Text by Yuki Kawasaki
Photo by Takeshi Yao
佐藤千亜妃の最新EP『TIME LEAP』のリリース・パーティが2月24日(金)、東京・渋谷WWWで開催された。
ひとつ前のEP『NIGHT TAPE』のリリース・パーティ以来、実に半年ぶりのワンマン・ライブである。前回のタイトルが『LOOP LOOP LOOP』だったのに対し、今回は『LEAP LEAP LEAP』。『TIME LEAP』がリリースされた段階で何となくこの2つのEPには繋がりを感じていたが、それを具体的に実感できた。事実、「Summer Gate」のリミックスを除き、今回のライブでは『NIGHT TAPE』に収録されている楽曲もすべて披露された。現行のビート・ミュージックを基軸に、秘密の夜を超えて、時間旅行へ――。
バンド編成で臨んだ今回のライブは、フロントマンの佐藤千亜妃を含めた5人構成。小川翔(Gt.)、まきやまはる菜(Ba.)、大井一彌(Dr.)、中村圭作(Key.)が名を連ね、極めてジャンルレスなサウンドが展開されていた。ジャズやファンク、ポストロックまでを自在に往来できる彼ら/彼女らは、人力でビート・ミュージックを再現するのに最適な人材だ。佐藤千亜妃曰く、「大井一彌ぐらい打ち込みの音をカッコよく叩けたら、そりゃあドラムも楽しいだろう」とのこと。筆者も彼がDATSやyahyelで演奏する度に、全く同じことを思う。
冒頭2曲に「Summer Gate」と「Lovin’ You」を持ってきていたが、今回のメンバーのポテンシャルとテーマ性を知らしめるには十分な幕開けだった。
セットリストにも白眉があった。続く「S.S.S.」や「真夏の蝶番」は、まさしく夜の“秘密”を共有するような内容である。これらの曲を披露するのに、WWWは極めて規模感がフィットした箱だ。さながら深夜ラジオの公開収録のような、あるいはインディ映画の試写会のような、静謐だけれども確かな熱量があった。それゆえに、直後の新曲ゾーンへと自然に誘われ、我々の時間旅行が本格的にスタート。宇多田ヒカルの「Automatic」のサンプリングを皮切りに、“それぞれの”時代へと繰り出した。
佐藤が(「タイムマシーン」のアレンジャーである)Chaki Zuluによって“宇多田ヒカル性”を見出されたのは、彼女がサントリー“ほろよい”のCMソング「今夜はブギー・バック nice vocal × 水星」に起用された時だった。彼女のヴォーカルを収録する際、スタジオにて同氏から「昔の宇多田ヒカルを思い出す」と指摘される。オールドスクールな素晴らしい音楽の影響力は、必ずしもリアルタイムに限らない。時を超え、まさしくタイムマシーンのごとく人に作用することがある。1998年にリリースされた「Automatic」が2020年代の佐藤千亜妃を照らし出すように、傑作はそれぞれの未来に光明をもたらすのだ。
そして「今夜はブギー・バック nice vocal × 水星」の後、縁が巡り佐藤とChaki Zuluは「タイムマシーン」で再びタッグを組む。
「CAN’T DANCE」、客演にa子を迎えた「melt into YOU」が披露されてから、印象的なMCがあった。「『EYES WIDE SHUT』は有名な映画と同じタイトルではあるんですけど、内容は全然違っていて。実は私、子供の頃“変わってる”ってよく言われてたんです。自分でもその自覚はあって、あまりよく思ってなかった。でも大人になってから、“それでもまぁいいんじゃない?”って考えられるようになってきて。この曲は、今の私が当時の自分に向けて書きました」。
彼女の誠実さは歌詞にも表れている。この曲は現在の私から見た“結果論”ではなく、その時間軸まで遡った上で自身の背中を押しているのだ。《だから今だけ EYES WIDE SHUT》というフレーズから分かるように、彼女はまさにタイムマシーンに乗るようにしてその時点まで下りて行っている。2021年にリリースされたフルアルバム『KOE』にも顕著だったが、佐藤千亜妃は闇に対して極めて真摯だ。ラブソングを歌うにしても、人の薄暗い部分まで克明に描いてみせる。『TIME LEAP』では“How”の文脈、すなわち時間旅行でもって、その陰影と対峙した。
