INTERVIEW

Mom

待望の1stアルバムをリリースしたMom。Frank Oceanからオザケン、Odd Future、Clairoまで、彼のバックグラウンドから作品を紐解く

現役大学生アーティスト、Momが初の全国流通盤となるニュー・アルバム『PLAYGROUND』を11月14日(水)にリリースした。

インターネットとDTMの進化により、ベッドルームからアッという間に世界へと羽ばたくアーティストも珍しくない昨今。彼はそんな世界中のベッドルーム・ポッパーとも共鳴しつつ、あくまでもそれを日本語で、日本でやることを強く意識している。オールドスクールなヒップホップ〜トラップも咀嚼しつつ、その年齡からは想像もできないほどに豊富な音楽的知見をもってしてアウトプットされる作品は、ローファイな質感も残しつつ、高いオリジナリティと世界的な時流との合致を感じさせる。

今回はそんなMomの幼少期からの音楽遍歴を振り返ることで、本作『PLAYGROUND』で提示されている彼のサウンド、そしてアティチュードがどのようにして形成されていったのかを解き明かすことに。

Interview & Text & Photo by Takazumi Hosaka


――まず、音楽リスナーとしての遍歴と、DTMを始めたキッカケを教えてもらえますか?

Mom:そんなに詳しいっていうわけではないんですけど、家族もみんな音楽好きで。有線とか流行りのJ-POPがよく家でもかかってたんです。幼稚園の頃からオレンジレンジとかレミオロメン、あとはSMAPとか、ポップなものが好きで聴いてました。お姉ちゃんのMDを借りたり。でも……自発的に聴き始めたのはB’zですね。小学校3年生くらいの時から、B’zがめちゃくちゃ好きになって、ファンクラブにも入会しました(笑)。それからしばらくはB’zだけを聴き続けてたんですけど、小学校6年生くらいの時に、B’zとAerosmithが一緒にやっている映像を観て、「海外にもB’zみたいなカッコいいことやってる人たちがいるんだ」って(笑)。それからAerosmith周りの、ちょっとマッチョなハード・ロックを聴いてみたんですけど、あまり好きになれなくて。Aerosmithはハードなだけじゃなくて、ちょっと泥臭いし、メロディも人懐っこいというか、そういう部分に惹かれたんですよね。

Mom:リスナー履歴でいうと、それくらいに古本屋で昔の音楽雑誌を買ったりして、「〇〇年代完全ディスク・ガイド」みたいな特集を読んで、中古CD屋さんにCDを買いに行くっていうことをやるようになって。「90年代オルタナティヴ特集」でPixesとかスマパン(The Smashing Pumpkins)とかを知ったり、「00年代ガレージ・リバイバル特集」でThe StrokesとかThe Libertinesとかを知り。ひとつ好きなバンドやアーティストを見つけると、その周辺を数珠繋がり的にチェックしたり。

――意外とディグり方はアナログというか、昔ながらのスタイルですね。

Mom:そうですね。僕らの世代って、インターネットの普及は個人やそれぞれの家庭で差があって。うちは結構遅かったんですよね。携帯も高校に入ってからでしたし。それまでは情報源は雑誌でしたね。『SNOOZER』とかよく読んでました。そういう風にロックの知識を蓄える流れで、ギターを始めて。中学2年くらいになったら他のクラスから楽器やってるやつを捕まえて、みんなでスタジオに入ってGreen Dayとかのコピーをやったり。

――中学2年生というと、すでに2010年代が始まっている頃ですよね。インディ・ロック的な文脈が崩れ、代わりにチルウェイヴといったネットを媒介としたカルチャーが音楽にも大きな影響を与え始めた時期です。そういったオンタイムの音楽との接続はありましたか?

Mom:いや、当時は古い音楽ばかり聴いてましたね。まだオンタイムなものにアクセスする術があまりなかったんです。せいぜい「Radioheadの新譜が出たからCDショップに試聴しに行く」程度でした。基本的に中古の安いCDしか買ってなかったんですよね。お金はないけど、色々なものを聴きたいし吸収したくて。あと、中学の美術の先生がすごく音楽好きで、Pink FloydのCD借りたり、色々教えてもらったり。

――なるほど。では、そんなロック少年だったMomくんが、そこからDTMに手を出すようになったキッカケは?

