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REPORT | 2023 World Music Festival @ Taiwan


日本からは一青窈も出演。台湾の大型イベント『WMF@T』を通して見えてきたもの

2023.11.08

Text by Toshiyuki Seki
Photo by Official

10月12日(木)から10月15日(日)にかけて、台湾で最大の野外ワールド・ミュージック・イベント『2023世界音樂節@臺灣(2023 World Music Festival @ Taiwan)』(以下、WMF@T)が台北で開催された。『WMF@T』は台湾の文化部で映画、ラジオ、テレビ、ポピュラー・ミュージックの発展に寄与する「影視及流行音樂產業局」が後援し、台湾の音楽レーベル〈Wind Music(風潮音樂)〉によってオーガナイズされている。

〈Wind Music〉は1988年の設立以来、台湾・中国を含む東アジアの民族音楽/伝統音楽、ニューエイジ・ミュージック、児童音楽にフォーカスして作品をリリース。『FUJI ROCK FESTIVAL’17』にも出演している以莉高露(Ilid Kaolo/イリー・カオルー)や、これまでに20カ国以上で公演を行なっているパイワン族の児童合唱団、泰武古謠傳唱(Taiwu Ancient Ballads Troupe)、ハワイ出身のグラミー受賞ウクレレ奏者、Daniel Ho(ダニエル・ホー)など、インターナショナルに活躍するアーティストたちの作品を数多く世に送り出してきた。

その作品はこれまでに“台湾のグラミー賞”とも言われる『金曲奨(Golden Melody Awards)』で58回の受賞を獲得。音楽、とりわけ民族音楽や伝統音楽の分野においては一家言を持つ〈Wind Music〉によってキュレーションされている『WMF@』は今年で7年目を迎えた。

今年のテーマは“Make your frameless world!(枠組みのない、自分だけの世界を作ろう!)”。規模としては過去最大で、日本からは一青窈も参加し、台湾の『金曲奨』で「最優秀原住民ヴォーカリスト」に輝いた桑布伊(Sangpuy/サンプーイ)とコラボレーション・パフォーマンスを行った。メインのステージ・ライブに加え、ショーケースやレクチャー、ワークショップも行われ、音楽を楽しみにきた観客のみならず、業界人にとってもメリットの多い内容で、“台湾からワールド・ミュージックを盛り上げていこう”という気概が感じられた。さらには多様性に満ちたバザールやパフォーマンス・アート、ディスコ・パーティまで行われるなど、4日間にわたる大規模な多文化体験イベントとなった。

今回は筆者が『WMF@T』に現地参加し、アーティストたちへのインタビューを通じて、本フェスの魅力や意義、そして“ワールド・ミュージック”というタームが持つ意味についても考える契機となった。


J-POP X 原住民音楽という異色のコラボレーションが実現したその裏舞台

今年の『WMF@T』で日本人の目を引くのは、やはり一青窈と桑布伊のコラボレーションだろう。一青窈は以前から原住民音楽に大きな関心を持っていた。2012年頃、台北の「華山1914文化創意園」で桑布伊の1stアルバム『路(dalan)』を購入し、「すごい人がいるな」と感じたのだという。そこで今回、共演の機会が巡ってきたことを嬉しく思う一方で、「何を歌っているのかは(原住民の言語のため)理解できないので、当初は不安もありました」と語る。

今回一青と桑布伊が共に歌った楽曲は4曲。一青の代表曲「ハナミズキ」に加え、台湾の民謡「雨夜花」、そして桑布伊の楽曲からは「祖先的歌」と「快樂搖擺」が披露された。「雨夜花」はプロデューサー/アレンジャーの洪子龍(Tzu-lung Hung/ホン・ズーロン)によるジャズ・アレンジが秀逸で、伝統曲に新たな光を当てていた。台湾語で歌われる本楽曲について一青は「もう一つの故郷である台湾に捧げるつもりで、魂を込めて歌いました」と語った。

一青窈

また、プユマ族の伝統曲をリアレンジしたダンス・チューン「快樂搖擺」について、一青がリハーサルのときに真面目に歌っていたところ、桑布伊から「これはみんなで踊りながら歌う曲だから、もっと自由にやっていい」と言われたのだという。「桑布伊がリハ中もジョークを飛ばしたり、差し入れを持ってきたりと、場をなごませてくれたことで不安もいくぶんか払拭されたし、熱いハートの持ち主でした」と一青は振り返る。

桑布伊が『WMF@T』に出演するのは今年で3回目。本フェスの魅力について聞くと、「オーディエンスと私の文化を共有できることが嬉しいです。楽曲以上に大切なのは、私の部族(プユマ族)と世界の人々の間にある関係性を見つけること。そしてその文化や歴史の深さを感じ取ってほしいですね」と話した。

桑布伊

しかし、今回は自身のソロ・パフォーマンスではなく、コラボレーション・ライブだ。しかも、相手はJ-POP歌手の一青窈。原住民音楽とJ-POPという組み合わせは興味をそそる一方で、難しさも想定される。音楽スタイルはもちろん、台湾と日本では言語や価値観、さらには業界の慣習も異なるし、それはプロジェクトの進行にも影響してくる。このような斬新な企画にはリスクも伴うし、とりわけ桑布伊のような伝統色の強いアーティストだと慎重になってもおかしくはない。それでも「やろう」と思った理由を尋ねると、「どんな挑戦も受け入れよ、というが私の部族のしきたりだからです。失敗しても構わない。大切なのはそこで得る経験なんです」と答えた。桑布伊にとって、伝統を守ることと修正することは矛盾しないのだという。なので、ロックやポップス、エレクトロニック・ミュージックなど、さまざまな音楽要素を取り入れることにも前向きで、音楽的に進化していくことを望んでいる。

桑布伊は実生活でもR&Bやレゲエなども好んで聴いているようだ。「雨には水、そして鳥には空が必要なように、人には音楽が必要です。観客と演者は平等ですし、みんなと感情を共有したいんです」と語る桑布伊に、ジャンルの話はそもそも野暮なのかもしれない。原住民は古来より歌唱をコミュニケーション手段のひとつとして捉え、“個人の技能”というよりは、“共有の文化遺産”として位置付けてきた。一青窈に対しても、“J-POP歌手の”といった先入観は持たず、純粋に“歌い手”としてリスペクトし、コラボレーションを楽しんでいるのがひしひしと伝わってきた。


台湾ジャズの“今”を体現した畫像五重奏(The Portrait Quintet)

筆者が『WMF@T』に参加するのは今年で2回目。2021年のオンライン配信の視聴も含めると3回目になる。その多彩なラインナップの中でも近年、特異な存在感を放っているのがジャズのアーティストたちだ。「ワールド・ミュージックなのにジャズ?」と首を傾げる人もいるかもしれないが、それについてスーパーバイザーを務める黃珮迪(Peiti Huang/ペイティ・ホァン)氏は「私はワールドミュージックを“世界中のさまざまな音楽”と解釈していて、それは伝統音楽や民族音楽、民謡などに限定されるものではありません。本フェスでジャズのアーティストが多いのもそれが理由です」と語る。

台湾のジャズ・シーンは他のジャンルと比較するとまだ規模は小さいものの、活発なコミュニティーがある。台北のみならず、高雄や台南など南部の都市にもジャズを専門とするライブハウスができたり、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックのシーンともクロスオーバーしたりと、盛り上がりを見せているのは肌身で感じる。そんな台湾ジャズ・シーンから今年の演者として選ばれたのが畫像五重奏(The Portrait Quintet)だ。ジャズ・ヴァイブラフォン奏者の莊彥宇(Yen-Yu Chuang/チュアン・イェンユー)を中心に結成されたクインテット(5人編成)で、メンバー全員が欧州・アメリカで音楽を学んだ経験を持つ。今や台湾ジャズ・シーンの顔役とも言えるサックス奏者、謝明諺(Minyen Hsieh/シェ・ミンイェン/テリー)を筆頭に、気鋭のジャズ・ミュージシャンたちを擁する本ユニットは、明確なリーダーを置かず、オリジナル楽曲は莊彥宇と謝明諺、ピアニストの郭俊育(Kuo Chun-Yu/グオ・ジュンユー)の3人が作曲を担当。ジャズのスタンダードも織り交ぜたレパートリーで活動しており、体制としては“とても民主的”なのだと莊彥宇は言う。

