FEATURE

INTERVIEW / 佐藤征史(くるり)


「“天才の瞬間”を嘘偽りなく愛でることができた」――アルバム『天才の愛』をリリースしたくるり・佐藤征史ソロ・インタビュー

2021.05.02

くるり13枚目のオリジナル・アルバムとなる『天才の愛』が4月28日(水)にリリースとなった。前作『ソングライン』は“歌”を軸にし、ヴィンテージ機材を取り入れたサウンド・プロダクションにこだわった、くるりの王道を感じる名曲が詰まったアルバムであった。

そこから約2年半ぶりのリリースとなった今作では、「益荒男さん」「野球」など非常に個性の強い楽曲に加え「大阪万博」「less than love」のような歌詞のない楽曲が複数収録されている。もちろん「潮風のアリア」や「渚」といったくるりらしさを感じる美しいメロディの楽曲もあり、かなりバラエティに富んだアルバムだ。

前作に続き、くるりの佐藤征史に3度目の単独インタビューを敢行。コロナ禍での制作となった本作はどのようにして誕生したのか、そして『天才の愛』とはどういう意味なのか。じっくりと話を伺った。

Text & Interview by Nojima
Photo by Hide Watanabe


――今回、アルバムのリリースを意識をしたのはいつ頃でしょうか。

佐藤:前作の『ソングライン』が歌もののアルバムだったので、『ソングライン』に入らなかったインストの曲とか今までとはちょっと毛色の違ったいわゆる“キワモノ系”の曲をまとめてEPで出そうと思っていたんです。その後の次のアルバムを意識した曲として「潮風のアリア」とか「I Love You」という曲を制作していたんですが、そのあたりでコロナ禍に突入してしまったんですね。その頃にキワモノ系の曲を分けるんじゃなくて、くるりの新しいアルバムとして完成させたものをリリースする方が聴いてもらいやすいんじゃないか? という考えになりまして。その辺からアルバムを意識するようになりました。

――ということは、楽曲自体は以前から作っていたということでしょうか。

佐藤:そうですね。「益荒男さん」「ナイロン」「watituti」「less than love」「ぷしゅ」とかは『ソングライン』のタイミングでベースとなるものだけを録ってあった状態ですね。歌詞もメロもなくてドラムとベースだけとか、ドラムとピアノだけとかそういうのもありました。クリフ・アーモンドが叩いている曲は彼とツアーで回っている合間でレコーディングしてもらったものですね。

――コロナ禍でのアルバム制作はいかがでしたか?

佐藤:進めたくて、進めたくて仕方なかったですね。自分は東京に住んでますが、繁くんは京都に住んでいるので、レコーディングの時は東京に出てきてもらって、その後の編集作業は京都でやるみたいな流れでやっていたんです。でも、去年の3ヶ月くらいは移動もしたらあかんという感じになってしまったので。でも「その中でもできることはあるやん」って昔に録っていたものを引っ張り出して歌詞とかメロを付けて、リモートで送り合ったりとか。

「潮風のアリア」がリードのシングルになると思っていたんで、とにかくこの曲を先に完成させたかったんですが、デモっぽいレコーディングしかしてなくて。「潮風のアリア」はBPM76なんですが、過去にクリフにBPM70、80、100、120とかで、適当に叩いてもらったリズムの音源のデータがあったんで、BPM80で叩いてもらったテイクを切り刻んで「潮風のアリア」に合うように編集したりとか(笑)。一歩一歩が重いんですが、その一歩も中々進まないみたいな状況で。1回目の緊急事態宣言の最中はそんな感じでしたね。なので、今回のアルバムは自分の家や自分たちのスタジオで一人で弾いた曲も結構あります。

――『ソングライン』では沢山あったアウトロの長い曲が今回は無くなりましたが、今回はバンドでのレコーディングは行わなかったのでしょうか?

