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INTERVIWE | 原口沙輔


若き音楽家が語る坂本龍一からの影響、大規模個展で感じ取ったもの

2025.01.10

坂本龍一の創作活動の軌跡を辿る最大規模の個展『坂本龍一|音を視る 時を聴く』が、東京都現代美術館で開催中だ。

50年以上にわたり、音楽とアートの境界を超えた挑戦を続けた坂本の創作活動を、未発表の新作を含む10点あまりの体感型サウンドインスタレーションで紹介。会場には坂本が生前に遺した構想を基に、音と時間をテーマにした作品群が美術館の空間全体にダイナミックに配置されている。高谷史郎や真鍋大度、Alva NotoことCarsten Nicolaiといったアーティストとのコラボにより、坂本の芸術性がさらに深く立ち上がっている。

Spincoasterでは坂本龍一の音楽と哲学に深く影響を受けた音楽家・原口沙輔にインタビューを実施。幼少期から坂本の音楽に触れ、その哲学を自身の創作に取り入れてきた彼が、坂本への想いと、自身の音楽活動における影響についてはもちろん、坂本を敬愛するアーティストたちが集うトリビュートイベント『RADIO SAKAMOTO Uday』への意気込みや、音楽がアートとして持つ本来の価値を取り戻すための未来への展望も伺った。

Interview & Text by Takanori Kuroda
Photo by Shimizu Elio


原口沙輔からみた坂本龍一の魅力と「核の部分」

――原口さんは、どんなきっかけで坂本龍一の音楽に出会ったのでしょうか。

原口:きっかけとしては、父が家でよく音楽をかけていたことが大きいですね。ジャンルにあまりこだわらず、洋楽も邦楽もいろいろ聴いていて。いわゆるメインストリームというよりは、少しマニアックな感じの音楽が多かったんですよ。それを僕自身も小さい頃から自然と聴いている中、特に印象に残ったのが“G.T.”でした。当時の印象では、サウンドのインパクトに対する衝撃が強かったんだと思います。その後、徐々にそれ以外のメロディやハーモニーの美しさにも魅了されていったように記憶しています。

――そこから、坂本さんの音楽をどう辿っていったのでしょうか。

原口:いろいろ聴いてきたので順番などはあまりはっきり覚えてないんですけど、印象に残っているのは『未来派野郎』(1986年)と『スムーチー』(1995年)ですね。『未来派野郎』は今も一番好きなアルバムです。満足感なのか高揚感なのかわからないのですが、聴いているとその作品でしか得られない特別な感情が溢れてくるんです。音の重なりやフレーズの選び方……そういうものが、作品として一体になっている感じがします。

――『スムーチー』は“美貌の青空”や“愛してる、愛してない”など坂本さん自身が歌っている楽曲も多いですよね。その辺りも魅力のひとつ?

原口:どうでしょう……おそらく、「歌モノ」というよりはボーカルもアンサンブルを構成するフレーズのひとつとして捉えているので、そこまで意識はしてないかもしれないです。

――なるほど。

原口:たとえば『未来派野郎』は、当時の最新技術やシンセサイザーをふんだんに使っているので、その時代の音がする。それにより、結果的に坂本さんの核の部分が際立つというか。周りの骨組みがしっかりしているからこそ、旋律の美しさやハーモニーのセンスが強調されていて、そこは聴いていて本当に感動しますね。

――「坂本さんの核の部分」というのは?

原口:たとえば、音をどこで出してどこで止めるか、この音とこの音をどう重ねるか? といった部分への強いこだわり。坂本さんの音楽に触発され、シンセサイザーの音をコピーしようとする人も多いと思うのですが、実はその背景に弦楽器が重なっていたりして、それが合わさることで唯一無二の音になっていると思うんです。単にシンセを鳴らすだけでは出せない、聴いたことがない音が作られている。そういう部分が坂本さんの「核の部分」のひとつではないかと。

――他にソロ作で好きな作品を挙げるとすると?

