2003年生まれの音楽家、北村蕗が1st EP『500mm』を6月5日(水)にリリースした。
昨年3月に1stシングル“amaranthus (feat. 梅井美咲)”をリリースしたかと思えば、同年夏には『FUJI ROCK FESTIVAL』(以下、フジロック)の新人登竜門ステージ「ROOKIE A GO-GO」に出演。その後も冨田ラボが手がけたドラマ『地球の歩き方』サントラに歌唱で参加するなど、急速的に注目を集めた。
昨年からコンスタントに発表されているシングル曲では、どこかシティポップやフォークからの影響も感じさせる歌モノから静謐なピアノ弾き語り、エレクトロニカ、アンビエント、そしてエレクトロニックなダンスナンバーまで、作品毎に表情を変えるような、柔軟な音楽性を展開。初のEPとなる『500mm』では「ダンスミュージック」をコンセプトに掲げながらも、ここでも一筋縄ではいかないストレンジな編集感覚が冴え渡っている。
このインタビューでは主に自身のバックグラウンド、そしてEPの制作背景について語ってもらったが、話を聞けば聞くほど、これからも目まぐるしい速度で変化/進化し続けであろうことを予感させる内容になった。2年連続となるフジロック出演も決定し、今まさに羽ばたかんとする期待の新鋭の現在地をお届けする。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by 遥南碧
矢野顕子、Emma-Jean Thackray──自身を形成するルーツ
――北村さんが最初に音楽を意識したのはいつ頃ですか?
北村:一番最初の記憶としては、母が車で童謡を流していて、それを自然と聴いていたことを覚えています。流行りのポップスなどではなくて、童謡や(NHK)『みんなのうた』で流れてくるような曲ですね。
――幼い頃からピアノと童謡を習っていたそうですね。
北村:友だちの影響でピアノを習いたいって思って、ピアノ教室に通わせてもらったんです。その先生が童謡も歌っている方だったので、一緒に教えてもらうようになって。先生の推薦でコンクールにも出場したこともあります。
――ご両親は音楽好きだったのでしょうか?
北村:父は70〜80年代の洋楽をよく聴いていましたね。後に私がすごく影響を受けるようになった矢野顕子さんの音楽にも出会えたのも、元を辿れば父のおかげで。中学生のとき、父が好きだった忌野清志郎さんの映像をYouTubeで観ていたら、たまたま矢野顕子さんと2人で“ひとつだけ”を歌っている動画を見つけたんです。すごく楽しそうにピアノを弾いている姿に惹かれて、自然と矢野さんの他の作品も聴くようになりました。
特に全編ピアノ弾き語りのカバーアルバム『SUPER FOLK SONG』(1992年)と、バンドサウンド中心の『LOVE LIFE』(1991年)はよく聴いていました。純粋な曲のよさはもちろん、和声もすごく美しくて。
北村:実はその前に、クリスマスプレゼントでもらったギターで弾き語りをやっていたんですけど、矢野さんに出会ってから「ピアノで弾き語りをしよう」と思うようになりました。なんというか……矢野さんの打楽器みたいにリズミカルにピアノを弾く姿に憧れたんですよね。それまでピアノ教室でクラシックピアノを習っていたけど、あまり得意じゃないなっていう自覚があって。それとは異なるアプローチをしてみようと思いました。
――ライブハウスなどに出演したりするようになったのもその頃からですか?
北村:ライブは中学2年生からやってるんですけど、一番最初は地元じゃなくて仙台のライブハウスに出させてもらいました。弾き語り配信をツイキャス(TwitCasting)でやっていたら声を掛けてもらえたんです。中学生の間は弾き語りでライブをしていて、高校になってからは弾き語りもしつつ、地元で音楽をやっている人たちとバンドを組んだりもしました。
――その当時はどのような音楽を演奏していたのでしょうか?
北村:色々な音楽を勧められて聴いていくうちに、山下達郎さんや吉田美奈子さんなど、いわゆるシティポップに惹かれていくようになり、あの時代の日本の音楽に影響を受けたような音楽をやっていました。高校は音楽科のあるところに進学したんですけど、そこではクラシックを学びつつ、学校外ではバンドや弾き語りをする、という感じでしたね。その頃からスマホの「GarageBand」で、バンドメンバーに聴いてもらうためのデモを作ったりしていました。
――今の北村さんの音楽性に通ずる、ジャズやエレクトロニックな音楽に触れたのはもう少し後のことですか?
