Meg Bonusこと野本慶が、2nd EP『LOSS』をリリースした。
7曲入りの今作を聴いてまず驚いたのは、冒頭曲“Stay,be”の明るさだ。バンド感のあるサウンドは前作『New,man』とは明らかに異なる。その直後にはハイパーポップ以降のクラブミュージック的なインスト曲が並び、また歌モノに戻るという特殊な構成は、¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uの『Boiler Room』セットから着想を得たものだという。制作面での核となったのが、ジャズシーンで活動するベーシスト・高橋佳輝の参加だ。「サウンドデザイン」という独自の肩書きでクレジットした高橋との協働は、今夏のフジロックでJames Blakeを観て確信した——サウンド全体を緻密に設計するからこそ歌が引き立つ——という野本の制作哲学を形にしたものだった。
「今回のEPはそんなに深い意味がない。ただ現在地点を開示しているのに近い」と本人は語る。前のめりに次回作の話をする姿からは、今作を次なる飛躍への実験と捉えていることが伝わってきた。最初に取材した今年4月からわずか半年、20歳になったMeg Bonusに話を訊いた。
Interview & Text by Shunichi Mocomi
Photo by Shimizu Elio
¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uからの影響
――20歳になってみて、生活面で変わったことはありましたか?
野本:別に何も変わらないです。でも社会はヤバいですね、例えば年金と奨学金(笑)。急に責任を持たされたような感じがします。
――ナイトイベントに行ってお酒を飲んだりとか、20歳になったからできるようになったこともあるのかなと思って。
野本:お酒飲めるようになったのはデカいかも。ちょっとライブの体験が変わりました。
――それはどのように?
野本:Oasisの来日公演でビールを飲んだんですけど、酔うと音の感じがちょっとサイケになるじゃないですか。聴こえる音のピッチが全部下がるんです。僕はおもしろいと思った音をどんどんコラージュしていくから、気持ち悪い音があったらその音を覚えておいて、DTMに入れたりするんですけど、そのアンテナは変わったかも。
今作で言うと、3曲目の“scum(((((((”などにそういった影響があるのかもしれません。タイトルも「スカム」ですし。
――ストレートにスカムミュージックから取っているのかなと思いましたが。
野本:言葉の意味を知らずに曲名を付けちゃって。後々、ベースの(高橋)佳輝さんから「これって誰かに向けてるの? スカムってだいぶ汚い言葉だよ」って言われて。
――そうだったんですね。
野本:全体的に今回のEPはそんなに深い意味がないんです。コンセプチュアルな感じは全然なくて、ただ現在地点を開示しているのに近い。『18PERSONAL』は内省的な感じだったけど、今回はその場でいいと思ったものを詰め込みました。
――最初と最後がスタジオ内での会話になっていたり、ポップな歌モノに挟まれるようにして中盤にインストが収録されているところなどから、『LOSS』は習作感があると思いました。
野本:今回はまず最初に“Stay,be”があって、その後をどう展開していくか考えたときに、DJパートがあったらいいかなと思いついたんです。¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uさんの『Boiler Room』をYouTubeで観て、こういうDJプレイをEPの中に入れて流れを作りたいなっていう構想が生まれたんです。
野本:『Boiler Room』でのセットでは、バーンって爆発的なやつから入って、途中でも盛り上がりを作って、最後から1個前の曲で急にアンビエントなピアノになり、最後はピコピコ音が入って終わるんです。そういった構成をやりたくて、最初“Stay,be”で入って、“scum(((((((”でバーンって盛り上がって、“Banpaq”でベースミュージックっぽくなり、“波音”でアンビエント、“足跡”で歌モノに戻るような流れを意識しました。今回は歌モノが若干ポップに寄りすぎた感覚があったから、バランスを取るためにDJっぽさを入れようと思ったのもあります。
サウンドデザインとしてクレジットされた高橋佳輝の功績
――“Stay,be”が出発点だったんですね。
野本:そうです。最初はシングルで出そうと思ったんですけど、物語としてしっかり提示した方が絶対いいと思ったし、シングルカットがあまり好きではないので、無理にでもEPにしたかった。外的なリファレンスというより、自分の中から出た「これやりたい」に対してトライアンドエラーで作った作品という感じです。
――――“Stay,be”ってめちゃくちゃ明るい曲じゃないですか。前作からの変化でいうと、明るさに加えて、かなりバンド感があるなと。特にベースの動きとか「こんなに激しかったっけ?」と思いました。
野本:バンド感はかなりありますね。今回からサウンドデザインとベースで高橋佳輝(※1)さんが入ってくれています。ベースについては一番わかってなくて、今までの作品ではごまかしてた部分がかなりあったので、そこがしっかりすることによってポップミュージックとしての強度が増すんだなって感じました。
※1:静岡生まれ福岡育ちのベーシスト/音楽家。細井徳太郎や和久井沙良などのサポートも務めるほか、あだち麗三郎、髙野なつみと共にアンビエントプロジェクト・Vasola Punteとしても活動。また、昨年ソロ名義での1stアルバム『杳杳』をリリースした。
――高橋佳輝さんと一緒にやろうと思ったきっかけは?
