SSWのSARMが新作EP『IRiS』を7月3日(水)にリリースした。
“BONBON GiRL”のバイラルヒットも記憶に新しいSARMは、独特のヴィンテージボイスを武器に、ジャズ、ブルース、ソウルなどのルーツと現代的なスタイルを融合させた音楽性で注目を集めるSSW。また、近年では積極的に生成AIを自身のクリエイティブに取り入れ、ビジュアル面での表現も飛躍的に進化を遂げている。
今回はYENTOWNのChaki Zulu、冨田ラボこと冨田恵一をはじめ、JiN、南田健吾、P.C.Eらをプロデューサー/制作陣に迎えたEP『IRiS』の制作背景を紐解きつつ、近年で起こった変化や、表現に対するブレない姿勢を語ってもらった。(編集部)
Interview & Text by Naoya Koike
Photo by Official
「自分の中にある思考をテクノロジーで表現」
――まず各プラットフォームでの総再生回数が約6億回に達し、ご自身の代表曲ともなった“BONBON GiRL”について改めて教えてください。この曲はSARMさんにとってどのような作品だと言えますか?
SARM:思えば完成当時も曲調が新たな自分過ぎて、受け入れるのに時間がかかりました。自分の言葉で書いてはいるんですけど、別の感覚で書いてるところもあって。なんて言ったらいいんだろう……。
フィクションとノンフィクションが混ざってるというか、半分自分で半分自分じゃないみたいな感覚。リリースから2年ほどで多くの方に認知してもらい、ライブの熱量が強くなったことで大好きな曲になりました。
――バズった実感はありました?
SARM:……いまだにないかも(笑)。でもSNSでDMが届いたり、コメントを見てリアリティを感じたことはありました。YouTubeの再生数も1000万回を超えて、自分の曲でそんな数字になることが驚きですし、「1000万回おめでとう!」みたいなコメントもいただき嬉しかったです。
きっかけは映画『ONE PIECE FILM RED』のMAD動画で多くの方に使ってもらったこと。その前まではダンサーさんが踊ってくれたり、「歌ってみた」を上げてくれる人が多かったので「アニメとの組み合わせも合うんだ」という発見が自分的にもおもしろかったです。
――昨年リリースのシングル“D♡VE QUEEN”以降から、アートワークやビジュアルがガラっと変わりましたね。
SARM:今までは音楽性とビジュアルがリンクしていました。それ以降は自分自身のアップデートが段階を踏んで表れたんだと思います。とはいえ、自分では地続きな変化だと思っています。手書きで書いていたものがデジタルに変わっただけで、本質は変わっていません。
――その成長は、EP『IRiS』のテーマでもある「ルーツからの発展=世界・テクノロジー」にも繋がります?
SARM:ちょうど「ChatGPT」や「Midjourney」が出てきて、お世話になっているアートディレクターさんが「アートワークもAIで作れるよ」と教えてくれたんです。その頃はちょうど「仏教と科学は相性がいい」と考えていた頃でした。
仏教などの宗教的なことと科学が証明しているように、根本的なその本質の追求とテクノロジーの発展に違いはないなと感じたんですね。だから両者を組み合わせれば調和した感覚で発信できる。そう思って、最近は自分の中にある思考をテクノロジーで表現しています。
――特に海外ではAI脅威論が強いですが、そういったことについては?
SARM:AI生成はイメージと違うものができるおもしろさだけでなく、本心を引き出される驚きがあります。それは怖いというよりも共存によって自分を発見できるということなのかなと。
例えば“AI ga shitaino”のリリックビデオもAI生成ですが、地球が出て私が消えていくエンディングはAIが勝手に作り出したんです。私はそこに「自分が地球の意識と違う感覚になって、別の次元に消えた」という物語を想起しました。あれこそAIに自分のイメージを引き出されたと感じた瞬間でしたね。
――EP表題曲を“IRiS”と名付けたのはなぜでしょう?
