タイのラッパー・MILLIが5月9日(金)に初の単独公演を東京・渋谷eggmanにて開催した。
オーディション番組『THE RAPPER2』で脚光を浴びたことをきっかけに、注目レーベル〈YUPP!〉初の女性アーティストとしてデビューしたMILLI。その後、数々のヒット曲を連発する傍ら、Tilly BirdsやStray KidsのChangbin、F.HERO、Jackson Wangらともコラボ。さらに世界最大級の野外音楽フェス『Coachella』のメインステージへの出演や、BBCが選ぶ「世界で最も影響力のある女性100人」にも選出されるなど、世界的な影響力を持つアーティストとして知られている。
『タイフェスティバル東京 2025』内の有料イベントとして行われた今回の来日公演には日本のビートボクサー/DJ/プロデューサー・SO-SOも登場。満員の会場を大いに沸かせた。本稿では同公演の直前に行ったMILLIへのインタビューをお届けする。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Interpreter:SHIF
Photo by アーティスト提供
「私がラップしたり歌っている、それだけでタイの文化を発信することになる」
――ABEMA TVのドキュメンタリー『my name is』で、自身のルーツにNicki Minajを挙げていました。他に影響を受けたアーティスト、ミュージシャンはいますか?
MILLI:影響を受けたのはKendrick Lamar、Doja Cat、Doechii、Tyler, The Creator……などですね。タイのミュージシャンだったらPolycatやPhum Viphuritも大好き。私はラッパーですが、ヒップホップ以外のいろんなジャンルの音楽を聴いています。
――2020年にリリースした“สุดปัง (Sudpang!)”では「美しさにルールなんてない」というポジティブなメッセージを投げかけています。こういった考えを発信するに至った経緯を教えて下さい。
MILLI:個人的に結構ネガティブ思考なのと、タイの人ってマナーが悪いというか、無神経な人が多いんですよ(笑)。たとえば「あなた美人だね。でも、もっと(肌が)白かったらよかったのにね」というようなことを言われたり。そういう心ない言葉をたくさん投げかけられると、どんどん自分に対する自信がなくなっていくんです。でも、ある日、自分のことを自分自身で愛してあげて、自信を持って、「自分は美人だ」って思うことが大事なんじゃないかって気づきました。
それでこの曲を作りました。最初に書いたリリックはそれまで溜めてきたものを吐き出すような感じで、全部悪口だったんですけど(笑)。最終的に、人はみなそれぞれのスタイルがあって、みんな美しい。自分に自信を持ってほしいというメッセージを込めることにしました。
――“สุดปัง (Sudpang!)”のリリックには《ワタナベアイコ》《ありがとう》という日本語も出てきます。これは一部の日本人リスナーの間でも話題となりました。この言葉の意味を教えてもらえますか?
MILLI:これはタイジョークです(笑)。LGBTQコミュニティ内のスラングで、特に意味はないんです。その前のリリック《สวยแบบตุยเย่(私はヤバいくらい綺麗)》と韻を踏むために入れただけで。もちろん特定の人物のことを指しているわけではありません。
――2022年の『Coachella』でのパフォーマンスや、その後にリリースされた“Mango Sticky Rice”のリリックなどから、自国・タイの文化を世界にアピールするような印象を受けました。自国の文化について、MILLIさんはどのように考えていますか?
MILLI:正直に言うと、『Coachella』で「カオニャオ・マムアン(Mango Sticky Rice)」を食べたことには特別な意味はないんです。打ち合わせのときにアイディアとして出て、「ステージで食べたらおもしろいね!」ってなっただけ。ただ楽しいからやっただけなんです(笑)。
でも、結果としてそれが自国の文化をアピールすることになったのは、とても嬉しく思います。『Coachella』以降、いろんなお店で「カオニャオ・マムアン」が売り切れになったと聞いて、すごく誇らしかったです。
ただ、当時も今も、タイの文化を楽曲やパフォーマンスに入れようと特別意識しているわけではないんです。タイで生まれ育った私がラップしたり歌っている、それだけでタイの文化を発信することになると思うので。
※2022年、米最大級のフェス『Coachella』でのパフォーマンス中にタイの定番スイーツ「カオニャオ・マムアン(Mango Sticky Rice)」を食べたことでも話題に。なお、タイのソロアーティストとして同フェスに出演したのはMILLIが初。
「過去の発言に対する批判は認めるしかない」
――では、“Mango Sticky Rice”はどのようにして生まれた曲なのでしょうか。
MILLI:この曲は私の家族のことを歌っています。タイでは家族全員一緒に暮らすことが一般的なんですけど、家族全員がくっついて暮らしている様子が「もち米(Sticky Rice)」みたいだなって。あと私の家の目の前にはマンゴーの木があって、毎年旬の季節にはそのマンゴーを穫ってみんなで食べるんです。なので、「カオニャオ・マムアン(もち米とマンゴー)」というタイトルの曲を作りました。
――ご自身では意識せずとも、世界で活躍しているMILLIさんを「タイの文化を代表するような存在」として見ている人もいるのではないでしょうか。そういった部分でプレッシャーや責任感などを感じることはありますか?
