11月1日(金)より公開となったフランス映画界の鬼才、ギャスパー・ノエによる最新長編映画『CLIMAX クライマックス』。2018年カンヌ映画祭・監督週間で初上映され、大賛否を巻き起こした本作はそのセンセーショナルな内容をもって、同映画祭にて芸術映画賞を受賞。それがきっかけとなり、批評家や各レビューサイトには絶賛と賞賛が溢れ、アメリカでは5館限定公開にも関わらず、館アベレージが2.4万ドルと大ヒットを記録した商業的にも成功したといえる作品だ。
資料によると主演のソフィア・ブテラ以外すべてのキャストが演技経験のないプロ・ダンサーたちで固められた本作には、DJ役としてフランスの有名音楽プロデューサー/DJとして知られるKiddy Smaileも出演。本作でもゲイでありLGBTコミュニテイのリーダーとしての顔を持つ彼だけにそのキャラクター性は演じたDJダディにも活かされている。
ギャスパー・ノエと音楽の話でいえば、2002年に公開され、圧倒的な過激な内容で物議を醸した問題作『アレックス』ではDaft PunkのThomas Bangalterが音楽面で携わったことも当時話題に。さらに彼とは2009年の東京を舞台にした『エンター・ザ・ボイド』でも再びタッグを組むなど、フランスを代表するエレクトロニック・ミュージシャンがギャスパー・ノエ作品を音楽面から支えた。
また、エレクトロニック・ミュージシャンとのコラボレーションでいえば、今年5月に公開されたJusticeも所属するフランスの人気レーベル〈Ed Banger〉の大看板の1人であるSebastiAnの新曲「THIRST」のMVも手がけており、同曲が持つ圧倒的に狂気的かつ暴力的なエレクトロニックサウンドに負けじと劣らない映像表現でその魅力を視覚に訴えるかのような仕事をこなしている。
話を『CLIMAX クライマックス』に戻して。本作のあらすじを簡単に説明すると、1996年のある夜、有名な振付家の呼びかけで選ばれた22人のダンサーたちが人里離れた廃墟に集まり、アメリカ公演のための最後のリハーサルをしている。その場所は人里離れた場所にあるため、電話も繋がらず、さらに外は雪が降りしきり、完全に外の世界から切り離された空間になっている。
ダンサーたちはアメリカ公演のための最後のリハーサルを行い、それが終わると打ち上げが始まる。しかし、その場所に置かれたケイタリングのサングリアには何者かによってLSDが混入されており、知らずに飲んでしまったダンサーたちは、打ち上げ会場に響く音楽に身を任せながら徐々に意識がまどろんで行く中で、理性を失っていく。その結果、彼らは自身の内側に抱える性、暴力を始めとした本能と欲望を抑えることができないトランス状態に陥り、まるで悪魔のような一夜を過ごすことになる。
本作ではこのストーリーが舞台設定と同じ1996年に実際に起きた出来事だということがテロップによって語られる。そのことから感じるのはこの映画が全くのフィクションではなく、「嘘みたいな本当の話」だということだ。その極限状態にリアルさを与えてた要因のひとつが我々が普段から慣れ親しんでいる音楽にあるように思えてならない。
LSDと人をトランス状態にさせる軽快なエレクトロニック・ミュージックなどの音楽によって、徐々に理性が剥がれ落ちて行くダンサーたち。音楽面でギャスパー・ノエは作中の舞台を一夜のレイヴに見立て、各シーンでかかる音楽をまるで、狂気の夜に起こる出来事としてDJ感覚で繋ぐように話を進めていく。
時系列的には冒頭で描かれるダンサーの1人が雪の中で生き絶えるシーンがストーリーの終盤部分であり、エンドロール的なものが続いて流れるほか、出演ダンサーたちにフォーカスしたメイキング映像のようなものも映し出される。そのため、先述の『アレックス』を知る者にとってはその方式を再び採用した逆再生的方式なのかと思わされるものの、突如ストーリーは時系列的に正しい始まりのパートに戻る。また、本編ではストーリーとストーリーのブリジットしていきなり従来の映画におけるオープニング・シーンで見られる出演者、製作陣紹介のテロップが入ってくるなど従来の映画とは違った脱構築的な作りになっていることも特徴的だ。
しかし、音楽に関してはあくまでDJ的に“選曲を通して一夜をメイクする”感覚がブレることなく反映されている。例えば、序盤のダンサーが躍動するダイナミックなダンス・シーンではエキゾチックなディスコ・ナンバーであるCerrone「Supernature」が、あたかもパーティーの掴みの1曲のように選曲されており、観るものの次の展開に対する期待を膨らませる。
本作の音楽は、LSDが徐々にダンサーたちの理性を奪っていく様子と連動するようにDJミックス的につながれていく。ダンサーたちのたわいもない会話が終わり、ストーリーが中盤に差し掛かる頃から始まるバークレーショットのシーンではまず天井から見た回転するターンテーブル、DJミキサーが映し出される。
