アツキタケトモは社会の規範や習俗から、零れ落ちてしまう人へと歌っている。しかし、それは必ずしもマイノリティへの歌というわけではない。もはや多くの人が疎外感や劣等感を抱えて生きるこの社会において、彼の歌は普遍性を秘めた表現なのである。歌謡と現代的なトラックの融合という創作スタイルはもちろん、今回の取材で語ってくれた「世の中のステレオタイプを裏返したい」というアティテュードも、アクチュアルな表現者でいたいという気概の裏返しだろう。
彼は昨年12月に「Family」をリリースし、今年の2月には最新曲「Period」を発表。前者はiriやSIRUPの楽曲を手がけるプロデューサー・TAARとの共同編曲で作られており、シャープで洗練された印象を与えるビートメイクは、まさしく氏の手腕によるものだろう。後者にはBREIMENのサトウカツシロをギターで招くなど、外部のミュージシャンへの積極的なオファーが印象的である。これまで作詞・作曲・編曲までをひとりで行ってきた彼にとって、窓を開けて新鮮な空気を取り入れたような作品になったのではないだろうか。
今回のインタビューでは、ふたつの新曲を軸にしながら、昨年リリースの『幸せですか』以降の創作について話を聞いた。Samphaのアルバム『Process』、この社会で起こる“断絶”、そして“アウトサイダー”など、今年のアツキタケトモの音楽における重要なキーワードを挙げてもらった。
Interview & Text by Kuroda Ryutaro
Photo by 遥南碧
“そうじゃない”ことを肯定したい
――7月に出したアルバム(『幸せですか』)を作り終えた後、すぐに制作に取り掛かったんですか?
そうですね。『幸せですか』が完成したのが3月頃で、翌月の4月から5月にかけて「Family」、「Period」を作りました。
――アルバムを作ったことで、新しいアイデアやインスピレーションが浮かんできたということでしょうか。
アツキ:ユニバーサル・ミュージックのチームと制作を共にし始めたのが、ちょうどアルバムが完成したタイミングだったんです。『幸せですか』まではある種閉じた制作というか、パーソナルなものを突き詰めるようなテンションで作っていたんですけど、関わる人が増えたことによって広がっていく意識を持つようになって。そこでいくつかデモを送ったところ、ユニバーサルからはもう少しオルタナティヴな曲を作ってみてもいいのではないか? というのが返ってきたんですよね。僕も『幸せですか』ではポップなものを作った気持ちがあったので、次の制作では“歌謡”以上に、“オルタナティヴ”を意識して曲を作ろうというモードに切り替えがありまして、その意識で着手した今回の2曲です。
――「Family」はTAARさんとの共同編曲ですよね。
アツキ:僕が作った「Family」のデモが可愛かったというか(笑)。少しポップスの要素が強くてソリッド感が足りない気がしたんです。それでもう少しビートに鋭さや洗練された感じがほしいと思い、TAARさんに依頼しました。「Family」ではデモに入っていたビートを差し替えてもらっているんですけど、それによってエッジでオルタナティヴな質感に変わりました。
――外部のクリエイターと作業するのは初めての経験かと思いますが、早速手応えがあったんですね。
アツキ:すごく大きなターニング・ポイントになりました。ひとりで作り切ることにある種のプライドを持っていたんですけど、『幸せですか』の制作を終えたとき、自分の引き出しを開け切った感覚があったんですよね。そこでTAARさんに編曲をお願いしたところ、僕の引き出しのバリエーションを相当増やしてもらえたというか、リズム組みやビート・プログラミングの重要性をすごく学ぶことができました。あの制作以降、他の人を自分の曲に招き入れることで起きる化学変化を、楽しめるようになりましたね。
――「Family」では曲調や音色の面で、制作中にイメージしていたものはありますか。
アツキ:「Family」も「Period」も歌詞から入った曲なんですけど、「Family」はそこにメロディをつけて弾き語りしていったところ、どちらかと言うとフォークっぽい曲になっていたんですよね。そこで楽曲としてはこのタイミングで出す曲ではないかなと思い、少し時機を考えていました。そんなときに2017年に出たSamphaのアルバム(『Process』)を聴いていて――特にイントロはかなり影響を受けたんですけど――こういう低温感というか、内なる熱を感じるクールな音像で、淡々とフォークっぽいものを歌ったらおもしろいんじゃないかというアイデアが浮かんできまして。実は次の制作ももう始めているんですけど、今の制作ターム全体に通底するヴィジョンとして、Samphaの『Process』に近い音がありますね。
――なぜそうした温度の低い質感に惹かれたんだと思いますか?
