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特別対談 | S.A.R. × luvis


トランス状態、波動拳、バンドのグルーヴ、創作のスタンスとオリジナリティ

2026.02.11

ライブイベント『SPIN.DISCOVERY』が3月24日(火)に東京・渋谷WWWにて開催される。

およそ5年ぶり、16回目の開催となる『SPIN.DISCOVERY』。今回はアジアでも注目を集める沖縄在住の3人組オルタナティブ/ポップスバンド・HOME、エモーショナルなトラックを持ち味とする京都出身のシンガーソングライター/プロデューサー・luvis、そしてソウルやR&B、ヒップホップ、ジャズを軸に、メンバーそれぞれのルーツを反映した幅広い音楽性を持つオルタナティブクルー・S.A.R.によるスリーマン公演として行われる。

同公演の開催を記念し、Spincoasterでは出演者同士の対談インタビューを企画。luvisをインタビュアーに迎え、S.A.R.、HOMEへそれぞれ気になる質問を投げかけてもらう形で実施した。音楽的にはバラバラな3組だが、対話を通してその共通項を探ることに。

本稿では第1弾として、S.A.R.とluvisの対談の様子をお届け。それぞれの創作との向き合い方や活動スタンスについてなど、ざっくばらんに語り合ってもらった。(編集部)

S.A.R.のmay_chang (Dr.)は所用のため欠席

Interview & Text by Ryutaro Kuroda
Photo by fukumaru


「自他の境界が曖昧になる感覚」

luvis:S.A.R.とはTOKIO TOKYOで一緒にやったことがあって。

Imu Sam:それが初対面だよね。たしかあの日はHOMEもいた。

luvis:それが2年前ぐらい。でも、S.A.R.のメンバーでちゃんと喋ったことがあるのは、まだマスミくん(Imu Sam)だけなんです。

Imu Sam:俺が『Music Lane Festival Okinawa』に行ったときに、紆余曲折あって飛行機を逃して、お金がなくなってジリ貧でフラフラしてたんです。そうしたら同じフェスに出演していたluvisくんと出会って。一緒に楽しく遊んだという。

luvis:それが2024年の1月。TOKIO TOKYOで対バンする前ですね。

luvis

Imu Sam:俺はluvisくんに会えるとなぜか毎度嬉しくなるんですよ。

Taro:代官山(SPACE ODD)で一緒になったときも言ってたよね(笑)。

Imu Sam:なんかいい空気を持ってる人なのかな。音楽も最高〜。

luvis:(笑)。

Taro:去年、SPACE ODDで初めてluvisくんのライブをちゃんと観たんですけど、本当に今喋ってる感じのまま。境界線がないというか、自然体のままやっていたのがすごく印象に残ってます。

luvis:俺は元々一方的にS.A.R.のことを知っていて。京都にいたときは普通に海外のアーティストとして聴いていたんですけど、調べてみたらどうやら東京の人たちらしい、ということで衝撃を受けました。

で、S.A.R.は音楽が言葉より先にできている印象があって、聴いていると言葉では説明できひん感情になることが結構ある。そこで今日最初に聞きたいのは、音楽をやっていてトランス状態みたいになる瞬間ってありますか? っていうこと。

Eno:あるよね?

Imu Sam:あるある。

Eno:でも、それはみんなあるんじゃない? トランス状態になるのって、たぶん未来のことを考えるというよりも、過去の体験を振り返る瞬間なんじゃないですか。過去の体験とかを思い出して涙したり、もしくは大いなるものと対峙したりしたとき──たとえば海を見て、人間の小ささを知るみたいな──にトランス状態になる。要は諦めですね。諦めがトランスです。

Imu Sam:なるほど。

S.A.R. (santa, Imu Sam, Taro, Eno)

luvis:諦めか……そこから繋がってるかどうかわからないけど、ライブをしてるときの感覚についても聞きたくて。普段と違う感覚になる瞬間とかってあったりしますか?

