FEATURE

INTERVIEW | Shigge


苦悩や葛藤を経ての運命的な出会い。自身の理想を具現化した新作『Unpack』

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2024.10.31

福岡出身のビートメイカー/DJのShiggeが、ボーカリストをフィーチャーしたアルバム『Unpack』を10月30日(水)にリリースした。

2023年に拠点を東京に移して以来、彼のフルアルバムとしては初めての作品だ。先行シングルとして“Passive Aggressive”や“Inside”、“アルゴリズムが殺す2人”などが発表され、本作にはSSWのVelaやTina Moon、Nenashiら総勢8名のアーティストがクレジットされている。

AmPmやSnowkなどを手がける高波由多加主宰の〈Namy& Records〉からリリースされるこのアルバムは、Shiggeの新境地でありながら集大成でもある。自身が主宰するレーベル〈YesterdayOnceMore〉での活動が国内から注目を集め、メディアにもセンセーショナルに取り上げられていたShigge。しかし実際は九州の地方都市で紆余曲折を経ており、東京で「運命の出会い」を果たすまで大いに苦しんでいたという。

今回のインタビューでは、そういった苦難からの解放と贖罪が赤裸々に語られ、今を生きるトラックメイカーとして心境が明かされた。珠玉のビートが鳴る『Unpack』の背後には、文字通りひとりの男の生き様が投影されている。

Interview & Text Yuki Kawasaki
Photo by Yuma Yoshitsugu


「何をしようが、何を作ろうが届かなかった」──福岡時代の苦悩と葛藤

――ローカルで奮闘を続けていたShiggeさんにとって、東京移住はひとつの大きな転換点に見えます。そもそものきっかけと、移住によって変わったことを教えてください。

Shigge:まずきっかけから話すと、このままじゃダメだと思ったからですね。福岡に住んで活動していた頃、周りに甘えていたし頼り過ぎていました。その結果いろいろな人を傷付けてしまって、自分から道を外れてしまったんです。

それが大体2018年頃で、そのあとにパンデミックが起きたんですけど、悪い意味で状況が変わらなかったんですね。このまま死んでいくのか……みたいな思いがうっすら強くなっていって、どうにかしなきゃって思い至ったのが2022年ぐらいです。そのタイミングで〈Namy& Records〉から「アルバムを出さないか?」って話を頂いて、それを機に東京に移りました。こっちに来て劇的に変わったかって言うとそうではないんですが、必要とされている感はありますね。

――アルバムベースで言うと、『Silver Smoker』(2021年)の頃は葛藤の最中にあったわけですか?

Shigge:そういうのとも少し違うかもしれません。とにかく必死で、曲を作ることだけにフォーカスしていたというか。福岡にいると自分が何をしようが、何を作ろうが届かなかったという感覚があったんですよね。誰も自分を見てくれない。で、その責任を自分ではなく他人に押し付けてしまったところがあるんです。

――意外です。2018年に「VICE」に取り上げられるなど、端から見るとShiggeさんはカッティングエッジなローカルヒーローのように映っていました。

Shigge:調子に乗っていたわけではないんですが、やる気が空回りしてしまったんです。あの頃って〈TREKKIE TRAX〉や〈Maltine Records〉みたいなレーベルがそれぞれ同時に先鋭的かつ特色が違うことをやっていて、だからこそ地域性って大事じゃない? みたいなことを考えていたんです。

その中で自分は「野良の音楽好き」だった。正直言うと、関係が悪くなってしまったクラブもあるんですよ。上手な働きかけができなかった。だからもしかしたら、〈YesterdayOnceMore〉の中にシュッとした業界人みたいなヤツがいれば、また状況は変わっていたかもしれないです。それこそ当時の僕らに一番必要だったのは、高波さん(高波由多加 / Namy& Records主宰)みたいな人だった可能性がある。そのときたくさん沈んでしまった分、これから恩返ししていけたらと思っています。


多彩なボーカリストと共に作り上げた『Unpack』

――そもそも〈Namy& Records〉にはどういった経緯で所属が決まったんでしょうか?

Shigge:共通の知人を経由して高波さんから連絡がきたんですよね。2018年ぐらいの頃だったと思うんですが、最初は「Ohnesty(ShiggeとDJ/プロデューサーのBRISAによるユニット)のイベントやりましょう」という話になって、恵比寿のBATICAで開催したパーティが始まりだったはずです。僕の何に可能性を見出してくれたのか定かではないんですが、確実にいい経験を積ませてもらってます。高波さんに出会ってなければ今作でこんなにたくさんのボーカリストとコラボレーションできなかったでしょうし。

――こちら側から見ても、新機軸にしていきなり集大成という印象があります。ひとつのアルバムの中に8人のボーカリストですよ。

Shigge:本当に感謝しかないです。歌い手の皆さんは今の自分にあるものを最大限引き出してくれましたし、その逆もできたと自負しています。その人が普段やらないようなアプローチだったり、違う選択肢を提供したつもりです。

――このアルバムのすごさって8人のボーカル全員が異なるビートで歌っているところだと思います。“Passive Aggressive feat. Sincere”は2ステップ/UKガラージ、“Ride feat. Vela”はジャージークラブという感じで。制作進行としては曲ができてシンガーをそこに当てはめていく感じだったのでしょうか?

