林田球による人気漫画『大ダーク』とDos Monosによるコラボ、新進気鋭の3人組・CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINによる“日本全国酒飲み音頭”(1979年)の異色リメイクなど、2024年に入ってから話題を呼ぶプロジェクトの裏で暗躍する「スポンジ バンッ バンッ」をご存知だろうか。
“クリエイティブ・サンプリング・コレクティブ”を名乗る「スポンジ バンッ バンッ」は、刺激的なコンテンツを制作するだけでなく、“音を活用した”ブランディングやプロモーションといったコミュニケーション課題を解決する取り組みも行っている。音にまつわるプロフェッショナルは数多くいれど、他に類を見ない独自の活動を展開する存在だ。
果たして、「スポンジ バンッ バンッ」のユニークな取り組みの裏にはどのような狙い、意図があるのだろうか。その哲学に迫るべく、主宰であるクリエイティブプロデューサー・安藤コウ氏のオフィスで話を訊いた。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by Hide Watanabe & 本人提供
「音 × ブランディング」の可能性
――安藤さんは「スポンジ バンッ バンッ」立ち上げ以前に、その前身となる「SOUNDS GOOD®︎」を主宰していましたよね。そもそも環境音やノイズをビジネスに活用しようというアイディアはどこから生まれたのでしょうか。
安藤:以前務めていた会社(quantum)で事業開発コンサルをしていたのですが、そこで入浴時に楽しんでもらう音声コンテンツをお手伝いさせてもらいました。その後、プロジェクト自体はクローズすることになったんですけど、「音 × ブランディング」という領域ではまだまだ挑戦できる余白があるんじゃないかと思ったんです。
当時、今から7〜8年前だとアメリカなどではすでにブランドデッドポッドキャスト(音声のオウンドメディア)が多く運用されていたのですが、日本では盛り上がっていなくて。というのも、向こうは圧倒的に車社会であることに対して、日本では電車移動の割合が多い。そういった環境の違いがあるので、ただ真似するのではなく新しい手法の模索が必要だなと感じました。そこで当時注目を集めはじめていたASMR(Autonomous Sensory Meridian Response=自律感覚絶頂反応)に出会ったんです。
――ASMRといえば、咀嚼音などを集音したコンテンツが注目を集めましたよね。
安藤:一般的にはそうしたものが代表的な例として知られていると思うのですが、調べていくと誰かにとって気持ちいい音であれば、どんなものでもASMRになり得るということがわかったんです。そして、自分にとって気持ちいい音とは、自分の原体験に紐付いているんじゃないか、と考えるようになりました。例えば工業地帯で育った人にとっては工場の稼働音が、自然豊かな場所で育った方にとっては森のさざめきや虫の音などが心地よく感じられるんじゃないかなと。
そんなことを考えていたときに、何気なくInstagramを見ていたら、「LACOSTE」のアカウントがミシンでブランドのロゴを縫う様子をポストしていて。その音と映像がとても気持ちよかったんです。
安藤:パターンや工数が異なってくるので、他のブランドロゴを縫う音はこれとはまた異なるものになる。つまり、こういった音もブランドが持つ固有の資産と言えるんじゃないかなと考えるようになりました。それが「SOUNDS GOOD®︎」立ち上げの大きなきっかけです。
――元々環境音やノイズなどに興味をもっていたわけではなく、偶然の出会いが大きかったと。安藤さん自身は「SOUNDS GOOD®︎」を立ち上げるまで、どのように音楽と触れ合ってきたのでしょうか?
安藤:母がピアノの先生をやっていたので、自宅で代表的なクラシック音楽に触れる機会は多かったものの、基本的にはその時代にポピュラーだった音楽を聴いていました。その中でも特に記憶に残ってるのは、なぜか小一でCDを買ってもらった玉置浩二さんの“田園”と、中学か高校時代に買った映画『ピンポン』のサントラです。「SOUNDS GOOD®︎」のプロジェクトでナカコーさんとご一緒させてもらったときは感無量でしたね(※)。
※ナカコーことKoji Nakamuraがボーカル/ギターを務めたスーパーカーは映画『ピンポン』主題歌を担当している。
「SOUNDS GOOD®︎」で制作された映像を用いたMV「Koji Nakamura – Aomori Raga / Sampling – “Aomori on SOUNDS GOOD”」
安藤:大学以降はクラブにも通うようになり、ヒップホップからアンビエントなど色々なイベントにも遊びに行ったのですが、特に惹かれたのはテクノやハウスなどの4つ打ちでした。『The Labyrinth』や『TAICOCLUB』といった野外イベントにも行っていましたし、自分でもDJをしたり、友人とイベントを主催したこともあります。
とはいえ、プレイヤーになろうとか、音楽業界で働きたいという思いはそこまでなくて。どちらかというと企画を考えたり、アイディアを出したりすることが好きだったので、そういった能力が活かせる場所を探してquantumに入社しました。
――社内で「SOUNDS GOOD®︎」を立ち上げるに至って、苦労した点などはありますか?