Mom:コピー・バンドをやっている時からオリジナル曲を作りたいなとは思っていて。中学3年くらいの時に、家の共用のPCで名前もわからないようなフリー・ソフトを使って、ライン接続したギターと、フリーのドラム音源でQueens Of The Stone Ageの「Feel Good Hit Of The Summer」をカバーしたんです。原曲ではドラッグの名前をひたすら羅列するリリックになっているんですけど、それを日本語の素朴な言葉に置き換えて、友達にシャウトしてもらって(笑)。その音源はもうどこにも残ってないんですけど、その時くらいから、録ったり形にしたりするのが好きなんだっていうことに気づいたんですよね。

――その後はDTMで曲を録り溜めて?

Mom:いや、あまり録り溜めたりはせずに、ギターで作った曲をノートに書き溜めてました。高校では軽音部に入って、ギター・ボーカルでNUMBER GIRLとかをコピーしたりして、ある程度は楽しかったんですけど、何ていうか……そこで初めて“バンドの人”というか、バンドを強く意識している人たちと触れ合ったんですよ。その時の自分の気分とかもあったと思うんですけど、その軽音部の人たちとあまり人間的な波長が合わなかったというかなんというか。結局すぐに辞めちゃったんですよ。高校入ってからはiPhoneを持っていたので、それからはひとりで「GarageBand」で試行錯誤しながら曲を作るようになりました。それが高校2年の冬くらいですかね。

――その軽音部の人たちとの波長の合わなさを言語化するとしたら、彼らはどちらかというと「披露する」ことに意識があり、Momくんは「作る」ことに意識があったから?

Mom:そうかもしれないです。……うん、たぶんそうだ(笑)。よく考えてみたら、軽音部に入ったのも、最初は一緒に曲を作ったりできる人がいると思って入ったんだと思います。でも、そういう部分で自分と対等な関係で話し合える人と出会えなかったんですよね。

――一気に話しが飛ぶかもしれませんが、ここまでロック少年だったMomくんが、今のスタイルに大きく影響を与えているヒップホップに出会ったのはいつ頃、どのようなキッカケがあったのでしょうか?

Mom:でも、それこそ本当にGarageBandで曲を作り始めた頃なんですよ。ちょうどその頃に、Chance The Rapperのミックステープ『Acid Rap』がリリースされて。ひょんなことなんですけど、その頃家の共有PCが壊れてしまって。それまでは買ったり借りたりしたCDをPCに取り込んで、そこから携帯に同期させてたんです。でも、PCが壊れたから新しい音楽が全く聴けなくなってしまって。それで退屈して、無料で聴ける音楽はないのかなって探し始めた時に、ちょうど盛り上がり始めていたヒップホップのミックステープ文化に出会って。

――DatpiffとかAudiomackだったり。

Mom:そうですそうです。それで『Acid Rap』も聴けたし、Tyler, The Creatorとか〈Odd Future〉周り、Vic Mensaとかも作品をUPしていて。それまでヒップホップは一切通ってなかったので、単純に「何だこの音楽は?」ってなってしまい(笑)。ビースティー(Beastie Boys)とかレイジ(Rage Against the Machine)みたいなロック的文脈が強いものは聴いてたんですけど。

Mom:特にChanceは歌心もあるし、キャラクターも人懐っこい感じだし。それくらいからトラップも聴き始めて、言葉の乗せ方もロックにはない感じでおもしろいし。特に印象的だったのは、ラフというかカチッとしていないところで。ミックステープっていう形態そのものがそういう特性があると思うんですけど、めっちゃ作り込まなくてもいいんだ、みたいな。そういう気づきがありましたし、ユーモアのセンスとかにも惹かれました。そこからはとことんヒップホップをディグっていったという感じですね。オールドスクールからニュースクールまで何でも聴きました。De La SoulみたいなNative Tongue辺りだったり、あとはギャングスタも少し聴いたり。ヒップホップって。ラッパー・サイドとビート〜トラック・サイド、両方から語ることができるじゃないですか。その組み合わせのおもしろさだったり、化学反応があったりする。あとはキャラクターが立ってる人も多いし。そこから自分もこういうことをやりたいなって思うようになっていきました。でも、その当時はまだ自分の中では上手く咀嚼できなかったんです。なので、ひたすらヒップホップを聴きながら、作る曲はギター・ポップ、みたいな時期もあって(笑)。

――若い時って、往々にして影響を受けたものをそっくりそのまま吸収しがちですけど、そういうことはなかった。というか、できなかったと。

Mom:一応、ゴリゴリのラップみたいなやつも少し録ったりしてたと思うんですけど、「うわ、恥ずかし!」「コレは何か違うぞ」みたいな(笑)。……僕、「恥ずかしい」っていう気持ちが昔からすごく強かったんですよ。人に自分の曲を聴かせることも全然できなかったし。

――その「恥ずかしい」という感情は、自分のことを客観視することに長けているからなのではないでしょうか。キャラクターを認識できているというか。

Mom:そう……なんですかねぇ。いや、そうかもしれないです(笑)。

――では、SoundCloudなどに自身の作品をUPし始めたのは結構後になってから?

