ。
韓国にルーツを持ちながらもドイツで生まれ育った彼は、幼少期から音楽に親しんできた。人気音楽競演プログラム『The Voice』ドイツ版で最年少ベスト4進出を果たし、デビュー前からその驚異的な歌唱力で注目を集める。その後、シンガー、ソングライター、プロデューサーとして多方面で才能を発揮。ボーカルだけでなく楽器演奏まで手がけ、マルチに独自の音楽世界を築き上げてきた。
2024年にリリースした最新EP『sociavoidance』では、Sionが得意とするジャズ、ポップ、R&Bに加え、電子音楽の要素を取り入れ、多様なジャンルを巧みにブレンド。これまでのスタイルを昇華させながら新たな方向性を切り開いた。類まれな歌声と独自の音楽性で国内外のリスナーを惹きつけ、昨年開催したヨーロッパツアーも大盛況に終えたばかりである。
そして2025年2月、日本での初単独公演を大阪・PLUSWIN HALL OSAKAで開催。初めて日本のステージに立った彼は何を感じたのか。これまでの音楽活動を振り返りながら、日本のリスナーへの想いや今後の展望を語ってもらった。(Akari Hiroshige)
Interview & Text by Akari Hiroshige(BUZZY ROOTS), Takazumi Hosaka
Interpreter:Asumi Kajisaki
Photo by Sean.D
クラシックからポップミュージックへ。Mommy Sonとの出会いと韓国移住の経緯
――ドイツで韓国人の声楽家のご両親のもとに産まれ、現在は韓国を拠点に音楽活動を行っているとのプロフィールを拝見しました。音楽を始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
Sion:5歳からピアノを習い始めました。知り合いに大学で音楽を教えている方がいたんですけど、その方が「教えたい」って言ってくださって、13歳くらいからクラシックピアニストを目指して本格的に練習していました。ただ、コンクールに出たり、いい成績も取ったこともあるんですけど、続けていくうちにクラシックに対して「何か違うな」というか、違和感みたいなものを感じるようになってしまって。最初は楽しくて弾いていたピアノも、大会に出るたびに負担に感じるようになったり、ちょっと辛くなってきてしまったんです……。
親とも相談して、一度ピアノを辞めることにしました。それから少し経って、大学1年生くらいのときにもう一度音楽をやりたいなと思ったんですけど、今度はクラシックではなく、もっとポップな音楽をやりたいなと思ったんです。
――2020年に放送された『The Voice of Germany』シーズン10にて、「韓国人初」「最年少4強進出者」として注目を集めました。Sionさんの音楽キャリアを切り開く上で重要なターニングポイントになったのでは、と想像します。この番組に出演したきっかけを教えて下さい。
Sion:親に「ポップミュージックをやりたい」と伝えたら、「こういう番組があるから、出てみれば?」って勧めてくれて、それで出演することになりました。最初から上手くいくとは全然思ってなかったんですけど、とりあえず経験してみようということで応募して。結果、運良くベスト4まで上がることができて本当に嬉しかったです。
今振り返ると残念に感じる点も多いのですが、この番組を今の事務所の社長(レーベル〈Beautiful Noise〉を主宰するラッパーのMommy Son/마미손)が見て、連絡をくれて。それで韓国に移って、音楽活動をすることになりました。なので、ターニングポイントになったのは間違いないですね。
――同番組ではJojiやPost Maloneなどをカバーしていましたが、そういったアーティストの作品は以前から聴いていたのでしょうか。
Sion:Post Maloneは番組からのレコメンドもあってカバーさせてもらいました。Jojiの楽曲はそれ以前から好きで聴いていて、番組収録前のオーディションでも歌って、いい反応をもらったということもあり、番組内でも歌わせてもらいました。
――Mommy Sonさんとどのようなやり取りを経て、韓国へと拠点を移すことになったのでしょうか。
Sion:やり取りをする前から私が社長(Mommy Son)のInstagramをフォローしていて、投稿に対して「いいね」などリアクションをしていたんです。私のアカウントに認証マークが付いていたこともあって興味を持ってくれて、投稿もチェックしてくれて。それで『The Voice』に出演したことも知ってくれて、私のキャラクターも気に入ってくれたこともあって、「一緒に曲を作ろう」って提案してくれました。
そのときに「デモを送ってくれる?」って言われて、デモなんて1曲もなかったんですけど、「ちょっと整理してから送ります」って返して。そこから3日間ほど徹夜して12曲くらいのデモを作って送りました(笑)。
それまで曲作りなんてしたことはなかったんですけど、急ごしらえした音源を社長が気に入ってくれて。それで契約することになりました。
――その12曲のデモの中から、リリースに至った作品はありますか?