Shigge:場合によりますね。「この曲をこの人に当てたい」というように曲を基軸に考えたパターンもあれば、アーティストが先行したケースもあります。その辺はディスカッションの手応えと、アルバムのバランス次第でした。

――“My Only”のFROYAさんとは過去にもタッグを組んでますが、たとえば彼女とのコラボの場合はどうですか? いろんな種類のビートを乗りこなせるシンガーですよね。

Shigge:どちらかと言えば前者のパターンですかね。割と気の抜けた感じというか、一緒にやってきたからこそ任せてもらえた部分はあります。最初はいまの完成形とは違うビートを渡していたんですよ。でもそれだとアルバムがタイト過ぎる感覚があって、FROYAさんには比較的ゆるめなヴァイブで歌ってほしかったんです。これまで彼女とはそういう音楽をやってきてなかったので、その意味で“My Only”はチャレンジでしたね。アルバムの中でもこの曲が一番ゆるいヴァイブになったんじゃないかな。

――“Another Side”では経験豊富なNenashi(Hiro-a-key)さんが参加されています。この曲はお相手の作家性を引き出したというより迎えにいった印象があります。Nenashiさんの匿名性の高いテクスチャーを引き継いでいるというか。

Shigge:それはたぶん、僕とNenashiさんのイメージ共有が上手くいったからだと思います。Nenashiさんは海外生活も長く育った環境が少し違うかもしれませんが、僕からのすごくふわふわしたリクエストにめちゃくちゃ解像度の高いレスを返してくれたんですね。「(イメージが)夏なんですよね」みたいなところから始まって、自分の実家の周りの風景を共有していきました。田んぼに囲まれていて、カエルの鳴き声がいつも聞こえて、なんかちょっと寂しくて……っていう。

そういったイメージを共有していたら、Nenashiさん側から「きっとこれは二面性だ」みたいな感じで言語化してくださったんですよ。すごくやりやすかったですし、レコーディングも一瞬で終わりました。自分は収録の際に結構口を挟む方なんですが、Nenashiさんのレコーディングは何も言うところがなかったですね。

――今作において「夏」は重要なテーマなのでしょうか? “Ride”もジャージークラブを下敷きにしながら爽快感のあるトラックに仕上がってますよね。

Shigge:作っている時期が夏だったので、そこに引っ張られているところはあるかもしれないです。この曲を歌ってくれたVelaちゃんとは今回初めてコラボさせてもらったんですけど、メッセージ主体でやり取りをしていたんです。ある程度は「こういう感じがいい」っていうオーダーがあって、それをもとに自分はビートを作っていきました。

歌詞に関してはほぼ何も伝えてなかったんですけど、結果的にVelaちゃんが夏っぽく書いてくれました。で、僕にはジャージークラブか2ステップかの選択肢があって、結局前者を選んだ感じですね。だから「夏」ってテーマ性が最初からあったわけではなく、気付いたら完成していたのが“Ride”です。


ダンスミュージックを基軸にしたフィジカルな表現

――先ほどもお伝えしましたが、今作では全編を通して多彩なビートが鳴っています。たとえば「ジャージークラブか2ステップか」といった意思決定は、どういうプロセスで行われるのでしょうか?

Shigge:本当その日の気分とか、その瞬間で決めてますね。そういうプロセスはあまり考えないんですよ。だからこそ僕の音楽はいろんなものがごちゃまぜになっちゃったりしているんだと思います。

――個人的に『Burn out』(2017年)からShiggeさんの音楽を聴いていますが、そのミックス感はいい方向に作用しているように感じます。

Shigge:そう感じていただけると嬉しいですね。それが自分のスタイルになっていればいいんですけど、(聴き手には)理解しにくいのかなって感じることもあって。1曲の中でもあちこちいったり、変わったりするんで。

――『Unpack』の話から少し逸れますが、2023年にリリースされたEP『Tch_U』はむしろダンスツール的な統一感があったように思います。

Shigge:あけすけな言い方をすると、あのEPは新しい機材を買ったのが嬉しくて楽しさだけで作りました(笑)。あとやはりコロナ禍以降DJをやる機会もがっつり減っちゃったんで、その反動ですね。昨年ぐらいからようやく現場感も戻ってきて、クラブミュージックへの思い入れや憧れみたいなのが強く湧いてきました。

――パンデミックに関係なく、Shiggeさんの興味がDJではなくライブセットとか、別のベクトルを向いているのかと思っていました。

Shigge:それはよく言われます。でも、やっぱり出自がDJなので、ずっとそこに対する意識は持ってますし、自分としては常にDJをやりたいと思っています。タイミングが合わなくてそう見られてるのか、最近ではもっとDJに対しても貪欲にいかないとなって感じ始めています。この間も〈YesterdayOnceMore〉のリリースパーティがあって、アメリカからDJが来てくれたんですけど、いつでもDJイベントができるような状況も作っておきたいと改めて思いました。

――今回のアルバムも、特に“Passive Agressive”なんかはかなりライブを志向しているように感じられました。アブストラクトなビートから4つ打ちに繋がるなど、〈Namy& Records〉でいうSnowkが実践していることのような気もして、まさに実現できる環境は整っているかなと。

Shigge:確かに。もちろんライブセットもやりたいんですよ。Ohnestyでもやってましたし、今回のアルバムも、ゆくゆくは全曲ライブでやれたらなと思っています。常に頭では考えていて、今は『Unpack』に関わってくれたアーティストが入れ替わりでステージに登場してくれるみたいなセットを妄想しています。“Passive Agressive”は確かにそういう想定で作っていましたね。

――Snowkだけでなく、ダンスミュージックを基軸にしたフィジカルな表現というのは〈Namy& Records〉の得意分野でもあるように思います。もちろん今Shiggeさんが仰ったアイデアの実現は簡単なことではないでしょうけれども、このレーベルならばという期待感はあります。

Shigge:それはもう、ボス次第ですね(笑)。具体的にはまだそういった話はしてないんですが、高波さんからもそれに近いことを「やりたいよね」とは言ってもらえてるので、タイミング次第なのかなと。

僕が知らないだけかもしれませんが、ひとりのトラックメイカーがひとつのアルバムのために複数のボーカリストを国内外問わず色々なところから呼んだ例ってあまりないと思うんです。出自や場所に限定せず素晴らしい歌い手と仕事ができたのは、自分にとって本当に嬉しかったですし、それがステージで実現できれば最高ですね。


「もっと自分の守備範囲から出るべき」──アルバム制作を経て見えてきたもの

――思い返すと、〈Namy& Records〉に所属される前からShiggeさんは今の景色を見ていたんじゃないかとも感じるんです。海外アーティストとの連携にも積極的でしたし、ボーカルトラックらしきものも作られていたような気がします。

Shigge:そうなんですよ。『Unpack』で実現できた音楽は、ずっとやりたかったことでもあります。自分の好きな音楽がどうしてもインストじゃ限界があるということにずっと気づいてたんですが、どうすればいいのかわかってなかった。

地元はその辺歩けばラッパーがいるみたいな感じだし、自分もヒップホップは好きなんですけど、アーティストとしてやりたいことがラップかと聞かれるとそうではなかった。自分が何をやりたいのか具体的にわかったのは、〈Namy& Records〉に関わってからだと思います。そう考えると、高波さんとの出会いは運命的ですよね。

たぶん〈Namy& Records〉での最初の作品はFROYAさんのリミックスだと思うんですけど、いまだに自分で聴いてますから。僕の何に惹かれたのか、本人に聞いてもいまだにはっきり教えてくれないんですけど(笑)、僕は本当に感謝しています。

――福岡時代への贖罪とは裏腹に、この作品以降もまだアイデアはたくさんありそうだとお見受けします。実際今の段階で何か考えていることはありますか?

Shigge:もっと自分の守備範囲から出るべきだとは思ってます。特定の物事を仙人のように追求するのも正解だとは思うんですが、僕個人としては「できない」と思い込んでやってこなかったことにチャレンジしてみたい。意外と超えられることが今回のアルバムでわかったし、周りの人たちに付き合ってもらえたのが大きかったです。とはいえまだ『Unpack』が完成しただけなので、これができるだけ遠くの方まで伝わると嬉しいですね。


【リリース情報】


Shigge 『Unpack』
Release Date:2024.10.30 (Wed.)
Label:Namy& Records
Tracklist:
1. Rebound Babe feat. Lucrezia
2. YOU feat. Chriskris
3. Passive Aggressive feat. Sincere
4. Ride feat. Vela
5. Moutan
6. アルゴリズムが殺す2人 feat. Tina Moon
7. My Only feat. Froya
8. Inside feat. Vela
9. Another Side feat. Nenashi
10. NO PHOTO feat. Banditt
11. The wandering

Mixed by:Shigge
Mastered by Hor Wu Hong, Daryl
Artwork:TODAY BY ART

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