INTERVIEW

ラブリーサマーちゃん

悩みや葛藤を乗り越えて生み出した“3度目の夏”。自分を見つめ直したラブサマちゃんが語る、“表現者”としての覚悟

前作『LSC』からおよそ4年ぶり、ラブリーサマーちゃんの通算3枚目となるフル・アルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』がリリースされた。

同世代アーティストの中でも屈指のヘビー・リスナーである自身の引き出しを開け放ち、シューゲイザーやエレクトロポップ、ヒップホップなど様々な音楽的スタイルを取り入れながら作り上げた前作に比べると、本作は彼女が信頼するツアー・ミュージシャンたちと共に作り上げた、一貫してバンド色の強い内容である。「いい曲を、いいアレンジで、いい演奏と共にパッケージする」という、極めて真摯な思いが注がれたそのアンサンブルには、彼女のルーツである90年代UKロックのエッセンスが散りばめられ、眩しいほどの「音楽愛」がどの曲からも溢れ出している。

ラブリーサマーちゃんの歌詞から筆者が感じるのは、「今、この瞬間」を余すところなく捉えようとする切実なまでの思いだ。嬉しいことも、悲しいことも、悔しかったことも、純度を保ったまま楽曲に結実させる。その「誠実さ」「正直さ」のためには、傷つくことさえ厭わないという「表現者」としての覚悟。前のレコード会社を離れフリーランスを経験し、憧れのイギリス旅行やファンとの交流を経て大きく成長したラブリーサマーちゃんの「今」が、本作にはしっかりと刻まれている。

アルバム制作やイギリス旅行についてのエピソードはもちろん、最愛の祖父が亡くなったときのこと、果ては「モテるための5箇条」まで(!)、インタビューは様々な話題で盛り上がった。

Interview & Text by Takanori Kuroda
Photo by Takazumi Hosaka

ラブリーサマーちゃん


「自分に嘘をつかないようにしながら作った」

──今作『THE THIRD SUMMER OF LOVE』は、ラブサマちゃんの90年代UKロックへの憧憬、愛情がふんだんに盛り込まれたアルバムだと思いました。

ラブサマ:私は常日頃「ブリットポップ」って言い続けてたし、こういうタイトルも付いているし、最初からUKっぽさに特化したアルバムを作るつもりだったと思われそうなんですけど、実はそんなつもりはなくて。前作『LSC』から結構時間が経って、この約4年の間に書き溜めていた曲を集めてパッケージしたら、たまたまこういう内容になったというか。ちょうどその期間に聴いていたのが80~90年代のUKロックだったので、その影響でブリットポップっぽさが端々から感じられるアルバムにはなっていますけど、例えば「豆台風」とかはそんなにブリットポップ感はないですし。

──『THE THIRD SUMMER OF LOVE』というタイトルも、ある意味では後付けというか。

ラブサマ:なんか、こんなこと音楽を愛している人たちの前で言うのも憚れるんですけど、「セカンド・サマー・オブ・ラヴに続くムーヴメントを巻き起こすぞ!」みたいな意思とかはあまりなくて。「ラブリーサマー(SUMMER OF LOVE)ちゃんの、3枚目(THIRD)のアルバム」っていう……。

──あ、そうか。気づかなかった(笑)。

ラブサマ:おやじギャグみたいでごめんなさい!

──(笑)。というか、「愛夏」という本名に「サマー・オブ・ラヴ」が入っていることに感動しました。ご両親があの頃のムーブメントから拝借して名付けたわけでもないんでしょう?

ラブサマ:それだったらすごくオシャレですね。そしてヤバイ子供に育ってそう(笑)。「サマー・オブ・ラブ」というカルチャーを初めて知ったときは、「私の名前じゃん!」と思ってただならぬ親近感を抱きましたけど、私、ドラッグとか好きじゃないので……。そこにあった音楽は好きですけどね。「熱狂的に好き」ではなく「いいね」くらいの感じ。

――もともとラブサマちゃんは90年代のUKロックだけでなく、本当に色んな音楽を聴いている人だと思いますし、その引き出しを全開にしたのが前作『LSC』だったと思うんですよ。それに比べると本作は、グッと焦点を絞り込んだアルバムになっていることは確かですよね?

