FEATURE

INTERVIEW / Power Milk


ユーモアを歌に、レトロに魂を、広州の美しい過去を咲かせる――中国・広州新世代バンド、Power Milk。そのバックグラウンドに迫る

2020.02.21

Power Milk(包话妙)は広東省広州市のローカルな雰囲気を湛えた、独特な構想を持つバンドだ。現在は4人体制で、メンバーはリード・シンガーのGlico、ギタリストの阿鑫、ベースのPeter Panとドラマーの硬老師から成る。

2012年にEP『PM cafe』、2017年にアルバム『圓形馬戲團』をリリースし、高い評価を獲得した彼らは、台湾インディ音楽の祭典『金音創作獎』(GIMA)にて「海外創作賞」に2度もノミネートしている。

バンド結成以来、今の広州新世代インディ・バンドの代表格として、Power Milkは中国や香港、台湾の様々な音楽フェスティバルやイベントに出演。リスナーを楽しく踊らせてきた。広州オールド・スクール文化の流行児として、Power Milkはユーモアを歌にして、時には80〜90年代を遡り、時代が進化する中、忘れかけられている美しい広州の過去を描き出している。

今回は初来日予定だった『BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL 2020』に先立ち、Power Milkのインタビューをお届けする。彼らの音楽についてのユニークな考え、愛する故郷である広州、そして日本文化からの深い影響などについて、様々なことを訊いた。

*新型コロナウィルスの感染拡大を受け、ご来場のお客様及びアーティストの健康や安全面などを第一に考えました結果、この度『BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL2020』へ出演予定だったPower Milkは来日を見送る運びとなりました。当日の出演につきましては、フェスのために用意したフルセットのライブ映像をタイムテーブルに沿って上映予定となります。出演を楽しみにされていた皆様には申し訳ありませんが、この日のためだけのライブ上映になりますので、ぜひお楽しみいただけたら幸いです。

Intervie & Text by Aiko Chan
Translation by KAKEN、ショウ


奇想天外な音楽の魔力

「人にとって一番大切なものは、“楽しみ”だ」――これは香港のテレビ局TVBのドラマの中でとても有名なセリフだ。広東省と香港の人々の生活哲学であり、Power Milkの音楽理念のひとつでもある。

Power Milkの音楽は楽しくて純粋で、リズム感、ユーモアでリラックス。苦中作楽が得意だ。「コメディアンが自分の悲劇を演じている」という本質と同様、いつも楽しくて、ファニーなリズムで不愉快な思いを表現する。例えば、2019年にリリースされたシングル「先返去瞌陣」(日本語訳:とりあえず居眠り)は、ボーカルのGlicoがこれまで経験した悲壮な労働環境からインスピレーションを受けている。シングルのリリース後、多くの友人の共感を集めた。

また、Glicoの歌声と歌のパフォーマンスは、Power Milkの強力な魔力だ。Glicoの声は確固たるオリジナリティを有しており、同時に高い歌唱力、広い音域を擁している。中国語、英語、広東語の歯切れのいい発音、メロディー作りや作詞も彼女が得意としているところだ。また、言うまでもなく自分の感情をサウンドに乗せるのも巧みだ。

――「先返去瞌陣」は“社畜の歌”と呼ばれ、多くのファンから強い共感を得ました。同楽曲のインスピレーション源は?

Power Milk:「先返去瞌陣」は、ボーカルのGlicoの残業経験からインスピレーションを受けました。その日はGlicoの担当しているページ・デザインがクライアントからのOKが出ず、残業して夜遅くまで作業していました。しかも、その原稿は写真と文字のレイアウトだけ。それでも50以上のバージョンを作成しました。しかも、最終的には一番最初の第1版を使うことになったのです。その時、Glicoは自分が編集マシーンのように思ったんです。そして、その時の感情を曲にすることにしました。社会は労働者に対して、もっと配慮する必要があることを伝えたいです。仕事での小さな挫折なんて当たり前だと言う人も多いですが、それぞれ一生懸命に生きている方々に理解され、MVを観て楽に笑ってくれることを願っています。

――この前のライブで、「常回家看看」(90年代の代表的な中国の民謡/日本語訳:いつも家を見に帰っておいで)と「小燕子」(中国の童歌/日本語訳:小さい燕)のミックス・バージョンを演奏していましたね。このような奇想天外な発想は、どこからきたのでしょうか?