北村:高校卒業してからですね。コロナ禍だったので、自分ひとりで音楽に向き合う時間が必然的に増えて。自分で色々な音楽を聴いていくうちに惹かれたのがジャズと、ハウスなどのダンスミュージックでした。なかでもNala Sinephroという方の音楽に惹かれて、そこから関連アーティストのような形で出会ったEmma-Jean Thackrayに大きな衝撃を受けました。ジャズだけに収まらない感じというか、ビートもしっかり立っていて踊れるし、力強い。ダンスミュージックが好きなんだっていうことに気づけたのは彼女のおかげですね。
――Emma-Jean Thackrayの作品の中から、特に印象深い曲を挙げるとすると?
北村:“Venus”という曲が特に好きで、最初はリミックスの方をよく聴いていたんです。リミックスはかなりビートも立っていて、まさに「ハウス」っていう感じなんですけど、後から原曲を聴いてみたらハウスっぽい4つ打ちではあるんんですけど、生っぽい音もいっぱい入ってるし、壮大なイントロとか、徐々に盛り上がっていくような構成、展開がすごく新鮮に感じました。
――Emma-Jean Thackrayがハウス、ダンスミュージックの入口になったというのが興味深いです。
北村:ハウスだけど色々な楽器が入っていたり、ジャズの要素も強かったからこそ響いたのかもしれません。彼女自身、歌も歌うしトランペットも吹くし、DJもする。そういう色々な音楽の要素が入り混じっている部分も好きな理由だと思います。
――ジャズにはいつ頃から興味を持っていたんですか?
北村:ジャズは梅井美咲ちゃんを知ってから、色々なアーティストさんの作品を聴くようになりました。前々からちょっと興味はあったんですけど、どこか自分には馴染みがないというか、自分にはできない音楽だという風に感じていたんです。でも、あるときたまたま梅井ちゃんのソロピアノ演奏の映像を観て、自分と同世代で、こんなすごい表現ができる人がいるんだと衝撃を受けて。
北村:それからジャズをもっと聴いてみようって思いましたし、自分もやってみたいなと。梅井ちゃんのおかげで、ジャズってこんなに豊かな音楽なんだっていうことに気づけました。
――北村さん自身も、梅井さんのカバー映像をUPしていましたよね。
北村:はい。原曲は渡辺翔太さんなんですけど、その梅井ちゃんのカバーをさらにカバーさせてもらいました(笑)。そしたら梅井ちゃんがコメントしてくれて、そこから交流が始まりました。その年の夏には梅井ちゃんと和久井沙良ちゃんのツインKeyセッションを観るために東京に行ったりして。
手探りで作り上げた初のEP『500mm』
――昨年は初音源リリースをはじめ、夏にはフジロックへの出演も果たし、北村さんにとって飛躍の一年になったと思います。今振り返ってみて、どのような期間だったと感じますか?
北村:インプットもアウトプットもいっぱいあって、めちゃくちゃ刺激的な一年でした。フジロックはもちろん大きな出来事でしたし、その他のイベントにも色々と出させていただいて、自分のできることが広がったんじゃないかなって思います。
音源リリースに関しては「いつかはやりたいな」って思ってたんですけど、中々タイミングが掴めず。自分のDTMスキル的にも、もうちょっと上手くなったら……って考えていたんですけど、“amaranthus”を作ったことで踏み切れた部分はあります。
――作品をリリースして以降、曲作りにおける意識などで変化した部分はありますか?
北村:“amaranthus”から“Solution”(コンピレーション『CONNECTION NEXT UP COMPILATION Vo. 4』、7インチ『IMIW / Solution』収録)くらいまでは「Logic Pro」で制作していたんですけど、EPに関しては全て「Ableton Live」で作りました。DAWを変えたことで、できることも増えたのかなって感じてます。今後は両方とも上手く使いこなせるようになりたいんですけど。
――Abletonへ変更したのはなぜなのでしょうか?
北村:Fred again..やSkrillexなど、ダンスミュージックを作っているアーティスト、プロデューサーさんはAbletonを使っていることが多いので、私も使えるようになりたいなと思って変更しました。YouTubeでチュートリアル動画などを見ながら勉強しています。ライブでもAbletonを使っているんですけど、操作しやすいなって感じますね。
――1st EP『500mm』は「ダンスミュージック」をコンセプトに制作されたそうですが、そういった構想も自然と浮かんできたのでしょうか。
北村:そうですね。昨年5月頃に、東京に引っ越してきたんですけど、その頃から考えていました。
――一番最初に着手した曲はどの曲ですか?
