R&Bバンド・HALLEYの新曲“24”が到着した。
クワイアのもたらす奥行きを感じさせる冒頭から、スムースな歌声が全体をリードしていく。かと思えば、終盤では人力ドラムンベースに展開する異色の楽曲。ただ、そんなチャレンジングと言っていい要素を内包する曲でありながらも、違和感として引っかかることなく聴き終えることができてしまう、本当に不思議な曲だ。聴き終えてから「待てよ、今のって」と遅れて衝撃がくる、ある種の発明とすら言える代物。
制作にあたってはさぞ野心的な、言ってみれば「かましてやろう」という若い情動の迸るやりとりがあったものと予想していたが、彼らはごく自然体だった。企むでも狂気に身を任せるでもなく、いかにしてこんな楽曲を作り出したのか。ボーカル・てひょんとギターの登山晴に話を訊いた。
Interview & Text by Kei Hasumi
Photo by YGQ

「月との対話」をテーマにした“Can We Talk”
――Spincoasterでは“Chicken Crisp”と“Billet-Doux”についてのインタビュー以来の取材となります。そこから“Can We Talk”を挟んで、このたび“24”がリリースされましたね。
てひょん:“Can We Talk”は予想外に反応がよかったですね。Spincoasterさんでも『Monday Spin』(毎週月曜更新のSpotify公式プレイリスト)の1曲目に選んでもらって。
晴:ライブでは2024年3月のワンマンでやったのが最初です。
てひょん:そう、だいぶ古い曲なんです。なので、どうしてリリースが“Chicken Crisp”と“Billet-Doux”の後になったのか、自分たちでも正直あんまりわかってない(笑)。
ただ、デモを初めてメンバーに聴かせたときにだいぶ好感触というか、ハマってる感じはありましたね。(ドラムの清水)直人は今までとちょっと違う推進力のあるドランクビートをやりたいってアイデアをくれて、それが曲の土台になってると思います。サビのセクションでぐるぐるとアルペジエイターが鳴ってるのもそうですけど、みんなそれぞれのパートのアイデアがすらすら出てきた曲ですね。
――歌詞はどういったテーマで?
てひょん:紆余曲折を経て、僕の歌詞のストックのなかから「月との対話」っていうモチーフを持ってきました。曲中では終始月と問答を重ねていくんですけど、ブリッジのセクションで月からある種の答えがもらえたような形になり、幕を引く。その中でcrowds(群衆)とclouds(雲)で韻を踏んで対比させたり。どちらもなんというか、行く手を阻むものとして使っているモチーフなんですけど、そこから光が指す方向へ、バンドとして向かっていければいいなっていう思いで書いた歌詞です。
――月との対話という形になっていますが、自問自答にも近い印象を感じました。“Chicken Crisp”、“Billet-Doux”での対話の相手はかなり具体的な人物像が想起されましたが、今回は抽象度が高く、受け取り方に幅があるように思います。
てひょん:たしかに比べて見るとだいぶ違いますね。自分の中で何かモードの変化みたいなものがあったのかもしれません。
ごく自然にドラムンベースになった“24”
――続いて最新シングル“24”について伺います。リリース前には一度だけ、去年12月のワンマンで演奏していますね。私もお邪魔しましたが、終演後に関係者席で初対面の方たちと話すきっかけになったくらい衝撃の曲でした。
てひょん:そんなことがあったんですね。
――「さっきやった新曲、ドラムンベースでしたよね!?」って話していたら、「やっぱドラムンですよね?」「自分の聴き間違いかと思いました」って何人かと会話が生まれたんです。
晴:ええー。そんなことになってたんだ。
――でも、それ以来ライブではやっていないんですよね。それはどういう意図だったんでしょう? ここぞというときのために温めておくような?
てひょん:「どう? やる?」みたいな会話がなかったよね。
晴:単純にセットリストにハメづらい曲だから、やろうかって話にならなかったんじゃないかな。
てひょん:それはあるね。
――今びっくりしてるんですが、バンドとしてはあの曲ってそんな扱いなんですね。かなり刺激的なアイディアだと思うんですが、「シーンに一発かましてやるぞ」「リスナーの度肝を抜いてやるぞ」みたいな、そういった思いで作ったものではなく?
てひょん:そうですね、割と自然とああなったというか。どういう経緯だっけ?
晴:終盤のアレンジ中に直人が「じゃ、ドラムンベースでもやっちゃいますか」って言ったのがきっかけだったと思う。それで「いいね、やってみようか」ってなって。
てひょん:僕らの中では全然違和感がないんですよね。
晴:僕はあのアレンジがしっくりきてたかっていうとわからないけど、単純におもしろいなと思ってました。あと、実はヴァースのキックが後にドラムンベースに展開しても違和感ないようになってて、ある種の伏線を張ってるので、ちゃんと構成してるんですよ。だからそこまで突飛なことをやってる気もしてなくて。
てひょん:もともとビートから作り始めた曲なので、作ってくうちにどんどんドラムに重心が置かれていって、ああなったっていう。
晴:別に新しいことをやってやろうとかではなかったので、いつものツールでできる範囲のことをやって。コンプでぶっ潰して歪ませたいね、バス(ドラム)の音にライドの音が潰れて乗っかる感じにしようかって。そうやって音色を作り込んでいくうちにしっくりくるものになって、「いいね、これでいこう」となった感じです。
――歌詞の面ではどうでしょうか? タイトルはてひょんさんが24歳になったことを受けての“24”なんですよね。
てひょん:ちょうど僕と直人、(ベースの高橋)継の3人が24歳になる年度なんですけど、24歳頃って何が正しいのかわからなくなってくる時期なのかなと思っていて。それぞれの業界の仕事に慣れてくる頃だし、人間関係もそう。バンドだったらメンバーとのやり取りもある程度「慣れ」で進行できるようになってくる。
それを楽しいと思う人もいれば、不安や焦燥感と付き合っている人もいますよね。人によっては転職を考えはじめたりとか。実際僕もめちゃめちゃ楽しくて生きがいを感じるけど、「これでいいのかな」っていう探り探りなところもあって。大人の思春期というか。
晴:バンドそのものもそういう時期なのかなと思います。HALLEYは今4年目なんですけど、少し前までは初体験だらけで、刺激も不安もありましたけど、よくも悪くも突っ走ってこられた。今は「この方向でいいのかな?」って立ち止まって考えちゃうときもあって。
てひょん:同じ時期に活動を始めたバンドが「これくらいのステージに立ってるな」とか、解散報告もたくさん見るなとか。
――なるほど。では、今回の歌詞はそういった気がかりなことの渦中にいる同世代に共感されると嬉しい?
てひょん:そう……ですね、ただ共感してくれるってことはこういう類の苦労をしてるってことなので、そういう意味ではあんまり嬉しくないというか(笑)。「お互い頑張りましょう」って感じですね。
晴:ちょっと暴力的な考え方ですけど、話通じる人と通じない人が分かれてくる時期でもあるなって思ってて。小さい頃ってもっと誰とでも話せたけど、だんだんと価値観や使う言葉に違いが出てきて、社会に出て数年経った24歳頃のタイミングで決定的に分かれる面があるというか。
でも同時に、数ヶ月で劇的に変わる時期でもある。だから勝手に通じる通じないとか切り捨てるのは違うなとも感じていて、最近葛藤してるんですけど。そういうところが自分の「24歳っぽい」成熟していない部分なんだと思います。
「HALLEYの5分の1」登山晴のルーツを巡った香港滞在
――今回はMV、アートワークなどビジュアル面を晴さんが中学生まで過ごした香港で撮影していますね。
晴:リリースに向かっていくタイミングは、自分たちの標榜している「アジアンソウル」ってものがなんなのかってのを改めて考えていた時期で。日本だけじゃなく韓国やタイ、香港にルーツのあるメンバーがいるんだから、そういう部分を大事にしていけたらいいねって話していくなかで、香港で撮ったらおもしろいかもなってことになりました。
だからMVに映ってるのは観光っぽいところではなく、僕の実家の近く、当時の生活に根ざした場所ばかりなんです。撮影期間中はうちの実家にみんなで泊まってたし。
てひょん:4日間の滞在をVlogっぽくまとめてるんですけど、裏テーマとして「メンバー理解を深める」みたいなところもあって。晴が「ここで親父とキャッチボールしてたんだよね」とか説明してくれたんですけど、それを聞いて僕たちも「その歳の頃、何してたっけ」って自分の子供時代を振り返って。
晴:単にメンバーが僕に対しての理解を深めるってだけじゃなかったんですよ。僕のほうもメンバーの反応が新鮮で。自分がいつも通ってた場所をみんなはそんなふうに感じるんだとか、ここでそんな写真撮るんだとか。僕にとってもみんなの理解に繋がった。この旅で深まったものは大きいんじゃないかなと思います。
てひょん:めちゃめちゃ大きいよね。晴の過去ってHALLEYの5分の1なわけじゃないですか。そこを辿ったことで、自分たちのアイデンティティに急接近できたというか。24歳の時期にやっておいてよかったと思います。24歳として悩む現在の時間軸の中で、サボ*の回想シーンみたいな感じで一度過去を振り返る時間を挟んで、また現在に戻ってきたような。その回想シーンのお陰でいろんなことの解像度が上がった感じがしてます。
*サボ:『ONE PIECE』のキャラクター。主人公ルフィと少年時代を共に過ごした。
晴:今回うちの親戚とメンバーでご飯を食べたりしたんですよ。従兄弟とメンバーが仲良くなったりして不思議な光景でしたけど、そういう面でも過去と現在が繋がる感じがあって。
香港に行く道中でメンバーに「俺が香港にいたの想像できる? 俺っぽいなって思う?」って聞いたんですけど、「ちょっとわかんないな」って反応で。でも帰りに同じ質問したら「想像できるようになった」って言葉が返ってきたので、今回バンドとして得られたものが大きかったんだなって。
てひょん:メンバー同士の記憶がシンクした感じだよね。香港が自分事に思えるようになったというか、単純に「晴の故郷」ってだけでなく、HALLEYにとって外国じゃないと思うようになりました。
「トレンドセッターになるべくトレンドを意識するのをやめた」
――今回お話を伺ってみて、“Chicken Crisp”、“Billet-Doux”の頃のインタビューとは明らかにみなさんのモードが変わっているように感じました。当時はいかにしてトレンドセッターに、つまりトレンドを生み出す側になれるだろうかというところに課題意識があったようですが、現状その点はいかがでしょうか?
てひょん:そうでしたね。いや、改めて振り返ると、そのことについてめちゃめちゃ話すことあるかも。
晴:言ってしまうと、今は当時ほどトレンドってのは考えてないんです。だよね?
てひょん:うん。
――そうですよね。
晴:“24”もその前の“Can We Talk”もそうなんですけど、もうちょっと生理的欲求から出てきたものを大事にしたいっていうのが今で。
てひょん:言ってみれば、トレンドセッターになるべくトレンドを意識するのをやめたというか。考えて考えて、結局トレンドのためにやってるわけじゃないしなってとこに立ち返ったんですよね。そこからメンバーそれぞれの「これいいじゃん」っていう感覚を大事にする制作のあり方に移行したんです。
晴:全員がその場で気に入らなくても、誰かひとりでも「いいじゃん」って気持ちがあるならそのヴァイブスに乗っかろうっていうのを今、大事にしてて。以前だったら「5分の1しかいいって言ってないんだから、あんまりよくないんじゃないか」っていうのがみんな頭の中にあったので、大きな変化だと思います。
――また、活動開始間もない頃はダメ出しをあえて厳しくやっていたとおっしゃっていました。自分たちの作るものに対する責任として意識的にそうしていたと。そして、そこから「ダメ出しをするにしても相手の熱量や労力に敬意を払った伝え方をしよう」という方向にアップデートしたとも。
晴:そうでしたね。今はもはやダメ出しって感じじゃないよね?
