The Strokesのギタリストとして15年以上のキャリアを誇り、ソロ・アーティストとしても7年以上の活動を続けてきたAlbert Hammond Jr.。そんな彼が今年7月にリリースしたソロ活動3作目となるフル・アルバム『Momentary Masters』は、シンプルでアップリフティングなギター・アンサンブルが絡み合うロック・アルバムだ。
06年の『Yours to Keep』や08年の『¿Cómo Te Llama?』に比べると、ボーカルが前面に打ち出されており、歌い手としての意識の変化も感じられ、そして全体のサウンドも緻密に練り上げられている。プロデュースを務めたのは前作のEP 『AHJ』も手掛けたGus Oberg。前作のEPは2人きりで仕上げたというが、今作は『AHJ』のツアーを帯同したバンド・メンバーとともに彼らの意見を存分に取り入れながら制作されたようで、その風通しのよさが伝わるバンド・サウンドに仕上がっている。
Albert Hammond Jr.自身のキャリアにフォーカスを当てると、彼は2009年に入ってからドラッグ中毒のリハビリを行い、1年半にもわたり曲も書くことができなかったという。
バンドとして大きな成功を手にした一方で、彼自身は人知れず暗黒の時期を経験していた。しかし彼の楽曲創作に対するモチベーションはThe Strokesの5作目『Comedown Machine』に含まれる『One Way Trigger』を書きあげたことから上昇に向かった。
ただし、そこには2週間ばかしの心の交流を交わし、再び彼を音楽へと立ち向かわせるサポートとなったと公言する、彼の友人でもありモデル/女優としても活躍していたSarah Ann Jonesのオーバードーズによる死が横たわっている。
最初に書いた通り、このアルバムは気分を高揚させてくれるロック・バンドのアルバムだ。だが一方で、30分少々で消費されるチープなBGMには成り下がらない。
久方ぶりのジャパン・ツアーでの来日中、カフェで注文したエスプレッソ・コーヒーを一息で飲み干したあと、誠実に応対してくれたAlbertの言葉から、今作にかけた思いを探ってほしい。
Interview & Text:Hiroyoshi Tomite (the future magazine)
Photos:Michito Goto
「ソロのアーティストとしてもやっていけるんだ!」って信じて作り上げたアルバム
—2013年の10月に発売された『AHJ』を発売してから、今作に至るまでの経緯を教えてください。
EPを出したあと、NYを皮切りに半年以上世界ツアーを行っていたんだ。そうやって本数を重ねていくうちに、バンドとしての結束力が高まっていって、バンドがすごくいい状態になっているように思えた。そういったいいグルーヴが生まれているこのバンドで、自分が作っていたデモを演奏してみたらどういう化学反応が起こるんだろうって単純に興味を持ったんだよ。そして自分が既に作り上げていた『Caught by My Shadow』や『Born Slippy』、『Touché』を一緒に演奏してみたら、想像以上に手応えを感じることができた。だからそのまま自然とアルバム制作に立ち向かうことになったんだ。
—YouTubeにも公開されていますが、Albertさん自前のスタジオ『One Way Studio』で行なわれていた演奏もかなり雰囲気がいいですし、そういうバンドとしてのポジティブなムードが投影されているように思えました。レコーディング自体はかなりリラックスしたムードのなかで行われたのでしょうか?