さらに、ライブではその切実さがより普遍的なものに変貌する。オーディエンスに向けて語りかけるように歌われる「EYES WIDE SHUT」は、彼女自身だけでなく、その場にいる人の背中をも押す。トラウマや薄暗い感情の所在は人によって様々だが、それゆえに彼女の体験にその人自身を重ね、救われた人がいるかもしれない。その意味では、『TIME LEAP』はSF的でありながらも私小説的な音楽作品だと思う。
最もタイムリープ的体験を得られたのが、「1DK」だった。発声の仕方や素朴な都市生活の描写が「東京」を彷彿させるこの曲は、“私”を2014年に連れて行ってくれた。きのこ帝国を渋谷のタワレコで知り、彼女たちと同期のバンドを発掘するのに勤しんでいたあの頃。当時の私は、毎週のように渋谷のTSUTAYAへCDをレンタルしに行き、手当たり次第サーキット型のフェスに繰り出していた。WWWにいながら、頭の中ではめくるめく時間旅行が展開され、あの頃の感情や経験をありありと思い出していた。
あえて“私”と書いたのは、同じようにタイムトリップへ出かけていたオーディエンスがいると推測するからである。そこは2016年の野音かもしれないし、いつかの『BAYCAMP』かもしれない。とにかく、佐藤千亜妃の足跡を辿りながら、同じく“自己”を発見したであろう同志の存在を感じずにはいられなかった。
カッティングエッジな音楽を追っていると“新しさ”ばかりを追求してしまうが、自身の足跡をもう一度検証することに後ろめたさはない。“ひとりには少し広い部屋”が、それを優しく教えてくれた。
その流れで聴くアコースティックVer.の「Who Am I」は、それはもう格別な響きを持っていた。過去を辿った先に、現在の私がいる。繰り返すが、やはりこの日のセットリストは完璧だったと言い切れる。
音楽的な発見も多くあった。『NIGHT TAPE』に収録されている「PAPER MOON」は、リスニング・ミュージックとして出色の完成度だ。が、盤石の編成で聴くライブ・バージョンは、さらに身体性と熱いグルーヴを伴って聴こえる。それはさながら、打ち込みの内省と生身の演奏による情熱の邂逅。実にアンビバレンスな、けれども音楽として端正な仕上がりだった。
それは「夜をループ」にも言える。有歓声の許可が下りたことによってようやくオーディエンスとのシンガロングが可能になり、この曲の真価が発揮されたようだった。
アンコールでは新曲「花曇り」が披露され、少しだけ先の未来(春)の景色まで見せてくれた。しかしこの曲も“春が来たぜ超ハッピー!”的な内容ではなく、ほの暗い切なさがある。
必ずしも望んだ評価や未来が待っていなくても、音楽があればきっと大丈夫。ラストナンバーの「カタワレ」では、ささやかだけれども信頼できる終着が訪れた。秘密の夜を経由した時間旅行は、少しだけ背中を押してくれる音楽に辿り着く。
それは確かな手触りとぬくもりのある、幸せな旅路だった。
2. Lovin’ You
3. S.S.S.
4. 真夏の蝶番
5. タイムマシーン
6. CAN’T DANCE
7. melt into YOU feat.a 子
8. EYES WIDE SHUT
9. 1DK
10. Who Am I
11. lak
12. PAPER MOON
13. You Make Me Happy
14. Bedtime Eyes
15. 夜をループ
en1. 花曇り
en2. カタワレ
■佐藤千亜妃 “TIME LEAP” Release Party「LEAP LEAP LEAP」 SETLIST配信リンク
【イベント情報】
“TIME LEAP” Release Party 『LEAP LEAP LEAP』
日時:2023年2月24日(金) OPEN 19:00 / START 19:30
会場:東京・渋谷WWW