春野が新作EP『25』を2月2日(水)にリリースした。
今作にはShin Sakiuraと共作した「Angels」や「Love Affair」といった既発シングルを含む全8曲が収録。R&Bやローファイ・ヒップホップを想起させるメロウで親密なナンバーから、yamaをフィーチャーした軽快なポップ・チューン「D(evil) feat. yama」など、自身のサウンドを意識的に拡張せんとする気概も感じられる快作だ。
なかでもこれまでのリスナーを一際驚かせたのはシンガポールの新鋭R&Bバンド、brb.とのコラボ曲「cash out feat. brb.」だろう。BPM130ほどの疾走感溢れる2ステップ〜UKガラージ的なトラックの上で、春野とbrb.のボーカルが交差。共に得意とするメロウネスはそのままに、エキサイティングな化学反応を引き起こした1曲だ。
今回はそんな春野とbrb.にメール・インタビューを敢行。今回のコラボレーションの背景について、またEP『25』について語ってもらった。なお、本稿と合わせて以前掲載した春野とShin Sakiuraの対談も改めてチェックしてもらえると幸いだ。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by Official
brb.が引き出した春野の新たな一面
――春野さんがbrb.を知ったきっかけや、彼らの音楽に対する印象を教えて下さい。
春野:brb.を知ったのはSpotifyのアジア系のプレイリストですね。たしか2019年の「undoneという曲がリリースされた週でした。当時はまだbrb.のリリース数も少なくて「どういうユニットなんだろう、ってかめっちゃ曲クールじゃん!」という程度だったのですが、同年11月に、AmPm「Sorry That I Love You feat. brb. & Chocoholic」で日本でのフィーチャーが発表された時に、ビビッ! っときて。ああ、これは好きだぞ、と。それまでの彼らのリリースを聴いてすでにトラック・アプローチやメロがいいなどということは魅力として感じていたんですけど、そのコラボで突出して声がカッコよかったんですよね。AmPmのプロデュース力もさることながら、そこからbrb.を積極的にチェックするようになりました。
春野:彼らの音楽は、ルーツとしては恐らく結構新しめのR&Bで、それでいて内省的で情感があります。ジャンルへのリスペクトも感じます。僕が自身の制作の中で大切にしたいと思っている幾つかの要素と彼らの音楽にはシナジーを感じたのです。なので、何となく近い感性を持っているような好印象を持ちました。
――brb.の皆さんは春野さんの作品、音楽性についてどのように感じますか?
brb.:私たちも以前から春野のファンだったので、彼が「コラボしたい」と連絡をくれたときはとても興奮しました。
――今回のコラボに至ったきっかけは?
春野:2021年3月にリリースしたbrb.の「honeymoon」という曲にめちゃくちゃ感激して、3月の間中ずっとリピートしていたんですよね。歌詞も内向きでそれがまたとてもよくて。そのタイミングで僕からラブコールしました。
――おそらくデータの交換での共作になったかと思いますが、まず最初はどのようなやり取りからスタートし、どのように膨らませていったのでしょうか? また、何かリファレンスなどがあれば教えてもらいたいです。
春野:今作は全行程オンラインでやり取りしました。最初、僕からデモを送っていくらか進めていたトラックがあったのですが、brb.の方から「もうちょっとしっくりくると思う」って新しいWIP(Work In Progress:制作中のデモ・トラックなどを指す)を4曲くらい送ってくれて。アプローチもよかったのでじゃあこれでいこう、と一から作り直したりしました。
リファレンスはKurupt FM「Summertime (feat.Craig David)」みたいな感じで、みんなでワイワイしようぜって感じでしたね。互いに自身のリリックは自分たちで考えて最後に合わせる感じで歌詞を書いたので、ニュアンスの共有が大変でした。言語的な壁を仲介してくれた竹田ダニエルっていう友人がいるんですけど、たぶんめっちゃ大変だったと思う……感謝してます。
brb.:実はこのビート、数ヶ月間眠っていたものだったんです。だから、春野さんが拾ってくれることになったのは嬉しかったですね。ビートを作った当時はダンス・ミュージックをよく聴いていて、ある夜、メンバーで一緒にセッションをしているときに浮かんできたものです。
今回のプロジェクトは全体的にとてもスムーズに進行しました。私たちからビートをいくつか送って、それに対して春野がすぐにアイデアをたくさん返してくれて。何度かやり取りするだけで曲を完成させることができました。当初は私たちの音楽スタイルにはそれほど共通点がないのではと心配していましたが、お互いの心に共通して響くものを見つけることができたので、とても嬉しく思っています。ミキシングやマスタリングなど、大変な仕事は主に春野さんのチームがやってくれました。
――ここまでBPMの早い、ダンサブルなナンバーはこれまでの春野さんの作品の中ではかなり異色な楽曲と言えると思います。以前、元々EDMやフューチャー・ベースなど、エレクトロニック/ダンス・ミュージックなどが好きだったとおっしゃっていましたが、このような作品を作るのは初めてでしょうか?
