トリップホップ、UKドリル、グライム……新曲「マインド魂」を形作るサウンド
8月26日(水)、待ちに待ったどんぐりずの新作が解禁された。相変わらず、と言っていいのか、いつも通りリスナーの予想を裏切ってくるのが彼ららしい。体に入ってくる音に従うしかなかった。こっちの予想なんて全くあてにならない。今まで聴いてきた音楽をなぞったって、今のどんぐりずの前では無意味だ。
最初の頃は何言ってるんだ? と思っていた「確かな信頼、安心の実績」というキャッチ・コピーに勝手な自己解釈を付けて納得している自分がいる。作品を重ねる毎にいい意味で期待を裏切られ、そして期待以上の高揚感を届けてくれる。もう完全に“沼”だ。
2019年にリリースされた「powerful passion」で一気に火が付き、現在に至るまでコンスタントに楽曲をリリースしている群馬発の音楽ユニット・どんぐりず。ここ1年間で都内でも頻繁にライブを行うようになり、ついには大手レコード会社にも所属することになり、いよいよ音楽活動に本腰を入れるようになった話題の2人組だ。
直近ではかなりのハイペースで楽曲をリリースしているが、その引き出しの多さには驚きを感じずにはいられなかった。今作「マインド魂」も、聴く前に「さぁ、新曲はどうくる!?」と胸を踊らせて再生ボタンを押したのだが、予想できない曲展開にいつも通りノックアウトされた。
ダークなイントロから始まる今作。ボーカルのメインはチョモランマだ。どんぐりずのメイン・ボーカルを担当する彼のハイトーン・ボイスと、鬱屈としたトラックとの対比に、出だしから一気に引き込まれる。チョモランマのバース後半、さり気なく差し込まれるファジーなギターの音色が高揚感を煽りつつ、深いリヴァーブを切り裂くようにして森のタイトなラップへとバトンが渡っていく。ここからは一気に森が楽曲の世界観を支配していく。
急な変化に最初は驚きながらも、その呪術的とも言える森のラップの中毒性の高さ、陶酔感に、「あぁ、いつものどんぐりずだ」と感じてしまうのは筆者だけではないはず。圧倒的没入感。すでに曲の中に深く入り込んでいた。1分近く森が発した言葉は一語だけ。<ゆうとりますけど>――ゲシュタルト崩壊しそうなほど、ひたすら同じワードを連呼する。
前半のピアノ・ベースのトラックから、変則的なビートとファジーなギター・サウンドが重なり合う音が前面に。テンション系のコードにファズを被せて使ってくるあたりが憎い。気づけばすでに森が生み出すグルーヴの虜に。たった一語でもフロウや音節の区切りで遊びを持たせることにより、聴く者を全く飽きさせない。
後半、さらに畳み掛ける森。雰囲気がガラッと変わる。どんぐりず節が炸裂するタイミングだ。鳴り鳴りだすのはジャンベのようなトライバルなビート。個人的に大好きな森のフロウが炸裂するパートだ。
彼のフロウには毎回驚かせられる。次はどうくる? と期待させておきながら、曲を出す度に何度も何度も「そうきたか…!」と唸らされる。今回もそうだ。<ゆうとりますけど>のリフレインから離れ、今度は跳ねるように言葉を並べていく。<真面目な話/あからさまな方々>と、まるでグライムやUKドリルを想起させるような早口かつ重心の低いフロウで捲し立てる。ピッチアップさせた声でラップする<43210/超どうでもいいよ/オンボロのエゴ/どうせその程度>というラインも想像力を刺激されるバースだ。
変幻自在、まさにジャンルレス。どんぐりず進化の足跡
閑話休題。ここで一旦彼らの進化/変化の足跡を振り返ってみたい。中学時代、アコギによる弾き語りユニットとして活動をスタートさせたどんぐりず。しかし、初の自主制作アルバム『世界平和』(2015年)ではバンド・ライクなサウンドを展開。しかし、1曲をロック、レゲエ、パンクver.と3パターンに分けて収録するなど、当時よりサウンド・スタイルを自由に行き来するスタンスが感じられた。
その後、ネットで認知を拡大させた2ndアルバム『愛』(2018年)より森のラップが光り始める。そして一気に火がついた「powerful passion」、「dambena」。個人的には「dambena」で森の才能が爆発したと感じている。そしてその才能、スキルは今回の「マインド魂」でも存分に発揮されていると言えるだろう。
もちろん、トラックの進化にも言及しないわけにはいかない。弾き語り、バンド・サウンドを経て、現在はメロウなヒップホップからトラップ的なビート、さらにはシティ・ポップ〜ディスコのようなサウンドまで、変幻自在なスタイルを身に着けた。現在のどんぐりずは、はっきり言って一言で端的に表す言葉がないほどにジャンルレスな存在だ。