安藤:最初にお話した、お風呂で聴く音声コンテンツのプロジェクトはクローズすることになったものの、ご一緒していた企業さんとの関係は良好で。「SOUNDS GOOD®︎」を立ち上げる際も、ありがたいことに担当の方から「安藤さんのアイディアなら信頼します」と言って頂けて、最初のクライアントになってもらえたんです。なので、社内でも話を通しやすかったし、特に立ち上げに際して苦労した点はないかもしれません。
――では、4年間にわたる「SOUNDS GOOD®︎」の活動において、特に印象に残っているプロジェクトを挙げるとすると?
安藤:東京ガス、JR東日本、三井化学といった大手企業や、青森県庁のような自治体、はたまた「手打蕎麦わくり」といった個人商店まで幅広い方々とご一緒してきました。特に三井化学さんとのプロジェクトは、「炭鉱電車」という廃止される、「なくなるもの」を音で遺すことができたという意味で、「激エモプロジェクト」だったと思います(笑)。
安藤:音は絵と違って、聴く人それぞれが異なる心象風景を想起すると思うんです。「炭鉱電車」の音でも、家の中や車の中、もしくは外で聴いているのか、それぞれの記憶と経験に紐づく風景を呼び起こす。これが視覚的情報との大きな違いであり、魅力でもあると思います。例えば、中学や高校時代などに聴いていた音楽を聴くと、一瞬でその当時の出来事やシーンが鮮明に浮かび上がってきたりするじゃないですか。音と記憶はとても強固に結びついているんですよね。
また、後半になるにつれて当時よく使用していた「音の資産」という言葉通りの価値を上手く創出できたという手応えもあります。実際、彌満和製作所さんは新しい素材も使いつつ、過去に集音した素材も用いてサウンドロゴを作ったり、三井化学さんでは集音した音を使ったリミックスコンテストを開催したり、一度ではなく、二度、三度と利用してもらえる点にサスティナビリティを感じました。
――他にもフィールドレコーディング & DTM制作合宿や展示イベントを開催したり、「音でブランディングする」ことを軸に、多角的な施策を展開していましたよね。
安藤:ありがたいことに、「SOUNDS GOOD®︎」では実験的なプロジェクトを多く企画させてもらいました。プロフェッショナルなクリエイターだけでなく、色々な人と作り上げたらどうなるだろう、オンライン上などで発信するだけでなく、音を浴びることができるリアルな場を作ったらどうなるだろう、といった発想からスタートして、そこに乗っかってくれる人を探して、一緒に実現させていく。これは今やっている「スポンジ バンッ バンッ」にも通ずるポイントかも知れません。
JR東日本と共催したオールナイト楽曲制作合宿『大塚の音で作る、SOUNDS GOODな音楽を。』の様子
『THIS SOUNDS GOOD?展』の様子
よりフットワーク軽く、多様なサービスを展開する「スポバン」
――そんな「SOUNDS GOOD®︎」は2023年5月をもってサービスを終了。その意思を引き継ぐような形で「スポンジ バンッ バンッ」が始動しました。
安藤:「SOUNDS GOOD®︎」の延長線上にはあるのですが、「スポンジ バンッ バンッ」ではもっとフットワーク軽く、多様なサービスを展開していきたいと考えています。音楽を作る人はたくさんいますけど、広告やプロモーションの一環での制作となると、色々なしがらみがあったり、複雑なコミュニケーションも必要となってくる。そういったところをまとめて任されるような存在になりたい。そんなビジョンを見据えています。
――「スポンジ バンッ バンッ」という特徴的な名前はどのようにして生まれたのでしょうか?