春野:初めてでした! とても新鮮で楽しかったです。普段僕の意識しているジャンルはもっとR&Bに近いため、歌を歌い上げることにこだわる場合が多かったのですが、「cash out feat. brb.」はもっとグルーヴを重視した……こう、言葉にするのが難しいんですけど、大胆にやりました。この曲に関してはトラックの提案がbrb.からでしたので、自然と普段やらない一面が引き出されたんだと思います。自分でもびっくりしますけど全然しっくりきてます。
brb.:確かに春野さんがこれまでリリースしてきた曲とはかなり異なる作風ですよね。ただ、今回のEP『25』は全体を通してこれまでのスタイルから逸脱しているようにも感じました。しかし、サウンドは変わっても、春野さんは常に自分の“声”を崩さずに成立させていますよね。
――“過去の混沌とした想い、感情を吐露し清算(cash out)”はどのようにして生まれてきたのでしょうか?
春野:この楽曲のテーマは“あまりにも多くの赤信号(恋愛関係における“フラグ”)を目にした後に関係を断つこと。時すでに遅しの状態で、残りされた課題と向き合わなきゃいけない状況”について言及しようと共有しました。そのテーマに対してbrb.と僕がそれぞれの視点から向き合って、書き終わったリリックを見て、じゃあこれは「cash out feat. brb.」ってタイトルにしようという話になりました。なのでタイトルが生まれたのはほとんど最後の段階でした。
――MVのアイディア、構想、ストーリーについて教えて下さい。監督のLeo Youlagiさんとはどのようなやりとりを?
春野:Leoさんには「cash out feat. brb.」を聴いてもらって、僕が伝えた楽曲のメッセージ性みたいなところを元に、あとは彼のチームに任せて映像にしてもらいました。コメディっぽく、ぐわーっと雑っぽい寄りとかやりたいねって話や、しかし周りに流されていても自分の境界は守っていたい、みたいないくつかの要素を出し合って、それを組み立ててもらった感じです。撮影終わりの方で2人で端で好きな映像の話でめっちゃ盛り上がったりしたことが印象的でした! 今度ゆっくり話したいな。
――サウンド面でなく、リリックを共作するのは初めてではないでしょうか? 自身でリリックを書き、それを歌ってもらうという選択肢を取らなかった理由は?
春野:そうですね、初めてでした。でもこれといって難しいことではなくて、互いのパートはそれぞれ自分たちでリリックを作っただけです。彼らの書くリリックが元々好きだったのもありますし、オール・プロデュースするときとは違った“他人の介入”によるアクシデントがいい反応を起こしてミラクルになったりするんです。僕にとっては初めての変わった試みでしたけど、今回とても楽しい経験になったので今後はそういうことも自分の選択肢として持っていきたいですね。
brb.[L→R:Marc Lian、Clarence Liew、Auzaie Zie]
自叙伝のようなEP『25』、yamaやA.G.Oとの共作について
――EPのタイトル『25』はご自身の年齢ですよね。何か作品全体に通底するコンセプトやテーマがあれば教えて下さい。
春野:おっしゃる通り“25”は今の僕の年齢です。この作品を、僕が今まで通ってきた思想や立場・記憶を清算して次のステップに進むためのきっかけにしようと思ってこのテーマ・タイトルにしました。いわゆる自叙伝のような感じですね。
EP『25』に至るまでにインスパイアされた楽曲を春野自身がセレクトしたプレイリスト『UNDER 25 INSPIRED』
――yamaさんとのコラボ曲「D(evil) feat. yama」も今作における大きなトピックになりました。このコラボの経緯は?
