Text by Yuki Kawasaki
Photo by Ruriko Inagaki
4月14日(金)、東京・渋谷WWWにて『FLAT6』シリーズ初の有観客ライブが開催された。
2021年11月に音楽メディア「環七フィーバーズNEO」のYouTubeチャンネル上でスタートした、同名の配信プログラムが発端となる本イベント。音楽ディストリビューター「The Orchard Japan」がサポートする『LIVEORANGE』とタッグを組み、今日までに計18組のアーティストを紹介してきた。
初回からMCを務めるのは、この日のイベントにも出演したASOBOiSM。ライブの出演者が女性のみという構成は、シリーズの最初から視聴している人にとっては腑に落ちるものだったのではないだろうか。ROOM1〜ROOM6までで、女性がひとりも出なかった回は、今のところ一度もない。フェスやパーティにおけるジェンダー・バランスの重要性が叫ばれて久しいが、それに対する向き合い方に強く共感する。
また、ステージに立つシンガーだけでなく、この日はVJにもs a d a k a t aとHumungasといった女性アーティストが起用され、徹底したテーマ性を持っていた。ポップ・ミュージックにおいては活動遍歴からコンテクストが読み取れる場合が間々あるが、Zoomgalsでもウーマン・パワーを表現していたASOBOiSMを『FLAT6』のMCに抜擢した時点で、何か大事なものの存在が感じられやしないだろうか。
トップバッターを務めるASOBOiSMが、彼女のバックDJとしてお馴染みのMARMELOと共に登場。「あまのじゃく」に「TOTSUKA」ときて、自身の出自を表明するような楽曲を披露した。クラブ・イベントではパーティの発起人が先陣を切る場合があるが、この日のアーティストのマインドはそちら側にあったように思う。ASOBOiSMは“MC”としての責務を果たそうとしていたようにも見え、第一陣として大いにフロアを盛り上げていた。トークMCでは自身の曲に絡め、「平日の夕方から遊びに来るみんなは、自分の機嫌を自分でとれる人たちでしょ」とオーディエンスを煽る。
新曲も披露されたが、まさしくクラブ・ユースな内容に仕上がっていた。アブストラクトなビートで始まる前半から、後半は一気にダンサブルな4つ打ちにシフトしてゆく。バックスクリーンで流れる煌びやかな映像も相まって、しなやかな力強さを感じた。s a d a k a t aの映像は、彼女が所属するバンド・gatoのVJでもわかるように、その映像表現は具体と抽象を自在に往来するような趣がある。それがまた、ASOBOiSMの世界観を拡張していた。「スクランブルメンタル」で締めくくられた彼女のライブは、日々の暮らしで葛藤する我々を優しく肯定してくれた。
当日のPAの手腕も大いに手伝っているのだろうけれど、大比良瑞希の音作りは圧巻だった。この日はDALLJUB STEP CLUBや礼賛のメンバーとしても知られるGOTOをドラムに迎えた2人編成だったが、その音像はあまりにも瑞々しく、それでいてグルーヴィー。打ち込みのビートを生楽器で再現すると印象が変わる場合があるが、この日のライブはそれが顕著だった。
音数が少ないゆえ、お互いが奏でるサウンドが際立って聴こえる。音構成がむき出しの状態でこの完成度、彼女らの実力の高さを知らしめるには十分だった。そこへスモーキーな歌声が乗ってくるわけだが、その調和も完璧。完全無欠の2人構成である。「How many」しかり「TRUE ROMANCE」しかり、大比良がギターを爪弾くときに漏れるフィンガリング・ノイズの音さえも聴かせながら、豊かなスケールを感じさせる。
加えて、スクリーンでは夜景がピンボケしたような映像が展開されていた。個人的な感覚かもしれないが、それが大比良瑞希の作家性と一致していたように思う。素朴で、どこか寂しさを覚えるような彼女の音楽は、さながらアキ・カウリスマキの映画のようだ。氏の作品も、フィンランドの日常(薄暗い部分も含む)を描きながら、ところどころピンボケした映像演出が入る。ラストに披露された「アロエの花」は、ひとさじの切なさを残し、ステージ上を余韻が舞っていた。