SARM:“IRiS”には色々な象徴があります。わかりやすいのは「アイリス」の花言葉のひとつである「信じる心」。《創造出来るの誰もが/望んで叶える時代》、《どうか幸せでありますように/祈り続けてくわ》というリリックも、光に満ちた世界を自分で創造しようと思って描きました。それから「信じる心はみんなが意識すれば強くなるよ」というメッセージも。
そう思うようになったのもコロナが明けた辺りからでした。前までは世界に対して「自分じゃない自分を演じながら社会の中に溶け込んで、その中で成長する」みたいなネガティブな気持ちでしたが、「あれ、世界は自分で作っていけるんじゃないの?」と感じ始めたんです。
――なるほど。
SARM:MVを作るときも不思議なことがありました。最初は人脈がなくて自分のイメージを形にできないから、毎日とにかく想像してたんですよ。そうしたら不意に「以前から気になっていました。一緒に何か仕事できたらと思っています」という、今回CGディレクションとして携
わっていただいた方からDMをいただいて。そこで「あ、この人だ」と。すぐにお世話になっているディレクターの方と3人で会って、一緒に制作することになりました。それからも偶然が重なって仲間たちが集まったんです。まさに《創造出来るの誰もが/望んで叶える時代》の世界観が体現できたMVになったなと。
Chaki Zuluとのセッションで生まれた最新曲
――世界観といえば“高級フレンチよりあなたとつくる深夜のフレンチトーストがすき。”も全体的にユニークです。プロデューサーとして初タッグのChaki Zuluさんを起用したことでも話題を呼びました。
SARM:まず、今回のEPは今までと違う形で作りたかったんです。だから自分とかけ離れ過ぎず、今までとは違う表現ができるプロデューサーさんに関わってもらいたくて。“D♡VE QUEEN”や“AI ga shitaino”を手がけてくれたJiNさん、“IRiS”でご一緒した南田健吾さんも同様です。
Chakiさんは知人に紹介してもらったんですけど、地元の先輩みたいに素を出せる人だなと思いました。こちらからオファーしたら、「ぜひ一緒にやりましょう」と言ってくださって。制作はChakiさんのスタジオでコードを弾いてもらいながら、私がメロディを乗せるというセッション形式でしたね。
SARM:リリックは「地球滅亡」や「ガリレオガリレイ」というワードの断片だけ事前に考えていって、Chakiさんが語呂を合わせるリズム感覚の部分を整えてくれました。例えば「『ダーリンダーリン』の後に『パリンパリン』はどうか」と聞くと、「素晴らしき日々、これが皿の“ひび”と韻を踏んでいいね」みたいなキャッチボールをしたり。
――フックの前に来る《3、2、1(ハナ)》の部分は?
SARM:「ハナ」は韓国語で「1」です。実は私は日本と韓国のミックスなんです。これもChakiさんが「とりあえず1回パジャマ着ろ」みたいな感じで、素の自分にしてくれたから出てきたフレーズでした。
――「ガリレオガリレイ」というワードについても気になります。
SARM:昔からよく夢に出てくるんです。自分なりの解釈によると、ガリレオ・ガリレイは他人に否定されても真実だと思ったことを死ぬまで貫いた人。だから夢を通して「思っていることを信じろ」と伝えてくれているのかなと。それを踏まえ、たとえ死んだとしても愛が続いたり、宇宙の中に自分のエネルギーが残ることの象徴として登場させています。
――SARMさんのユニークな言語感覚はどこから湧いてくるのでしょう。
SARM:自分と似たような表現をしている小説家だったり、映画の監督からアイデアを得たりします。あと幼少期はあまり話せない性格で、感情を何語でもない「音」で表現していました。それを楽曲にしたのが“Muscari”です。
あの曲は帰り道のタクシーに乗りながら、悲しみのなかで見える世界に降っている雨が窓ガラスにぶつかって、水滴が流れていく様子が《ディディンダ》に聴こえたんですね。後々、宮沢賢治も同じように詩を書いていたことを知って驚きました。でも最近はその抽象的なものを明確にできるようになったかな。
――最近だと何からインスピレーションを?
SARM:この頃は旧約聖書を読み直してますね。なぜか私は教会と縁があるんですよ。小学生のとき、香港から来た教育実習の先生に「あなたはわかると思う」と言われて日曜日のミサに連れて行かれたことがあります。2~3時間かけて教会に辿り着いたら、そこで大勢の人が歌っていて、その後に聖餐式のパンとぶどうジュースを頂きました。朝から何も食べてなかったので、すごく美味しかった記憶があります(笑)。
去年イギリスに行ったときも「きれいな場所だな」と思って入った建物が教会で、ちょうど礼拝の途中でした。そこでも「ウェルカーム!」みたいな感じでまた食べ物を頂いて……。そんな流れで旧約聖書に再び触れています。
――旧約聖書の詩編は英語で「Psalm」ですから、SARMさんと関連があるのも頷けます。ちなみに読書は昔から好きなんですか?
SARM:小さいときから好きでしたね。でも本から情報を取得しすぎて、誰とも喋れなくなってしまったんです(笑)。小学校の友だちとも家族とも会話が成り立たない。それで「居場所がないかも」と寂しくなり一度、全部捨てました(笑)。
DNAは明らかに影響している
――和の情感が溢れる“Tefu Tefu”は冨田恵一さんによるプロデュースですね。
SARM:和の要素を取り入れたくて、リファレンスなどを挙げたら「冨田さんに一度ご相談して
みるのはどうか?」という話になったんです。私も一方的に知っていただけですが、冨田さんなら難しそうなこともシンプルに表現してくれそうだなと思いました。
――制作はいかがでしたか?
SARM:冨田さんのスタジオで打ち合わせたとき、私からお伝えしたのは「日本の美しい部分を自然体に表現したい」の一点だけでした。冨田さんからは「意識しなくても日本が出るはずだから、生音を使わずに最新の音楽を日本ぽい音階で作ったら新しくなるんじゃない?」と提案してもらって。
そんなコンセプトでトラックを作ってもらいました。冨田さんはビート先行で作ること自体が初めてだったそうで、「全体的なビジョンが明確で斬新だった」と言ってくれてました。
――作曲家・冨田さんをビートメイカーにした功績は大きいと思います。そのトラックを聴いたとき、SARMさんはどのように感じましたか?