野本:佳輝さんって音楽の聴く幅がめっちゃ広いんです。Porter RobinsonやAlexander Panosの話で盛り上がったり、R&Bにも詳しいし、高木正勝さんやSilicomみたいなエレクトロニカにも精通してる。僕がKanye Westの話をしたら「2010年に一番聴いてたのは(Kanye Westの)『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』だ」って言うし、こんな人いないなと思って、一緒にやったらおもしろいものができると確信しました。
野本:僕は別に上手いだけのベースには魅力を感じなくて、宅録のチューニング外れてるベースの方が好きなんですけど、佳輝さんには音楽を聴いてきた上でめっちゃ練習してきた人の音の深さがあったから、一緒にやろうと思いました。
――「サウンドデザイン」という肩書はプロデューサーとはどう違うんですか?
野本:僕がほぼ完成まで編曲したデモを佳輝さんに送って、思い描いているイメージ共有のためにリファレンスを出し合って、ベースを一緒に録音する。でも、その後のミックスには佳輝さんは立ち会わず、ミックスで何をしたかわからない状態で聴いてもらう。自分だけだと「ここの帯域を上げた」とか先入観が入ってしまうので、俯瞰した視点で佳輝さんにチェックしてもらいました。
プロデューサーならミックスにも立ち会って指示を出すけど、佳輝さんは「こういうのあるけど、どう?」ぐらいで、決定権は委ねてくれる。作詞・作曲・編曲・プロデュースは自分が丸々やった上で、サウンドデザインについてアドバイスをくれる距離感でした。
――なるほど。作品のクオリティに責任を持つのがプロデューサーだと思うんですが、その責任は自分で抱えたまま、相談役として高橋佳輝さんがいた。このような意味で単なるベーシスト以上の貢献をしてもらったということですね。
野本:ここまで携わってくれてるのに「ベース:高橋佳輝」だけだと貢献が伝わらないし、「デザインする」って考え方を広めたいから、サウンドデザインとしてクレジットしました。今回はみんなと一緒にクリエイティブなことに取り組んだと思います。
「ポップスを作るのはやっぱり難しい」
――レコーディングはどうでしたか? 前回は“春になれ”で朝5時まで録音を繰り返したという話もありましたね。
野本:レコーディングは今回が人生3回目ですね。“冬(、、)!”と“mist”のボーカルだけはスタジオで録ったんですけど、そのときはほぼ初めてだったから2、3時間で終わったんです。でも、今回はちゃんとディレクションしながら自分なりにこだわりました。しっかりレコーディングした初めてのEPという意味で、挑戦的な側面が強い作品かなと思います。
――歌モノの曲からは、みんなで作ってる感が感じられました。
野本:次はもうちょっといい塩梅になりそうだなって思っています。“Stay,be”ではトランペットで堀(京太郎)さんっていうTAMTAMのサポートも務めている方が入ってくれて、前作の“喝采”よりもさらにハッピーな感じが出たと思います。今回は敢えてこういった明るい方向性を狙ってみました。
――今作はこれまでのMeg Bonusを追っていたリスナーからするとびっくりすると思います。
野本:明るすぎてびっくりな感じがあるかも。みんなその印象が強くて、よく最初の話をされるんですよね。ここまで明るい感じでいくと「好きな人できたのかな」みたいな反応もあるかもしれない。
――“春になれ”で満を持して春が来たのかなっていう。実際、春は来ましたか?