佐藤:結局「潮風のアリア」「野球」「渚」はバンドっぽく録りたかったので、会える状況になってから、せーのでレコーディングをしました。ただ「コトコトことでん」とかもほぼ打ち込みですし、やっぱり今回のアルバムは打ち込みの割合がかなり増えたので、その影響か最後のポストプロダクションで繁くんが結構エッセンスを足すんですよね。最後の最後でハープをいっぱい入れたりとか。そういうのがアルバムの統一感に繋がったりもしたのかなと思ったりもしました。

――Twitterの『#天才の愛を解体する』という企画で「I Love You」について“DAW”や“DTM”というワードがありましたが、これもリモートの影響が大きかったということなのでしょうか。

佐藤:いえ、それはリモートだからってわけじゃないんです。この曲は紆余曲折がほんとに大きくて、この曲も「潮風のアリア」とかと同じくバンドでせーので録ったんです。その時は木琴とかピアノで奏でられてるアルペジオをギターでやってたんですが、録った後に「ちょっとギターのチューニングが悪かったわ。合わへんわ」ってなったんです。でも実際はギターのチューニングが悪かったわけではなくて、音の重なりや響きが合わなかったんです。それで純正律というものを耳で合わしていったんです。それをDAWで「あーでもないこーでもない」って、1ヶ月以上やってて。途中からわけわからんくなって、ハードな打ち込みにしてみたり、ガラッとリズムを変えてみたり、試行錯誤とはまさにことのことやなって感じでしたね。

佐藤:そういうことをやっていたんでこの曲はトラック数がとんでもないんです。同じ楽器のアルペジオでも部分によってチューニングを変えてたりするんで、それだけでステレオ・トラックが4ついったりするんです。自分の使ってるMacだとスペックが全然足りなくて、データがきたらドラムとかをバウンス(複数のトラックをまとまったオーディオ・データとして書き出すこと)してステレオにしたり、真ん中のファズの音も1本のトラックにしたりしないと音が鳴らせなくて。結局「これはリモートでは無理や!」ってむしろリモートを放棄しました(笑)。

――「I Love You」の途中のファズの音、すごいですよね。他では聴いたことがない音をしていました。

佐藤:あのファズの音バカでしょう?(笑)。自分たちがよく使っている「music studio SIMPO」っていう京都のレコーディング・スタジオがあるんですけど、そこの小泉くんっていう大学の同級生が、どっかのファズの設計図を参考にして自作したものなんです。そのファズは普通のチューニングだと全然綺麗に鳴らなくて、綺麗に鳴らすためにチューニングとか音の重なりとかもかなり試行錯誤しました。結局、自分がコンバスでアルコ(弓弾き)してる音だけを足しましたね。

――あれはファズとコンバスの音だけなんですか!?

佐藤:打ち込みでチリチリした音もちょっと入ってると思うんですが、ほぼほぼそうです。あのファズの音は僕らも「こんなん聴いたことないわ」って、ほんとショッキングで。繁くんも自分のライブのシステムに組み込んだりもしてましたね。もっとビックリして欲しいんですけど(笑)。

――「野球」も衝撃的な曲でしたね。

佐藤:普段、みんなで曲作りをする時に、マネージャーさんとか周りの人によく“お題”を出してもらってやるんです。そこでたまたま“野球”っていうワードが出てきて「天理高校のフレーズから曲を始めよう」ってなって。その時はこのフレーズを使っていいかもわからなかったんですけど。その後のツアーでもツアー先の球団の選手に歌詞を変えたりしてよくやっていました。

佐藤:で、この曲で大変だったのは歌詞でどうやっていい曲に聴かせるかってことだったんです。野球好きな人やったらわかると思うんですが、時代もチームも国も超えて、この選手の並びにはかなり苦労しました。結果、生まれた瞬間のおもしろさを真空パックで残しながらも、詰めた分だけのよさが見えた気がして。以前ならこういう曲はカップリングにしてたと思うんですが、これはカップリング用の補欠の曲じゃなくて「正真正銘の自分たちのレギュラーの曲です」って胸を張って言える曲に楽しみながら昇華できた、っていうのが自分たちの中では大きいですね。自分は「赤星」のコーラスのとこで、何回爆笑してたかわからないです(笑)。何回か鳴っている打球音の微妙な違いとか、<走れ 福本>のところで鳴ってるThe Venturesみたいなギターの「テケテケテケテケ〜」っていうのは、1塁から2塁に行って、2塁から3塁に走ってていうのを表現していて(笑)。そういうバカみたいなこだわりを一つひとつ大事にしている曲でもありますね。