SARM:すぐイメージが湧きました。リリックも亡くなったおじいちゃんのことを思い出しながら、2時間ほどで完成したんです。母方のひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが三味線を弾きながら夫婦で伝統芸能をやっていたので、あの和の音色に引っ張られたのかもしれません。母から聞いた話だと、福岡発で全国ツアーをしていたような人だったみたいで。
それに母方のおじいちゃんは民謡が上手で、友だちに音源を聴かせると「声が似てる」と言われるんです。それを知る以前から、先祖と似た要素が自分の表現に含まれていたんですね。すごく不思議な体験でした。
――ご自身のアイデンティティに向き合っていることが興味深いです。それは近年だとカントリーミュージックと向き合ったBeyoncé『COWBOY CARTER』などにも通ずると思うのですが、自身の出自に向き合うことは表現にとって大事なことだと思いますか?
SARM:自分の血筋を意識し始めたのは去年の暮れ頃からです。「SARMはただのシンガーというより、過去から繋がってきた奥行きを感じる」と親しい人に言われ、妙に納得したんです。さらに先祖を意識した瞬間、地に足が付いた感覚があった。今までは「私の先祖はこうだったみたい」という感じで他人事でしたが、私が歌に乗せてきた感性は過去から繋がっていたものだったのかと。
「この感情はなぜ現れるんだろう?」とか「なぜ自分はこの思考になるんだろう?」といった疑問も、自分の先祖たちの歴史や文化を学べば「自ずとこうなるよな」と。それこそが自分を知ることに繋がる。DNAは明らかに影響していると思いますね。
――なるほど。
SARM:それは先ほどの生成AIとは180度異なるベクトルの話ですが、違う角度から同時に生まれてきた意味を発見するような感触がありました。まだ成長途中で勉強中ですけど。どんどん去年からアップデートされている気がします。今年はもっとすごいし、来年もさらにすごいことになるんじゃないかなって。
エンタテインメントで周波数が高い場所へ
――今後、『IRiS』の世界観をライブでどう表現します?
SARM:アートディレクターさんと固めているところで、作品を表現するステージのアイデアを盛り込めたらと考えています。まだ妄想段階ですが、人の五感に影響するような演出をしたいですね。精神や体にダイレクトに伝わる器官は、目と耳、そして鼻なので、そこに色々なアプローチができたらなって。例えばバラの香りに人の気が上昇する周波数が入っているので、その香りをステージからバズーカを持って噴射するとか(笑)。音に関しても「愛の周波数」と言われている528hzの周波数を演奏のバックで鳴らしたら、会場全体の気が上がるのかなと考えています。アーティスト活動を通してやっていきたいのは、みんなを上昇する場所に連れて行くということなので。
――SARMさんの活動には「外部の人を巻きこみたい/関わりたい」というベクトルを感じます。その衝動はどこから来るのでしょう?
SARM:そもそも小さいときから、私には人との隔たりがないみたいなんです。小学生のときもどこかのグループに所属するわけでなく、それでいて全員と仲良しでした。単独行動をしている中で、同時にみんなと接していた感じ。それが大人になっても変わってないのかもしれません。友人のいいところはどんどん自分に取り込んでいきたいから、気になることがあったら「なんかおもしろそう! 教えて教えて」って絡んでしまう。
――“BONBON GiRL”のようなバズを再び狙ったりは?
SARM:そういう曲も考えてはいます。でも、根本は同じですね。なぜなら自分の好きなものは変わらないから。意外かもしれませんが、子ども時代に衝撃を受けた、“恋のマカレナ”(Los del Rio)や“恋のマイアヒ”(O-Zone)とか“江南スタイル”(PSY)のような音楽も好きなんです。だから“BONBON GiRL”みたいな曲を作る/作らないではなく、そういったポップな作品はアップデートした自分のやり方で、この先も生まれるんだろうなと。
――「ポップである」ということは、精神性の高いものと相容れないこともあります。それについてはどう考えていますか?
SARM:エンタテインメントに精神性を込める方が意義深いんじゃないかと思っています。誰かを周波数が高い場所へ連れて行くとき、同じような人だけが集まってもおもしろくないじゃないですか。元からそういったことに興味がある人たちがそこへ向かうのは当たり前だから、私はそうじゃない人たちもエンタテインメントの力で一緒に連れて行きたいんです。だからこそポップであることが大事なんだと思います。
【リリース情報】
SARM 『IRiS』
Release Date:2024.07.03 (Wed.)
Label:369music
Tracklist:
1. 高級フレンチよりあなたとつくる深夜のフレンチトーストがすき。
2. BONBON GiRL
3. IRiS
4. AI ga shitaino
5. D♡VE QUEEN
6. Tefu Tefu