アツキ:派手なものや明るいものに対して、フィーリングが合わなくなったのかもしれません。今まさにリアルタイムで平和というものが脅かされるなかで、のどかなものに対して距離を置きたくなった部分はあります。
――なるほど。
アツキ:僕はコロナ禍になって以降、音楽にワクワクできない瞬間が増えてきたんですよ。2018年、2019年頃までは、いろんな新譜を聴く度にワクワクしていたのに、コロナ禍になってからはそういう体験が少なくなってしまった。それはもちろん、全体的な作品の質が落ちたという話ではなく、自分のマインドとして共鳴できないモードになっていったということなんですけど……そういうこともあり、興奮していた頃のサウンド・メイキングを思い出す必要があると思って。それで当時聴いていたものを聴き直し、今またSamphaのアルバムがしっくりきたのかなと思います。
――歌詞のモチーフが“家族”になったのはなぜですか。
アツキ:この世の中、家族の温かさをフィーチャーした曲はあるけど、僕はそんなに家族が温かいものだという印象はないんですよね。僕も家族に支えられて育ってきたという見え方にはなると思うし、感謝している部分はあるけど、そこに距離を感じている瞬間もあったというか。表向きには3人家族としてやってきたけど、内情は全然そんなんじゃなかったし、そういう現実はきっといろんな場所にあると思うんですよね。
――家族の形は、それぞれにありますよね。
アツキ:なのでステレオタイプとして、“家族は温かいものでなくてはいけない”ってなり過ぎると、窮屈なところがある。それでどこかのタイミングで、こうした題材で曲を書きたいと思っていました。そして、いわゆる温かいとされている題材に対して、「そうじゃない家庭もあるよ」と歌うことで、僕は“そうじゃない”ことを肯定したいんですよね。家族ごとにいろんなパターンがあって、その家族なりのやり方で障壁を乗り越えていけばいいんじゃないかと。そういうメッセージを伝えていきたいです。
コード・メイキングの面でステップアップした「Period」
――「Period」に関しては、今どんな所感を持っていますか。
アツキ:2020年に出した1stアルバム(『無口な人』)の1曲目に「不純」という曲があるんですけど、「Period」はそのときにできなかったことをやり切った曲でもあり、アツキタケトモの第一章のピリオドみたいなイメージはありますね。
――具体的にどの部分にそれを感じますか?
アツキ:コードです。今まではギターにコードを当ててボイス・メモで録り、それを打ち込みに置き換えて作っていたんですけど、「Family」以降の制作では、ギターで付けたコードを打ち込む前に、たとえばテンション・コードにしてみたり、ディミニッシュで代用してみたりと、色々なコードを試すようになりました。それはある種リハモしているような状態とも言えるんですけど、そうやって作曲とは別作業で細かいコードの調整をすることで、これまでの“作曲→アレンジ”という流れの間に、“作曲→コード・メイキング→アレンジ”というように、工程が一段階増えたんです。
――なるほど。
アツキ:そうしたことで「Period」では、Bメロで転調してサビで戻ってくる構成になりました。それはある種J-POP的にはよくあるパターンではあるんですけど、自分の力でそれができるようになったという意味では、コード・メイキングの面でステップアップした曲になりました。
――終わった恋を引きずる歌詞の印象なのか、トラックからはダラっと間延びしているような印象を受けました。
アツキ:倍テンで取ったからそう感じるのかもしれません。元は4つ打ちっぽいリズムで、(槇原敬之の)「もう恋なんてしない」みたいな感じだったんですよね。そのままだと90年代っぽすぎるというか、マッキーっぽすぎると思って(笑)、マッキーだったら絶対しないようなアレンジにしたいと思って今の形になりました。
――そして、こちらもリリックが先にできたとのことですね。歌詞はどんなところから浮かんできたんですか?