――あと、インストの曲が3曲も入っているのも新鮮でした。

佐藤:これらも元々はEPに入れようと思っていた曲で「watituti」はもっと歌詞をつける案もあったんですが、同じ部屋でレコーディングしていてボーカル・マイクに入っているドラムの音がカッコよかったんでそれを活かそうと思って、あえて録り直さずそのままいった感じですね。「大阪万博」は「Tokyo OP」をライブでやっていく内にプログレッシブなものをもう1曲くらいやりたいよねっていう話になって作った曲ですね。タイトルは「Tokyo OP」の流れからそのまんま付けましたが、さっき話した京都の「SIMPO」っていうスタジオの小泉くんは万博記念公園のある茨木市の出身で、スタジオ名も太陽の塔テーマである“人類の進歩と調和”からとっているらしくてそういう縁もあったんかなと思います。

――そういえば、「大阪万博」と「Tokyo OP」を12インチのアナログ・レコードを1970枚限定でリリースしたというのには少し狂気を感じましたね(笑)。

佐藤:あれ、すごくないですか。12インチの45回転でこの曲をリリースするっていうのは。僕もビックリしました。なんて贅沢なんだと。数あるアナログ・レコードの中でも一番エクストリームなやつをやらせてもらった感じですよね(笑)。

――「watituti」は『#天才の愛を解体する』で“すんごいベース”という記載がありますが、これは何かエピソードが?

佐藤:これは弾くのが本気で大変やったってことだと思います。「watituti」とか「less than love」は繁くんが打ち込みで作ってるもんやから、弾くことを前提にしてないんですよね。例えば「less than love」のピアノとかパッと見て弾ける人って中々いないと思うんです。今回、弾いていただいた方は京都市交響楽団のパーカッショニストなんですよ。それくらいの人なら譜面見ただけで弾けるんですけど、自分はそんなに上手な人じゃないんで。「less than love」はなんとか暗譜したんですが、「watituti」は暗譜とか譜面見ながら弾ける曲じゃないから、2小節ずつを100回くらい「あっ、違う!」「違うっ!」「惜しい!」って言いながら、体が覚えるまで必死こいて弾いたんです(笑)。

――となるとライブで演奏するのも大変ですね。

佐藤:1週間くらい籠もると思います(笑)。例えば「大阪万博」は始まって1分くらい経ったらもう自由なんでどう弾いてもいいんですが、この「watituti」とか「less than love」は作り込まれた楽曲なので、ハーモニーとして外せない箇所がたくさんあるんです。なのでライブでやるとなるとみんなドキドキすると思います(笑)。まぁでも、ライブでそのままやるわけではないと思うので、なんとかなるとは思いますが。コロナ禍で人前で全然やれてないんで持久力の衰えの方が心配ですね(笑)。

――「コトコトことでん」ではHomecomingsの畳野さんをフィーチャーしていますね。

佐藤:この曲は10年前にことでんさんの開業100周年のイベントがあって、それに呼んでいただいた時に、自分たちの曲だけやるのは申し訳ないからって、急遽前の日にスタジオに入って作った曲なんです。アレンジは今のとは全然違うんですが。そこからレコーディングとかリリースのタイミングを探っていたんですが、結局、香川県でライブした時にアンコールでやるくらいで。駅の発車メロディにもしていただいたりもしていたので、ことでんさんが110周年を迎えるこのタイミングでリリースすることにしました。

佐藤:最初は繁くんが歌う予定でキーもそれに合わせてたんです。でも、「コトコトことでん」ってかわいい響きじゃないですか。最後に<じいちゃん ばあちゃんになったら>みたいな歌詞もありますし、雰囲気的に女性ボーカルがいた方がいいなという話になって。『音博』の岸田繁楽団で歌ってくれた畳野ちゃんのライブもすごいよかったのを思い出してお願いしてみたら二つ返事で「喜んで!」という感じで実現しました。

――「コトコトことでん」の『#天才の愛を解体する』では“ベースまさかのピック弾き”とあります。確かに佐藤さんは指引きの印象が強いですが、そんなに珍しいトピックスなのでしょうか?

佐藤:いえ、自分にとってはピック弾きも全然普通なんですけど。16分音符を刻むのはピックの方が自然にできますし。むしろ、くるり以外のレコーディングで言えばピックの方が多いかもしれないくらいです。ただ、くるりの曲ではあんまりピックを使う機会がないというだけで。「watituti」とかピックでは絶対弾けないですしね。

――最後に『天才の愛』というタイトルはどういう意味でしょうか?

