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REPORT | 第14回 金音創作奨(Golden Indie Music Awards)


台湾インディの祭典『GIMA』現地レポート。シーンの創造性を後押しする音楽賞の在り方

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2023.11.20

Text by Toshiyuki Seki
Photo by Official

10月28日(土)、台湾の音楽アワード『第14回 金音創作奨(Golden Indie Music Awards/以下、GIMA)』が台湾・台北市の台北流行音樂中心で開催された。

その名の通りインディ音楽に焦点を当て、様々なジャンルによってカテゴライズし、音楽に携わるスペシャリストたちが忖度なしで審査員を務める『GIMA』。そのフェアな仕組みや特徴、“台湾のグラミー賞”とも言われている『金曲獎(Golden Melody Awards / GMA)』との違いについては、先日寄稿した下記の記事を確認してほしい。これまでに数多くの独創的なアーティストたちが注目を集めるきっかけを作ってきた意義深いアワードでもある。

【FEATURE】 第14回 金音創作奨(Golden Indie Music Awards)


注目のパフォーマンスが連日繰り広げられた『亞洲音樂大賞』

そんな今年の『GIMA』では、授賞式前に5日間にわたって連動イベント『亞洲音樂大賞(Asia Rolling Music Festival/以下、ARF)』も開催。最初の2日間は「ベスト・ライブ・フォーマンス賞」のファイナリストたちによるパフォーマンスが行われた。ギターとピアノに加え、モジュラー・シンセやノイズも導入した実験的ミニマル・サウンドのGo Go machine Orchestraや、笙(しょう)や柳琴(リウチン)などの伝統楽器を用い、台湾のルーツ・ミュージックとポップスを掛け合わせたユニークな音楽性が注目を集めるA Root(同根生)など、ジャンルや演奏スタイルも異なる6組が受賞を懸けてしのぎを削った。

中でも筆者の印象に残ったのはGummy Bで、DJとギタリスト、ドラマーを従えた比較的シンプルなセットながらも、彼のラッパーとしてのスキルや表現力が逆に際立っており、台湾華語を理解していなくても情景が浮かんでくるようだった。結果的にGummy Bは今年の「ベスト・ライブ・フォーマンス賞」に輝き、授賞式では「作曲は頭脳、パフォーマンスはハートです。私はこの2つを非常に愛しているからこそ、アーティストとして生きていることを実感できます」と語った。

また、Gummy Bは楽曲「敦化南路(Revisit)」で「ベスト・ヒップホップ・ソング賞」も受賞し、音楽を作り続けてきた自身を称えるとともに「これからも書き続ける」と飽くなき意欲を示し、大型新人の威風を放っていた。

また、ファイナリスト以外にもメタル・バンド、血肉果汁機(Flesh Juicer)のボーカリストによるプロジェクト・GIGOと“台湾のAnderson .Paak”とも称されている、雷擎(L8ching)によるパフォーマンスも行われ、トラップ〜ヒップホップにメタルの攻撃性を掛け合わせたダークな世界観のGIGOと、爽やかなネオソウル・サウンドの雷擎の対比も印象的であった。

その後は人気バンド、落日飛車(Sunset Rollercoaster)のフロントマン・Kuoがキュレーションを務める3つのパーティが開催された。初日は『クラシック・パーティ』で、台湾のネオソウル・ミュージシャンLINIONと、サイケデリックなインディ・ポップで注目を集める香港のミュージシャン・Room307が共演。終始甘いネオソウル・サウンドを聴かせてくれたLINIONはベーシストとしての技量の高さはもちろん、歌唱も自然体で安定感があった。Room307はギター、ベース、ドラムにトランペットを加えた5人編成で、その霧がかったようなドリーミーな音源とは異なり、タイトな演奏と音圧に圧倒された。ボサノバやフュージョン、AORといったジャンルも彷彿とさせ、音楽的にもスリリングなパフォーマンスだった。

2日目の『サイケデリック・パーティ』では、台湾のインディ・ロック・バンド、イルカポリス(海豚刑警)と、フィリピン系LA在住のSSW・Michael Seyerが共演。イルカポリス(海豚刑警)はポップかつキャッチーなバンド・サウンドを展開する一方、Michael Seyerは絶妙にレイドバックした、ドリーム・ポップ〜サイケデリック・ロックを鳴らす。また、Michael Seyerのステージにイルカポリスのボーカル・Markoが参加し、この日だからこそのコラボレーションも行われた。