Imu Sam:怪我とか痛くなくなる。

一同:(笑)。

Imu Sam:結構ヤバい怪我してんのに痛くない、みたいな。あと、昔タバコをやめていたときも、ライブの間は気になんなかったかも。

Eno:わかる。その瞬間はさ、たぶんお客さんと共同体になっているっていうことだよね。だから自分の身体の都合とか不安とか、そういうのが気にならなくなる。

luvis:境界が溶ける、みたいな。俺も自他の境界が曖昧になる感覚はある。でも、個人でやってる感覚と、バンドとしての感覚はまた全然違うんじゃないかとも思っていて。俺はお客さんともメンバーとも共同になる感じはあるけど、それがひとつの生命体という感じはしないというか。

Eno:私と音楽とお客さん、みたいな感じ?

luvis:みたいな感じ。そこはソロとバンドで違いがあるのかな。

Eno:それはもう感覚論なので正確にはわからないけど……でも、あんま変わんないじゃないかな。ただ、音楽をひとりで作っている人とか、プロデューサーの意向が強く感じられる音楽って、受け手はその作品を通してアーティストやプロデューサーの頭にダイブする感じじゃないですか。

でも、たとえばジャズのような音楽ではそれぞれにブレーンがあるから、聴く方も「俺はドラマーを聴く」とか「俺はここのソロを」とか、それぞれ別の事象に注目するっていう人が多いと思う。だから、演奏している方はあんまり変わらないけど、鑑賞する方にとっては、(バンドの方が)いろんな見方があるのかなと思います。

luvis:なるほど。俺の場合はやっぱりサポートメンバーが気を遣ってくれてるなっていう感覚も少しあって。バンドはもっと全員の意識がひとつになってるのかなって思って、ちょっと聞いてみたかったんです。


歌詞=波動拳「考えているときは竜巻旋風脚」

luvis:ちなみに、制作において音楽以外から受ける影響ってありますか?

Eno:一昨日『ズートピア2』観に行ったよね。

Taro:そうだ(笑)。

Imu Sam:歌詞が上手く出てこねぇってなって。

Eno:だから『ズートピア』だよね?

Imu Sam:うん。俺たちの影響は『ズートピア』。

luvis:最高。もう今の答えが聞けたらなんでもええな(笑)。

luvis:ここからは歌詞というものをどう捉えているかを聞きたいです。まず、俺は音に対する想いが人一倍強くて、詞も音として捉えてたんですよ。母音や子音も音色として捉えていた。

Taro:俺も完全にリズムで捉えていました。

luvis:そうですよね。でも、やっぱり意味も重要だし、メロディと相互作用を及ぼす可能性があるということに、恥ずかしながら最近気づいて。それで聴き方が変わったりとかしたんですけど。

Eno:全く一緒です。なんだったら今一番大事にしてるけどね、俺は。

Imu Sam:意味を?

Eno:そう。でも、正直それはまだ曲に反映されてないから、この場で語ってもしょうがないところもあるんですけど。やっぱり人生経験が蓄積されていくほど、詞は大事になっていくんじゃないかな。人って、生きているうちにどんどんいろんなものを獲得していって、手に入ると興味を失って、また次のものに目がいくじゃない。音楽も一緒で、勉強していろんな技術や知識を身に付けていくんだけど、ある程度進むと「あれ? これ意味なかったかも」みたいなフェーズになる。

Imu Sam:もっと別のところが大事だと思うようになる?

Eno:技術や知識は表層でしかなくて、ツールであり本質ではないということに気づいてくる。じゃあ何が大事なんだってなると、やっぱりメッセージなんじゃないかって思いますけどね。それは「言葉で伝える」というわけじゃなくて、たとえばインストとか実験音楽をやっている人だったら、音とかアイディア自体がメッセージになると思うし、各々そういうものがあるはず。

Imu Sam:でもさ、たまにめちゃくちゃ強い感情が溢れてる歌詞を聴いて、「うッ……」てなるときもない?

Eno:「うッ……」てなっていいじゃん。

Imu Sam:いや、なんか自分がそういうマインドじゃないときだと嫌じゃん。そんなときはあんまり意味を感じない、リズムとか音が気持ちいいやつを聴きたくなったりする。

Eno:わかる、わかるけど……それはよくないね。

luvis:(笑)。でも、そうさせる時点でやっぱり詞には力がある。

Imu Sam:間違いなくあるね。

Eno:パワーあるよ。だから詞はいいことに使うべきだよね。ポジティブなエネルギーになったらいいなって思う。

Imu Sam:それはそうだね。

Eno:だから「悲しい」とか、そういう辛い気持ちを書くことでも、最後は肯定に繋がってほしいというか。

luvis:最近は歌詞だけじゃなくて「詩」とも向き合うことがすごく増えていて。日本の歴史を辿っていくと、五七五という型が決まってる中で、詩だけが自由な形式を取っている。それが現代に通じているかどうかはわかんないけど、そこにヒントがあるんじゃないかと思ったりもしていて。

たとえば、詩は極めて論理的なものという感覚が前はあったけど、谷川俊太郎さんの詩集を読むと、論理では説明のつかない感情がふっと湧き出ることがある。ふっと風が通る瞬間みたいな。そこで詩の持つ可能性みたいなものをちょっと垣間見た気がするんですよね。

Eno:たぶん歌詞を文だけで取ったら結構意味わかんなかったりすると思うけど、やっぱり言葉にしているわけだから、抽象画のようで抽象画じゃない。たぶん谷川さんの詩も、谷川さんを知れば知るほど、あるいは自分も同じような体験をすればするほどわかってくるんじゃないかな。だから、やっぱり人生経験で……「ズドーン!」ってことです。僕が言いたいのは。

luvis:ズドーン?(笑)。

Eno:僕が言いたいのは波動です。波動を感じようってことです。

一同:(笑)。

Imu Sam:わかるけどね(笑)。

※ここでS.A.R.のsanta (Vo.)が到着

luvis:今ちょうど歌詞をどう捉えているか、という話をしてたんですけど。

Imu Sam:結局、詞というのは人生経験が乗っかった波動っていうことになった。

santa:答え出てるんだ。

Eno:波動拳じゃん!

Imu Sam:波動の拳?

Eno:波動拳だよ絶対! 昇竜拳はちょっとフィジカルっぽいけど、波動拳は完全におかしいじゃん。

Taro:なんか出ちゃってるもんね。

Eno:(歌詞は)波動拳です。

luvis:なるほどね。

santa:考えているときは竜巻旋風脚なんだけどな。

一同:(笑)。


バンドのグルーヴとバランス感覚

luvis:この前のライブでさ、Enoさんがマスミくんに向かってジェスチャーをしてて。なんやろ? と思ったら、マスミくんがその後にちょっとボケて、ちょっと沸いて。

Imu Sam:MCの話か(笑)。

luvis:その次にEnoくんがまた別のジェスチャーをして、そうしたらマスミくんがさらにデカいボケを言ってめっちゃウケるみたいな。バンド全体の指揮はEnoくんが取ってるのかなと思って。

Eno:MCの指揮はそうだね。

luvis:それぞれ、それ以外の役割とかって決まっているんですか?

santa:アレンジはEno。

Imu Sam:そんなにがっちりしたものじゃないにしろ、まとめてくれるのはEnoで……まぁ「やれ」って言われたらボケるのは俺だよね。

一同:(笑)。

luvis:リハとかもそんな感じ?

Imu Sam:リハ中はボケないけど(笑)。

Eno:普段の会話とかさ、公開したら結構ヤバいよね。

Imu Sam:激ヤバじゃない? 頭おかしい話ばっかりしてるよ。かなり体力使って普段の会話をしてるよね。

Eno:意味のない会話ってマジで難しいよね。集中力がいるっていうか。

Taro:訓練しないとできないよね。

Imu Sam:意味にブチ当たってしまうからね。

luvis:じゃあたとえば伶矢(寺久保伶矢)とか、S.A.R.以外の人がいるときにS.A.R.のヴァイブスになったときって、その人たちはどう参加すればいいと思う? あくまでもS.A.R.だけのヴァイブスなのか、それとも周囲を取り込んでいく魔力のあるものなのか。

Imu Sam:わかんないけど、あまりにも強い武器だから、人に向けて使ってはいけないのかもしれない。

santa:(笑)。

luvis:たしかに。現に今、俺はちょっと食らってる。

Taro:波動に包まれている(笑)。

luvis:でも、同時にその魔力に惹かれてる部分もある。で、それは結構バンドと個人で違うと思う。個人には固有のノリはないというか。リハしてるときも、同じメンバーで回数を重ねるとだんだん出てくるけど、バンドとは別モノな気がする。さっきも話したような、意味のない物事が結局演奏や表現に繋がったりすると思うんだよね。

Eno:グルーヴは絶対そうなんですよ。グルーヴっていうのは何か基準があるわけじゃなくて、それぞれのオートクチュール(高級オーダーメイド服)を目指すべきだから。だからたぶん、それは波動ですよね。

Imu Sam:グルーヴも波動なの(笑)。

luvis:S.A.R.の歌詞は英語の割合が多いと思うんですけど、日本以外で活動を広げたいという想いはありますか?

santa:できるならいろんなとこでやりたいです。でも、海外でやりたいから英詞にしてるとか、そういうことを意識したことはないかも。やってみたら最初から英語だった、みたいな感じ。ただ、今度台北でライブするんだけど、そうなったら向こうの人が口ずさみやすい日本語とか、キャッチーなフレーズを使えたらいいなとは思っています。

luvis:逆にそっちは日本語でキャッチフレーズを作る?

santa:大げさにやるわけではないけど、そういうのも織り交ぜたり、ちょっと試行錯誤してみてもいいのかなと。

luvis:それは日本から出てきたバンドとしての、オリジナリティを確立するため?

santa:そう思ってます。

Eno:最近思うんだけどさ、日本の人が海外に進出するとき、たとえば「ハラキリ」とか言うわけじゃん。別にそれもいいんだけど、俺はそれよりももっと海外行った方がいいんじゃない? って思う。日本に住んでるからそういう発想になるんだと思うんですよね。実際に海外に行って、そこでの生活や体験からインスピレーションを受けた方がリアルな感じがするというか。

luvis:異文化情緒として、エキゾチシズムみたいな感じで捉えられてしまう可能性がある?

Eno:海外の人がどう思うかっていうのは、本当のところはわかんないんですけど。でも、「こう思うんじゃないか」「こう見られてるだろう」という想定でやるのって結構危険じゃない? 自己肯定感低くない? と思っちゃう。自分の価値はもっと別のところにあるじゃん、みたいな。自分からそんな消費されにいっていいの? みたいなことをちょっと思っちゃう。

santa:バランス感覚の話ってこと? 人気者になるか、表現者になるかみたいな。

Eno:うーん……。

santa:そこでどっちを優先するか、みたいなことになってくると、聴いてる人も安易な思考が見えちゃって離れていくっていうのはあるんじゃないかな。でも、消費されるか、自分の表現を突き詰めるかみたいなバランスって、アーティストそれぞれがみんな考えることなんじゃないかと思うけどね。

Eno:いや、そうじゃなくて。昨今、アーティストがプロデューサーみたいなことをやりすぎてね? と思うわけ。プロデューサーというか、レーベルの人みたいなことを。

Imu Sam:マーケティングのことを考えすぎているということ?

Eno:そう! 結局、アーティストは目の前の人のことを考えて作るのが一番いいって思うというか。それ以外はやっぱりノイズだよ。さっきの人気者か表現者かという話を例にするのなら、「自分は表現者寄りで、人気者が何パーセント」みたいなことは振り返ればわかることであって、それを自ら考えちゃうと、勢いがなくなっちゃうと思う。でも、最近はみんな自ら考えてる気がする。ブームなのかな。

Imu Sam:それはやっぱり、自分でリリースとかなんでもできるようになったから。

Eno:そうそう。それでちゃんと(マーケティング的なことも)考えてるのがカッコいい、みたいな風潮もあるじゃん。ちょっとインテリぶってるやつがさ(笑)。でも、俺は「本当にそうか?」って思う。

複雑な時代だから、そういうことを考えちゃうのはある種自然なことなんだけど、そのバランスが行き過ぎて、どんどん個人主義みたいな世界になっているように思う。根本ではみんなのためになりたいという思いがあっても、個人主義に負けちゃって効率を求めたり、自分が考えた世界が正しいんだというスタンスがちょっと流行り過ぎてるんじゃないかって。これはアメリカのベネズエラ侵攻を見て思ってることでもある。

Imu Sam:でも、自分でコントロールできる部分も増えると、やっぱりいろいろと考えちゃうよね。

Eno:そうやって計画していくんだけど、なんかマジックを忘れてない? って。計画通りに行くのがクールだ、みたいになり過ぎてるけど、そもそもこの世に生まれたこと自体がマジックだし、誰も人間のことをなんもわかってないんだよ。わかった気になってるだけで、適当に理由つけてるだけだから。

luvis:頭使いすぎてるときって、自分でもわかるよね。

santa:うん。だから竜巻旋風脚なんだよね、考えているときは(笑)。結局、録るときはほぼ無意識みたいな状態でやった方がよかったりするじゃん。

……さっきは盛り上げようとして言った部分もあるけど、本当はそこまで日本語とか英語とか考えてない。意味はメッセージとしては大事だけど、スッと自然に出てきた言葉の方が、最終的にいいなって感じることが多い。それがたぶんオリジナリティというか、自分の本当の音なんだろうなと思います。


「人間はみんな一緒だから。“I & I”ってこと」

luvis:ちなみに、このインタビューは3月にやるスリーマンライブに向けてのものなので、みなさんがHOMEのどんなところを好きなのかについても聞いてみたいです。

santa:“Lucy”めっちゃ好き。

Imu Sam:シンプルにカッコいいと思って、一時期めっちゃ聴いてた。

santa:ライブも一緒にやったよね。

Taro:この前の『Scramble Fes』でも一緒になったね。

Eno:ドフラミンゴみたいじゃない?

santa:この前のライブのときね(笑)。O-EASTのサブステージでHOMEがやってたんですけど、メイン(ステージ)の方まで走っていったり、縦横無尽に暴れ回ってた。

Imu Sam:ヤバかったよね。

Taro:メインは幕閉まってるんだけど。

Imu Sam:幕の間からニョキってseiくん(seigetsu)が出てきて。

luvis:(笑)。じゃあ最後に、ここ最近でグッときた曲を教えてもらいたいです。ちなみに俺はThe Zombiesというバンドが解散した後に、ソロのシンガーソングライターになったColin Blunstone(コリン・ブランストーン)の“Caroline Goodbye”という曲。

Imu Sam:最近グッときた曲か……。

luvis:ちらっと読んだインタビューでは、店で流れてたレゲエがよすぎたって言ってましたね。

Imu Sam:あ、ラーメン屋ね(笑)。

Taro:俺はIndia Arie。

Imu Sam:India Arieは昔からみんな好きだよね。

Taro:カッコいいよね。

Imu Sam:ついつい聴いちゃうよね、India Arieの“Promises”とか。『Acoustic Soul』というアルバムはこの前久しぶりに聴いて、やっぱりよかった。

Taro:Big Thiefのボーカル・Adrianne Lenkerが去年出したライブ盤(『Live at Revolution Hall』)。特に“anything”がめっちゃよかった。

Eno:じゃあ俺は最近買ったレコードで、Bob Marleyの『Soul Revolution Part 2』。ちょっとよすぎましたね。

Imu Sam:オリジナルのやつを買ったんでしょ?

Eno:そう、ジャマイカオリジナル。

santa:俺はNancy Hollowayの“Sand and rain”がよかったですね。

Eno:あ、ちょっと待って! やっぱりBialystocksのライブに変えたい。この前の国際フォーラムでのライブがよすぎたので。

luvis:それはS.A.R.に通ずるところが感じられたから? それとも全然違うからこそ惹かれている?

Eno:半々かな。半々だからこそ魅力を感じてるんだと思います。

Imu Sam:なるほどね。自分の範囲内と、範囲外のものが同居している。

Eno:人間はみんな一緒だから。「I & I」(レゲエで多用される言葉であり、ジャマイカのラスタファリ運動から生まれた独特の表現)ってこと。あなたは私、私はあなた。体は違うけど、魂は一緒じゃんみたいな。こういう人生を歩んできたんだな、というのがわかるとグッとくる。自分の体験とも重ねられる部分もあるし、でも確実に違う道を通ってきたんだなと感じる部分もある。その両方あるところに惹かれます。


【イベント情報】


『SPIN.DISCOVERY』
日時:2026年3月24日(火)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京・渋谷 WWW
料金:一般 ¥4,000 / U-22 ¥2,500(各1D代別途)
出演:
HOME
luvis
S.A.R.

・チケット
一般発売(一般/U-22):1月31日(土)10:00〜 e+ / ぴあ / ローソン

※ひとり4枚まで
※未就学児入場不可、小学生以上チケット必要
※U-22チケットは、入場時身分証の提示必須

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