原口:『音楽図鑑』(1984年)や『スウィート・リヴェンジ』(1994年)も好きです。それに、『async』(2017年)をリリースされた時期の作風にも強く惹かれますね。音をあえて重ねなかったり、同じタイミングで鳴らさなかったりするアプローチがとてもユニークで。和声の枠を逸脱していくというか、その独特な挑戦が印象的でした。坂本さんは当時すでに65歳になっていて、それでも新しい試みをされている姿勢にも強く感銘を受けました。

――ちなみに、YMO時代の坂本さんの音楽も好きだったりしますか?

原口:もちろん、YMOも一通り聴いています。好きなアルバムは時期によって変動するのですが、今は“体操”が入っている『テクノデリック』(1981年)が好き。あと、『サーヴィス』(1983年)はめちゃくちゃ聴きましたね。どちらもすごくアナログ感があって、ちょっと異端というか独特な印象があります。

――確かに、ブリティッシュサウンドと歌謡曲を融合した前作『浮気なぼくら』(1983年)から一転、『サーヴィス』ではBob ClearmountainなどのAORサウンドを彷彿とさせるサウンドを展開していますよね。

原口:最終形というわけではないけど、「ここに行き着いたんだ」という感じがありますよね。


自分の信念を持ちながら社会にコミットしていく姿勢

――坂本さんの手がける映画音楽はどうですか?

原口:もちろん好きです。特に『ラストエンペラー』は印象深い作品ですね。僕自身も演劇の音楽を作るようになったんですけど、どうしても意識してしまう。

――坂本さんは社会運動にも積極的にコミットされていましたし、音楽以外のジャンルのスペシャリストとの対話を通して様々な問題提議をされてきました。そうした音楽以外の活動についてはどんな印象をお持ちですか?

原口:僕が坂本さんに対して、「ひとりの人間として音楽を作っている」と感じるのは、そうした活動が作品にも反映されているからだと思うんです。世間に対し波風を立てることを恐れず、自分の信念を持ちながら社会にコミットしていく姿勢を僕はとても信頼しています。そうした坂本さんの姿勢に感化されたからこそ、僕も「SASUKE」から本名名義に変更したところがあるんですよ。

――原口さんの改名は、坂本さんの影響もあったのですね。

原口:はい、坂本さんが亡くなられた後、いろいろと考える時期が重なって、自分も一段区切りをつけたいと思ったんです。本名にすれば、もう逃げも隠れもできない。そうやって「ありのままの自分」を見せていくべきだと考えるようになりました。

――先ほど劇伴を作る際に「どうしても意識してしまう」とおっしゃっていましたが、ご自身の作品への坂本さんからの影響についてもう少し詳しくお話いただけますか?

原口:音楽を作っているときに感じる「心地よい瞬間」というか、音色や音の「これだ!」という重なりを見つけたときに、自分は坂本さんの影響を無意識に受けていると感じることはあります。ただ、意識的にはあまり影響を受けないように気をつけています。というのも、そうやって真似することを坂本さんご自身が望んでいるとは思えないんですよね。

無意識に影響が出てしまう部分に関しては、ずっと好きで聴き続けてきたので、滲み出てしまうのでもう仕方がないんですが……(笑)。

――たとえばTOWA TEIさんや高野寛さんと対談されたり、U-zhaanさんと交流を深めたり、坂本さんを好きになったことが、ご自身の生き方や人との交流にも影響を与えたのではないですか?

原口:おっしゃる通り、坂本さんを通じて出会った方々には本当に多くの刺激をいただいています。自分から積極的に声をかけに行ったというよりは、曲を聴いてくださったり、向こうからつながりを作ってくださったりすることも多くて。

――きっと原口さんの作品から滲み出る坂本さんの影響が、そういう方々に伝わっているからではないかと。

原口:かもしれないですね。さっきも言ったように、僕自身は意識して坂本さんの影響を前面に出しているつもりはないのですが、何かしら影響が曲に滲み出ていて、それをみなさんが感じ取ってくれたのかなと思います。それはとてもありがたいことですね。

――そういえば稲垣吾郎さんとも坂本さんの話題で盛り上がったそうですね。

原口:そうなんです。以前、稲垣さんの番組にお邪魔させてもらったあと、帰りのタクシーに乗ろうとしている彼をその手前で呼び止めてしまって(笑)。稲垣さんが、『10 Favorites – Ryuichi Sakamoto | 私が好きな坂本龍一10選』という特別サイトに挙げていたアルバム10枚が、あまりにも自分の好みと似ていたんです。

参考記事:新しい地図のアーティスト活動も待ち遠しい 香取慎吾、稲垣吾郎、草彅剛……それぞれの音楽との関わり(Real Sound)

坂本さんはキャリアも長く手がけているジャンルもたくさんあるので、人と好みが完全に一致することってまずないじゃないですか。あそこまで自分と重なる選曲をしている人にこれまでお会いしたことがなくて、どうしてもそのことをお伝えしたかったんですよね。すごく楽しい時間だったことを覚えています。


「作品そのものが語りかけてくる」──個展で感じたもの

――さて今回、東京都現代美術館で開催されている個展『坂本龍一|音を視る 時を聴く』を実際にご覧になった感想を、まずは率直に教えていただけますか?

原口:音楽作品としても展示作品としても、両方の視点で楽しむことができました。どちらが優れているというわけではないんですけど、たとえば展示会場で流れていた音楽が単体で音源化されたとしても、僕は間違いなく買って聴くと思います。

もちろん展示作品としてもすごく引き込まれるものが多く、制限がなければひとつの作品だけで2〜3時間はその場にいられるだろうなと思うような濃密さでしたね。

――それこそ「没入」するような体験というか。

原口:そうなんです。特に、時間をかけてじっくり見ていると作品が変化していくじゃないですか。だからこそ「ずっと見ていたい」って思えるし、そういう意図で作られているんだろうなと感じました。単なる音楽やインスタレーションの枠を超えて、作品そのものが語りかけてくる感じがすごく印象的でしたね。

――中でも印象に残った作品は?

原口:個人的には「IS YOUR TIME」ですね。ずっと観たいと思いつつ、これまでなかなか機会を逃し続けていたので、今回ようやく見ることができ、しかもそれ単体の音をじっくりと聴くことができたのは本当に嬉しかったです。

水を使ったインスタレーションも印象的でした。雨を降らせたり、霧を使ったり。音楽家の中には水の音を好む方が多い印象があるんですが、坂本さんの水に対するアプローチは、それともまた違っていておもしろかったですね。

田中泯 場踊り at 坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662
撮影:平間至
坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》2017/2024 ©2024 KAB Inc.
撮影:福永一夫

――水の流動性や不規則性を利用し、二度と同じものは再現できないところなども『async』のコンセプトを「拡張」していると感じました。今回の展示は、坂本さんと馴染みの深い、ゆかりのあるアーティストたちとのコラボレーションが主軸でしたよね。特に気になったり、目当てのアーティストはいましたか?

原口:僕、Alva Notoが大好きなんですよ。坂本さんの後期作品で頻繁に共演されていて、一緒に演奏やリリースもされていますよね。なので、今回の展示でもすごく気になっていました。

――個人的には坂本さんの「制作ノート」というか、日々気づいたことを書き留めていたメモをじっくり読み込んでしまいました。

原口:あれを観て、やっぱり坂本さんって、すごく緻密に物事を考えられる方なんだなと改めて感じました。展示に出ていたのは、あくまで膨大なメモの中の一部だと思うんですけど、それでも一つひとつの作品に込められた思考の量が、そのまま情報量として最終作品に反映されているのが伝わってきたというか。一言一言が深くて、それについて考えるだけでも時間がどんどん過ぎてしまう感じ。全てのメモをじっくり読み込みたかったし、それだけで半日過ごせるんじゃないかって思いますね。

――今回の展示を見て、坂本さんの印象は変わりました?

原口:より濃く、深くなった感じがします。僕は地元が愛媛でずっとそこで生まれ育ってきたこともあり、坂本さんの作品には「音」だけで触れることが多かったんです。でも今回、実際に目の前で作品に触れることで、より近くに感じられるようになりましたね。好きな部分をさらに実感できたというか、改めて本人の演奏を生で見てみたかったなと痛感しましたし、いろいろと感じさせられる展示でした。

――ところで原口さんは、2月10日(月)に開催される坂本さんのトリビュートイベント『RADIOSAKAMOTO Uday』への出演が決まりました。意気込みを聞かせてもらえますか?