Sion:そのときのデモは本当に急ごしらえだったので、リリースに至ったものはないですね。ただ、韓国に移って初めて社長と一緒に作業したときに作った4曲のデモは、最初のEP『love』(2022年リリース)としてリリースされました。
日本のカッティングエッジなアーティストからの影響
――活動初期からEBS『Space Sympathy(スペース共感)』、SBS『Sing Forest(シングフォレスト)』といったテレビ番組やYouTube企画への出演も多かったように思います。そういったメディア露出はあなたの活動を加速させたと思いますか?
Sion:テレビの影響もあると思いますが、個人的にはDF(韓国の人気YouTubeチャンネル「Dingo Freestyle」)への出演が大きかったと思います。最初は(ラッパーの)BIG Naughtyが「一緒に出よう」って言ってくれて出演したんですけど、その回がたくさん再生されて。その後にもう一度出演したら、さらにそれを上回る勢いで再生されました。そこで多くの人に知ってもらえたのかなと。
――順風満帆に見えるSionさんの音楽キャリアですが、挫折を感じた経験はありますか?
Sion:音楽活動を始めてから割と早い段階で注目してもらえたのはありがたかったのですが、その一方であまり準備期間を取れなかったとも思っていて。作品をリリースする度に、「ここはもっとこうすればよかったな」と思うことがあります。しっかりと自分の音楽スタイルを確立してから活動していれば、そういうことは少なかったのかなと。
――現在の音楽性、サウンドスタイルに至るまでに影響を受けたアーティストなどはいますか?
Sion:作品毎に変わってしまうんですけど……一番新しいEP(『sociavoidance』)に関しては、Porter Robinsonとか日本のPeterparker69やlilbesh ramkoといったアーティストたちの影響を受けています。まだ彼らからの影響を実際に作品に落とし込めているわけではないんですけど、今後はもっと研究して、自分のサウンドに取り入れていければと思っています。
――いわゆるハイパーポップやデジコア(digicore)と呼ばれるようなジャンル、潮流に興味があるのでしょうか。
Sion:そうですね。元々クラシックから音楽を習い始めた自分にとってはかなり距離があるジャンルだとは思うのですが、だからこそ惹かれるというか。難しいことだとは思うんですけど、自分の音楽にそういったスタイルを溶け込ませたいと思います。
――ボーカル、作詞作曲、編曲だけでなく、ドラム、鍵盤、ギター、ベースといった楽器の演奏まで自身で行っていて、その多才さに驚かされます。そういったスタイルを貫く理由などを教えて下さい。
Sion:自分はこだわりが強いタイプだと思うので、他の方と一緒に音楽制作を行うと、逆に時間がかかってしまうんですよね。自分の望むサウンドにならなかったり、制限がかかってしまうこともある。だから、自分ひとりでやっているんだと思います。
過去のコラボ経験と多彩な音楽的興味の矛先
――これまで、SSWの10CM(십센치)やZior Park(박지원)、BE’O(비오)、Wonstein(원슈타인)、MILLIC(밀릭)といったヒップホップ〜R&Bアーティスト、またロックバンド・ADOY(아도이)など、ジャンルの枠を飛び越えたコラボレーションを行ってきました。こうしたコラボはどのようにして実現したのでしょうか。
Sion:先ほどもお話したように、私はどちらかというと内向的な性格なので、自分から連絡することはほとんどありません。ありがたいことに、コラボ相手の方から連絡をもらうことが多いですね。これまでにコラボしてきたアーティストはみんな大好きな人たちだったので、「もちろんやります!」という感じで、スムーズに決まりました。
――ちなみに、特に印象に残っているコラボを挙げるとすると?
Sion:日本のみなさんには、MILLICさんとのコラボ曲“CLIONE”を特におすすめしたいです。自分以外のプロデューサーの曲に自分のボーカルを乗せるっていうのが新鮮なことでもあったし、曲としてもとても気に入っています。
――韓国でも日本でも、もしくはそれ以外の国のアーティストでもいいのですが、今後コラボしてみたいアーティストはいますか?
Sion:Peterparker69はディレクターの方にも会ったことがあるし、機会をもらえるのであればぜひともコラボしてみたいです。もちろん、向こうがどう思ってくれるのかはわかりませんが。あとはラッパーのlil soft tennisも大好きで、そういった日本のカッティングエッジなシーンのアーティストと何か一緒にできたらなと思います。
日本以外では、韓国を拠点にしながら世界からの注目を集めているParannoul。シューゲイザーを基調としたバンドサウンドをひとりで生み出していて、とても興味深いです。アメリカのラッパー・Quadecaも可能ならコラボしてみたいです。彼は最初、YouTuber的な活動をしていたんですけど、突然音楽を作り始めて、去年リリースしたアルバム『SCRAPYARD』はロックやオルタナティブ、メタルなどをヒップホップと融合した、とても芸術性の高い作品になっていて驚きました。今後の活動をすごく楽しみにしているアーティストのひとりですね。
最近ではさっきも名前を挙げたようなDTM主体のアーティストに影響を受けているので、そういった方々と一緒に作ってみたいという気持ちがあります。いま韓国のkimjともやり取りしていて、もしかしたら一緒に曲を作るかもしれません。
「アーティストとファン、リスナーの間に明確な線を引く必要はないと思う」
――先ほども少し触れましたが、最新EP『sociavoidance』についてもお聞きしたいです。タイトルは「social(社会的)」と「avoidance(回避)」を組み合わせた造語なのかなと思いました。この作品にはどのようなメッセージが込められていますか?