野本:春は来てないです(笑)。春は来てないけど、明るい曲を作った。シンプルに技術が上がったというのもあると思います。色々やり方を覚えて明るい曲を作ったら、前までちょっと浅い感じになってたのが、上手くバランスできるようになった。それはあるかもしれないですね。暗い曲の方が「オルタナ感」みたいなものが出しやすいんですよね。
ポップスを作るのはやっぱり難しい。「こういう曲、嫌だな」と思いながら作り始めたはずなのに、結局そうなっちゃうときもあるし。
――全体的に明るいけど、歌詞に関しては難しい言葉は全然ないのに意味深というか、不思議な謎が残るというか。変わらず魅力的ですよね。
野本:歌詞を書くのも上手くなったかも。変なトゲを出さずにいけたかなと思います。風景や思い浮かべてるものに対して、こういう言い回しができたら綺麗だなっていう出力が、ちょっとずつできるようになったかなと思います。
「自分はたぶんNoel Gallagher側」
――声の出し方とかも今チャレンジしてるんだろうなと思いました。
野本:最近はボイトレにも行き始めたので、地声をもっと活かそうと思っています。“足跡”のサビとか、昔だったら全部裏声で歌ってもっとリヴァーブをかけてたと思うんですけど、地声と対比させた方がより裏声のインパクトが出るなと。
――裏声がしんどい瞬間はありますか?
野本:昔よりは出なくなったと思います。前作の“春になれ”のように、裏声メインでいく曲はもうあまり作らないかも。もうちょっとキーを下げて地声で張り上げて、クライマックスで裏声を使う、みたいな構成の方がしっくりきますね。
そもそも僕が歌わなくてもいいとすら思っていて、誰かゲストボーカルを呼ぶのもありだと思っています。
――「自分がプレイヤーじゃなくてもいいじゃん」って気づくアーティストの話はたまに聞きますが、今の発言もそれに近いものを感じます。
野本:その考えにも賛成です。例えばですけど、PAさんの隣でお酒を飲みながら自分のワンマンライブを観たり(笑)。作曲家とパフォーマーは必ずしもイコールじゃなくてもいいと思っていて。映画監督と主演の関係性に近いというか。自分の場合は声が出たからやってるけど、自分の作品に僕よりも合うボーカルがどこかにいると思うんです。それがまだ見つかってないだけ。……この間、Oasisを観て思ったんですけど、自分はたぶんNoel Gallagher側なんですよね。
――Noel側?
野本:きっとLiam(Gallagher)みたいな人に出会ったら、全部任せたいって思うじゃないですか。そういう人がいつか現れるだろうなって。最初はベースもギターも全部自分で弾きたいって思ってたし、ピアノもMIDIで一番いい音を探した方がいいだろうって思ってたけど、全然そんなことはなかった。声も同じことだと思います。いきなり新しいボーカルが出てきたら混乱させちゃうと思いますけど、ゲストボーカルをたくさん入れた作品は、いつか絶対に作ると思います。
――でもNoelは自分でいい曲を書いたら、自分で歌っちゃいますよね。
野本:「“Don’t Look Back in Anger”は絶対歌わせねえ」みたいな(笑)。たしかに、「この曲は自分の声で届けたいな」って思ったらやるかもしれないですね。ちなみに、Oasisの来日公演で印象的だったのは“Little by Little”でしたね。「たしかにこの曲はNoelが歌うべきだよな」って感じました。それは本人が一番わかってると思うんですけど。
――前回のインタビューでも最近行ったライブの話がおもしろかったので、よければもっと聞かせてくれますか?
野本:Tyler, The Creatorの来日公演に行きました。一番衝撃だったのは、トラックをそのまま流して声も全被せだったのに、全部よかったこと。トラックを作り込むのは大事だし、パフォーマーとして優れた人を見つけるのも大事なんだなって思いました。あとはフジロックもすごかったです。
――今年のラインナップは特に豪華でしたよね。何か発見はありましたか?