佐藤:タイトルは繁くんがパッと言って決めたんです。例えば、野球が初めての人でもバット振ったらたまたま当たって、ちゃんとボールが飛んでいったみたいなこともあると思うんですが、そういうのって“天才な瞬間”やと思うんです。音楽でも偶然でできたものとか、フザけてできたものを「天才やな!」って盛り上がったり、おもしろがったりできる瞬間が自分たちにもあって。

さっき「野球」の時に補欠の曲をレギュラーに持っていけたって言いましたが、それは、その瞬間に対する“愛”によるものやと思うんです。今まではカップリング曲に留めていたような”“天才の瞬間”を嘘偽りなく愛でて、ちゃんとした形でお客さんまで届けることがこのアルバムでようやくできるようになったというか。それを括るタイトルとして、『天才の愛』はいいタイトルだなと自分は理解しています。他のインタビューで繁くんは全然違うことを言うかもしれないですけど(笑)。


【リリース情報】

くるり 『天才の愛』
Release Date:2021.04.28 (Wed.)
[完全限定生産盤A] CD + Blu-ray VIZL-1893 ¥4,500 + Tax
[完全限定生産盤B] CD + DVD VIZL-1894 ¥4,300 + Tax
[通常盤] CD VICL-65471 ¥2,900 + Tax
Tracklist:
[CD]
1. I Love You
2. 潮風のアリア
3. 野球
4. 益荒男さん
5. ナイロン
6. 大阪万博
7. watituti
8. less than love
9. 渚
10. コトコトことでん (feat.畳野彩加)
11. ぷしゅ

[Blu-ray/DVD] ※完全限定生産盤付属
ライブ映像および『天才の愛』制作ドキュメンタリーを約80分収録

▼LIVEWIREくるり in 京都磔磔 2020.07.11
収録曲:温泉 / 目玉のおやじ / コンバット・ダンス / ロックンロール / 心のなかの悪魔 / everybody feels the same

▼京都音楽博覧会 in 京都拾得 2020.09.20
収録曲:愉快なピーナッツ / さよならリグレット / 京都の大学生 / 益荒男さん鍋の中のつみれ / トレイン・ロック・フェスティバル / 怒りのぶるうす / 宿はなし

▼岸田繁楽団 in ロームシアター京都 2020.10.25
収録曲:琥珀色の街、上海蟹の朝

▼くるりの記録『天才の愛』

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オリジナル特典詳細
下記チェーン店、および、ショッピング・サイトにて、『天才の愛』(VIZL-1893,1894, VICL-65471)をお買い上げの方に、先着で特製「御守り風千社札ステッカー」をプレゼント。特典は数に限りがございますので、お早めにご予約・お買い求め下さい。

タワーレコードおよびビクターオンラインストア購入者対象イベント詳細
配信予定日時:2021年5月22日(土)21:00~22:00
※イベントは約1時間を予定しております。また時間は多少前後する場合がございます。
※アーカイブ5月25日(火)23:59まで
※視聴方法やその他の詳細は、各販売サイトでご確認ください。
タワーレコードビクターオンラインストア

タワーレコード高松丸亀町店施策情報
「タワーレコード高松丸亀町店 × くるり ×ことでん」のトリプル・コラボ・ポスターを制作

タワーレコード新宿店施策およびタワーレコード全店施策情報
タワーレコード新宿店にてメンバー直筆サイン入りパネル展&抽選プレゼント施策を実施

くるり『天才の愛』特設サイト


【イベント情報】

『くるりライブツアー2021』

日時:2021年6月2日(水) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:大阪 Zepp Namba
問:キョードーインフォメーション TEL:0570-200-888(平日・土曜 11:00〜16:00)

日時:2021年6月3日(木) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:愛知・Zepp Nagoya
問:ジェイルハウス TEL:052-936-6041(平日 11:00〜15:00)

日時:2021年6月7日(月) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:Zepp Fukuoka
問:キョードー西日本 TEL:0570-09-2424(平日・土曜 11:00〜17:00)

日時:2021年6月9日(水) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京・Zepp Haneda
問:ホットスタッフ・プロモーション TEL:03-5720-9999(平日 12:00〜15:00)

日時:2021年6月10日(木) OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京・Zepp Haneda
問:ホットスタッフ・プロモーション TEL:03-5720-9999(平日 12:00〜15:00)

*詳細はくるりオフィシャル・サイトをご覧ください。
*新型コロナウイルスに関する状況を鑑み、開場時間や開演時間が変更となる可能性がございます。変更する場合はオフィシャル・サイトなどでアナウンスさせていただきます。

くるり オフィシャル・サイト


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