3日目の『ヒップホップ・パーティ』では、台湾の血を引くイギリス人ミュージシャン/プロデューサー、Kamaal Williamsと、台湾系カナダ人ラッパー・LEO37、ファンクやR&B、ジャズなどブラック・ミュージックのエッセンスを大々的に取り入れたバンド、Robot Swingが共演。Kamaal Williamsはドラマーとのデュオで、非常にミニマムな編成ながらも、シンセサイザーとピアノの音色を巧みに使い分け、シネマティックなジャズ・サウンドを生み出した。

対するRobot Swingは高度な演奏技術に加え、ボコーダーを多用したボーカルが加わることで、まさにロボットが演奏しているかのような“Sci-Fi R&B”とも呼べるサウンドで、すでに固有のスタイルが確立されているのが伺えた。途中からLEO37が参加し、トレードマークの長髪を振り乱しながら熱烈にライムを繰り出す。LEO37の煽りにオーディエンスも手拍子や歓声で応え、会場は一気にヒートアップ。“パーティ”の名に相応しい形で大団円を迎えた。


授賞式で存在感を放っていたアーティストたち

授賞式で司会を務めたのは、今年のGMAで「華語アルバム賞」を受賞したラッパーの熊仔(Kumachan)。台湾の人気ヒップホップ・タレント番組『大嘻哈時代(THE RAPPERS)』でもメンター役として出演するなど、実力はもちろん、知名度も非常に高い。熊仔は、開幕の台詞が「ChatGPT」にインスパイアされたものであることを明かすなど、冒頭からユーモラスなトークを展開し、ラッパーらしい饒舌さで会場を沸かせた。

熊仔(Kumachan)

今回の授賞式の概観としては、意外性のある選出や新鮮な驚きが多く、その予定調和の少なさから、逆に審査プロセスへの信頼感が増した。筆者は常日頃から台湾の音楽を追いかけているつもりだが、知らなかったアーティスト/作品が数多くフィーチャーされており、台湾音楽の“今”を反映するのみならず、先見性を持ったアワードであると改めて感じた。

本来であれば授賞式の一部始終を伝えたいところだが、文字数も限られているため、とりわけ印象的だったアーティストたちをいくつかご紹介したい。その選定について、少なからず筆者のバイアスがかかってしまっている点についてはご容赦いただきたい。

鶴 The Crane

まずは「ベスト・ニュー・アーティスト」を受賞した気鋭のR&Bシンガー/SSW、鶴 The Crane。日本のアーティスト・SIRUPとのコラボも記憶に新しい彼は、若手の中でも突出した才能と作品の完成度の高さが評価された。彗星の如く現れた印象もあるが、ソロ・デビューする前はSSW・HUSHのツアー・ミュージシャンを務めたり、鄭宜農(Enno Cheng)のアルバム『給天王星』にプロデューサーとして参加するなど、裏方として活動していたようだ。

鶴 The Crane

受賞スピーチでは「他のアーティストたちが音楽と真剣に向き合っているのを知る度に、音楽制作には謙虚さが必要であるということを感じます。私たちが理解していないことは常にたくさんあります」と地に足のついた姿勢をのぞかせた。また、自身のデビュー・アルバム『TALENT』について、「アルバム名は“才能”を意味しますが、その内容の多くは私がこれまでに積み重ねてきた努力と経験についてです。私は最初から全てを完璧にこなすタイプではありません。高くジャンプするためには、長期間のスクワットが必須です」と語った。

The Craneは今回「ベストR&Bアルバム賞」も受賞したほか、「ベスト・アルバム賞」、「ベスト・シンガー・ソングライター賞」、「ベストR&Bソング賞」の3部門にもノミネートされており、圧倒的な存在感を放っていた。日本では“台湾のアップカミングなアーティストのひとり”という認識だったが、現地で大歓声を目の当たりにしたことで、期待値の大きさを実感した。

露波合唱團(The Loophole)

「ベスト・バンド賞」を受賞した露波合唱團(The Loophole)も目立っていた。2017年に結成された5人組で、バンドとしての一体感と音楽的な独創性の高さが評価された。今年リリースされたアルバム『美麗新世界』は「ベスト・アルバム賞」にもノミネート。受賞スピーチでは本アルバムの収録曲「腦海中(In My Head)」をカバーした落日飛車に感謝の気持ちを伝えるとともに、「バンドを運営することは非常に難しい」、「この旅が長く続くことを願っています」とも語り、感慨深げな様子だった。