ラブサマ:基本的に「嫌いな音楽」よりも「好きな音楽」の方が多いし、前作は本当に色々と手を広げたと思うんですよ。例えば初めてCymbalsを聴いたときに、「こういう曲作りたい!」と思ったり、初めてMy Bloody Valentineを聴いたときに「こういうベクトルに一度チャレンジしてみたい」となったり。取り敢えず、そうやって「一度はトライしておかないと」と思ってつまみ食いしたのが『LSC』でした。で、一通りそれをやってみたら、気が済んで。その後にやりたくなったのが、前作でいうと「あなたは煙草 私はシャボン」や「PART-TIME ROBOT」「青い瞬きの途中で」「僕らなら」みたいな、普通にただいいメロディを、カッコいいバンドと演奏することだったんです。

──なるほど。

ラブサマ:それと、前作をリリースした時に心が挫ける出来事があって。「音楽をやめよう」「やらなくていいや」「聴くのもちょっと辛いな」となってしまい、しばらく音楽から離れていたんです。そこで、自分が一番好きなものへの原点回帰が始まったというか。ポッカリと空洞になってしまった時に思い出したのが、the brilliant greenを聴いたときの気持ちだったんです。あのときに初めて「音楽ってカッコいいかも」と思ったなって。ブリグリもブリットポップの影響下にある人たちですしね。そういう時期を経て自然と出てきたのが、このアルバムに入っている曲たちだったんです。

──意地悪な言い方に聞こえるかもしれないですが、前作『LSC』を聴いた時に僕は、「ラブサマちゃんって器用な人だな」と思ったんですよ。

ラブサマ:うん、わかります。

──例えば今回のようなアルバムも、「UKロックという意匠を借りて、コンセプト・アルバムを作ってみました」みたいなことだって、器用なラブサマちゃんならできると思うんです。でも、この『THE THIRD SUMMER OF LOVE』はそういう動機から始まったものでは全くなくて。「いい曲を、いいアレンジで仕上げ、いいバンドで演奏する」という、至極真っ当なことにチャレンジしたら、結果的にルーツであるUKロックが滲み出てきたというか。そういう誠実なアルバムだったわけですよね。

ラブサマ:ありがとうございます。おっしゃる通り、自分でも器用な人間だと思っているので、今回はあえてリファレンスを持ち込まないように意識しました。

──以前、PELICAN FANCLUBのエンドウアンリさんとの対談では、自分は「憑依型のソングライター」だとおっしゃっていましたよね。

ラブサマ:はい。でも、メロディや歌詞からのリファレンスはないですね。コード進行の一部を引っ張ってくるとか、「このリズム・パターンから曲を作ってみました」みたいなことはありますけど、器用さみたいなことを意識的に排除したいと思って作りました。

──以前、Cubaseで作ったアルバム用のデモ音源を聴かせてもらいましたが、その時点でバンド・サウンドをシミュレートした一人多重録音を行なっていたのにも驚きました。アレンジに関しては、バンド・メンバーと詰めていくというよりは、ある程度ラブサマちゃんが作り込んでいるのですか?

ラブサマ:……私、こだわりが本当に強くて。ドラムのフィルからハイハットの叩き方まで、全て自分で考えているし、「ここは絶対にタムだよな」とか、ものすごく細かいところまで時間をかけて作り込んでいるんです。そうすると何度も繰り返し聴くものだから、覚えちゃうし愛着も湧いてくる。で、いざバンド・メンバーにデモを渡してスタジオで演奏してもらうと、微妙に違っていることもあって。メンバーそれぞれの手癖もあるし、「こっちの(フレーズの)方がいい」と思って演奏してくれているのかもしれないし、完コピしようとしてくれてもニュアンスで違う結果になっているのかもしれない。いずれにしても、そこの「すり合わせ」はすごく頑張りましたね。

みんな、私よりも一回りも二回りも年上のメンバーだしキャリアもあるし、すごく音楽を愛している人たちだから、彼らのアイデアやアイデンティティを否定したりするような言い方はしたくないのだけど、でも「そのフレーズじゃなくて、こっちにして欲しい」と思っていることを、どうやって伝えたらいいのかなって。それでレコーディング中は考え込むことも多かったです。

──「LSC2000」のストリングス・アレンジはオダトモミさん(CRCK/LCKS)ですが、それ以外の曲は編曲も全てラブサマちゃん一人で行なっているのですね。

ラブサマ:もちろん、「ここは、フリーキーに弾きまくってください」みたいなところはお任せしているので、100パーセントではないけど、ほぼ私がデモの段階で作り込んだアレンジです。


「ロンドンって実在するんだ」――イギリス旅行で受けた衝撃と希望

──先ほどソングライティングでのリファレンスはなかったとおっしゃいましたが、サウンドも90年代のUKロックがベースにありつつモダンな響きになっていますよね。「AH!」のスネアの音や「More Light」のシンセ音、「I Told You A Lie」のちょっとコミカルなギター・サウンドとか。そういう現代性みたいなところは意識しましたか?

ラブサマ:私の周りには「新しさ」を重要視する人が結構多いんですよ。「新しくないなら昔の音楽を聴けばいいじゃん」「音楽を進化させるためにも、新しいことを追求しなきゃダメだ」みたいな。でも私自身は音楽を「こうあるべき」みたいに考えるのが苦手で、「古いものをリヴァイバルさせたい」とも「新しい要素を入れないと」とも思わないし、そういう考え方を意識的に避けているところはあります。やっぱり好きな曲は90年代のものが多いし、自然と寄ってしまうのだろうなとは思うんですけど、「こういう時代の音であるべき」みたいなのはなくて。歌詞とメロディができて編曲の段階になった時に、「どういう音やフレーズだと、自分の好きな感じに聴こえるかな?」という気持ちだけで作っていますね。

──自分の「快感原則」に従って曲をアレンジしたら、自然にこうなったと。

ラブサマ:はい。完成した時は「I Told You A Lie」以外は「古い」と思われるかな? と思っていたんですけど、そうでもなかったっぽい。良かった(笑)。

──やっぱりそこは、最初にも話したように普段からラブサマちゃんがいろんな音楽を聴いているからでしょうね。

ラブサマ:一時期、UKロック・リバイバルみたいなのが来たじゃないですか。Kasabianだったり、テン年代、ゼロ年代の、ブリットポップ後続の音楽って実は全然好きじゃなかったんですよ。なぜかはわからないんだけど、その時代に青春を過ごしていたから、「今の音楽なんて」みたいな拒絶だったのかもしれない(笑)。ただ、ここ最近のイギリスの音楽が本当におもしろくて。

──例えば?

ラブサマ:Rat BoyやZuzu、Ten Tonnes、Beabadoobee、Sorryとか。最近の人たちめっちゃおもしろい! と思って聴き漁っているので、それの影響もあって「懐かしい感じ」からは抜け出ているのかもしれないです。

──なるほど。それと今回、初回限定盤にはラブサマちゃんのイギリス旅行記『Lovely In The U.K.』が収録されていますが、イギリス旅行の影響もかなり大きいのではないですか?

ラブサマ:イギリスでの衝撃は、大きく分けて2つあります。ひとつは「ロンドンって実在するんだ」ということ(笑)。David BowieやOasis、Blurなど、私が生まれる前や、生まれた頃にピークを迎えた人たち、言語も違えば場所も違う、時代も違うところで活動していた人たちが、本当に実在していたことに対して今まで実感を伴ってなかったんですよ。いくらCDを聴いたり本を読んだりDVDを観たりしても、私と地続きの世界にいた人たちとは、あまり思えなくて。

──ファンタジーの世界みたいな。

ラブサマ:でも実際にロンドンへ行ってみたら、みんなカラオケでThe BeatlesやOasisを歌っているし、リヴァプールへ行けばThe Beatlesまみれだし(笑)、『ブリティッシュ・ミュージック・エクスペリエンス』(英国のロック、ポップスの歴史を展示したミュージアム)へ行けば、New Orderが「ハシエンダ」で演奏した時のセットリストとかが飾ってあるし。「本当にあったんだ!」って。

『Ziggy Stardust』のジャケットが撮影されたへドン・ストリートも、『 (What’s the Story) Morning Glory?』のジャケットが撮影されたソーホーのバーウィック・ストリートもちゃんとある。そうなると、距離がグッと近くなるんです。私からはすごく離れた場所にあると思っていた大好きなものたちが、本当に存在していたし今もちゃんとある! って。「絶対に触れられないものではない」と思えたことは本当に良かった。

──もうひとつは?

ラブサマ:「案外、ここで生活できるんじゃないかな?」って。今までは、行くことすら出来ないと思っていたんですよ。海外旅行は家族と行ったハワイくらいしかなかったし、現地では親が対応するから私は何もしていなかったし。というか、ハワイなんて日本語も普通に通じるじゃないですか(笑)。なので、自力で海外へ行ったのは今回が初めてだったんですけど、「航空券を買えば、着くんだ……」って。拙い英語でも「伝えたい」「訴えたい」という意思があれば、どうにかコミュニケーションも取れたし、そうなるといろんなことの希望が湧いてくるなって。

──それは、例えばどんな希望ですか?

ラブサマ:今までは海外リリースとか、「どうせ無理! 何年かかるかわからないし、向こうの人とコミュニケーション取るなんて絶対に無理!」と思っていたんですけど、「とりあえずできることをやってみてから考えよう」って。まずは英語の曲を書いてみようかなと思ったり、発音を頑張ってみよう、単語を覚えようと思ったり(笑)。「ドミノ(Domino Recording Company)からリリースするにはどうしたらいいんだ?」みたいなことすら、建設的に考えるようになりましたね。「どうせできないから頑張らない」とか言うの、やめようって。


「感情ってコントロールできないことだし、そういう感情の受け皿になるのが“芸術”なのかなって」

──それはものすごく大きな一歩ですよね。ちなみに前のレコード会社を離れてしばらくフリーだった期間は、ラブサマちゃんにとってどんな経験でした?

ラブサマ:まず、物事を考えて実行するお金も時間も知識も増えました。フリーランスになっても、「ラブサマちゃんが好きだから仕事をしたいです」というお声掛けが結構あったことがすごく嬉しくて。リリースとか何もないのに取材をしてもらったり、ライブのブッキングを提案してもらったり。友達もフリーランスになったらすごく増えました。もちろん、以前は自分自身の精神も今以上に幼かったし、忙しかったし友達ができなくて当たり前なんですけど(笑)。

──自分を見つめ直す時間もできた、と。

ラブサマ:まさに。自分が好きなもの、求めているものは何か、どういう人と話したいのか、そういうことを考えて。その一方で、フリーランスになると全て自分でやらなきゃいけなくなるじゃないですか。スケジュール管理やプレス・リリース、バンド・メンバーへのギャラ支払いとか……。今までそれらの仕事を会社の人にやってもらってきましたが、それがどれだけ面倒で大変な作業なのか全然見えていなかったんですよね。これ、私に何らかの気持ちがないとやろうなんて思わないよな……って。

──自分でやってみたことで、支えてくれていた人のありがたさに気づいたわけですね。

ラブサマ:「みんなありがとう」という気持ちが心から湧いてきました。変に頭でっかちにならず、すごくシンプルに考えられるようになって、すごく「いい人間」になれたと思います(笑)。

──それは歌詞を読んで実感しました。他者に対する思いやりや誠実さとか、愛情が溢れているなと。

ラブサマ:ほんとですか? 嬉しい……。

──「LSC2000」も「豆台風」も、ファンに対する誠実な気持ちから生まれた曲ですよね。ただ、「正直であろう」「誠実であろう」としていることが諸刃の剣じゃないですけど、そのことで苦しんだり傷付いたり、誤解されたりもしている気がして。

ラブサマ:「ラブリーサマーちゃん」という本名を掲げて作っている以上、「自分のものじゃないとイヤだな」と思っていて。今作も「今泉愛夏さんが、思ったこと曲集」みたいな気持ちで作っているんです。そこから逸脱したくないんですよね。その上で、「これだけは絶対に守ろう」と思ってるのは、「自分の気持ちと齟齬がないものを作る」ということ。「この音とこの音だったら、この音がいい」「この歌詞は、こういうニュアンスもあるけど、それは私の考えとはちょっと違うから、もっと的確な言葉を探そう」みたいに、一つひとつ確かめながら作っていったんです。

ラブサマ:以前の私は歌詞を書くとき、「誰かを傷つけない」ということを一番に考えていたんですけど、いつからかそれよりも「自分の気持ちと齟齬がない」ことの方が上になっていて。それが「正直さが諸刃の剣になる」とおっしゃったことと同じなのかなと思いますね。

──「誰かを傷つけない」より、「自分の気持ちに齟齬がない」が優先されるようになったのは、どうしてですか?

ラブサマ:どれだけ「傷つけない」ということを大事にしても、傷つく人は傷つくことがわかっちゃったからだと思います。感情って仕方ないじゃないですか。何かを思うこと、例えば……ものすごく残酷な出来事に対して「エモい」と思ってしまう感情とか。たとえ私はそう思わなかったとしても、そう思う人がいることは仕方ないことだと思うんです。感情ってコントロールできないことだし、そういう感情の受け皿になるのが「芸術」なのかなって。

──よくわかります。

ラブサマ:コロナ禍では「人と会っちゃいけない」って言われているけど、わかっていても「あの子に会いたい」と思う時はあるし、それを表現できるのが音楽じゃないですか。曲の中ではいくら正直になってもいいと思うし、たとえそれが「刃」になって誰かを傷つけたとしても、それを「善悪」では割り切ることはできないし仕方ないことだから、そのまま書くことにしました。

──「誰も傷つけない」を優先させていた時は、それで自分が傷ついたり疲弊したりすることはなかったですか?

ラブサマ:「私は誰も傷つけていない」と思えることは、精神的にはすごく楽だと思うんです。「悪いことをしている」と自覚している方が嫌な気持ちになるし、なるべく「いい人でいたい」と思っていたから、「私は人を傷つけない歌詞を書いている!」と思っていた時に「疲弊している」感覚はなかったですね。「豆台風」みたいに、「正直でいることで誰かが嫌な気持ちになるかもしれない」と思う曲を歌っている方が、自分自身は傷ついていると思います。

──イギリス旅行記『Lovely In The U.K.』には「何かしらの香水を新たに買い、この旅行中はその香水しかつけないことにした。帰国後その香水を嗅いで、この旅行を思い出せるように」と書いてあって。

ラブサマ:あ、はい。書きましたね。

──その感覚って「アトレーユ」の歌詞にある、<今のあなたがどんな形か 見返せたらとフィルム使い切る>というフレーズにも通じるなと思ったんです。

ラブサマ:確かに!