安藤:幅広く事業を展開したいという思いから、何でも吸収する「スポンジ」と、擬音「バンッ」を組み合わせました。「スポンジサウンド」とかだとちょっと固いかもなと思い、意味はわからなくても語感重視で「スポンジ バンッ バンッ」。略して「スポバンさん」と呼ばれることも多いです。あと、これは後付けなのですが、自分の好きなプロレスラーであるバンバン・ビガロ(Bam Bam Bigelow)とも紐づけられるなと。ちなみに、アイコンにしているキャラクターはAI生成で作りました。
――現在「スポンジ バンッ バンッ」が展開しているサービスについて教えて下さい。まずは「象徴音®」。これは「SOUNDS GOOD®︎」での取り組みを進化させたような印象を受けます。
安藤:「SOUNDS GOOD®︎」時代の反省点として、有形商材を扱う企業さんとしかお仕事をしてこなかったということがありまして。改めて考え直したときに、企業やブランド、人などを象徴する音って、必ずしも現実にある音だけにこだわらなくてもいいんじゃないかって思ったんです。
そもそも個性というものは、色々な要素が組み合わさって形成されているはずですよね。「スポンジ バンッ バンッ」ではブランディングをする上で、この個性の要素を「機能的価値」と「情緒的価値」で区分けすることにしました。ざっくり説明すると、「機能的価値」は得意なことやスキルなどを、「情緒的価値」はイメージや雰囲気などを指します。この2つの側面から要素を炙り出し、個性を伝える音を定義する。それが「象徴音®」です。
――3月には事業共創カンパニー「Relic」との取り組みも発表されました。
安藤:「Relic」さんの場合、ブランドパーソナリティが確立されていたので、そこで掲げられている8つのワードの解釈からスタートしました。事前課題を出したり、ワークショップなどを経て、音を定義していくのですが、実際にやってみてインナーブランディングとしても非常に効果的だなと感じました。集音作業にも30名ほどの社員さんに協力いただいたのですが、自社の理解を高めることになるなと。
また、ブランドパーソナリティがまだ確立されてない企業、ブランドさんの場合は、その段階からサポートさせて頂くことも可能です。
Relic社員とのワークショップ、集音作業の様子
――その「象徴音®」の個人向けサービスである「SWEET AUDIO」についても教えて下さい。
安藤:私自身がマイホームの建設を予定していて、その家でしか流れないBGMを作りたい、という思いからスタートしました。建設中の音だったり、家具から出る音、自宅で自分が行う固有の行動が発する音などを集音して、音楽を作ったらおもしろそうだなと。それを応用する形で、例えば車が好きな人だったら車のオリジナルBGMを作ったり、ペットや自分のお子さんにフィーチャーするのも素敵ですよね。
何よりも集音作業を行うことで、その対象に対する理解と愛が深まるんですよね。最初にもお話した通り、音は記憶と強く結びつきますし、時が経っても色褪せない思い出を作ることにも繋がると思います。
「SWEET AUDIO」は個人向けなので、事業としての規模は大きくないのですが、これからゆっくり大切に育てていければなと。
「SWEET AUDIO」での集音の様子
――年明けに公開され話題を呼んだ、漫画『大ダーク』とDos Monosによるコラボレーションムービーを監修した、「SAMPLING FICTION」はいかがでしょうか?
安藤:これは前の2つとは少しアプローチが異なっていて、toB(対企業)、toC(対個人)ではなく、コンテンツ制作に特化したサービスになります。漫画や小説に出てくるオノマトペや架空の音を、現実で再現したらどうなるだろう、という実験精神からスタートしました。
安藤:『大ダーク』とDos Monosのプロジェクトに関しては、小学館の方にプレゼンする形で実現しました。制作面では「光核人間マグマライドンの光の攻撃音」には蝉の鳴き声が合うんじゃないかとか、「光合酸」の音は炭酸飲料で作れるんじゃないかとか、意味や背景を求めるのではなく、おもしろさ重視。フィクション返しのような、カオスな音楽が作れてよかったです。林田球先生とDos Monosの相性もバッチリでした。
「スポンジ バンッ バンッ」としての第1弾プロジェクトでしたし、私自身も新たな扉を開いたようなフレッシュな感覚を覚えました。これは引き続き第2弾、第3弾と進めていきたいと考えています。
――CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINによる“日本全国酒飲み音頭”のリメイクも、「スポンジ バンッ バンッ」によるプロジェクトの一環ですよね。
安藤:これは『集音歌詞』というプロジェクトで、簡単に言うと「SAMPLING FICTION」を楽曲に置き換えたものです。歌詞の情景から聴こえてきそうな環境音、生活音を妄想して、それで楽曲をカバーしたらおもしろそう、という構想からスタートしました。
安藤:他にも、名鉄さん(名古屋鉄道株式会社)と一緒に、東岡崎の商業施設「SWING MALL」(愛知県岡崎市)のサウンドロゴをビートメイカーのTOSHIKI HAYASHI(%C)さんと制作しました。「ジャズの街」と称される東岡崎の特徴的な音を集音し、それをベースにローファイサウンドで仕上げて、そのサウンドロゴを入れた音声広告の制作も担当させてもらいました。
あと、もう一つ準備しているプロジェクトもあるのですが、ここでは敢えて情報を伏せます。音楽ではあるんだけど、アウトプットは音楽じゃない、がヒントです。
岡崎市での集音風景
「世間をワクワクさせるような存在になりたい」
――様々なプロジェクトが進行中のようですが、今後の展望はどのようにお考えですか?