今回最大のサプライズは、R&Bシンガー・ソングライターのaimiの“オーセンティックな”実力の高さ。昨今、他の音楽ジャンルと同様に“R&B”の定義は実に広くなり、それを書き手としてどう表現すべきかに神経を使うことが増えている。しかし彼女の音楽は正真正銘のR&Bだ。歴代のディーバたちが紡いできた系譜の上におり、Mary J. BligeやMissy Elliottに通ずる身体性や品があった。
後ろで流れるシャンデリア・モチーフのゴージャスな映像に、「The Wave」や「Fight No More」のような楽曲は全く引けを取らない。彼女のパフォーマンスは今は無きContactでも見たことがあったが、ステージの規模感に比例してアーティストとしてのスケールも大きくなっている印象を受ける。
オーセンティックなR&Bの印象を受けたのは音楽だけでなく、アティテュードやステージ上の振る舞いにも言える。途中、「Day N Night」で共演したEMI MARIAが登場する場面があったが、“フッド感”が顕著に漂っていた。たとえ生まれ育った地元が違っていても、“my twin sister”と呼び合うような関係性。その後ふたりで未発表の新曲を歌い上げたあと、固く抱擁を交わすシーンもあった。
「この曲は今日が初披露なので、ここで聴いたことをぜひ自慢しちゃってください」と合間のトークMCで言っていたが、そういったカジュアルな告知の仕方もフッドを感じる。さらに彼女は、その感覚をオーディエンスにまで広げていたように思う。最終盤に歌われた「Chosen One」は、さながらリスナーに強く訴えかけるようでありながら、同時に肩を組んでくるような気安さがあった。彼女が作り出す空間には、ナイトクラブの親密さとストリートの気品がある。そう遠くない未来、R&B界隈にとどまらず、aimiの名が広く知れ渡りそうだ。
aimiのあとにSSWのみきまりあを登場させたのは、今回タイムテーブルを考える上で大きなポイントのひとつだったのではないだろうか。aimiに対してみきまりあは、極めてドメスティックなニュアンスのアーティストだ。もちろん“どちらが良い”と優劣をつけたいのではなく、むしろこの対比がすこぶるおもしろいのである。
アプローチの主軸にはビート・ミュージックを据えている(この日はDJセットだったのでなおさらそう感じた)が、そのバックグラウンドにはロックやポップスが見え隠れする。そしてインターネット。歌詞から溢れ出てくる日常には、Aphex TwinやJames Blakeのようなベッドルーム感とはまた別の生活がある。「Strawberry Night」や「デソラテネス」の情緒こそが、現行J-POPのマインドセットなのではないか。SNSやひとりで食べるカップラーメンの背後には、我々の日常がある。
しかし、みきまりあのパフォーマンスは内省に終始しない。ルーツにダンスがある彼女は、この日もステージ上で舞ってみせる。この内省と身体性の両立も、J-POP / ROCKの特徴のひとつだろう。ボカロPにしてヒトリエのフロントマンだったwowakaもステージ上では大いに動き回っていたし、ハイパーポップ(もといニューパンク)のアイコン的存在である4s4kiも時に衝動的なムーブをとる。そして、このときのビジュアル表現についても強調しておきたい。
みきまりあのアートワークや作家性を考えると、ビビッドな映像表現に流れてしまいそうだが、この日のHumungasの表現は必ずしもそうではなかった。ミニマルな色使いと記号的なモチーフにより、ビビッドの対極にあるVJを展開。みきまりあ的世界観を端的に言い当てているようではないか。我々の日常には膨大な情報量があるが、それらにうんざりすることも間々ある。その本質にアートワークがあるとすれば、それは極彩色の形をしておらず、まさしくミニマルなニュアンスなのではないだろうか。みきまりあとHumungasは音楽の表層だけでなく、その奥にある精神性まで教えてくれた気がする。
YonYonは活動開始以来、様々な思いを持って音楽を作ってきた。“ソウル生まれ・東京育ち”というバックグラウンドを持ち、日韓のアーティスト同士を繋ぐプロジェクト『The Link』を始動させ、今日まで両国間における“橋渡し”的な役割を担っている。SSWのSARMを迎えた「Beautiful Women」では、社会で理不尽な経験に苛まれている女性たちを励ますメッセージを送った。彼女は音楽を通じて様々な問いを社会に投げかけており、この日もまたトークMCやパフォーマンスでもってコンシャスである意思表明を行っていた。たとえば「Your Closet」は2021年のリリースの中でも屈指の名曲だが、この曲でもオリエンタルなニュアンスのシンセ・サウンドに乗せて、日本語と韓国語、さらには英語でリリックが紡がれている。