野本:James Blakeがすごかったですね。今までサウンドデザインについては「空間がすごい!」で止まってたんです。でも本当に重要なのは、「音がデザインされてるから、歌メロが際立つ」ということで、フジロックのライブでそれに気づいたんです。
“Retrograde”の最後、シンセが全部を飲み込む瞬間があって。普通だったらリヴァーブで歌も聴かせつつシンセも大きくするんだけど、あのときは歌が完全に消えたんです。最初に歌メロが際立ってたからこそ「歌が飲み込まれた!」って衝撃を受けた。歌メロを際立たせることに対しての答え合わせが最後にあった。
James Blakeって最初は“CMYK”でクラブヒットを放ったけど、1stアルバムは歌モノだったじゃないですか。実はそれも全部計算尽くだったんじゃないかなって。トラックをデザインすることで、歌メロが際立つってことに気づいてたんだと思うんです。
「とにかく次のライブを観てほしい」
――やはりデザインって言葉がキーワードなんですね。
野本:日本の音楽は声だけが前面に出てる作品が多いと思います。歌が大事だからこそ、後ろのサウンドをデザインすべきなのに。もちろん日本の音楽も好きですけど、「歌を聴かせるために前に持ってくる」ではなく、「オケをデザインすれば歌が際立つ」っていう考え方を広めたい。それこそNewJeansの作品を手がけている250(イオゴン)やErika De Casierなどは、そういって点に意識的な作家だと思いますね。
――そういう意味で、野本さんが理想的だと思う音楽は?
野本:今、個人的にホットなのはRosalíaの『LUX』ですね。あとはサカナクションの“ミュージック”。あの曲って、弾き語りの方がメロディが際立つかと思いきや、全然そうじゃないんですよね。原曲のオケがメロディを最大限引き立てている。James Blakeがソングライターとして参加したBon Iverの『i,i』もメロディが際立っているなと感じます。
野本:あとはWet。今年リリースされたアルバム『Two Lives』には、大半の曲にBuddy Rossっていうプロデューサーがクレジットされているんですけど、彼はFrank Oceanの『Blonde』とかTravis Scottの『UTOPIA』にも関わってる人なんです。
――Wetは3人組ですよね。リードボーカルのKelly Zutrauが制作中に妊娠したことが、最新アルバムのテーマにも反映されてるという。
野本:そのアルバムの音作りが最高なんです。まさにボーカルにもデザインが施されてる感じがある。そう思うのは、自分がシンガーソングライターというよりは、どちらかというとトラックメーカー的な考え方なのが大きいと思います。ちなみに、今回のEPには弾き語りで作った曲は1曲もないんです。“Stay,be”も、(Stevie Wonderの)“Sir Duke”のサンプリングが入るところまで丸々オケを作って、その上でメロディを入れていて。自分でもトラックメイカー的な作り方だなと思いました。
――野本さんはどっちでもいける人っていう印象があります。フジロックとソニマニ、どっちに出てもおかしくないなと。
野本:それは嬉しいですね。
――ここまで話しを聞いてきて、すでに次回作を見据えているんだなという印象を強く受けました。
野本:今回のEPにはとても満足しているんですけど、今話したことはそこまで反映されてないと思っていて。実験的だったから追いつかないことが多くて、録音した素材をDAWに入れて編集するみたいなことも全部初めてだったし、期限もあった中でできないことも多かった。でも、次のアルバムも楽しみにしててください。
――直近のライブはどうでしょう?
野本:ライブは12月21日(日)に新宿MARZでワンマンがあります。Dijonの『Absolutely』のミュージックフィルムとか、Porter Robinsonの『Secret Sky』みたいな、映画っぽいステージにしたいですね。
あと、次のライブから同期音源を使うんですけど、本当にいい感じです。さっきの話で言うと、Tylerのライブを観て、生演奏じゃない方がいい音ってあるなって思わされたんです。それを意識して自分のライブも組み立てていったら、すごくいい感じにバランスが取れた。
例えば“春になれ”のストリングスなんかは、ピアノで同じ音をなぞってもあんまり意味がないなと思っていて、ライブでもそのまま聴きたいっていう感覚が自分の中にもある。なので、ストリングスは同期でそのまま入れて、そうするとピアノのスペースが空いて、より肉体的になるし、上モノもしっかり作り込まれた音が鳴る。結果、全体として素晴らしいサウンドになる、みたいな。
……とにかく次のライブを観てほしい。そうしたら今日お話したことが「なるほど」ってなると思います。
【リリース情報】

Meg Bonus 『LOSS』
Release Date:2025.11.19 (Wed.)
Label:Meg Bonus
Tracklist:
01. LOSS
02. Stay,be
03. scum(((((((
04. Banpaq
05. 波音
06. 足跡
07. 夕焼け
【イベント情報】
『Meg Bonus ONEMAN LIVE 2025 “Lossy”』
日時:2025年12月21日(日)OPEN 19:30 / START 20:00
会場:東京・新宿MARZ
料金:一般 ¥4,000 / 学割 ¥2,000(各1D代別途)
