Power Milk:あるリハの休憩の時、Glicoが突然「常回家看看」を歌い出したんです。私たちはそれをすごくおもしろいと思いました。Glicoは子供の頃、学校の文芸コンクールに参加するとき、選曲はいつも「常回家看看」を選んでいたみたいで。普段こんなにポップ・カルチャーが好きな彼女が、中国の民謡を歌うとは思わなかったので、阿鑫(Gt.)は急いでギターでコードを弾いて、みんなで合わせました。その流れで童謡「小燕子」も歌い始めて、これはおもしろいと思ったので、ライブの中のサプライスとして演奏してみました。

https://www.youtube.com/watch?v=W1AtRqFrLeE

Power Milk:民謡の歌い方や調律はとても独特で、中国の特色が色濃く出ています。歌詞も生活のことを述べていて、大人になった今だからこそ、より共感する部分が大きいです。「常回家看看」にはみんなに仕事だけじゃなくて家族のことも考えてほしいっていうメッセージがありますし、「小燕子」ではみんなに子供の頃の喜びを思い出してほしいです。

――今年はいくつかのシングルをリリースしたね、その中で、「我陪你直到世界終結」(日本語訳:世界が終わるまで一緒にいる)は、2017年に発表された「Do Bi a」(嘟吡啊)の中国語版です。中国語、英語、広東語という3つの言語で作曲をするのは、それぞれ異なる感覚ですか?

Power Milk:北京語はアクセントのメリットがあるから、比較的に作りやすいです。英語のイントネーションは柔らかいからロマンチックな歌が似合っています。広東語は私たちの母語だけど、逆に制作するのは難しい。アクセントが多いので、語呂合わせがとても重要で、意味もハッキリさせないとダメなんです。だから、広東語で作詞する時、Glicoは何回も書き直していますね。


奇妙な広州オールド・スクール流行児

広州は千年の歴史を擁する商都であり、漢の時代から唐、宋まで盛んで、絶えない商船と帆影は都市に文明の滋養と東西文化の交流をもたらした。今でも、広東省では多くの著名企業の名前をよく耳にする。芸術の面では1990年代に広東語ポップスで圧倒的な人気を誇った。

しかし、2000年代以降の広州は、様々な理由により中国のポップ・ミュージックのリーダーとしての地位を失った。その後も良好な音楽雰囲気と健全なシステムを形成していなく、地元のシーンもまだまだ未成長な現状だ。しかし、広州には優れた音楽家やバンドが全くいないかというと、そうではない。シーンや時代のコアとなるバンド/アーティストが頻繁に出現するため、広州を「核の都」と呼ぶ人もいる。また、広州では個性的なバンドが多く現れるのもまた事実だ。

メンバー全員が広州出身のPower Milkにとって、広州に古くから漂っている深い人情味は大切な要素だ。彼らの音楽やMVの中には、そういった過去の美しい要素を見出すことができる。

――広州の風土は、あなたたちの創作にどのような影響を与えていますか? また、あなたたちはどのように広州の都市の様子と、独特な風土と人情を作品の中に取り入れているのでしょうか?

