名曲の歌詞の情景を集音(フィールドレコーディング)し、新たな楽曲を生み出すプロジェクト『集音歌詞』。その第1弾作として、Daido(作曲/映像)・So(サウンドエンジニア/DJ)・Yuta(Ba.)によるバンド、CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN(チョコパコチョコキンキン/以下CHO CO PA)が1979年にコミックバンド・バラクーダによって発表された宴会の名曲“日本全国酒飲み音頭”をカバーした。
除夜の鐘の音や缶ビールを開ける音、田んぼで鳴くカエルの鳴き声など、約30種類もの環境音や生活音を集音し、移りゆく季節の流れを表現したCHO CO PA。彼らは“日本全国酒飲み音頭”をどのように解釈し、オリジナルのもつ「宴会の喧噪」から離れたのだろうか。
今回は“日本全国酒飲み音頭”の生みの親であるバラクーダの岡本圭司とベートーベン鈴木、そしてCHO CO PAの3人による座談会を実現。オリジナルの“日本全国酒飲み音頭”と、新たなカバーソング“日本全国酒飲み音頭 -集音歌詞ver-”について話を訊くことに。
半世代近く年齢の離れているCHO CO PAとバラクーダ。楽曲が生まれた経緯と過程を話してもらうなかで、世代だけではなく音楽の価値観・考え方の差異が浮かび上がる、貴重なインタビューとなった。
Interview & Text by Nozomi Takagi
Photo by Kei Sugiyama
ワッと歌える曲を綺麗な音楽に変換する発想はなかった
Yuta:先にお聞きしたいのですが、(ベートーベン鈴木のことは)鈴木さんとお呼びすればいいですか? それともベートベンさん?
ベートーベン:今日はベートーベンでお願いします(笑)。
Daido:わかりました(笑)。ちなみに、お名前の由来ってお聞きしてもいいですか?
ベートーベン:作曲家として活動するからには、世界一有名な作曲家の名前を借りてやろうと思って。クラシックのことはあまりよくわからないんだけどね。
岡本:僕もね、バラクーダを結成した当時は「岡本八」という名前でした。師匠の平尾昌晃先生に名前を付けてもらったの。「坂本九に似てるけど、一つ足りないから八にしろ」って。僕らの世代は芸名で活動するミュージシャンが多かったんだよね。君たちのバンド名の由来は?
Daido:コンガを叩くときのリズムパターンから取っています。「cho co pa co cho co quin quin」という型があるんです。
岡本:実は僕らも“CHAKA POKO CHA”っていう、名前が似た曲を出したことがあります。それは京都の川でお坊さんが、木魚をチャカポコ叩いているのを見て作った曲なんだけどね。君たちの曲も、よく聴くとチャカポコした太鼓の音が入ってるもんね。
――バラクーダのおふたりはCHO CO PAによる“日本全国酒飲み音頭”も聴きましたか?
ベートーベン:もう何回も聴いていますよ。君たちのような若い世代が“日本全国酒飲み音頭”を知っていることにまず驚いたね。
So:いろんな場所で耳にする機会が多い曲なので、もちろん僕たちも知ってました。その上で「この曲にしよう」と決めました。
――では、なぜこの曲を選んだのでしょうか?
Yuta:……「お酒が好きだから」に尽きると思います(笑)。おふたりはお酒がお好きですか?
ベートーベン:岡本さんは全く飲めないのに作詞をしたんですよ。
Daido:そうなんですね。ちょっと意外です。お酒が大好きで、作ったのかと思いました。
岡本:飲まないからこそ作れたのかもね。冷静な視点で色々考えられるから。
Yuta:たしかにシラフの状態なら、お酒の場を俯瞰で観察できますもんね。と言っても、僕たちも「お酒が好き」と言いつつ、大人数の宴会などは苦手なんです。
ベートーベン:だからこそ、こういう落ち着いたカバーになったのかもね。ワッと勢いで歌える曲を綺麗な音楽に変換する、って発想は我々にはなかったから。
――なぜ原曲よりもテンポを落とす、という発想が生まれたのでしょうか?
