Text by Takanori Kuroda
Photo by Sachiko Yamada (origami PRODUCTIONS)
昨年11月にライブ活動の休止を発表したKan Sanoが10月5日(木)、東京・有楽町「music&theater I’M A SHOW TOKYO、YURAKUCHO」にてワンマン・ライブ『Kan Sano Solo Piano Live 2023 “ただI MA”』を開催した。
この1年間、インスタライブやストーリーで不定期に弾き語りのパフォーマンスを上げてはいたものの、Kan Sanoが人前で演奏を披露するのはおよそ1年ぶり。フランク永井による歌謡スタンダード「有楽町で逢いましょう」から拝借したという、洒落た名を持つできたばかりの公演会場(I’M A SHOW=逢いましょう)には、この日を待ち侘びたファンが雨の中大勢駆けつけ満員御礼となっていた。
昨年12月、有楽町マリオンの別館 7Fにオープンした「I’M A SHOW」は、およそ400席のキャパを持つ劇場型のスペースだ。中に入るとステージ中央にはグランド・ピアノが置かれ、向かって右端にはアコースティック・ギターやテーブル、チェアーなどが配置されている。「今日のライブは誰かゲスト・ギタリストが出演するのだろうか」「でも『弾き語りワンマン』だしな」……などと考えているうちに客電が落ち、ベージュのセットアップを身に纏ったKan Sanoが折りたたみ自転車に乗って現れた。一瞬にして暖かな歓迎ムードに包まれる会場に向かい、Kan Sanoがマイクを通さず「ただいま!」と声をかけると、客席のあちこちから「おかえり!」の声が上がった。
ステージをぐるっと一周したあと、ギターの置かれた場所に自転車を停めるKan Sano。よく見るとそこは、彼が大好きな“赤”で揃えられたお気に入りの私物が並んでいる。
「演奏する時って緊張するし、その緊張感が僕は好きなんですけど、どこかでそれをほぐす時間もほしいと思ったんです。そのためにはどうしたらいいか考えていたら、ステージ上に休憩場所を作ればいいんだ! と閃いて」と笑うKan Sano。ピアノを弾く時は“仕事モード”で緊張感たっぷりに、ギターの弾き語りは私物に囲まれリラックスした時間を届けると、ユニークな構成のライブを思いついたという。
さて、この日の幕開けはお馴染み「My Girl」だった。作詞作曲はもちろん、演奏やミックス、そしてボーカルまで全てを一人で行い作り上げた通算4作目の意欲作『Ghost Notes』に収録されたこの曲も、続いて披露された、ともさかりえとのコラボ曲「Play Date」も、オリジナル音源は4つ打ちのキックが鳴り響くエレクトロ・アレンジだが、この日はもちろんそれをピアノ1台で表現。鋼のようなベース・フレーズを左手でパワフルに打ち鳴らし、ジャジーでソウルフル、それでいてどこかメランコリックなフレーズを右手で軽やかに弾きこなすKan Sano。歌に合わせ、テンポもダイナミクスも緩急自在に変化させるそのパフォーマンスは、たった一人の演奏とは思えぬほどカラフルだ。そして何より、言葉の一つひとつを慈しむように歌う彼のボーカルが胸を打つ。
ファルセット・ボイスを組み合わせ、抑揚たっぷりに歌う「Flavor」はどこかPrefab Sproutを彷彿とさせるドリーミーな楽曲。たおやかなピアノ・ソロに身を任せていると、まるで時間が伸縮しているような錯覚さえ覚える。Shin Sakiuraとのコラボ曲「旅の途中」は、《削ぎ落としていく / 人生の持ち物》《まわり続ける思考の中に / ぼんやりとした不安の中に / 目的や答えなんていらない、ただ / 生きている意味に近づきたいのさ》と歌われる歌詞が、曲名も含めてまさに今のKan Sanoの心境を表しているようだ。
「今日はね、積もる話があるんですよ」そう言ってKan Sanoは、ライブ活動休止を発表してからの日々についても丁寧に語ってくれた。吉祥寺でのライブを最後に休養に入り、まずは尾道を一人で旅行したこと。そこから映画『崖の上のポニョ』の舞台となった鞆の浦まで足を伸ばしたこと。自身の地元・金沢の日本海とは違う、穏やかな瀬戸内海に心癒されたこと。帰宅後はコラージュにハマり、素材となる古い雑誌をブックオフで買ったり、知り合いの美容師から譲り受けたりしながらしばらく制作に没頭していたこと(それは、自身の作品のアートワークにも活かされることになる)。年明けから少しずつデモ制作を行なっていたこと。そして春にもう一度、今度は車で尾道へ行ったこと。
そうした行動の一つひとつが、きっとKan Sanoの心を少しずつ解きほぐしていったのだろう。また彼は、誰かの曲をカバーしたり、弾き語りの練習をしたりすることがメンタルにとても良い作用をすることや、心療内科やカウンセリングに通ったことで、臨床心理士である母親の仕事に改めて敬意の念を持った話なども打ち明けてくれた(この日のライブでもRUNG HYANGの「Trapped」と阿部芙蓉美の「Highway, Highway」をカバーしていた)。
ライブ中盤のギター弾き語りコーナーでは、どこからか秋の虫の鳴き声が聞こえてくるなか、友人に子供が産まれて嬉しくて作ったという味わい深い小曲「朝子のうた」を歌ったかと思えば、「最近、運動不足を解消するためにプランクを始めたんですよ。1分が限界なんだけど……ちょっとここでやってみようかな」と突然言い出し、実際にステージでプランクを披露。1分を観客全員でカウントする一幕もあった。まるでソロ・キャンプ中のKan Sanoのもとを訪れ、彼の近況に耳を傾けているようなひとときに、こちらも心もときほぐされていく。
「弱っているときは、『弱っている』と言っちゃったほうがいいと思ったんです。それもある意味、表現じゃないですか」とKan Sano。「今後、どうやって活動していくかまだ決めていないんですけど、もしこのまま調子が戻らなかったら、メンヘラアーティストとしてみんなに助けてもらいながらライブをしようかな」などと冗談混じりに話し、客席の笑いを誘った。
「さて、そろそろ『職場』に戻りますかね」と言って再びグランドピアノの前に座り、フィッシュマンズの「いかれたベイビー」や、13人のルーティナー(「繰り返し行動」を持つ知的障害のある人のこと)と共に作り、金沢21世紀美術館で披露した力作「Pマママ」を演奏して本編は終了。アンコールでは「瀬戸際のマーマレード」と、バカリズムが原案・脚本を務めるドラマ『住住』の主題歌にも起用された「Natsume」を披露しこの日のライブに幕を閉じた。
「弱っているときは、『弱っている』と言っちゃったほうがいい。それもある意味、表現」と話し、自らの状況を明るく笑い飛ばしてみせたKan Sano。彼のそんな姿勢に、救われたり勇気づけられたりした人もきっと多いはずだ。まだ完全復帰とは言えないが、“旅の途中”で近況報告をしてくれた彼に、たくさんの勇気と感動をもらった一夜だった。
Play Date
Flavor
旅の途中
とびら
Trapped
highway, highway
Tokyo State of mind
I MA
きらきら星
(朝子のうた)
Stars In Your Eyes
Sit At The Piano
I’m still in love
この道
いかれたBaby
Pマママ
-Encore-
瀬戸際のマーマレード
Natsume
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【イベント情報】
『Kan Sano Solo Piano Live 2023 “ただI MA”』
日時:2023年10月5日(木) 開演 19:00
会場:東京・有楽町 I’M A SHOW
出演:
Kan Sano