原口:今回はたくさんの方が出演されるので、限られた時間の中でどこまで自分がやりたいことを詰め込めるかが勝負だなと思っています。自分のやりたいことをそのまま全部やるのは難しいかもしれません。おそらく内容を減らさないといけない方向になると思います。でも、だからこそ、どこまで凝縮できるか、しっかり考えて挑みたいですね。


「音楽の価値を再認識してもらえるような活動を」

──2025年の目標や、新たにやろうと思っていることがあれば、それもぜひ教えてください。

原口:来年は、音楽を含めた作品としての価値をもう少し取り戻せたらいいなと思っています。今の音楽シーンは少し商業的に寄りすぎている部分があるというか……もちろんそうではない作品もたくさんありますが、全体的に「アート」から遠ざかっている印象を受けています。

本来の音楽って、商業から生まれたものではないと思うんです。だから、そういった音楽の価値を再認識してもらえるような活動をしていきたい。今年特に感じたのは、音楽が軽んじられる場面が増えたなということです。だからこそ、自分たちも作品の扱い方に気をつけながら、それをしっかりいい形で伝える努力をしていきたいと思っています。

――アートとしての価値を取り戻すには、何が必要だと思いますか?

原口:まずは、決まりごとを減らしていく必要があるかなと。最近はその決まりごとが少しずつ崩れてきている感じもあって。制作の背景や音楽がどう作られているのかが、リスナーにも想像しやすくなってきました。それ自体はいいことなんですけど、逆にそれが「これが正解」という固定観念化になってしまうのは本望ではないですね。

価値があるとされるものだけに対価が集まり、それ以外が軽んじられるようになると、誰も得をしないと思うんです。本来、音楽やアートってもっと多様で、それぞれに価値があるはず。それを聴く側や観る側がちゃんと評価して、広げていく文化が必要だと思っています。僕自身もここ最近は、おもしろいと思う人たちに声をかけて一緒に作品を作ったりしていて、来年もそういった動きを頑張りたいですね。おもしろいものを作る人がもっと表に出られるような環境を整えていきたいと思っています。

――それは〈CDs〉(原口沙輔を首謀者とするコレクティブ)のことでしょうか。

原口:CDsもそのひとつですね。CDsは、僕がインターネットカルチャーを幼少期から見てきた経験がベースになっています。その中で、自分が「いいな」「おもしろいな」「カッコいいな」と思ってきたものを広めたいと思って立ち上げたのですが、やってみて感じたのは、意外と軽い印象で伝わってしまっているなということ。

たとえば、使われている素材や見た目のインパクトが大きいこともあり、編集技術やその背景にある本質的な部分が見過ごされてしまうことが多くて。立ち上げる前からそれを少し懸念してはいたのですが、実際に活動を始めてみても、やっぱり軽視されていることが多いなと感じています。

――その状況をどう変えていきたいですか?

原口:そのままの形で、カッコよくみせる方法を模索していきたい。見た目を無理に作り変えたりするのではなく、作品そのものが持つ本質をどう伝えるかを考えていきたいですね。

自分のソロプロジェクトとしては、最初から構想していた部分があるので、そこまではひとまずやり切りたいなと思っています。その後はおそらく真っさらな状態になると思うので、そこから生まれる新しいものに、じっくりと向き合っていきたいと思っています。


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キャンペーン期間:1月10日(金)19:00〜1月17日(金)19:00

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※チケットの送付は日本国内に限定いたします。
※フリマサイトなどでの転売は固く禁じます。


【イベント情報】


『坂本龍一|音を視る 時を聴く』
会期:2024年12月21日(土)- 2025年3月30日(日)
会場:東京都現代美術館

※休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)

展覧会『坂本龍一|音を視る 時を聴く』 詳細

■原口沙輔:Instagram / X


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