畫像五重奏

伝統音楽・民族音楽の色が強いアーティストたちに囲まれての出演で、いくぶん浮いた存在の彼らだったが、メンバーたちに気負いはない。違和感はあるかと聞くと、莊彥宇は「ここからがワールド・ミュージックで、ここからがジャズです、といった明確な境界線はないと思います。音楽は音楽だし、美しいものは美しい」と答えた。そしてテリー(謝明諺)が「ワールド・ミュージックという言葉自体、“西洋以外の音楽”という意味が込められてますからね」と続け、「ジャズは元々フュージョン音楽であり、さまざまな音楽要素を吸収して成り立っています。我々の楽曲からもヨーロッパやアジア、アフリカ、南米などさまざまな地域の音楽性を垣間見ることができるはずです」と語った。今回演奏した楽曲の多くは郭俊育(ピアノ)による作曲で、ベルギーの民謡をアレンジした楽曲も含まれているとのことで、伝統音楽・民族音楽とも無縁というわけではない。

メンバーたちは伝統音楽・民族音楽のアーティストたちとのコラボレーションにも前向きだ。テリーは「異なる文化圏の人たちとコラボレーションし、インスピレーションを得るのはいつでも素晴らしいこと」とその意欲を語った。また、“ワールド・ミュージック”という言葉の定義についてはどう思うかと尋ねると、ベーシストの謝宗翰(ZongHan Hsieh/シェ・ゾンハン)は「この世界のさまざまな地域に固有の音があります。なので、大切なのは自分のアイデンティティを定義する、自分だけの音楽を生み出すことだと思います」と答えた。“地域固有の音”を“個人”という、ある意味で文化圏の最小単位にまで縮小して考えているのが印象的だった。


『WMF@T』総括 | 多民族社会・台湾で開催される意義

今回、アーティストたちに投げかけた質問は、「そもそもワールド・ミュージックの定義とは何か」、「文化の保護と革新のバランスをどう取っているのか」といった踏み込んだ内容のものも多かったが、皆自分の考えを流暢に述べていた。

一連のインタビューを通して見えてきたのは、多くのアーティストたちがただ単に音楽を楽しんでいるのではなく、伝えたい想いや経験、価値観があり、音楽をその媒介とみなしている点だ。音楽の才能はもちろん、それを多くのリスナーにシェアする機会にも恵まれた彼らは、その影響力と伴う責任についても意識的である。“ワールド・ミュージック”を冠した本フェスだからこそ、自身の音楽の地域性や文化的アイデンティティについて意識的なアーティストが自ずと集まるし、台湾という多民族が共生し、複雑な歴史を持つ場所で行われることにも大きな意義があると感じた。


【イベント情報】


『2023 世界音樂節@臺灣 (2023 World Music Festival @ Taiwan)』
日程:2023年10月12日(木)〜15日(日)
会場:台北流行音楽中心(Taipei Music Center)
出演:
一青窈 X 桑布伊 X 洪子龍(日本・台湾)
Ohelen X 葉穎(韓国・台湾)
ADG7(韓国)
Balaklava Blues(ウクライナ・カナダ)
Ida Elina(フィンランド)
Pipo Romero(スペイン)
Ohelen(韓国)
王若琳
王宏恩
探戈派對-Musa明馬丁
香氛派對-Cicada
無聲派對-泊人
漂流出口
朱頭皮的新臺語歌運動
葉穎的奇幻世界
油水藝術 X 陳崇青
三個人
謝皓成
Nani(ポルトガル)
Higher Rootz(アフリカ・アメリカ・イギリス・台湾)
裝咖人
畫像五重奏
菩花樂集181(台湾・日本)
震樂堂
戴曉君
打幫你樂團
跑跑機器人
A_Root同根生
自由擊
身聲擊樂團
紅鼻子馬戲團
重擊現實打擊樂團
踢踏電台
巴奇先生
南部鬧事團
春雨
23喜劇

『世界音樂節@臺灣』 オフィシャル・サイト


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