Kiddy Smileによる「Dickmatized」が鳴らすハウシーなビートに乗せて踊るダンサーたちはあたかも回転するレコードのようだが、次にThomas Bangalter「What To Do」がミックスされるようにして聴こえてくる頃にはLSDが身体に回りだしたのだろうか? 彼らのテンションも高揚し、輪の中心で踊るダンサーに浴びせる歓声も心なしか荒々しいものになっているように描かれる。
また、このあたりからスクリーンに映る映像自体も回転を始め、「What To Do」もリヴァーヴが効いた形で再生されるなど視覚、聴覚ともにLSDによる陶酔感を感じるような演出が行われていることは注目すべきポイントだろう。約90分ほどの本作の尺をDJセットの時間として考えた場合、この中盤の音楽による演出はDJミックスでも大変よく見られる展開方法だ。
他にもDJミックス的な展開だと感じるのが、子持ちの母親ダンサーと会場に紛れ込んでいたその小さな息子に映像がフォーカスされたのち、一旦BGMのヴォリュームが抑えられるシーンだ。徐々に狂気が支配していく会場から一旦抜け出すために、ソフィア・ブテラ演じるセルヴァが歩く廊下にはその子供の金切り声のような鳴き声が響き渡る。不穏さがじわじわと充満していく様子は、ドラムロールの後に来る、次の大きな展開の前のブレイクのような静けさに通じるものがある。
このように音楽と連動するかのようなダンサーたちの欲望と狂気だが、それが一気に開花するのが、ギャスパー・ノエらしい暴力性がスクリーンに飛び散る瞬間を捉えたシーンだ。それは妊娠を告白するダンサー、ルーの腹部を平然と蹴りあげる別のダンサーや飛び火したランプの火によって炎に包まれ泣き叫ぶダンサーを通して描かれていく。その中でも引き続き聴こえる子供の鳴き声だ。それを聞くルーは「悪夢だ」というセリフを口にするのだが、同時に聴こえてくるのは荒々しいノイズ音が印象的なDaft Punk「Rollin’ and Scratchin’」。この選曲はダンサーたちの悪夢が加速し出す瞬間とその不穏さを音楽で表現するための最適解といっても過言ではないだろう。
クライマックスに向けてストーリーが動き出す中、リンチ、乱交、近親相姦など誰がどう見ても混沌とした魔界のような状況に陥いった会場では全てが燃え盛る地獄絵図が展開される。しかし、その時に聴こえてくるのは、そんな状況に反するような意外にもキラキラしたGiorgio Moroderの「Utopia」。
LSDによるバッドトリップがまさにクライマックスを迎えんという瞬間に鳴り響く同曲は、それぞれが思い思いに欲望を解放していき理性を失っていくダンサーたちにとって、水先案内人であるかのように“ユートピア”へと誘っていく。しかし、その様は快楽の代償として彼らが本来なら迎えたであろう“明日”を吸い上げていく行為のように見えてならない。
このような一連の流れを経て、ついに狂気の一夜としての“DJミックス”は朝を迎え、終わりを告げる。そして、死屍累々、ダンサーたちが倒れ混んでいる会場と対照的に“安全地帯”から狂気の一夜を覗き込んでいたかのような犯人の姿をついにカメラが捉える。その際に描かれる犯人が目薬のように自らの眼球にLSDを差し込む様子は、さっきまで会場を包み込んでいた混沌をカジュアルにリセットするかのようだ。
またこの時に選曲された音楽はアンニュイな女性の声や吐息、囁きを元にグリッチなサウンドに仕上げたCosey Fanni Tutti & Cohによる「MAD」だ。どこかフラットかつルーピーなこの曲は、盛り上がりすぎたパーティの熱狂をクールダウンさせ、クローズさせるためにDJが朝方に選曲する曲と同じで、狂気の一夜の終焉を意味するものになっている。しかしながら、犯人が見せる陶酔の表情のせいだろうか? 狂気のパーティが継続することを暗に示しているような印象も少なからず受けるため、この選曲には終わりからの始まり、再びそれが起ることの予告のようにも思える。
DJカルチャーをサンプリングしたかのような音楽的な要素も見てとれる本作には、他にもAphex Twinの代表曲「Windowlicker」やThomas Bangalterによる書き下ろし曲「Sanglia」が、その時々のダンサーたちの心情を適切に表現する形かつ“DJミックス”として聴いても違和感がない形で選曲されている。果たしてギャスパー・ノエは、それらの曲をどのように繋いでみせたのか? その答えを確かめるためにもぜひ映画館に足を運んでみてほしい。
Text by Jun Fukunaga
【映画情報】
『CLIMAX クライマックス』
11月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
(C)2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS