実はこの日が来ることを、2年半程前からずっと心待ちにしていた。2012年3月、前年にマドリッドで開催された<Red Mull Music Academy>(※以下RBMA)参加者たちによって制作された楽曲の収録されたコンピレーションアルバム『Various Assets – Not For Sale – Red Bull Music Academy Madrid 2011』2曲目の「Red Sound」という曲に出会った。この曲は 2011年のアカデミー卒業生であるYosi Horikawa(ヨシホリカワ)と、10月15日に最新アルバム『Joint Ends』をリリースしたばかりで同じくアカデミー卒業生、ウィーン出身のDorian Concept(ドリアンコンセプト)の2人によって共同制作されたものだ。冒頭の砂の上をシャクシャク踏みしめているように聴こえた音からして 当時の自分にとっては衝撃でしかなかった。そんな曲を生み出してくれたふたりが10月16日(木)、渋谷WWWで行われるプログラム<DORIAN CONCEPT LIVE>に出演することを知ってから、この日が人生の中でも特別な日になる予感しかしなかった。実際に終演後は終電めがけて駅まで走らなければならなかったのだが、帰宅するまで視界に入ったあらゆる灯りが 一際キラキラ輝いているように見えたのは、WWWで格別な体験をしたということに他ならない。開場とほぼ同時にプレイを開始したYosi HorikawaからラストのOm’Mas Keith(オンマス・キース)のプレイ中盤に喉の乾きに耐えられなくなるまで、ドリンクを買いに行くタイミングを見つけられなかった。
このプログラム開催日前後に渋谷のスクランブル交差点を通りかかった人には、Yosi Horikawaは広告であったり、彼にそっくりなキュートなクマが登場するこの映像ですっかりおなじみの存在かもしれない。以前にこちらでも紹介させてもらったのだが、屋久島を舞台に自身の創作活動に迫ったドキュメンタリー映像『Layered Memories』の本編が先日公開された。彼がプレイしている間は、映像の中から拾った言葉の中で特に気になった以下3つを意識しながら スピーカー前で耳を澄ませていた。
“真ん中に存在しないものがつくりたいのかな”
“背景だけつくりたい”
“聴く人間がその空間に入って 人それぞれの リスナーの体験、追体験ができるんじゃないか”
鳥の声や動きのある水の音、心地良いカリンバの音が聴こえる中、気がつくとすっかり気持ち良くなり目を閉じて聴き入ってしまうことが何度もあったのだが、目を閉じている間は『Layeared Memories』の映像の中で見た屋久島の荘厳な大自然の風景や、見知らぬ土地の砂の上を歩いている光景、また幼い頃鉛筆で必死に漢字を書く練習をしていた記憶などが駆け巡っていた。音によって記憶が呼び起こされ、まだ見ぬ景色をも思い浮かべていたのだ。スピーカーを通してYosi Horikawaによって揺らされた空気にすっかり心を震わされた。この日は新曲「Yoggo」や昨年リリースされたアルバム『Vapor』からも多くの曲をプレイしてくれたのだが、特に「Red Sound」のイントロが聴こえて来た時にはつま先から鳥肌が立った。現在彼は同じくアカデミー卒業生のDaisuke Tanabeと共にベトナムやフィリピンをツアーで回っている。また彼のLIVEを観られる日を心から楽しみにしている。
●Yosi HorikawaのLive Recordingはこちら(via rbmaradio.com)
Yosi Horikawa:RBMA | Facebook | Soundcloud
今回特に楽しみにしていたアクトのひとり、アカデミー1学期の参加者である、パリを拠点に活動するシンガー/プロデューサーLafawndah(ラファウンダ)。彼女はイラン人とエジプト人のハーフで、事前にチェックしていた写真ではクールな印象を持っていたのだが、実際の彼女はとてもチャーミングでセクシーな雰囲気を纏っていた。特に両サイドで細かく編み込まれた長い髪がキュートで、肌がちらりと見える変わった形のノースリーブがとてもよく似合っていた。11月にコラボレーションEPを発表する予定のNightfeelings(ナイトフィーリングス)と共にステージへ登場してすぐ、早速不思議な音階のメロディに乗せ彼女が歌い始めると、ついさっきまで澄んでいた会場の空気が、タイプの異なる妖艶なものへと変化するのを感じた。終盤までその雰囲気は継続し、機材の置いてあった横のスペースで彼女が膝を床につけ正座の体勢をとったかと思うと、上半身を前方に揺らしながら祈るように「JUNGLE」を歌い始めた。どこの国の言語で歌われているのか不明なのだがとにかく言葉の響きと彼女の動きが不思議で釘付けになった。後日出演したラジオ番組 <Play, Japan! Live from Red Bull Music Academy Tokyo>のBlogによると彼女は”「儀式的クラブ・ミュージック」の制作に専念” しているそうで、「儀式的〜」というのは初めて目にした言葉ではあるのだが、そう言われるとあの祈るような仕草は儀式的な何かの一種だったのかもしれない。彼女は一体、アカデミーの期間中誰とどんな曲を制作したのだろうか。発表が楽しみだ。
●LafawndahのLive Recordingはこちら(via rbmaradio.com)
Lafawndah:RBMA | Facebook | Twitter(@lafawndah_) | Soundcloud
徐々に熱を帯びてきたフロアは、LA出身の韓国系アメリカ人ビートメイカー・TOKiMONSTA(トキモンスタ)の登場で一気にヒートアップした。
「よろしくお願いします、トキモンスタです!」