Power Milk:私たちは古い町で育っているので、街のお店に対してもとても特別な感情があります。だからこそ、2014年に発表されたMV「I’ll Always Belong Here」のように、私たちの曲にそういった記憶を映し出したいんです。Glicoは子供の時、親戚が働いているヘアサロンに遊びに行きました。「I’ll Always Belong Here」のMVには、その時のレトロな雰囲気がよく表現されています。私たちがこれから発表する新曲「LaLaLa美好印像」のMVは、子供の頃に仲間と遊んだ思い出を描いています。広州特有の石畳街、東屋、時代感溢れる冷茶店も出てきます。

――Power MilkのMVはストーリー性が強いですよね。おもしろいMVをいくつか紹介してもらえますか?

Power Milk:「I’ll Always Belong Here」のMVは、私たちの親友のKusekiに、女装でヒロインを演じてもらいました。「LaLaLa美好印像」のMVには、狭い市場で撮影したシーンもあります。MVの撮影はお店に迷惑がかかるにもかかわらず、店の主人は私たちを追い出さなかっただけでなく、撮影を許可してくれました。その時、広州の温かい人情を感じました。

――北京や上海、成都に比べて、広州のインディ・シーンは少し寂しいイメージがあります。実際はどのように感じていますか? 広州でバンド活動するのは難しいことでしょうか?

Power Milk:私たちはそうは思いません。ただ、ここではインディ音楽を支援できる投資家が少ないのも事実です。もっと多くのプロモーションを行い、大衆に彼らを認知させたり、ファン・ベースを作ることは確かに困難かもしれません。それが原因で、多くのバンドは長く続かなかったり、音楽を本業にすることができなかったりします。

――国外の人間からすると、広州と言えば「美食」と「経済」を連想させますが、肝心の音楽についてはあまり知られていないのが現状だと思います。あなたたちがオススメする広州のインディ・ミュージシャンやバンドを紹介してもらえますか?

Power Milk:Smellyhoover(施妙力吸塵器)ですね。広州のバンド・Golden Cageのボーカル・Hoverによるソロ・プロジェクトなのですが、Hoverは広東語で歌詞を書いているし、広州に関する感情をたくさん綴っています。


日本の美しい文化からの影響

広州は隣接している香港と台湾の文化にも深く影響されてきた。同時に、発達した貿易港を通じて、日本や欧米などの音楽文化の輸入も盛んだった。そのため、広州にはどことなく日本の影響を受けているバンドも少なくない。Power Milkももちろんそうだ。Glicoの名前からも日本文化の影響を垣間見ることができるだろう。

Glico自体はもともと江崎グリコのお菓子「プリッツ」のファンで、テレビのCMでよく聞こえてくる「グリコ」という発音がとても可愛いため、自分の名前とした。その際、彼女はこの可愛い名前に「u」を入れて、より人の名前のように発音したのだが、それが原因で多くの人が彼女の苗字を「固(Gu)」と勘違いしているそうだ。

Glico/グリコという名前は、実は映画『スワロウテイル』の影響も受けている。Glicoは中学生の時、初めて観た岩井俊二の映画作品が『スワロウテイル』だった。主人公の「グリコ」が歌う「Mama’s Alright」がとても好きで、一度しか観ていないが、そのメロディーは彼女の頭の中にずっと残り、お風呂に入る時も歌っていたという。

「グリコ」を演じるCharaも、今回の『BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL』に出演するということで、Glicoはついにグリコ=Chara本人のライブを観るという夢を叶える。他のメンバーにとっても、『BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL』に出演することは2020年のPower Milkにとって一番大きな出来事だと考えているようだ。

――日本の文化はあなたたちの創作や生活に、どのような影響を与えていますか?

Power Milk:(広州は)香港に隣接していますので、以前は香港のテレビを観ていましたが、それと同時に私たちは「ラブストーリーは突然に」を聴いて、『ひとつ屋根の下』(1993年放送の日本のドラマ)やアニメ『ドラゴンボール』、『美少女戦士セーラームーン』を観て育ったのです。

――Glicoは日本の音楽が大好きだそうですね。好きな日本のミュージシャンを挙げるとしたら? また、Glicoに一番大きな影響を与えたミュージシャンは?