──ラブサマちゃんは、そこにある出来事や自分の思いみたいなものを、「丸ごと記録したい」という気持ちがすごく強くて、それが曲作りのモチベーションのひとつになっているのかなと思ったんですよね。

ラブサマ:私、さっきから話がすごく長いじゃないですか(笑)。いっつもそうなんですよね。それって自分の気持ちと、出てくる言葉との齟齬をできるだけ小さくしようと思って、あれもこれも話そうと思うからなんです。長い話とか、居酒屋ですると最後まで聞いてもらえないじゃないですか。「またお前のターンかよ」って(笑)。

でも、それを曲にすれば、みんな聴いてくれるよなって。自分も曲作りにはエネルギーが要るから、最初から最後まで喋った気になるし(笑)。そういうつもりで曲を書いていたから、本当おっしゃる通りかもしれないです。

──それに音楽って、匂いと同じで聴いた瞬間にその時の記憶がありありと浮かんでくるじゃないですか。そこも似ている気がするんです。

ラブサマ:「こういうことがあったんだよね」と人に話す行為は、自分もその記憶を反芻し噛み締めるのと同じじゃないですか。だからみんな話したがると思うんですけど、そうやって思い出をパッケージして、何回も噛みしめたいから曲を書いているのかも。「丸ごと記録したい」とおっしゃいましたけど、確かに「LSC2000」は一瞬の気持ち……ライブでの立ち振る舞いとか、あり方が「今、完全にわかった!」みたいな感動を「とりあえず曲にしなきゃ」と思って作ったので、その通りかもしれないです。

──フランスの写真家、ジャック=アンリ・ラルティーグは過ぎ去っていく日常をなんとか記録に残したくて、幼少期の頃から写真に熱中していたそうなんですけど、その行為に似ている気がするんですよね。「アトレーユ」について、セルフ・ライナーノーツに「彼の全てを記録しておきたくなり沢山写真を撮った。気付けば、写ルンですを2台使い切っていた」と書いていたことも、ロンドンへ行く前に香水を買った話も、今話してくれた「LSC2000」もラルティーグっぽいなって。

ラブサマ:ほんとそうですね。考えてみれば、自分の歌詞ってSFチックなものとかないですもんね。自分が何かを想像して歌詞にするというよりも、実際にあったこと、思ったことを描写して歌詞にしていることの方が多い。

ただ、これから自分の作風も変わっていくような気がするんですよ。今は書きたくなるような出来事や思いがめちゃくちゃありますけど、ずっと同じ環境で同じようなルーティンワークを続けていたら、思うことの総量が少なくなってくるような気がしていて。そうなってくると、架空の出来事を創造して書くことを目指すキャパが、自分の中に生まれるのかもしれないって。ボウイが架空の出来事を書いているのとかすごく好きだし、そこにもトライしてみたくなるかもしれない。


「遺体と自撮り」「絶対にモテるための5ヵ条」

──それもすごく楽しみです。「サンタクロースにお願い」の歌詞の、<懐かしいのは悲しいことなのかな>というラインも、今の話にも通じることですか?

ラブサマ:ああ、そういう感覚はすごくありますね。実はこの曲、リリースしたいのにリリースできない状態が続いていたときの気持ちを、サンタクロースが振り向いてくれないという「例え話」にしているんです(笑)。

──そうだったんですね(笑)。

ラブサマ:<懐かしいのは悲しいことなのかな>という歌詞は、例えば過去に経験した「楽しかったこと」って、時が経つと寂しくなったりすることもあると思うんですよ。でも、過去のあるタイミングで「楽しかった」のはいいことじゃないですか。だったら「なんで今はこんな感じなんだろう、あの時は楽しかったのになあ……メソメソ」じゃなくて、「今はこんな感じだけど、あの時は楽しかったよねえ!」みたいな、悲しみじゃない振り返り方でもいいんじゃない? と思ったんです。

──過去に対する「向き合い方」の問題というか。

ラブサマ:過ぎていくこととか、昔に終わったことへの向き合い方って色々あると思うんですけど、楽しかったことは、楽しかったことのままでいていいと思うから、振り返って悲しくなる必要ってあるのかな? って。「懐かしむことを悲しがる」ということを、積極的にしなくてもいいんじゃないかなと思いながら書いた歌詞なんですよね。

あと、この間おじいちゃんが亡くなった話をしてもいいですか?