MILLI:普段生活しているなかではあまりプレッシャーなどは感じません。今でもふらっと市場に行ったり、バイタク(バイクタクシー)に乗ったりして普通の暮らしをしていますし。ただ、ソーシャルメディアやオンライン上ではプレッシャーや責任感を感じることもあります。昔は何も意識せず、好き勝手に投稿していたんですけど、そこで反感を持たれることも少なくなくて。
――批判や否定的な意見とはどのように向き合っていますか?
MILLI:自分の過去の発言に対する批判は、認めるしかないですね。そして同じことを繰り返さないように、発信やSNSでの投稿については慎重になりました。(メディア上では)感情的に発言するのではなく、ちゃんと言葉を選んで発信することが大事だなと。
――音楽活動において「伝えたいこと」と「エンタメ性」をどのように両立していますか?
MILLI:どのアーティストも悩んでるとは思うんですけど、両立するのは簡単ではないですね。自分がやりたいことと、大衆が求めるものが乖離していることも少なくないし。でも、自分の長所は正直なところだと思うので、自分の意見はできるだけストレートに表現しています。みんなに伝わりやすく、できるだけわかりやすく、シンプルに表現することを心がけています。
10年後も綺麗でいるし、ラップも続けている
――近年、世界各地のヒップホップシーンでジェンダー論争が巻き起こっていますが、タイの音楽シーンにおける女性アーティストの立ち位置についてはいかがでしょう。何か思うことはありますか?
MILLI:タイの音楽シーン、特にヒップホップシーンで認めてもらうのは本当に難しいことだなと感じています。自分なりにいろんなアイディアを取り入れたりして頑張ったり、もちろん楽しいこともいっぱいあるんですけど。ただ、そういったなかでも私の音楽を聴いてくれたり、サポートしてくれるファンの方々には本当に感謝しています。
……あと、タイには女性ラッパーがほとんどいないので、そういった点で寂しさも感じます。一緒に切磋琢磨したり、コラボしたり、ときにはビーフをしたり(笑)、そういうことができる仲間がいたらなって思うときもあります。
――DREAMGALSでコラボしたFlower.farとGALCHANIEは数少ない音楽仲間と言える存在ですか?
MILLI:GALCHANIEはたまにラップもするけど、ふたりともどちらかというとシンガーですよね。でも、間違いなく仲間と言える存在です。ふたりにはいつも「私と仲良くしてくれてありがとう」って伝えているんです。彼女たちと出会うまでは本当に寂しかったんです。
――最後に、10年後の自分はどんなアーティストでありたいですか?
MILLI:10年後……私は32歳になっているけど、今よりも綺麗でいるし、もちろんラップも続けている。音楽だけじゃないビジネスにも挑戦したいです。それこそRihannaみたいに実業家としても成功したい。ラッパーとしては半年かけて世界中をツアーで回って、あと半年はお休み、とか。たまに音楽をリリースしない期間も作ったり(笑)。あとはマネージャーや周りのスタッフにもたくさんの給料を払って、関わった人がみんなお金持ちになる、そんな存在になりたい(笑)。
――綺麗にまとめると、「みんなで幸せになりたい」ということですよね(笑)。
MILLI:その通り! あと、グラミーを飛び越してオスカー賞を受賞したい(笑)。何をすればいいのかわからないけど……。でも、今話したことは全部ただの想像なので、本気にはしないでほしいです(笑)。