また、以前は曲の中にストレートな「おふざけ」があったが、2019年以降はリズムやテンポ、使用楽器などの変化と同様に、そのユーモアもより多層的、そして複雑な文脈に変化したように思える。順を追って聴いていけば理解できるだろう。効果的にディレイや多重録音を使用するようになったかと思えば、急にスケールを逸脱したり、コード進行も複雑。さらに曲のテンポを変化させ、違和感を感じさせるような楽器の取り入れ方も秀逸だ。
ここまで深みのある作品を生み出し、そして大きな評価を得る至った理由のひとつとして、彼ら自身の音楽に対する飽くなき探究心が挙げられるだろう。個人的に彼らのSNSを以前から追っていたが、ピアノ、ギター、そしてDTMまで、ありとあらゆる楽器の可能性を探っていたように思える。また、メンバーのチョモランマはコード・オタクというだけあり、音楽理論に対する造詣も深い。こういった要素もどんぐりず大化けの要因として考えられる。
とりあえずこのレベルで晒すわ。うまくなるから見とけ! pic.twitter.com/4VcoMMfSlP
— チョモランマ銀行 (@chomobank) July 18, 2020
— チョモランマ銀行 (@chomobank) June 9, 2020
MVから紐解く「どんぐりずワールド」
また、彼らの魅力は楽曲だけに留まらない。今作に至るまで全て自分たちで制作しているそのMVには一貫として楽曲に負けず劣らずな不思議な陶酔感、没入感が感じられる。DIYな精神で地元の仲間と作り上げるシュールな映像作品。日常と非日常が入り乱れるカオスな世界観が、視覚と聴覚から同時に流れ込んでくる。
今回の「マインド魂」のMVは曲調に合わせたダークな映像作品に仕上がっている。序盤はタンクトップ姿で歌い狂うチョモランマ。そこから一転、曇り空をバックに定点からのシーンへ。歌詞にある<赤い雲の輪郭を描写>を表現しているのか、赤色の手すりに奇抜なボトムスの色。こういった細部にも彼らのこだわりが散りばめられている。
ブリッジ部分から森は登場。時計回りにふたりが回る映像から一転、洞窟の中へ。先述の通り<ゆうとりますけど>の一言のみを繰り返す間、シーン転換もなく、森の体の動き、表情のみで進行する、かなり攻めた表現方法だ。曲の展開と共に一気に畳み掛ける終盤は、カメラ・ワーク/シーンも忙しなく切り替わり、ビビッドな色彩、そしてサイケデリックなエフェクトで急速的に高揚感を煽りつつ終幕。お見事だ。
また、彼らのMVで外せないのが、自らのアイデンティティである「群馬」の情景だろう。全てのMVは彼らを育んできた群馬にて撮影されており、自宅やSNSにも頻繁に登場する広場といった親しみやすい場所から、ダム、洞窟、河川敷まで、よく見つけてくるなと思わんばかりのスポットも使用している。とっておきの遊び場で、仲間と真剣に遊ぶ。彼らのMVを観ていると、そういった彼らの表現の核のようなものが見えてくるようだ。
一貫した“美学”と“自由”――多くの人間を魅了する理由
2020年という新たなディケイドに入った今日。日本ではシティ・ポップが市民権を勝ち取ったかと思えば、ヒップホップ/ラップももはやひとつの文化として広く認知、支持を獲得。また、地方にいながらSNSやネットの力を駆使し、全国レベルのファン・ベースを築くアーティストも少なくない。そういった新時代に台頭するアーティストに共通しているのは、自らの見せ方や活動ポリシーを他者に委ねず、ブレない核を持っていることではないだろうか。そして言わずもがな、どんぐりずはこれら全ての要素に当てはまる。
今作に至るまで、作詞・作曲のみならず、編曲からミックスまで自らで行い、カバー・アートも森が手がけている。余談だが森の画は個人的にかなり好きで、早く色々なグッズにならないかと密かに期待している。先述のMVも含め、どんぐりずに関わる全てのクリエイティブを自らが手がけることによって、そこには何にも囚われない自由と、そして一本筋の通った美学が生まれている。きっとそこに我々リスナーは琴線を震わされ続けるのだろう。
急速的に進化し続けるどんぐりず。まだまだこれからが楽しみで仕方ない。今作「マインド魂」は、きっと今後の彼らのキャリアを語る上で外せない1曲になるはずだ。彼らのマインドと魂がこもった1曲、ぜひチェックしてほしい。
Text by あんどりゅー
【リリース情報】
どんぐりず 『マインド魂』
Release Date:2020.08.26 (Wed.)
Label:どんぐりず
Tracklist:
1. マインド魂