Sion:タイトルについてはその通りです。私は元々あまり外に出ないタイプというか、内に籠もってしまいがちな性格なのもあって、人に会うことに対して恐怖を感じてしまう時期もありました。1〜2年前に自分の友人にとある事件が起きて、それをきっかけに自分の音楽活動についても見直すことになったんです。もう少し明るくならなければなと。このEPには社会生活や人間関係などについての自分の思いやメッセージを込めています。
――サウンド的にはどのような方向性を目指していたのか、改めて教えてもらえますか?
Sion:デジタルかつエレクトロニックなサウンドを目指したつもりではあるのですが、振り返ってみるとまだまだだったなと感じます。それこそ最初はPorter Robinsonや日本のプロデューサー・phritzのような、エレクトロニックとアコースティックが合わさったようなサウンドスタイル――ボタニカ(Botanica)の要素を取り入れてみようと努力したつもりです。
――今後の作品ではよりエレクトロニックなサウンドの割合が増しそうですね。
Sion:思いっきりハイパーポップな曲を作ろうかなと思ったこともあるんですが、そういったジャンルについての理解が足りなくて、ちょっとまだできないなと。そういったサウンドに対する興味と、実際の楽器を弾けるという自分の強みを活かして、今はロックとEDMとハイパーポップなどを融合させた曲作りに挑戦しています。まだどうなるかはわかりませんが。
――そういえば、先日NewJeans(現NJZ)“How Sweet”のリミックスをSoundCloudにUPされてましたよね。あのブートレグは今後の方向性のヒントになりますか?
Sion:あのリミックスはただの思いつきでアップしただけなんです。元々NewJeansの曲が好きだったということもあるんですけど、あのリミックスは自分がDJプレイするときによくかけていて、ファンの方からの反応もよくて。先日、ふと思い立ってSoundCloudにあげました。
――SionさんはDiscordを通して、音楽はもちろん、ファッション、本、ペットのことなど、様々なトピックスについてファンの方々が交流できるコミュニティーを運営されています。このサーバーを開設するに至った経緯を教えて下さい。
Sion:私が生まれ育ったドイツや欧米ではDiscordはかなりポピュラーなツールになっていて。韓国ではアイドル文化などが強いこともあり、アーティストとファンの間にしっかりと線が引かれているように感じるのですが、私が目指すアーティスト像というのはそれとは異なっていて、必ずしもアーティストとファン、リスナーの間に明確な線を引く必要はないと思うんです。
Discordを開設して、ファンの方と一緒にゲームをしている様子を配信したりしてるんですけど、今後もそうやってラフに楽しんでいけたらなと思います。
――先日、日本での初単独公演を開催しました。プレスリリースには「今後持続的に日本進出を推進する」とありましたが、どのような心持ちで臨みましたか?
Sion:日本の文化や音楽に対する憧れがあったので、日本公演が決まったときはとても嬉しかったです。私はアーティストとしてまだまだ発展途中だと思うので、今回の日本公演がまた新たな機会にも繋がることを願いながら、ライブに臨みました。
――実際に日本でライブをしてみて、何か感じたことはありましたか?
Sion:最初は本当にお客さんが来てくれるかどうかすごく不安でした。でも、蓋を開けてみれば多くの方が観に来てくれて驚きました。あと、ここ1ヶ月くらい日本語を勉強しているのですが、まだまだちゃんと喋れる自信はなかったんですけど、韓国語を聞き取れる方が多かったので助かりました。日本の方はじっくり静かに音楽を聴いてくれる方が多くて、それも嬉しかったですね。
――日本のファンの方に何かメッセージをお願いできますか。
Sion:隣国とはいえ、外国で活動する私の曲を聴いてくれて本当にありがとうございます。今後は日本のアーティストとも交流して、日本でも何かしらの活動ができるように頑張ります。みなさんが喜んでくれるような音楽を作ろうと思うので、これからもよろしくお願いいたします。
※This content was produced with support fromthe Korea Creative Content Agency. / 本コンテンツは韓国コンテンツ振興院(KOCCA)の支援を受けて制作されました。
Sion
ドイツ出身で現在は韓国を拠点に活動するSSW/プロデューサー。幼少期からさまざまなジャンルやアーティストに影響を受け、音楽に没頭。独学で音楽を学び、ジャズ、グリッチホップ、インディロック、ポップといった要素を融合させた独自のサウンドを確立。コンテンポラリーR&Bやポップシーンにおいて独自のポジションを築いている。