Daido:プロジェクトのお話をいただいたとき、元の楽曲がもつ雰囲気からあえて遠ざけた方が、僕たちが参加する意義のあるカバーが作れるのではと思いました。その一方、この曲は同じメロディ、似たフレーズを繰り返す「数え歌」なので、テンポを落として平坦なまま続けると、どうしてもダラダラしてしまうリスクがあって。調理の仕方が難しかったです。実際、レコーディングのときも「次って何月のパートを録ればいいんだっけ」ってわからなくなる瞬間はありました(笑)。
Yuta:後半に向けて「アレンジをどう重ねていこう……」って焦りましたね(笑)。だから、たとえば11月の「何でもないけど」という歌詞を音で表現するために、シンセサイザーの音色を7月頃から差し込み始め、11月で音を抜いてみたりして。そういった音の抜き差しなどを工夫しつつ、最後まで聴いてもらえるような起伏を生み出すのが肝となる作品でした。
――風鈴の音や缶ビールを開ける音などのフィールドレコーディングは、全員で行ったんですか?
So:Daidoが全て集音しました。ただ、「1月はこの音」「8月はこの音」とはっきり分けているわけではなくて。暦ごとにブツブツと切るのではなく、じわじわと季節が移ろっていくのが伝わるようなミックスを意識しました。
Daido:途中でウグイスのさえずりも入っていますが、ウグイスって3月から5月にかけて鳴くらしくて。だから3月にだけウグイスを登場させるのではなく、5月までさえずりが聴こえるようにしました。
留学生の替え歌から生まれた“日本全国酒飲み音頭”
――CHO CO PAのカバーした“日本全国酒飲み音頭”を聴いた感想を、ぜひバラクーダのおふたりにもお聞きしたいです。
ベートーベン:宇宙を想像したね。まるで天体から音が降ってくるような、静かな印象を受けました。この曲をカバーしてくれたアーティストは結構いるんだけど、やっぱり“音頭”として捉えているカバー曲が多いわけです。俺らも曲を発表したときは、「聴いているだけで酔っ払っちゃうよ」なんて言われたもんだけど、君たちのは聴いていても酔っ払わないからいいよね。
岡本:でも、どういう場面で聴くのがいいんだろう。宴会中に聴くわけでもないし……賑やかな場所というより、病院の待合室のような静かな環境の方が合っている気がするよね。
So:うーん、酔っ払った後かもしれません(笑)。お酒を飲んだ帰り道に、千鳥足で聴くようなイメージです。
Daido:でも「病院の待合室」っていうのもあながち間違っていなくて。今回のカバーに限らず、僕らは曲を作るとき、BGM的に楽しんでもらうことを目指している節があって。逆におふたりはどういった場所で“日本全国酒飲み音頭”を演奏していたんですか?
岡本:宴会場やキャバレーで披露することが多かったかな。それこそ発売当時、八代亜紀さんから「歌わせてほしいから譜面をください」なんて電話がかかってきたし。まさに“飲みの場”で映える曲なんです。
ベートーベン:少なくとも普通の「ネタ」としてはやってなかったね。必ずしも笑いを取れる歌でもないし、オチもないから寄席向きではなかった。笑わせられないけど、酒飲みながら歌うと楽しい曲なんです。
Daido:どういったきっかけで“日本全国酒飲み音頭”が生まれたんですか?
ベートーベン:若いとき、東大駒場前で友だちがスナックをやっていたのね。近くに「留学生会館」っていうのがあったんだけど、そこの留学生がスナックに来て、おもしろい替え歌を歌っているって話題になって。それがディズニー映画『シンデレラ』の“ビビディ・バビディ・ブー”のメロディに乗せながら、《1月は正月で酒が飲めるぞ》って歌う替え歌だったんです。で、試しにバラクーダの公演の最終日にその替え歌を披露したら、思った以上にウケて。それがきっかけでレコーディングを行い、自費出版することにしました。
――では、当時の留学生が歌っていた歌詞がそのまま使われているということですか?