安藤:「スポンジ バンッ バンッ」のビジョンとしては、全ての企業のブランドガイドラインに音が採用される世の中を目指しています。ロゴだったりフォント、色に関しては厳しく規定している企業が多いけど、「音」に関しては固有のものを有している企業はまだ少ないですよね。でも、自分たちらしい音を使ってサウンドロゴやBGMなどを作ることって、企業のブランディング力の向上にめちゃくちゃ繋がるんじゃないかって思うんです。そしてそういった試みを、「スポンジ バンッ バンッ」でサポートできたら嬉しいですし、そのための仲間もどんどん増やしていきたいです。
――仲間というと、求めるのは音楽を作るクリエイターでしょうか。
安藤:一番は音を作るサウンドクリエイターですが、その他の領域でも大歓迎です。映像、CGクリエイターなど色々な方々と協業していきたいです。逆に「こういうことできます!」って言っていただければ、それをベースに新しいアイディアを考えたりもしたいので。
――逆に「スポンジ バンッ バンッ」はクリエイターにどのようなメリットを提供できるとお考えですか?
安藤:こういったいわゆるクライアントワークでオーダーメイドな音楽を作るということは、スキルの向上にも繋がると考えています。Relicさんのサウンドロゴを制作してくれたSakura Tsurutaさんも「自分の幅が広がった」とおっしゃっていて。クライアントとのコミュニケーションで言語化力を身につけると、仕事の幅も広がるんじゃないかなと。もちろん私もサポートしますし、制作のプロセスはかなり安定的になっているので、いわゆる前提と異なることが起き辛いということは自信を持って言えます。
――そういった言語化力は他のクリエイターとの協業、もしくはコライトなどの場でも活きそうですね。最後に、安藤さん個人として目指しているものや目標のようなものがあれば教えて下さい。
安藤:企業やブランドだけでなく個人単位でも自分の「象徴音®」を意識してくれたら嬉しいですね。それを定義する、診断するサービスなども展開できたらいいなと。性格診断やパーソナルカラー診断などと同じく、「象徴音®診断」みたいな感じでやったら、おもしろそうじゃないですか。
――ここまでお話を聞いてきて、「おもしろそう」という気持ちや遊び心が安藤さんの大きな原動力となっていることがわかりました。
安藤:仕事の上ではもちろん真面目にやっているんですけど、やっぱりどこかふざけていたいという気持ちがあるんです。MSCHF(ミスチーフ)というアート集団をひとつのベンチマークとしているのですが、彼らと同じように世間をワクワクさせるような存在になりたい。「安藤と一緒にやったらおもしろいことになりそう」、「安藤の世界を覗いてみたい」と思ってもらえる状態が理想です。
あと、一番の目標は今後も長く続けていくことですね。「こんなものがビジネスになるの?」って言われ続けてきた人間が、実際にここまで色々な方々とお仕事をすることができた。それは地道に継続してきたからこそだと思うので。
■安藤コウ(Ko Ando)
『スポンジ バンッ バンッ』主宰
1989年7月21日生まれ、東京育ち。大学院でデザイン思考を学んだ後、総合広告代理店でプロモーションプロデューサーとして従事。その後、国内のスタートアップスタジオで企業の事業開発支援を数多く行う。その中で、2019年3月に、企業の個性や象徴とも呼べる事業を“音の資産”として残し、未来に意味のある形で継承していくBRANDED AUDIO STORAGE『SOUNDS GOOD』を設立。『SOUNDS GOOD』のクロージング後に、2023年6月から個人事務所にて、どんな存在でも“音”から価値を高めるCREATIVE SAMPLING COLLECTIVE『スポンジ バンッ バンッ』を立ち上げる。2020年には、雑誌ブレーンが選ぶU35クリエイター54人に選出。