フロアに向かい、ややはにかみながら丁寧に挨拶をしてくれた彼女に、目がハートマークにでもなってしまっていたのではないのかと思う。冒頭の美しいピアノ+ストリングスのメロディから始まるヒップホップ調の曲から興奮しすぎて 彼女のプレイ中どうしていたのか記憶が曖昧なのだが、終始ニコニコしながら楽しそうに その小さくキュートな見た目からは想像もしなかったミドルテンポの曲をかけ続けてくれる彼女の姿が眩しすぎてとにかく見つめた。周りの聴き手からも笑顔がこぼれていた。幸運なことにRBMAは、この日の出演者のほとんどのライブレコーディング音源を公開してくれている。怒られてしまうかもしれないが、実はこの日フロアで初めて、意識してTOKiMONSTAの音楽を聴いた。それでも我を忘れるほど楽しませてもらい彼女の音楽のことが気になってしまったので、是非この貴重なライブレコーディング音源を聴いてみてほしい。
●TOKiMONSTAのLive Recordingはこちら(via rbmaradio.com)
TOKiMONSTA:RBMA | Facebook | Twitter(@TOKiMONSTA) | Soundcloud
ここまでの3組でもう十分というほど興奮し満足してしまっていたのだが、そこで終わらせてくれないのがRBMAだ。日本では初お披露目となる4人組のTokyo Secret Strings Quartetを引き連れ、誰もが待っていたDorian Conceptが遂にステージにやって来た。この時身動きが取れないほどフロアがギューギューの状態になっており、途中までずっと前の人の頭を見つめつつ音に耳を澄ませていたのだが 美しいストリングスの音と鍵盤のメロディがそれまでに経験したことのない体感をもたらしてくれ いつものようにまばたきをすることがままならなかった。記事冒頭でも触れた最新アルバム『Joint Ends』から「Ann River, Mn」を披露してくれた。事前にSoundcloud上で公開されていたこともあってか、周囲の聴き手の表情や会話からも興奮度が伝わって来る。ストリングスカルテットは数曲プレイに加わり、その後はドリアンコンセプトを中心にドラム、一見小さなギターのようにも見えた不思議な楽器(※名称不明)で三角形を描くような配置で 聴き応えのあるセッションを繰り広げてくれた。この3人が聴かせてくれたグルーヴには終始心を震わされ続けた。時折ドリアンコンセプトの手元に注目してみると手の動きが尋常ではなく、左手で鍵盤を抑えていない時も、小刻みに震えていた。大変失礼な話ではあるが、一見少しシャイのようにも見える青年に対して ” 天才 ” という二文字しか浮かんでこなかった。ライブ音源もちょうど良いタイミングでアップされたので貼っておく。これは聴いておいた方が良いと思う。この日、いや、今年のベストアクトのLIVEを、間近で観られたことに心から感謝したい。
●Dorian ConceptのLive Recordingはこちら(via rbmaradio.com)
Dorian Concept:RBMA | Facebook | Twitter(@dorianconcept) | Soundcloud
想定外だった今年のベストアクトを体感した後、その衝撃と余韻のせいでしばらくは立ち尽くしていた。ようやく意識が戻り、よし今度こそ帰ろうと思っていたのだが ステージには最後の刺客、プロデューサーとしてもそうそうたる経歴を持つマルチ・インストゥルメンタリスト、Om’Mas Keithが待っていた。模様までははっきり見えなかったのだが、大きい身体にちょこんと乗っている帽子がとてもキュートだった。マイクを持ち、自らの声にエコーをかけてくれ響いた音が面白くてついふきだしてしまった。その後は黒いヒップホップやマイケルジャクソン、曲名までは分からないのだけどクラブ以外のどこかで必ず聴いたことのある曲などをかけながら 時折マイクを持ちパンチの効いた声とエコー効果でフロアを湧かせてくれた。既に脚がパンパンにむくんでいるのは分かっていたが、曲名を教えてくれる某アプリでかけていくれている曲を調べつつ、楽しそうにしている周囲の人たちの表情を見ながら 最後の最後まで楽しませてもらった。年齢を重ねるにつれ、夜の時間帯に遊びに行くと 二十代初頭の頃に比べ終演前に大人しく帰れるようになってきたと思っていたのだが あんなに音楽を止めて欲しくないと思ったのは一体いつぶりだっただろうか。まだまだずっとフロアにいたい気持ちだった。
Om’Mas Keith:RBMA | Facebook | Twitter(@OMMASDOTCOM) | Soundcloud
随分長くなってしまったが、以上が開場してから終電目指して駅まで走り出すまで起こったほんの数時間の間の出来事だ。
元々この日のアクト2組により制作された楽曲が気になったことがきっかけでRBMAにも興味を持ち始めたのだが
自分の場合、出演するアクトについてほとんど知識がなくても、実際現場に行って体感すると そんなことを気にしていたのが嘘のようにポジティヴな経験として受け入れることができた。(※もちろん、事前知識が少しでもある方がより楽しめるというのが大前提ではあるが。)
少なくとも音楽が好きな方、RBMAってなんだろう?となんとなく気になっているという方には
是非一度、プログラムに参加されることをお勧めさせていたきたい。
1学期には合計4つのプログラムに参加し、各現場で過ごしたのはそれぞれほんの数時間だったはずなのだが
これまでの人生の中でもとりわけ濃密で特別な経験をさせてもらった。
いよいよ11/2(日)からはアカデミー後半の2学期がスタートするが、合計14種類あるプログラムのうち少なくとも半分、いや、可能ならば全て参加したい気持ちが生まれてしまった。合計30名いる参加者の中には、遂に日本からHaioka、Albino Soundの2組も登場する!
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Red Bull Music Academy :RBMA Tokyo 2014 | 日本公式Twitter(@RBMA_JP)/ 公式Twitter(@RBMA)| Facebook | bandcamp | Soundcloud
(Text by Ayumi Ota)