春野:実はyamaさんとは結構前からSNSで繋がっていて、単純に僕がファンなんですよね。yamaさんも僕の音楽のことを知ってくれていて。それで、2020年の9月かな? ラブコールしていたんです。その時に一緒にオファーもさせて頂いていて。ありがたいことに快諾してくれて、そこから再びプランを練り直して一年半後にやっとリリースできたっていう……昔年の思いが募ってますよね。
――yamaさんに歌ってもらうにあたって、どのようなことを意識していましたか? 個人的にはyamaさんのヴァースのビートが変わる部分が印象的です。
春野:ヴァースのパートめっちゃいいですよね、僕も気に入っています。このパートは、みなさんの印象にあるyamaさんのスタイルからはなるべく遠い、いい意味で浮いた立ち位置の曲にしようと意気込んでいて。敢えて日本語の美しさよりリズムを重視した(韻を踏んだような)アプローチをしました。このプロデュースは上手くいった自信があります!(笑)
やり取りに関しては、実はyamaさん本人とはほとんどしていなくて。とびきりいい音源を作ってびっくりして欲しかったし、yamaさんのパワーを引き出したい一心だったので、二人で擦り合わせるというよりは、むしろサウンド・プロデュースをしてくれたA.G.Oくんと「yamaさんこうしたらカッコよくなるくね?」みたいな感じで綿密にやり取りしていました。
――A.G.Oさんは「D(evil) feat. yama」に加え、「21」にも参加していますよね。マネージメント(SUPPAGE RECORDS)が一緒なので、自然な繋がりかなと思うのですが、彼との共同作業はいかがでしたか? 印象深いエピソードや、春野さんが感じるA.G.Oさんの特徴や個性などをお聞きしたいです。
春野:今回の制作で、A.G.Oさんびっくりするくらいめっちゃ気合い入ってたんですよね。何というか……僕と同じくらいの熱意があったんじゃないかとすら思います。もちろんすごく嬉しくて光栄なんですけど、言ってしまえば人の制作に対してその熱量が発揮されることって中々並の人ができることじゃないと思うんですよ。彼の音楽に対する姿勢の鋭さに感激しました。
――「Lovestruck」の《You are the reason/Clairoのニューストーリー》という一節が個人的には気になりました。春野さんの作品においては珍しく具体性の高い言葉だなと。差し支えなければ、この「Clairoのニューストーリー」について教えてもらえますか。
春野:(笑)。これは『25』の総合的なテーマについて考えている時期に制作していた曲で、去年の11月頃だったと思うのですが、唐突に重いテーマから逃げたくなってですね……。本質的なテーマは過去の恋煩いにあるのですが、それを濁したいなあと思って。直近あった何でもないことを歌詞に入れたくなったんです。それでその時ちょうど見ていたClairoの(Instagram)ストーリーズを。そういう感じです。
――最後に、春野さん、brb.のみなさんの今後の展望について教えて下さい。2022年はどのような1年にしたいですか?
春野:今後はもっと自分の表現に磨きをかけていきたいです。まだ、きちんとしたライブをしたことがなくて……。みなさんの前でパフォーマンスできるようにがんばりたいです。あとは、今回の『25』はyamaさんやbrb.という素敵なアーティストの方々に花を添えて頂いたのですが、こういったことをこの先も積極的に挑戦していきたいです。それがいつかはもっと多くの人に春野の歌が届くキッカケになればいいなと思います。
brb.:もちろん、新曲をどんどんリリースしていくつもりです。昨年は私たちにとって本当の意味での“探求の年”でした。そして今年も同じようにしたいと思っています。ジャンルやサウンドに縛られたくないし、自分たちが好きなものを作りたい。それだけですね。また、今の日本からはとてもエキサイティングなプロジェクトがたくさん生まれていると感じているので、より多くの日本のアーティストとコラボしたいと思っています。そして、私たちもそのシーンの一員になれたら嬉しいです。
【リリース情報】
春野 『25』
Release Date:2022.02.02 (Wed.)
Label:Victor Entertainment / Suppage Records
Tracklist:
01. cash out feat. brb.
02. D(evil) feat. yama
03. Love Affair
04. 21
05. KID
06. Dream
07. Lovestruck
08. Angels