また、露波合唱團は楽曲「我想要一台車」で「ベスト・ロック・ソング賞」も受賞。《私は車が欲しい》と歌う本楽曲は、“車”を“自由”の比喩としても解釈できる奥深い歌詞が魅力だ。受賞スピーチではメンバーの李權哲(Jerry Lee)が「この曲を作ったとき、すぐに母に聴かせました。その後、母は車を購入し、私たちは交代しながら車を運転できるようになりました」とユニークな逸話を披露した。

しかし続けて、「このような話をすると、私がお金持ちのように聞こえるかもしれませんが、そうではありません」と明かし、突如《私は貧乏なので、ブランド品は買えません、オー》と歌い、会場からは大きな歓声が上がった。なお、『美麗新世界は「ベスト・オルタナティブ・ポップ・アルバム賞」にもノミネートされており、評価の高さが伺えた。

また、日本人として特に気になった存在は、台湾を拠点とするエスラジ・タブラ奏者の若池敏弘(通称:Wakaだ。インドやバングラデシュ、中国、カナダなど、世界各国の国際芸術祭に出演し、日本国外で活発な活動を繰り広げている若池は今回、ギタリストの鄭各均(Cheng Ko-chun/Sonic Deadhorse)、サックス奏者の謝明諺(Minyen Hsieh)らと共に「ベスト・プレーヤー賞」を受賞。「インド音楽のミュージシャンとして活動することは、とても難しいことでした。しかし、最近は(台湾での)インド音楽の認知も高まってきて、とても嬉しいです」とその喜びを語った。

また、若池は二胡奏者の鍾於叡(Zhong Yurui)、琵琶奏者の梁建寧(Jenning Leung)と結成したユニット・菩花樂集のアルバム『𨑨迌』が「ベスト・フォーク・アルバム賞」を受賞し、再び壇上へ上がった。受賞スピーチでは、「私は台湾に住む日本人で、インド音楽を演奏しています。なので、私の音楽的バックグラウンドは少し複雑です」と語り、台湾に来た際、「私の音楽的アイデンティティは何なのか」と葛藤があったことも明かした。

外国人で、ポピュラー・ミュージック以外の音楽をやっているミュージシャンであったとしても、優れた作品を作ればしっかりと評価され、スポットライトを浴びる機会があるのは素晴らしいことだし、改めて『GIMA』の懐の深さを感じた。


純粋に創造性を評価する、『GIMA』の真価

アジアで最も優れた作品に贈られる『亞洲創作音樂獎』はタイのアーティスト、Ham Tanidのアルバム『RhizomE x Ju Ju』が受賞。本作はビジュアル・アーティストのLolayとのコラボレーション・プロジェクトで、LolayのアートをHamが即興的かつ実験的な音楽へと変換していくというユニークなもの。

Hamは受賞スピーチで、「私の音楽は少し特殊だと思っていましたが、皆に知ってもらえて、本当に感謝しています」と語っていたのだが、そのような気持ちでいるのは彼だけではなかったはず。母親をテーマにした楽曲「奶汁」で「ベスト・エレクトロニック・ソング賞」を受賞した呂菱瑄(Sophie Lu)も、「宣伝もしていないのに、小さな自分を見ていてくれて感動です」と語っており、そのような目立たなくも芸術性の高い作品が、世の中の注目を集めるきっかけを作るところに『GIMA』の真価を感じた授賞式でもあった。

Ham Tanid

もちろん作品のクオリティに加え、高い知名度・セールスを併せ持つアーティストも数多くいるし、それも素晴らしいことだ。ただ、どのようなジャンル、スタイルであれ“評価される場がある”と思えるのは心強いし、“もっと自由に表現していいんだ”と背中を押されるアーティストも多いのではないだろうか。そしてそんな音楽賞がある台湾を、筆者は少し羨ましくも感じたのであった。


【イベント情報】


『第14回金音創作獎(14th Golden Indie Music Awards)』
日程:2023年10月28日(土)
会場:台湾・台北市 台北流行音樂中心

『金音創作獎(Golden Indie Music Awards)』 オフィシャル・サイト


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