Mom:実はそんなこともなく、意外と作り始めてすぐにUPしていたような気がします。GarageBandってSoundCloudとかとアプリ連携して、作ってそのままUPできたりするんです。なので、作ってはすぐにUPして、見ず知らずの2〜3人くらいの人が聴いてくれる、みたいな。身内とか知人に聴かれるのが嫌だったんですよね。曲に込めている自分の意識みたいな部分が読み取られたくないというか。あと、その頃から新人のデモを募集している色々なレーベルに音源を送ったりしていました。何か、そういうアーティストとレーベルの構図自体なものに漠然とした憧れがあったんですよね。それをモチベーションに曲を作るようになって。まだヒップホップの要素は全然なかったんですけど、そこで返事を頂くこともあって。ちょっとだけ「イケるかもな」って思ったり(笑)。

――では、Momという名義を使い始めるのはいつ頃からなのでしょう?

Mom:高校3年生の時に、受験もあったので一回曲を作るのをやめたんですよ。それまでめちゃくちゃたくさん曲を送ってたんですけど、手応えを感じられなくなって。「一回辞めよう」って。それからは勉強しながら、ひたすらに色々な曲を聴きました。それこそさっきお話したクラシックなヒップホップだったり、あとはSoulquarians周りとか。D’AngeloとかErykah Badu、Q-Tipのソロもすごく好きでしたね。大学に入ってからは、相変わらずGarageBandなんですけど、そういうブラック・ミュージック的な作品を作り始めました。でも、そこで自分の歌に限界を感じてしまって。ブラック・ミュージックって、ある程度の歌唱力だとか、身体性が必要だと思うんですけど、そういう部分で自分には向いてないと思ったんです。そこら辺から、ヒップホップ、延いてはブラック・ミュージックを、日本人である自分の音楽にどうやったら無理なく取り入れることができるのかっていうことを、より意識的に考えるようになりました。もちろん日本のヒップホップ、日本語ラップも聴いたし、好きなアーティストや作品もいっぱいあるんですけど、それをポップ・ミュージックという土俵に上げるなら、もっとやり方はあるなって感じていて。

――そこである意味、自分のプロジェクトのコンセプトというか、方向性が固まったと。

Mom:そうです。大学では色々な音楽を教えてくれる先輩がいて、感性もすごく合ったんです。その先輩が、「実はおれが何かやる時に使おうと思って取っといた名前なんだけど、お前にあげるよ」って言ってくれて。それが「Mom」なんです。だから、本当に何の意味もない(笑)。
でも、すごく感覚的なことなんですけど、僕が日本でヒップホップをやるって考えた上で聞くと、Momってすごくシックリきたんですよね。何か響き的にもポップでカワイイし、僕に合ってるなって。それからですね、ヒップホップを下敷きに新しい音楽を作ってUPし始めたのは。

――昔からそういうカワイイもの、ポップなものが好きだったのでしょうか?

Mom:何か昔から色々なものを作るのが好きで、それこそ漫画を描いたりとか、お菓子の空き箱で何か工作したりしていたんですけど、確かおばあちゃんに作ってあげた自作の小物入れには、ビーズをたくさん付けたりして、カワイイものもいっぱい作ってましたね。あと、今思い出したんですけど、僕、ぬいぐるみがすごい好きでした。動物園とか水族館に行ったら、絶対お土産にぬいぐるみを買ってもらって。小6くらいまでは部屋にいっぱいあったんですけど、「これは流石に恥ずかしい」って思ったんでしょうね。全部捨てちゃったんです。

――思春期あるあるですね(笑)。では、話は戻り、大学生になってから固まったというMomの方向性について、もうちょっと具体的に教えてもらえますか?