バンドの雰囲気はたしかにすごくよかったし、だからこそ今回アルバム制作を一緒に行うことを決めたわけだしね。ただ、リラックスしたムードでとは言っても、あくまで仕事だからね(笑)。
楽曲をバンドでクリエイションする上で、当然ながらそれなりに張り詰めることもあったよ。そういう健全な衝突も含めて、全体を通してはポジティブなプロセスを踏んで作られたっていうのは間違いないね。
あと、君が今いったオープン・マインドなフィーリングがアルバム全体から漂っているというのは僕自身も同意できる。でもそれってアルバムの1つの側面でしかないんだ。サウンド・プロダクションの開放的な雰囲気に至るまでには、数年の積もり積もったいろんな自分の出来事が投影されているから。
—今おっしゃられたことは僕自身もすごく感じています。サウンド・プロダクションはポジティブでありながら、一方で歌詞はかなり裏腹というか。ブラック・ユーモアや皮肉が含まれていたり、解釈によってはポジがネガに反転するようなものになっていると思いました。このアルバムの歌詞について『過去の自分に宛てたラブレターのようなものだ』と語っているインタビューを読みましたが、それはドラッグ中毒に溺れた(Born Slippyだった)自分に対する決別の気持ちを込めて書かれたものなのか、過去の自分に慈しみを感じながら書かれたものなのか判断しかねまして。……無粋な質問かもしれませんが、その辺りを教えてもらえますか。
うーん、すごく回答が長くなるよ(笑)。
まず、残念ながら自分自身に決別しようと思ってもなかなかそれができないのが人間なわけで。そういう弱い自分自身を抱えていることを受け入れた上で前向きに生きていくしかないんだ。自分自身のダークサイドであったり、弱い部分を理解して受け入れることができたら、曲を作る上で強みになったりするわけだからね。
あと、今指摘してくれた、今作の歌詞がポジティブなこととネガティブなことが表裏一体になっているという点は僕も同意するよ。僕自身、昔から常に時間をかけて聴くことで深みを増すような音楽の世界観を志してきたし、サウンドからは高揚感を感じられるけども、歌詞には色々な複雑な感情が表現されているというものが好きだからね。で、今作ではそれが上手くいったように思ってる。無意識的にやったのか、自覚的にそれを狙って書いたのかはさておき、とにかく自分の全てを注ぎ込んで、「ソロのアーティストとしてもやっていけるんだ!」って信じて作り上げたからね。
言葉をメロディーに乗せて初めて、自分の感情を表現できる
ーダークサイドや弱い自分を受け入れる、という話に紐づいて質問です。The Strokesの『One Way Trigger』を書きあげるまでの1年半にわたって、楽曲が書けなかったということですが、そこから再び腰を上げて音楽に取り掛かるという風に自分を持ってくることができた、弱さを受け入れることができた背景には、どんな要因が絡んでいると思いますか。そこにはSarahとの交流の話など、センシティブなエピソードも含まれていると思いますが。
えーっと、これも全てを話すには何ページもいるね(笑)。今だって自分自身を完璧にコントロールできているとは思わないよ。今日だって落ち込むことがあったし、将来のことを考えると、自分が目指すべきところにいけないんじゃないかって不安に苛まれることもある。近しい人との関係で腹を立てることもあるしね。
……で、質問に戻ると、再び曲を作ることができたのは、ドラッグ依存のリハビリを終えたことが良かったのか、本をたくさん読んだことが作用したのか、はたまた再び生きるということに対する好奇心が湧いたのか。いろいろなことが作用しているんだと思うよ。
Sarahとの別れも当時は理解できなかったのだけど、立ち上がる1つのきっかけになっていると思う。彼女とは色々な意見を交わしたし、そこにはいくらかのロマンスも含まれていたしね。ただ彼女がオーバードーズで亡くなってしまったという事実を、自分自身で消化するのには正直かなり苦労したよ。
彼女の死後、会話や一緒にいた記憶を掘り下げて、彼女に対する思いの丈を「Coming to Getcha」という曲の歌詞の中にぶつけたんだ。でもまあ、深い感情を正確に言葉に表すのは難しいし、言葉(リリック)にしただけじゃ自分の気持ちを100%表現できないってすごく思うんだよね。僕はその言葉にメロディーをつけて、コードをつけて奏でることで初めて自分が表現したいと感じる感情に近いところまで持っていくことができる気がするんだ。
—確かに、シンプルな言葉がメロディーに乗ることで浮かび上がるエモーションの繊細さは、あなたのすごくオリジナルなものに思えます。今回のアルバムの楽曲で言えば、『Losing Touch』の「happy here? / the rests a wreck! 和訳:ここで幸せなのか? / 他の場所は廃墟だ!」って絶唱する部分なんかに顕著なように、高揚感のあるメロディーに乗っかっているのにかなり裏腹な表現だなと感じて、胸に突き刺さりました。