アツキ:冒頭で歌っている、《欲しいものなら何だって/アマゾンで届くけど》というラインが最初に浮かんできました。Amazonっていわゆる便利の象徴で、今はほとんどの買い物が家の中で済んじゃうけど、本当にそれでいいのかな? って思うんですよね。もしかしたら店に行くからこそのよさがあるかもしれないし、今は無駄をするからこその出会いが消えているのかもしれない。そんなことを思い浮かべて、そこから失恋した相手との記憶が残っているという描写に展開し、思い出というのは便利じゃないよな、というワンブロックを入れることで、詞が転換していきました。
――アルバム『無口な人』も、ハート・ブレイクの作品だったと思うんです。
アツキ:ラブソング集みたいなところはありましたね。
――悲恋を歌うことは、アツキさんにとって重要なテーマなのでしょうか。
アツキ:幸せな愛の歌って、難しいですよね。ともすると惚気になっちゃうというか、「今幸せです」という歌を聴いても、「よっしゃ、よかったじゃん」としかならない感じがあるから(笑)。それに対して失恋は、例えばそこから浮かび上がる孤独とか、書く場所がいっぱいある気がします。それもあって僕の場合は、どうしても恋愛を書こうとすると失われがちですね。
アウトサイダーに向けて曲を書く
――「Family」と「Period」の歌詞は、それぞれ“家族”と“失恋”というようにモチーフは異なりますが、どちらも“思いを伝えられないこと”、あるいはそこで感じる“空虚さ”に共通したテーマがあるように思います。
アツキ:まさにそこにテーマがありました。今言われたような空虚さ、強く言うと、“断絶”みたいなところですね。「Family」では両親も子供もそれぞれに悩みを抱えているけど、それを打ち明けないままそれぞれの部屋に籠もっている。家族は一緒にご飯食べたりしているんだけど、お互いにそういうところには触れないようにしている、という意味での断絶があります。
――一方「Period」は。
アツキ:自分が好きだと思っていた相手から、一方的にLINEをブロックされている。たぶん自分が相手を傷つけている瞬間があったのだろうし、きっと相手もSOSを出していたときがあったと思うんです。でも、そこに気づけないままプチっと切られてしまった……というような、人間同士の関係における断絶を描いています。ただ、どちらも“それを受け入れるしかないよね”、というところに着地する感じがあります。それは僕のこれまでの人生を振り返っても、そんなことが多かったと思いますし、どちらの曲も“そうされてしまったときにどう振る舞うのか”、というところに持って行きたい気持ちがありました。
――そうやって何かしら引き裂かれているものを抱えたまま生きている人っていうのは、きっと今の社会に大勢いますよね。
アツキ:そうですよね。それはコロナ禍でも感じることですし、今の世界の情勢を見ても、人間ってどこまで行ってもわかり合えないなと思います。ただ、だからこそ、わかり合えないなりにどうしていくのかを考えていかなきゃいけないし、そのためには何が正しいかではなく、ある視点に立つとAもありだし別の視点に立つとBもあると思う、という風に様々な価値観を肯定するようなメッセージが重要なんじゃないかと思います。
――歌詞から先に書いたというのも、そうした主張が自身の中にはっきりとあったからかもしれないですね。
アツキ:絶対的多数派にいられる人って、いないと思うんですよ。みんなどこかでマイノリティの部分を持っていたり、劣等感や疎外感を抱いて生きている。なので僕は、世の中のステレオタイプをちょっとずつ裏返したいというか、「そうじゃないんじゃない?」ってことを投げかけていく存在になりたいです。疎外感を抱えている人のことをもっと肯定していける社会になったらいいなと思いますし、僕はそういうことを歌っていきたいというのは、強く姿勢としてありますね。今回の制作は、アーティストとしてのヴィジョンがはっきりと見えたなかで進めていった感じはあって、それが『幸せですか』と「Family」以降の明確な違いかと思います。
――もう次の制作も進んでいるとのことですし、クリエイティヴは順調なんですね。
アツキ:実は、個人的に去年は全然ダメダメな年だったんですよね(笑)。特に下半期は作っては捨て、作っては捨て、みたいな状態になってしまって。それで結局25曲くらい作ったんですけど、たぶん何を作ったらいいのかわからなくなっていたんですよ。でも、今年の中頃にはまとまった作品を出したいと思い、去年の12月頃から次の制作を始めていって、改めて「僕は何を歌いたいんだろう?」ってことを考えたんです。そこで出てきたキーワードが、“アウトサイダーに向けて曲を書く”ってことでした。
――なるほど。
アツキ:それで「Outsider」という曲を書いたんですけど(笑)、そういうテーマで作品を作ることで、「Family」も「Period」もその中の1ピースとして繋がっていく気がしたんですよね。
――ヴィジョンがしっかりしたことで、今年はアツキタケトモとして次のタームに入っていきそうですね。
アツキ:そう思います。次に出す「Outsider」という曲が、第2章の一発目ですね。今まで作った曲の引き出しとは全然別の方向から持ってきた曲ですし、鍵盤やギターに参加してもらい、歌録りも初めてスタジオで録った自信作ですので、ぜひいろんな人に聴いてもらいたいです。
――最後にライブについても少し伺いたいのですが、あまりされていないですよね?
アツキ:前の活動形態の時期(竹友あつき名義時代/バンド時代)にはライブもしていたのですが、その頃からライブより音源を褒めてもらえることが多くて……やっぱり人間褒めてもらえることの方がやりたくなるじゃないですか(笑)。それで制作中心になっていたんです。とはいえ自分で歌わなければこの歌は歌われないわけですから、そういう意味では、過去の曲を生身の身体でパフォーマンスすることに対する興味は徐々に高まっています。まだ先のことにはなると思いますが、最初は配信ライブなのか、スタジオ・ライブなのか、そういうところから徐々に発展させていきたいですね。
【リリース情報】
アツキタケトモ 『Family』
Release Date:2021.12.01 (Wed.)
Label:ZEN MUSIC
Tracklist:
1. Family
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アツキタケトモ 『Period』
Release Date:2022.02.23 (Wed.)
Label:ZEN MUSIC
Tracklist:
1. Period
2. Family