Mom:日本語ラップや国内のヒップホップを聴いていく上で、その中でヒットしている曲にはやっぱり人懐っこさみたいな、キャッチーなポイントがあるなって思ったんです。それこそ「今夜はブギー・バック」だってそうだし、RIP SLYMEだってそうじゃないですか。クローズドな、アングラ精神もカッコいいけど、僕がやりたい方向性ではない。あとは、品がない、下品な要素は入れないっていうことですね。たぶんそれは、自分の声とかキャラクターみたいなものと合致しているからだと思うんですけど。

――その後、2017年に5曲入りEP『G・E・E・K』と、今年に入ってから10曲入りのアルバム『BABY LIKE A PAPERDRIVER』をそれぞれ〈Ano(t)raks〉からリリースしました。

Mom:『BABY LIKE A PAPERDRIVER』はちょうどFrank Oceanにすごく影響を受けていた時期で。彼の作品は、外しまくってるのにキレイでズルい。オートチューンの使い方もいい意味で雑というか、粗いというか。そういうところがすごく好きで。ミックスも含めて、こういう歪な作品ってまだ日本ではやったもん勝ちだなって思っていて。それで作った作品ですね。

――〈Ano(t)raks〉というレーベルのカラーもあったかと思いますが、個人的には最初、いわゆるシティ・ポップだったり、渋谷系再評価のような流れを汲んでいるのだと思ってしまいました。

Mom:オザケン(小沢健二)が大好きっていうのはあるんですけどね。ただ、個人的にはあまり渋谷系には思い入れはないし、リバイバルとかに関してはどちらかというと少し否定的に考えていたりもしました(笑)。

――Momくんから渋谷系というか、オザケンっぽさを感じさせる要因のひとつとしてはリリックが挙げられると思います。とても詩的な表現だし、ロマンチックですよね。それはさっきおっしゃっていた「品」っていう言葉にも通ずると思いますが。

Mom:ありがとうございます(笑)。リリックはJ-POPのお決まりである「君と僕」みたいなことを歌いつつも、もっとスケールの大きい何かを感じてもらえるように心がけています。でも、何から影響を受けたんだろう……。もちろんオザケンも大きいとは思うんですけど。オザケンもヒップホップが大好きで、それを日本人ならではのやり方でアウトプットしていた方じゃないですか。だから、やっぱりすごく影響を受けてると思います。

――なるほど。今回のアルバム『PLAYGROUND』には、既発曲もたくさん収録されていますが、これはどうやってセレクトしていったのでしょうか?

Mom:そもそもアルバムを作ろう! っていう気概では作ってなくて、最初は1曲ずつ映像と合わせてネットにUPしていくっていうことを今年の頭くらいからやっていたんです。それがちょっと軌道に乗ったというか、手応えを感じるようになって。あと、先ほどお話した『BABY LIKE A PAPERDRIVER』はFrank Oceanに強く影響された作品だったんですけど、次はもっと違うことをやりたいなって思って。もっとマニアックさを廃して、より伝わりやすい曲を作りたいなって。そういうことも踏まえつつ、前作以降に作った曲の中からいい感じのものをピックアップしていったという感じですね。最初はミニ・アルバムにしようかとも思ったんですけど、結局曲数が増えてフルになり。……あの、僕って価値観がすごい早さで変化していくんですよね。時代的にもそうだと思うんですけど。今ってスピード感も大事だから、このタイミングでこれをリリースしなかったら、きっとポシャってしまうなって思って、頑張りましたね(笑)。

Mom:あと、今回のアルバムにも入っている「Boyfriend」っていう曲を去年の秋頃に発表したんですけど、それが自分の中ではターニング・ポイントというか、手応えを感じたタイミングで。それはClairoとかZack Villereみたいなアーティストが出てきて、「こういうことか!」って思ったからなんですよね。トラックからはヒップホップ的な無機質さがあるけど、曲全体としてはポップな人懐っこさに溢れている。自分の中から生まれてきたコンセプトともすごく合致していて。それを日本的にやってみるっていうのが今回のアルバム収録曲の軸となっている部分ですね。

――今作もミックスまで自身で手がけたそうですね。

Mom:はい。今回は初の全国流通盤なので、一回外部の方にパラデータを渡してミックスしてもらったんですけど、それが全然よくなくて(笑)。ミックスをした方も「一般的なやり方でミックスしてみたけど、全然ダメだった」って言っていて。今って結構ミックスの概念みたいなものも崩れてきているというか、大きく変わってきているじゃないですか。