北村:先にライブで披露していた“lurk”と“blue sight”ですね。元々はライブ用のアレンジしか考えてなかったので、そこからDAWで作品用に組み立て直すっていうプロセスで作りました。“lurk”はちょっと跳ねるようなビートっぽいのを作りたくて、そこから膨らませていきました。“blue sight”はモジュラーシンセのような音色のリフを使いたくて。それに合うビートを組んでいった感じです。
――どちらの曲も北村さんのボーカルやコーラス含めた上音も非常に印象的です。音を重ねていくときはどのようなイメージを描いているのでしょうか。
北村:基本的にはメインのボーカルを録ってから、コーラスなどを重ねていくんですけど、中にはトラックを作ってる段階で、素材のように自分の声を配置していくときもあります。未だに手順みたいなものが固まってなくて、曲によって順番とかはバラバラなんですけど。
――先に青写真のようなものを描いているのではなく、作っていくうちに変化していくというか。
北村:はい。日々色々な音楽に触れているし、自分の音楽的興味も変わっていくので、時間を置くと曲も元々の形から大きく変わっていったりします。まだまだ手探りで作っている感覚があります。
――でも、その手探り故の折衷性みたいな部分に、すごく魅力を感じます。それこそEmma-Jean Thackrayの作品にも通ずるというか。
北村:そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。
――1曲目の“ic”はイントロ的な1曲ですよね。これはEPの構成を意識して作ったのでしょうか。
北村:(シングルではなく)EPなので、やっぱり全体の流れや曲と曲の繋がりは意識していました。
――それこそ“eclipse”から“burn”はまるでDJセットのようにシームレスに繋がっていますよね。
北村:その2曲に関しては、先に“burn”ができていて。“eclipse”のアウトロを“burn”のイントロに合うように作りました。
――“eclipse”は最も歌モノというか、メロディが印象的な一曲です。
北村:“eclipse”はビート先行ではなくて、コードとメロディから考えていきました。細かく色々な音色とかも入ってるし、展開的にも一番情報量の多い曲になったと思います。色々な要素が詰め込まれた曲が欲しいなと思っていて、アレンジの段階で「今入れたい音を全部入れちゃえ」っていう感じで作ったところもあります(笑)。
――“burn”も4つ打ちをベースとしながらも、こちらもまた大胆な展開が入っていて。
北村:“burn”はボーカル部分が短いので、どうやって展開させようかなって考えながら作ったのを覚えています。4つ打ちのビートから弾き語りのような展開、そしてアンビエントっぽい感じだったり。これも自分がやりたいことを詰め込んだ感じですね。
――歌詞は散文的、抽象的な印象を受けます。いつもどのような意識で書かれていますか?
北村:視覚的な要素や音から受けるイメージを言語化している感じだと思います。曲を作ってる最中に浮かんできた想像上の景色とか、ふとした瞬間に浮かび上がる過去の記憶とか、そういった部分から抽出しているのかなと。あとは最近読んだ本や観た映画から要素を引っ張ってくることもありますね。
――言葉のイメージと、音の響きや譜割りなどのバランスについてはどのように考えていますか?
北村:綺麗に音に乗せるより、自分のイメージをしっかりと言葉にすることを優先したいというか。発音やリズムも大事にしてはいるものの、自分の中で言葉の意味の辻褄を合わせていくうちに、歌いにくくなってる、ということはよくあります。
――その時々の精神状態は曲や歌詞に影響していると思いますか?
北村:あまり影響していないと思います。自分の思いを曲にするっていうことが向いてないなって思っていて。弾き語りをやっていたときに比べて、最近になればなるほどその傾向が強いです。だから、私の曲ってすごく共感しづらいと思うんですよね。昔、そういった自分の思いや感情を歌詞に綴ってみたことはあるんですけど……。
――しっくりこなかった?