岡本:1番の暦を数えるパートはバラクーダ風に変え、2番の全国各地について歌うパートは私が追加しました。当時はヒット曲のコード進行だけを真似て、メロディを替えながら似たような曲をリリースするのが流行っていたんです。それをヒントに、ベートーベンが日本風に“ビビディ・バビディ・ブー”をアレンジしたわけです。そのうえでディズニーに「確かに全く違う曲ですよね」と確認を取り、改めて現在の“日本全国酒飲み音頭”が生まれました。
「今度の寄席でこの曲を流してみようかな」
ベートーベン:それにしても、僕たちの頃はレコードをたくさん刷って売ることが有名になることの近道だったわけだけど、君たちはどうやって音楽を発信しているの?
Daido:僕たちの場合はストリーミング配信や、YouTubeでの映像アップなど、オンライン上での発信が中心です。
岡本:そうだ、アップロードされている動画を見たんだけど、てっきりメンバーに女性がいるものだと思った(笑)。サポートメンバーも含め、みんな同年代のように見えたけど。
So:年は近いですね。僕たち3人は近所の幼馴染で、小学校から一緒です。
ベートーベン:3人はなぜ音楽の世界に入ったの?
Yuta:コロナ禍での隔離期間があり、何もやることがないときになんとなく外で集まって、音楽を一緒に作り始めたのがきっかけです。だから「この世界に入った」みたいな感覚もないまま現在に至ります。
岡本:なるほどね。今は発表する道がたくさんあるのがいいことだよね。僕たちの時代に比べると、おもしろいことも続けやすい時代になったと思う。
Daido:なぜコミックバンドを結成しようと思ったんですか?
ベートーベン:まあ、当時は最初からコミックバンドを結成する……なんていう奴はいなくて。基本的には落ちこぼれの集まりなんですよね。「歌手を目指したけどダメだった」「役者だったけど売れなかった」なんて奴らがコミックバンドを結成する。バラクーダもそうでした。
僕も最初は普通のバンドをやっていたけど、モノにならなかったんです。それでたまたま受けたオーディションが、コミックバンドだった。そのまま真面目にギターを弾き続けてたら、どれくらい上手くなっていたかな、なんてたまに思います。ちなみに僕が岡本と出会ったときも、ちょうど今のCHO CO PAと同じくらいの年でしたよ。だいたい20歳前後だったかな。
岡本:出会い方も作っている音楽もCHO CO PAとは違うわけですよ。「笛を吹いたら全員でずっこけろ!」なんて舞台でやってましたから。何もかもが違う君たちが僕たちの曲をカバーするっていうのもおもしろいね。
ベートーベン:あと、さっきDaidoくんが「BGM的に作ってる」って言っていたけど、曲を作るときに思い浮かべる相手も違うような気がしたね。僕らはお客さんの顔を想像しながら曲を作ってるの。宴会の様子を想像して「これをやったら笑うだろうな」って。
Daido:僕は完全にメンバーのふたりを想像しながら作ってると思います。ふたりが喜ぶ音楽というか。曲の大枠を僕が作り、アレンジをYuta、ミックスをSoが担当しているのですが、作った曲に対してふたりが「おもしろい」と思ってくれるなら、他の人も喜んでくれそうなんです。もちろん2人が「いいね」って言わないと、そのあとの作業を続けてもらえないのもありますが(笑)。
Yuta:そこまで厳しくしているつもりはないです(笑)。でも僕も他のふたりのことを考えながらアレンジを加えています。顔色を伺う、というわけではないんですけどね。曲に対してこういうエッセンスを加えれば、イメージを崩さないままSoに渡せる……みたいに、ニュアンスを汲み取る作業に近いと思います。
岡本:なるほど、そういう考えもあるんだ。たしかに「ネタを作ったら家族に披露する」っていう芸人もいるからね。家族が笑えば「これならいける」って思うんだって。
ベートーベン:話を聞いていて、今度の寄席でこの曲を流してみようかなって思いました。僕たちの客がどういう反応をするか見てみたくなった(笑)。
Daido:ええっ、めちゃくちゃ恐れ多いです!
ベートーベン:合間の休憩の時間とか、始まる前にね。笑いに来ている人を落ち着かせるの。いいんじゃない、この曲は気持ちが落ち着くからね。きっとおもしろいと思う。
【リリース情報】
CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN 『Correspondances』
Release Date:2024.05.01 (Wed.)
Label:CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN
Tracklist:
1. アダンの海辺
2. Correspondances
3. 声を聞かせて