──もちろん。

ラブサマ:ちょっと不謹慎と思われるかもしれないんですけど……。おじいちゃんが「そろそろお迎えが来るかも」となって、お母さんがずっと付き添っていたんですね。それで私が遊びに行くと、具合悪そうにしているおじいちゃんの写真を、お母さんが撮りまくってて。「愛夏、ツーショット撮って」とか言って、もう喋れないおじいちゃんの横で「イエーイ」ってポーズ取ってるんですよ(笑)。

ラブサマ:亡くなってからも、お母さんが棺の中のおじいちゃんと自撮りをしようとしてカメラを出したんです。結局、葬儀場の方に「控えてください」って言われたんですけど。それで疑問に思って、「どうして撮っちゃいけないんですか?」って聞いたんです。そしたら「縁起が悪いと言われてるので」なんて言われて。遺体って結構センシティブというか、すごいセンセーショナルなものだから、それが「自撮り」とか「カメラで撮影する」っていうカジュアルな行為と合致した時に、「不謹慎」と思われるのかなって。実際、後から「遺体 自撮り」でググったら、やっぱりSNSに投稿して炎上してるモデルさんとかがいて。

──これ……話は逸れていませんよね?(笑)

ラブサマ:大丈夫です、<懐かしいのは悲しいことなのかな>の話にちゃんと帰結します(笑)。私はお母さんの行為を不謹慎だとは思わなかったんですね。「縁起が悪いと言われてるので」って言われたときも、内心「大事な人が亡くなって、これから形がなくなってしまう。目に見える形で残す最後のチャンスなんだぞ! 縁起なんてあるか!」って思って……。お母さんも私たちも、おじいちゃんのことが大好きなのをわかっているし、あんな元気だったおじいちゃんが亡くなったからって、死んだ瞬間から「おじいちゃん」と「おじいちゃんだったモノ」に分かれるわけないじゃないですか。亡くなってもおじいちゃんはおじいちゃんだから、好きな人と写真を撮りたい、もう2度と見られなくなってしまうおじいちゃんを、少しでも写真に残しておきたいだけなんだなと思ったんです。

──なるほど。さっきの「アトレーユ」の話にも、通じるといえば通じますね……。

ラブサマ:そうなんですよ。だからお母さんがおじいちゃんと自撮りするのも、「思い出をパッケージして、何回も噛みしめたい」みたいな気持ちがあるのかもしれない。お葬式の間、涙がワッと出てくる瞬間があったんですけど、90歳まで生きてくれたし「なんで死んじゃったの!」という感じではなくて。あったものが失われていくことに対して悲しみに浸るだけではなく、おじいちゃんが岩手県の浄土ヶ浜で撮った写真が出てきて笑ってしまう瞬間もあったりして、すごくフラットにおじいちゃんの「死」と関われたことが嬉しかったんですよね。「私もこういうふうに生きていきたいな」って思ったことを、<懐かしいのは悲しいことなのかな>についての話で思い出しました。

──それに、過去をどう解釈するかは、現在の気持ちのありようにも大きく作用されませんか?

ラブサマ:それはあります。もし今が不遇だったら、前にあったことを恨めしく思ってしまうかも知れない。それを思うと、今の自分が充実していたからこそ、こういう歌詞が書けたのかな。

──そんな気がしますよね。「今、自分が不遇なのは過去のせいだ」と思わなかったから、過去を冷静に振り返りながら「サンタクロースにお願い」を書くことができたのかなと。

ラブサマ:うーん、どうなんだろう。<懐かしいのは悲しいことなのかな>は、疑問形になっているじゃないですか。<懐かしいのは悲しいことだ>でも、<懐かしいのは悲しいことじゃない>でもなくて。