自身の役割をそのまま言い当てた「Bridge」もこの日披露されたが、この曲はトラップを下敷きにしたシンセ・ポップである。「Your Closet」にも言えることだが、彼女の楽曲(厳密に言えば同曲は80KIDZ名義)はクラブ・ミュージックをリファレンスにしながら限りなく“ポップ”なのだ。長く彼女のことを追っていると、様々な場面に出くわす。SNSで心無い言葉をぶつけられたこともあったはずだ。それでもポップな楽曲を作り、あまつさえライブで自身の所信を表明し続けることは生半可な覚悟では不可能だ。あくまで音楽と人を信じるスタンスには、書き手としても大変勇気をもらえる。
そしてs a d a k a t aのビジュアル表現もまた、YonYonの精神性に呼応するようにカラフルでピースフルなモチーフが散りばめられていた。有史以来、エンターテイメントは様々な障壁を乗り越えてきたが、この日のYonYonはその神髄を思い出させてくれた。このイベントで初披露された新曲も、シティポップ風味で大変素晴らしかったです。
イベント終盤にして最もファンの熱量が高かったのは、SSWの當山みれいだ。ピンク色のペンライトを振るオーディエンスもおり、歓声がひときわ大きく響く。軽快な関西弁で行われるトークMCは、そのアーティスト・スケールの大きさに反してフロアとの距離感を縮める。
DJデッキすらないステージは相応に広く見えたが、1曲目の「My Way」が始まるやいなや、あっという間に彼女は独自の世界観を作り上げてしまった。「うち、実は不安やってん。最後やし、みんな帰ってしまうんちゃうかなって」。本人の心配をよそに、フロアでは彼女の名前が入ったタオルが振られている。トップバッターにはトップバッターの難しさがあるが、この日のオーガナイザーはラストアクトとして當山みれいに絶大な信頼を置いていたのではないだろうか。
「『FLAT6』、お客さん入れてライブするの初めてやから、みんな今日は画面の前で我慢していたこと、全部発散して帰ってね(大意)」。これは『FLAT6』に限らず、コロナ禍以降の音楽シーンを考える上でとても重要なことのように思われる。リアル・イベントは、ステージ上からオーディエンスと直接交流を図れるし、オーディエンス側もアーティストに対してレスポンスを返せる。今年に入って多くの会場で声出しも解禁され、音楽シーンでも様々なコトがパンデミック前の水準に戻され始めている。もちろんそれ自体は喜ぶべきなのだが、この3年間の苦悩や葛藤、まさしく“画面の前の私たち”も忘れてはならないだろう。
彼女も配信フェス『REGGAE JAPAN FESTIVAL’20』などに出演し、TikTokのアカウントを同年10月に開設して以来ショート動画をアップし続けている。恐らく、我々と反対側の“画面の向こう”にいた当事者として、くだんの発言に至ったのだろう。その言葉によって、様々な困難に苦しめられた身として大いに救われた。そうして歌われた「願い~あの頃のキミへ~」には、本来込められたメッセージ以上のものがあったように感じる。
『FLAT6』、その名の通り6組の素晴らしい才能によって彩られた、妙々たる空間だった。彼女らがアーティストとして我々にパワーをもたらしてくれる限り、書き手は明日の筆力に変えてゆける。
なお、本イベントの様子は5月27日(土)と5月28日(日)に分けて環七フィーバーズNEOのYouTubeチャンネルにて配信される。
【イベント情報】
『FLAT6 presented by 環七フィーバーズNEO × LIVE ORANGE』
日時:2023年4月14日(金) OPEN 17:30 / START 18:00
会場:東京・渋谷 WWW
出演:
[LIVE]
aimi
ASOBOiSM
大比良瑞希
當山みれい
みきまりあ
YonYon
[VJ]
s a d a k a t a
Humungas
【配信情報】
『FLAT6』
5月27日(土)20:00〜 ROOM7 當山みれい, ASOBOiSM, YonYon
5月28日(日)20:00〜 ROOM8 大比良瑞希, みきまりあ, aimi
配信チャンネル:環七フィーバーズNEO