てひょん:たとえばつい最近のことなんですけど、“24”の後に出す予定のシングルのフレーズを僕と(キーボードの西山)心と継で作って、それを直人に聴かせて「どう?」って聞いたら「いや、わかんない。まだ好き嫌いの土俵に上がってない」って言葉が返ってきて。なるほどと思ったんですよね。
みんな4年やってきて、それぞれに実力と説得力があるわけだから、瞬時に掴まれるものを感じなかったとしても、即答で否定する理由はないよなっていう。
晴:以前はたぶん、前に進まなきゃって意識が強かったから、今にして思えばふわふわした状態でも仮に即答するって感じだったんだと思うんですよね。
――それにしたって当時は当時で本気だったわけですよね。それが「ふわふわしてた」と振り返れるようになるのもまた「24歳らしさ」なのかなと。
晴:そうですね。それはあったと思います。
――ここまでお話を聞いてから改めて最初の疑問に立ち返ってみると、“Can We Talk”よりも“Chicken Crisp”、“Billet-Doux”を優先して出したかった理由が推察できる気がします。当時は「狙って作っていた」時期というか、意図的・具体的に考え抜いたうえで作ったものを試したい時期だったのかなと。
てひょん:ああ、言われるとその通りですね。シングルとしては先行した2曲のほうがインパクトがある、新しいHALLEYを提示できる気がしてた。
――歌詞の中で語りかける相手が具体的な人物だったのも含め、今より対外的な方へ意識が向いてた時期だからこその産物が“Chicken Crisp”と“Billet-Doux”の2曲なのかもなと。そしてそれを経たからこそ、今の制作スタイルに進化することができた。
晴:めっちゃそうだ。
てひょん:それめっちゃ腑に落ちました。そうですね。
――おそらく今後もキャリアを重ねるうちに「あのときあの2曲をやっておいてよかったな」という価値が大きくなっていく気がします。では最後に、今後の展望を伺います。
晴:そうだな……制作合宿したいですね。最近俺がよくメンバーに言ってるのが、「無人島で作ってても同じことやってる?」っていうやつなんですけど(笑)。要は「本当に自分の内から出てくるようなものを弾けてるか?」っていうのが今の自分たちにとって大事で。制作合宿ではそういう無人島と近い、他のことに囚われず制作できる環境を作れるんじゃないかって思って。
てひょん:自分も似たような感じですね。制作合宿もそうだし、何せみんなが自分の楽器を持ってる状態でずっと過ごすっていうのをやりたい。そうやって時間を過ごす中で出てくるものを突き詰めて作ってみたいです。
――最初期のインタビューでは今後の展望としてライブのことを挙げていて、少し前のインタビューでは曲についての目標をお話しされていました。そして今では、制作の過程自体にフォーカスしているんだなと。
てひょん:本当だ。
晴:言われてみるとそうですね。ライブや曲みたいなわかりやすい結果物だけじゃなく、制作自体にも達成感を見出だせるように成長したってことなのかなって気がします。
てひょん:アジアのいろんな国でライブをやりたいっていうのは引き続き思ってますよ。今でいうとマレーシアとタイに行きたい。ただ向こうに行って演奏して返ってくるんじゃなく、向こうで受け取ったものをちゃんと昇華してライブなり制作なりに取り込んだものを表現したいと思います。
晴:それでいうと、直近で台湾のフェスに出演したとき、「HALLEY(JP)」って書かれたんですよ。今思ってるのは、早くあの(JP)が取れるとこまでいきたいなって。
てひょん:わかる。日本の人たちって思われるのが嫌なわけでは全くなくて、その段階は卒業したいよねっていう。世界で知られてるバンドには付かないじゃないですか。
――「Oasis(UK)」とは言わないですよね。
てひょん:その(JP)が取れたとき、「アジアンソウルとはなんなのか」っていう、僕らが自分たちで立てた命題の答えに少し近づいてるんじゃないかなと思います。これまではアジアのいろんな地域で育った自分たちがやっているものが自然とアジアンソウルと定義されていけばいいと言ってきたし、それは今も変わらないんだけど、もっと確証を持って説明できる何かが見つかるんじゃないかって気がします。
【リリース情報】
HALLEY 『24』
Release Date:2025.06.04 (Wed.)
Label:Yellah
Tracklist:
1. 24
Lyrics:Taehyun Jang
Music & Arrangement:HALLEY
Mixed by Alex Cruz (Fader Crafters)