本当に僕もそう思うし、評価してもらえて嬉しいよ。
—アルバムのなかで、Bob Dylanのカバーとなる『Don’t Think Twice(,It’s All Right)』だけはパーソナルな表現とラフなサウンドで、全体的にみると異質なものになっていますよね。
この楽曲をレコーディングした理由と、アルバムに含んだ理由をそれぞれ教えてください。
ご指摘の通り、これは1人で全てレコーディングしたからサウンドもトーンも全然違うよね。
まずこの曲をレコーディングした理由は、アルバム制作以前にBob Dylanをカバーするチャリティー・ライブに出てくれと言われて、それを引き受ける上で自分とは違うトーンやビート、メロディーの選び方が気に入ってこの曲を選んで演奏してみたんだ。そしたら結構楽しかったから録音したっていう単純な流れなんだ。なんか楽しい宿題にとりかかったみたいな、軽い気持ちかな。
そしてそれをあえてアルバムに入れた理由としては、割とアルバム全体のサウンド・プロダクションが研ぎ澄まされたものであるから、こういうラフなサウンドが入ることで耳を休める意味がある。それと他のソングライター、この場合はBob Dylanの楽曲自体が、アルバム前半の5曲を解釈する上で新鮮な視点を加えてくれているように思えるし、僕の楽曲のトーンを消化する時間も与えてくれるような気がする。そして次の4曲を聴く準備が整うからいいな、と。
このアルバムタイトルが、10年後より深い意味を持つと思う
—物事の真理を表すような、“束の間の支配者“を意味する「Momentary Masters」という言葉をアルバムのタイトルにしたのには、どんな意図が込められているんでしょうか? 日本にも「諸行無常」や「盛者必衰」といった言葉があって、それに近しいものを感じたのですが。
なぜ?って訊かれても難しいんだけど、YouTubeで天文学者のCarl Saganによる「Pale Blue Dot」という朗読の動画がアップロードされてて、そのワンフレーズから引っ張ってきたんだ。その朗読を聴いてると、とても心が落ち着くんだよね。彼は『惑星へ(原題:Pale Blue Dot:A Vision if the Human Future in Space)』という本も書いているんだけど、彼の言わんとするところは、「全ての物事それ自体には意味がなくて、自分自身が物事を意味づけしていくものだ。そして人の思い自体も日々移ろいゆくものだから、物事の意味自体も時とともに変化していく」とか。「人間は失敗をするもので、その経験自体が物事の教えだ」とか。「自分の人生というものよりもっと広大な価値観や真理が存在している」とか、そういう真理を言おうとしているんだ。こう話すと迷信がかっているように聞こえるね(笑)。
僕は信心深いわけではないけど、彼の主張に共感してね。人生は常に移ろいゆくし、変化を繰り返していくなかで生きていかなくてはならないということを言い表した「Momentary Masters」という言葉をタイトルに付けることで、このアルバムもいい年の取り方をするのかなって思ったんだよ。10年後このアルバムを聴いたときに、今より深い意味のあるものになっていそうな気がしてね。
惑星へ〈上〉 カール セーガン 森 暁雄 朝日新聞社 1996-02 |
—確かに長い年月に耐え得るアルバムだと思います。では最後の質問です。これまでThe Strokesでの活動も含め15年以上ミュージシャンとしてのキャリアがあり、個人としてもバンドとしても色々な時期をくぐり抜けてきたなかで、荒波を切り抜けるためのメソッドを学んだと思いますか? そして、ユーモアはどのくらい生きてくのに役立つと思いますか?
うーん。15年のキャリアを経て、いろんなことを学んだと感じると同時に、全く自分自身のことを理解していないし何も学んでいないとも思えるよ(苦笑)。
ただそういうなかでも、苦しいと感じるとき、過去はこういう風に乗り越えてきたっていう経験値があるからね。例えばドラッグに溺れそうになったとしても、「以前はこういう風に乗り越えたから大丈夫」って思えたりね。経験値からくるセーフティー・ネットはできたように感じるかな。
それからユーモアのセンスは絶対必要だと思っている。ちょっとしたユーモアは日々の営みに癒しを与えてくれるからね。人生って毎日岩を転がしながら山を登って、それがやっと達成されたと思ったら、また下山して1から始める……みたいな繰り返しのように感じていて。不毛に感じたり、日常に嫌気が差しそうになっても、冗談を飛ばしたり、ユーモアの心を持っていれば、ホッと和んで再び自分の課題に取り掛かることができるからね。
Photo Gallery
Albert Hammond Jr.『Momentry Masters』
Release Date:2015.07/19
Price:2,300+Tax
Label:Magniph Records
No.:MGNF1031