ロンドンからJames Blakeが現れ、シカゴからHow To Dress Wellが現れたのを追うようにして、オーストラリア最南端の都市メルボルンから現れたのは、立派な口髭をたくわえた男、Nicholas James MurphyことChet Faker(チェット・フェイカー)。
彼のキャリアが大きく動き出す契機となったのは、2012年にリリースした初のセルフ・プロデュース作品『Thinking In Textures』が国内の音楽アワードを受賞し、そのEPに収録されていた「No Diggity」という、もとはBlackstreetという4人組R&BグループがDr. DreとQueen Panという2人のラッパーと共に歌っていた曲が、ある人気女性ブロガーにシェアされ、MP3無料ダウンロードサイト『Hype Machine』のチャートで、当時人気うなぎ登りだったBon Iverを抜いて1位になったことだった。そして2013年に、毎年アメリカで50%弱の視聴率を叩き出すNFL(アメリカのアメフトのリーグ)の優勝決定戦“スーパーボウル”の合間に、黒い金魚がChet Fakerの「No Diggity」を歌うというビールのCMが放送されたことがさらに拍車をかけた。放送されるやいなや「カバーしてるのは誰だ!」と問い合わせが殺到したとか。まさか160万枚のセールスを記録した名曲を、ブルージーなアレンジでカバーしているのがオーストラリアのシンガーだとは思わなかっただろう。
Chet Fakerの名が全米に知れ渡った翌年にリリースされた1stアルバム『Built On Glass』は、「No Diggity」や『Thinking In Textures』で彼が見せていた、いくつもの片鱗をひとつの形に仕上げた作品になっている。アルバムは前EPとはまた別と彼は発言しているが、EPのリリースから間隔を空けずに制作をスタートさせたために、彼のモードは無意識的にこれまでのアイディアを仕上げる方向にあったのかもしれない。今作は、Burialがトラックの中で怪しく回していた細切れのR&Bサンプルを再び繋ぎ合わせたものを、ウェストコースト・ジャズ屈指のトランぺッター/ヴォーカリストのChet Bakerが歌ったような趣がある。Chet Fakerの霞んだヴォーカルによって、ダブステップ・トラックの中のスポークンワードはシンガーたちの手に戻り、サウンドまでもが内省的な新たな切ない歌になる。実際のところ彼は「Archangel」のカヴァーで、サウス・ロンドンの闇夜の夢想をブルースで代替して見せている。
さらに彼は随所でジャジーなエレクトロニカ・トラックに、Four TetやBonoboがたまに見せるトラックやアルバムに抑揚を与える要素としてのハウスを加えることで、作品性に磨きをかけている。リズムが染み込めば染み込むほど、心が躍れば躍るほど、インナーワールドへと引き込まれていく、そういう仕掛けだ。
身体の中を強く掻き立てる音は何かと、彼自身にそのインナーワールドを明かしてもらおうと、彼の音楽にまつわるジャンルを挙げながら訊いてみた。
Chet Faker Interview
(Interviewer:Hiromi Matsubara, Interpreter: Miho Haraguchi)
―今年は〈FUJI ROCK〉に出演されていました。ちなみに、初めて出演したフェスは〈SXSW〉だったそうですね。これまでに出演したフェスの中で特に印象に残っているフェスはありますか?
〈FUJI ROCK〉は雨が降っててちょっと天気が残念だったけど、雰囲気は良いね。これまでたくさん出演してきたからねー。それぞれに良い印象があるから何とも言えないけど、やっぱり初めて出演した〈SXSW〉は印象深いよ。オーストラリアにも大規模のフェスがいっぱいあって、中でも〈Falls Festival〉が1番印象的かな。
―以前は大学でスタジオエンジニアの勉強されていたんですよね。大学を中退して、ミュージシャンになろうと思ったきっかけは何だったんですか?
中退したわけではなくて、ミュージシャンの活動の方が軌道に乗って仕事が増えていったから、大学に行けていないだけなんだ。また勉強したいとは思っているよ。もしミュージシャンの仕事が上手くいかなくなったらまた学校に戻ると思うよ(笑)。
―ここからは、あなたの音楽を形成しているジャンルからChet Fakerに迫ろうと思います。まず、「Chet Faker」という名前がChet Bakerに由来していることや、「Release Your Problems」のトラックからはジャズの影響を感じるのですが、ジャズはあなたにとってどういうものですか?
ジャズは“挑戦しがいのある”音楽だと思うね。ジャズは他の音楽とは聴き方が異なってくると思うんだ。ポップミュージックとかは自分から耳を傾けてストレートに聴くと思うんだけど、ジャズはメインとなる楽器の周りやバックから鳴っている音を含めた全体に流れる音を、自然と受け止めるのが良い聴き方だと思う。あまりうまく説明できないんだけどね……。僕の作っている音楽もリスナーにはジャズのような聴き方をしてもらえるように意識しているよ。
―「1998」をはじめ、あなたのトラックのリズムセクションにはハウスなどの4/4の要素があると思います。あと、あなたはFour TetとBonoboが好きだそうですが、エレクトロニック・ミュージックはどういうものですか?