北村:はい。自分で書いてるのに、自分の言葉という感じがしなかったというか、すごく居心地が悪かったんです。この手法は自分には合わないんだって気づいたので、それからは好きに書けばいいやってなりました。
――EPのタイトル『500mm』にはどのような意味が込められているのでしょうか。
北村:自分が元々考えていたサウンド感と、実際に完成したEPのそれが結構離れていて。元々はハウス/ダンスミュージックだからもっとクールな感じにしようと思ってたんですけど、良くも悪くも自分らしさが出てしまった。その元々考えていたイメージと、実際のイメージをそれぞれ円の半径と考えて、それが合わさって今の自分になる。そういうイメージで、1mの半分の500mmと名付けました。
――なるほど。
北村:直径が1mだと半径が500mmで、単位がm1つからm2つに変化するのも視覚的に可愛いし、円や半径って色々なものに捉えることができるなって。光と影とか、自分のいい面と悪い面だったり……隣り合う2つの半径で、ひとつのものを構成するというか。
アートワークも半径を意識して作っていて、最初は水面、海から半分だけ顔を出す太陽みたいなイメージで作っていたんです。それが途中から透明の球体にしたいなって思って、最終的に電球になりました。水の中に電球がある違和感もおもしろいと思ったし、閃きみたいなイメージも重ねられるなって。
――ツールは何を使用しているんですか?
北村:3DCGソフトの「Blender」です。めちゃくちゃ難しくて、全然使いこなせてないんですけど、触りながら勉強している最中です。
「自分の興味のあることは全部やってみたい」
――ちなみに、Emma-Jean Thackray以外にハウス、ダンスミュージックという側面から影響を受けたアーティストを挙げるとすると?
北村:Floating Pointsとか、Jordan Rakeiのプロジェクト・DAN KYEもすごく好きです。
――バックグラウンドにジャズがあるという点で、DAN KYEはすごく納得です。あと、ラジオにコメント出演してくれた際に、Fellsiusさんの曲もセレクトされていたのが印象的でした。
北村:今回のEP制作にあたって、Fellsiusさんの作品はとても影響を受けていると思います。彼の音楽もダンスミュージック、クラブミュージックなんだけど、展開が多いじゃないですか。その中でも個人的にグッとくるポイントとか、勝手に物語性を感じる部分がいっぱいあって。そういった点を参考にさせてもらいました。
――ダンスミュージックのひとつの側面である機能性や、ループの快楽性より、ソングライティング的な面をより大事にしているというか。
北村:たしかにそうかもしれません。あと、ダンスミュージックなんだけど、表現したいことがいっぱいあるんだなって感じる作品が好きです。見せたい景色、聴かせたい音、おもしろい展開とか、そういったものが詰め込まれてる感じ。
――実際にEP『500mm』の楽曲群はそういった楽曲たちで構成されていますよね。
北村:実際はもうちょっとクラブっぽい曲を作りたいっていう気持ちもあったんですけど、自然とこういう方向性になってしまったんですよね。でも、もちろん今回のEPもガンガンDJで使って欲しいなって思いますし、それと同時に家とか移動中とかにひとりでも聴いてもらいたいです。
――「ダンスミュージック」にフォーカスした今作を経て、今後の活動についてはどのようなビジョンを描いていますか?
北村:次はアルバムを作りたいなって考えているのですが、弾き語り時代の曲とか、昔からライブでやっている曲も新しくアレンジして入れられたらいいなって思います。あと、ジャズにも挑戦したいです。トリオとかを組んで、ジャズに振り切ったコンセプト作品も作ってみたい。オーケストラとか室内楽もやってみたいですし……ドラムンベースの曲とかも作りたい。DJももっとやりたいし……自分の興味のあることは全部やってみたい(笑)。
――不思議と北村さんなら全部できてしまうような感じがしますね。最後に、音楽家としての目標やゴールみたいなものがあれば教えて下さい。
北村:音楽を作り続けたいっていうのが一番大事な目標かなって思います。自分を表現することが大好きなので、音楽だけでなくアートとかファッションとか、色々な形で表現を続けていけたら最高ですね。
【リリース情報】
北村蕗 『500mm』
Release Date:2024.06.05 (Wed.)
Tracklist:
1. ic
2. lurk
3. eclipse
4. burn
5. blue sight
6. amaranthus (stripped ver)*
All Music, Lyrics:北村蕗
All Mix, Mastaring:武舎歩
Cover Artwork:北村蕗
*CDのみ収録
*CDは6月26日(水)にタワーレコード限定リリース
【イベント情報】
北村蕗 1st EP 『500mm』release showcase “1m”
日時:2024年6月29日(土) OPEN 17:30 / START 18:30
会場:会場:EBISU BATICA
料金:ADV. ¥3,000(1D代別途)
出演:
北村蕗
※SOLD OUT
問合せ:contact@butterbur-music.com
■北村蕗:X(Twitter) / Instagram