――確かに。Frank Ocean何かもそうですし。音のバランスは歪ながら、高く評価される作品も非常に増えてきました。

Mom:Kanye Westの新作(今年6月にリリースされた『ye』)もそうじゃないですか。思いっきり音が割れてたりする。そういうところに、自分はめちゃくちゃ新しさを感じるんですね。いわゆる時代の音ってミックスに依る部分が大きいと思うんです。Zack VillereとかSteve Lacy(The Internetのギタリストでもあり、Kendrick Lamarの作品のプロデュースも手がける現在20歳のミュージシャン)とかもミックスがすごく変だし。

――それこそSteve LacyはiPhoneで楽曲を作っていることでも大きな話題を集めましたよね。

Mom:そうそう(笑)。でも、僕はそういう音を、そのまま世に出すことの意味みたいな部分をすごく考えるんです。僕の作品も、できるだけ大人の手を加えていない状態で世に出したい。もちろん、そういう人が日本だとまだいないっていう状況ありきなんですけど。だからこそやる意味があるというか。

――ちなみに、具体的な制作状況をお聞きしたいんですけど、今はPCで?

Mom:そうですね。『BABY LIKE A PAPERDRIVER』からPCに移行しています。本当にリーズナブルなものなんですけど、一式DTM機材を揃えまして。ヘッドホンは聴いたこともないような名前の安いドイツ製のものを買ったんですけど、それがすぐ壊れて(笑)。今はスピーカーでモニタリングしてます。最終チェックの時は普段自分が使ってるイヤホンとかも使いますけど。機材に対するこだわりとか執着があまりないんですよね。

――既発曲は今回、収録に際して組み直しているのでしょうか?

Mom:ガッツリ作り直したのは「Boyfriend」だけですね。「スカート」とかもほとんどそのままですね。ちょっとミックスを変えて、マスタリングをやってもらったっていうのが大きいかも知れないです。マスタリングだけは音圧の問題もあり、しっかりしたエンジニアの方にお願いしたんです。寡黙な方で、あまり言葉も交わさなかったんですけど、全部素晴らしい仕上がりにしてくれて。まさに職人のような方でした。

――未完成の美学のようなものに大きく惹かれてきたとのことですが、今後の自身の方向性についてはどう考えていますか?

Mom:「今はコレ!」って思ったものを作ったというだけで、次とか今後がどうなるのかは正直あまりわからないんですよね。ただ、世界と時差のない音楽は作っていたいです。世界と繋がりつつも、それを最終的にはJ-POP的にまとめてアウトプットする。そこにおもしろさを感じていて。別にローファイであることにすごくこだわっているわけでもないんですよ。この先も時代の価値観はすごい早さで変わっていくだろうし、それがおもしろいところなので。

――その時代時代における、一番おもしろい音楽、一番カッティングエッジな音楽に敏感に反応していきたいと。

Mom:そうですね。あとは音楽をもっともっとカジュアルに見せたいんです。僕、ライブでは基本的に楽器とか弾かないんですよ。もちろんギターとかは弾けるけど、敢えて人前ではやらないというか。「技術を持っている人じゃないとできない」っていう風な見え方になるのが嫌なんです。

――なるほど。ちなみに、今大学3年生ですよね。今後の向かう先などはどう考えてらっしゃいますか?

Mom:今が一番難しい時期ですよね。でも、もう就活も出遅れてしまったので、ひとまずこれでやっていくしかないかなぁって。自分の周りの変化とかを敏感に嗅ぎ取れるようにして、いつでも方向転換できるようにしつつ(笑)。最近、ビジネス書とか結構読んでるんですよ(笑)。


【リリース情報】

Mom 『PLAYGROUND』
Release Date:2018.11.14 (Wed.)
Label:Life Is Craft
Cat.No.:LIC-001
Price:¥2000 + Tax
Tracklist:
01. That Girl
02. 東京
03. 夏の魔法’18
04. Kiss
05. ハッピーレインマン
06. 45 Seconds Daydreamin’
07. タクシードライバー
08. スカート
09. いたいけな惑星
10. 怒り
11. Boyfriend

*本人描き下しイラスト&デザインの24Pに渡るブックレット入り


【イベント情報】

“Mom presents 『PLAYGROUND』 release party”
日時:2018年12月6日(木) Open 18:30 / Start 19:00
会場:東京・渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
Mom
betcover!!
さとうもか

Mom オフィシャル・サイト

Spincoaster

Spincoaster

Spincoaster(スピンコースター)は、独自に厳選した国内外の新鋭MUSICを紹介する音楽情報メディアです。