Four TetとBonobo好きだよ(笑)。Simon(Bonoboの本名)は良い友達だよ。そうだね……ジャズとかなり似ていると思うよ。僕の頭の中では同じパートにあると思う。明らかに違う部分はあるけど、時々聴くと催眠術みたいに同じリズムがどんどん身体に入ってくるように感じて、そこがジャズに似ていると思うんだ。あと、テクノやハウスはメインストリームにとってのモダンジャズのようでもあると思う。若い人たちはジャズをあまり聴かないけど、みんなエレクトロニック・ミュージックは好んで聴いている。いまの若い人たちの音楽はかなり先進的だと思うよ。
―シンセのサウンドをベースに、サックス、ハンドクラップ、あなたの声のコーラスといった様々な要素が入ってくるのがあなたのトラックの特徴ですが、音をバランス良く重ねる際に意識することはなんですか? また、それは直感的な作業なんでしょうか?
そんなに分析してくれてありがとう(笑)。僕は全てを別々に考えてないんだ。面白いことに、他の人にもエレクトロニック・サウンドに、クラシカルで、トラディショナルな音を混ぜているって言われるんだけど、自分の中では別れているものではなくて、異なるものが集まったひとつのサウンドなんだ。だから、僕が直感的に良いと思って完成したサウンドに、エレクトロニック・サウンドとトラディショナルな音が入っていたというだけで、あえて2つをミックスしたわけではないんだ。バランスも意識的に作ってはいなくて、出来上がった時に自然とそうなっているんだ。
―Blackstreetの「No Diggity」をカヴァーしたり、「Melt」でのKilo Kishとの掛け合いだったり、あなたの音楽の“歌”の部分にフォーカスするとソウルやR&Bに近いと思うのですが、ソウルやR&Bはどういうものですか?
ソウル・ミュージックは大好きだよ。R&Bは好きだけど、あまりたくさんは聴かないな。面白いのは、色んな人が“R&Bに影響を受けてる”って言うんだけど、僕は全然R&Bを聴いてこなかったんだ。どちらかというといつもソウル・ミュージックを聴いてたよ。
―ソウル・ミュージックだと、誰に影響を受けましたか?
うーん……Marvin Gayeかな。あとはDanny Bennett……じゃない、間違えた、Donny Hathawayだ(笑)。
―前作『Thinking In Textures』の時よりも、息づかいを感じられるぐらいヴォーカルが生っぽくなっていると思うのですが、ヴォーカルのプロダクションで意識したことは何ですか?
意識してはいないかな。『Built On Glass』を作っている時は、『Thinking In Textures』はなかったものと考えて、自分がいま何を作りたいのかということに集中したんだ。ヴォーカル面では……何かトライしたと思うんだけど、あまり覚えてないや(笑)。ただ唯一覚えているのは、『Built on Glass』はもっとヴォーカルを使おうと思ったことだね。今回は「1998」みたいにハウスだったり、ジャズや他の色々な要素を混ぜて、実験的な作業をして、ひとつひとつ異なるトラックを作ったから、ほとんどのトラックで自分の声を使うことによって、バラバラなトラックたちを結びつけて、ひと繋ぎの作品にしたんだ。
―『Built On Glass』の崩れかけてる手のアートワークは、オーストラリアを拠点に活動しているTin & Edによるものですが、彼らとは以前から知り合いなんですか?
いや、個人的には知り合いじゃないんだ。メルボルンは東京と比べると全然小さい街だから、彼らのことを知っている友人はたくさんいて、その共通の友人を介してお願いしたんだ。
―Tin & Edのホームページを見ると、『Built On Glass』に併せて作っていたと思われるユニークな作品が見られるのですが、ヴィジュアルと音楽の関係性についてはどう思いますか?
間違いなくあるよ! 今回はアルバムを作り終えた後に、どういう作品のテーマか、何に影響を受けたのかを説明して、『Thinking In Textures』のアートワークが好きだったから、あのグレー・スケールっぽさとか、3Dのものを真上から撮影して2Dに見せている感じとかは引き続きのこして欲しいと伝えて限界を設定したんだ。『Buily On Glass』のアートワークは、象徴的で、かつコミックっぽいポップさもあるんだけど、よく見るともっと深い意味があるんだ。そこが自分の音楽と似ていると思っていて、自分の音楽もキャッチーでありながら、複雑になっていて、深みがあるんだ。だから、ヴィジュアルと音楽には強い繫がりがあると思うよ。
―あなたはこれまでにトラックメイカーのFlumeやTa-ku、ラッパーのKilo Kishといった様々なアーティストとコラボレーションしていますが、今後コラボレーションしたいアーティストはいますか?
誰でも良いの? いまはBonoboだね(笑)。友達だし。でも他にもいっぱいいるよ。
―それは僕も実現して欲しいです(笑)。では、シンパシーを感じるアーティストはいますか?
えっとね……Jesse Boykins IIIとFrank OceanとStar Child、そしてPhil Collinsだね。
そしてインタヴューは、Rootscoasterへとつづく……
■Biography
オーストラリア、メルボルン出身のシンガーソングライター。12年に発表したデビューEP「シンキング・イン・テクスチャーズ」がR&B、ポップ、ソウルをエレクトロニックとブレイクビーツでコーティングした独自のサウンド・スタイルで話題となり、本国でゴールド・ディスクを獲得。また豪音楽賞で「最優秀インディペンデント・シングル/EP」や「最優秀インディペンデント・リリース」を受賞している。2014年、デビュー・アルバム『ビルト・オン・グラス』をリリース。
来日公演決定!
2015/1/26 (Mon) Shibuya CLUB QUATTRO
OPEN 18:30 START 19:30
スタンディング 前売り:¥5,500
Guest: mabanua
協力:Hostess Entertainment
お問合わせ:SMASH 03-3444-6751
http://www.smash-jpn.com/live/?id=2235
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