Power Milk:とても嬉しい質問です(笑)。Glicoは大橋トリオの大ファンです。2016年の熊本、2017年の静岡、そしてこの前の上海2公演も観ていて、どの公演とても感動しました。特に2017年の上海公演の時、私は自分の曲が入ったCDを大橋さんにプレゼントしました。

Power Milk:また、一番大きな影響を受けたバンドはEgo-Wrappinです。初めて聴いた曲は「カサヴェテス」で、彼らのCDをたくさん収集してきました。彼らはGlicoのバンド活動における原動力です。

――2018年、アルバム『圓形馬戲團』が『金音創作獎』(GIMA)の「海外音楽創作獎」にノミネートされ、当日の授賞式でペトロールズの長岡亮介さんと出会えたようですね。その日の感想を教えてください。

Power Milk:行く前はすごく興奮していましたが、長岡さんを観た時は興奮しすぎて頭が回らなかったです。お伝えしたいことがたくさんあって、忘れてしまいました。その時、彼は「ペトロールズのどのアルバムが好きですか?」と私たちに訪ねましたが、緊張し過ぎてちゃんと答えられませんでした。今までも悔しい思い出です。

なので、ここでお話ししておきたいのです。私はペトロールズが大好きです。長岡さんはとても歌が上手く、さらにGlicoの一番好きなギタリストでもあります。この前、福岡で開催された野外イベント『CIRCLE』でのパフォーマンスも観ています。一番好きなアルバムは『Problems』です。本当に沢山のCDを持っています(笑)。昨年、広州で行われた『Strawberry Music Festival』も観に行きました。今年もまた来てほしいです(笑)。

――今回の『BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL』のラインアップの中で、特に気になるアーティストは?

Power Milk:一番に挙げるのはやはりCharaです。あと、Kan SanoさんもいつもInstagramをフォローして、いつも拝見しています。あっぱも生で観たいですね。

――今回、待望の初来日公演を行うわけですが、何かスペシャルなセットを準備していますか? また、日本の皆さんに一言メッセージをお願いします!

Power Milk:日本のファンのリアクションを楽しみにしています。私たちと一緒に盛り上がって行きましょう! 最近、日本語を勉強しているので、お客さんとコミュニケーションを取れたら嬉しいです。


【イベント情報】

BIG ROMANTIC JAZZ FESTIVAL 2020
日程:2020年2月22日(土)
会場:東京 CAY, WALL&WALL, 銕仙会, 南青山MANDALA, 月見ル君想フ 他
料金:早割チケット ¥6,000 / 前売 ¥7,000 (各1D代別途)*
出演:
山下洋輔
Chara + Kan Sano
YAKUSHIMA TREASURE(水曜日のカンパネラ×オオルタイチ)
Sun Rai (Rai Thistlethwayte) (AUS)
Sam Gendel (USA) 出演キャンセル
Stars and Rabbit (IDN)
The Steve McQueens (SGP)
林 以樂(雀斑 / SKIP SKIP BEN BEN)(TWN)
Power Milk (CHN)
MKS (KOR)
Kan Sano
ものんくる
i-dep
あっぱ
臼井ミトン
F.I.B JOURNAL
YOSSY LITTLE NOISE WEAVER
Yasei Collective
CRCK/LCKS
showmore
Saigenji
Bim Bom Bam楽団
MIDORINOMARU
Nao Kawamura
別所和洋
高井息吹+石若駿
空間現代
Fontana Folle

上野雄次(華道家)
近藤康平(ライブ・ペインティング・パフォーマー/絵描き)
熊谷拓明(ダンス劇作家)
仙石彬人 (Liquid light Art)
助川貞義&ハラタアツシ(Liquid light Art)
Tommy Returntables(DJ)
20WATT(DJ)
Kosuke Harada(DJ)

*早割チケット:e+のみ ※SOLD OUT

前売りチケット:e+ / Peatix / Live Pocket / 月見ル君想フ店頭

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