──確かに。まだ完全に吹っ切れるほどの過去ではないけど、吹っ切ろうとしている過渡期のようにも取れますね。

ラブサマ:なんか、自分で書いた歌詞を自分で分析してるの、おかしいですね(笑)。でもやっぱり、「懐かしい」ことに対してすっごく悲しいと思っていた時期もあったと思います。そんな自分に対して、「もっと気楽に考えてもいいんじゃない?」「わざわざ悲しみの沼の中に沈まなくてもいい方法が、もしかしたら見つかるかも知れないよ?」と語りかけていたのかもしれない。

──聴いているこちらも、そういうラブサマちゃんの葛藤に心を揺さぶられるのかもしれないですね。「今、思い出すと悲しくなる過去も、捉えようによっては美しいものに変えることができるんじゃない?」と、こちらも語りかけてもらっているような気持ちになる。

ラブサマ:ありがとうございます。いや、本当に「考え方次第」のところってありますよね。そういえば以前、「絶対にモテるための5ヵ条」について話したの覚えていますか?

──もう一度、説明してもらえますか?

ラブサマ:まずは「自分の強みを知る」。次に「人と会う母数を増やす」。そして「増やした母数の中で、自分の強みを発揮できる場所を選ぶ」。例えば自分の強みが音楽だったら、「Spincoaster Music Bar」へ遊びに行くとか。

──ははははは!

ラブサマ:さらに「自分の強みを磨く」で、最後が「モテると思い込む」。この最後が重要で、例えばちょっと女の子と目が合っただけでも、「最近、いい波がきてるんじゃない?」と自分を奮い立たせるんです。自分が「モテてる」と思い込めば、それは「モテてる」ことになる。誰か他の人が決めることじゃないから最強なんですよ。

──なるほど、確かに。

ラブサマ:しかも自分で「モテてる」と心底思っていれば、さらに別の「モテ・チャンス」が訪れる。この五箇条はオススメです。

──あれ……なんの話でしたっけ?

ラブサマ:あはははは。「考え方次第」ということです。ただ、「好きにさせる5ヵ条」ではないので、やったところで幸せにはなれないんですよね、残念ながら(笑)。

──それでいうと本作『THE THIRD SUMMER OF LOVE』は、他者とのコミュニケーションについても歌っていますよね。「どうしたいの」は自己肯定とは何か?という曲ですし。

ラブサマ:ああ、そうですね。

──本作は、ラブサマちゃんのここ数年の悩みや葛藤、それを乗り越えての誠実さや愛が詰まった素晴らしいアルバムだなと改めて思いました。時間もだいぶオーバーしたのでこの辺りで。

ラブサマ:ありがとうございます。話が長くなっちゃってごめんなさい!次はもっと簡潔に話せるようにしておきます(笑)。


【リリース情報】

『THE THIRD SUMMER OF LOVE』初回盤

『THE THIRD SUMMER OF LOVE』通常盤

ラブリーサマーちゃん 『THE THIRD SUMMER OF LOVE』
Release Date:2020.09.16 (Wed.)
Label:Nippon Columbia
[初回限定盤](CD + 初回盤限定ブックレット付) COCP-41239 ¥3,300 + Tax
[通常盤](CD) COCP-41240 ¥2,500 + Tax
Tracklist:
1. AH!
2. More Light
3. 心ない人
4. I Told You A Lie
5. 豆台風
6. LSC2000
7. ミレニアム
8. アトレーユ
9. サンタクロースにお願い
10. どうしたいの?
11. ヒーローズをうたって

※初回限定盤:三方背ケース&初回盤限定ブックレット付(ブックレットにはラブリーサマーちゃんのイギリス旅行記「Lovely In The U.K.」「コード譜」「セルフライナーノーツ」が収録)


【イベント情報】

『ラブリーサマーソニック2020』
日時:2020年12月15日(火) OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京・渋谷WWW
料金:¥4,500 (1D代別途)
出演:
ラブリーサマーちゃん
セカイイチ
ayutthaya
wash?
NENGU

ラブリーサマーちゃん オフィシャル・サイト

Spincoaster

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