韓国のミュージシャン・Kim Jeonghoon(キム・ジョンフン)によるソロシューゲイズプロジェクト、Leaveourtearsが7月24日(金)に新作EP『vivid pillow』をリリースした。
インタビューで最初に発せられたのは、意外な一言だった。「シューゲイズをやろう」と決めてやっていたわけではない、というのだ。最初にあったのは、雪の降る夜をひとりで歩いているような抽象的な情景だけ。ジャンル名やカテゴライズは後からついてきた。
近年、韓国ではシューゲイズに特化したフェス『THE FLOOD』が生まれるなど、同ジャンルを取り巻く空気が急速に変わりつつある。ParannoulやAsian Glowといったインターネット発のアーティストを通じて、日本でもその流れは知られはじめている。Leaveourtearsはその渦中にいながら、少し違う立ち位置から音を鳴らす。
Whirrからの影響、天使のアートワーク、Robert Schumannの引用まで。「夢と現実の境目」を描いたというEPを本人の言葉で辿っていくと、そこにもうひとつの境界線が浮かび上がってくる。Kim Jeonghoonというひとりの人間と、Leaveourtearsというプロジェクトの境目だ。
Interview & Text by Kun
Interpreted by Kim Dejong
Photo by アーティスト提供
「音楽は自分なりの戦い方でもある」
——日本にはLeaveourtearsをこれから知る人も多くいると思います。改めて、どんな表現をしているプロジェクトなのか。そして、なぜその表現が「シューゲイズ」という形になったのか、聞かせてください。
Leaveourtears:韓国のシューゲイズミュージシャンのひとりです。ただ、「シューゲイズをやろう」と決めてやっていたわけではないんです。Leaveourtearsのために曲を書いているうちに、後から「これがシューゲイズに分類されるんだ」と知りました。
最初にあったのは、冬に雪が降る中をひとりで歩いている、そんな抽象的なイメージです。そういう音楽を書きたくて始めました。冬が一番好きな季節で、夜によく散歩に出るんですが、雪の中をただ歩いた記憶が、いつもいい思い出として残っているんです。
——「シューゲイズ」と括られること自体は、しっくりきていますか?
Leaveourtears:シューゲイズという評価を受けるのは、とても好きです。メジャーではないジャンルですよね。だからこそ、私自身いろんなマイナーなジャンルを本当に愛している人間として、そう言ってもらえることに意味があると思っています。
——音楽以外にも絵や文章など、風景を表現する手段はいろいろある中で、なぜ「音楽」を選んだのでしょうか。
Leaveourtears:正直、音楽以外で自分を表現する方法がわからなかったんです。鬱のような感情を抱えやすいタイプで、それをどう消化すればいいのかわからず困ってしまうことも多いのですが、音楽を作っているとそういう気持ちがかなり解消されるんです。音楽は自分なりの戦い方でもあると思います。
実は、音楽以外の仕事で彫り師を目指していた時期もありました。足に入っているタトゥーは、自分で練習して入れたものなんですよ。ただ、その準備をしているうちに音楽の方が認められるようになってきたんです。他にはASMR YouTuberにもなろうとしてました(笑)
——影響を受けたアーティストはいらっしゃいますか?
Leaveourtears:影響を受けたアーティストとして挙げたいのはWhirrです。Spotifyでディグっていたときに、アルバム『Distresser』を聴いたのがきっかけでした。ラフでノイジーなサウンドと、ノワール映画とメロドラマの中間のような美学に惹かれたんです。数ヶ月前、東京の代官山でNothingとの対バンで観たライブは、人生で最高のライブでした。
韓国シューゲイズシーン、「天使」というモチーフについて
——韓国では近年、『THE FLOOD』のようなシューゲイズに特化したフェスが開催されていて、Leaveourtearsも出演されますよね。そのラインナップの中でも、日本ではParannoulやAsian Glowといったインターネット発の匿名性の強いアーティストが特に知られています。彼らと共鳴する部分や、逆に「自分たちとは少し違うな」と感じる部分があれば教えてください。
Leaveourtears:同じフェスに出演できることは光栄です。ただ、自分はそれらのアーティストたちとは違う人間ですし、デビューしてまだ日も浅いです。シーンへの理解も十分ではないので、多くを語れる立場ではないと思っています。その上でサウンド面で言うと、彼らはガレージっぽいアプローチでありながら、作り込みと完成度が高い人たちですよね。また、「アマチュアリズム」を上手く活用していると思います。
最近は韓国の大衆的なアーティストの中にも、シューゲイズの要素を取り入れる人が増えてきています。以前参加したポストロック系フェス『Delay Relay』をはじめ、大小さまざまなポストロック、シューゲイズのフェスが生まれているのを見ていると、韓国のシューゲイズの未来はだんだん明るくなってきていると感じています。
——その「アマチュアリズム」は、Leaveourtearsにとっても大事な概念ですか? 最新EPは1stアルバム『soft meltdown』と比べると、明らかに音の解像度が上がっている印象があります。
Leaveourtears:少なくとも1stアルバムでは大事にしていました。Whirrの『Distresser』もアマチュアが作ったようなサウンドで、そこに心を打たれましたから。ただ、その後はウェルメイドな音楽を作り続けたいと思うようになったんです。自分ひとりでミックスを進める中で、もっとクリアで、もっといい音を作りたいという欲求が育っていきました。
1stアルバムの頃は、どんなサウンドがいいのかよくわからないまま、ただ自分の好きなサウンドを再現していただけでした。今は学びを重ねて、ハイファイなミキシングを志向するようになりました。ただ、ハイファイなサウンドを作るのは今回までで、Leaveourtearsは本来のノイジーなスタイルの方が似合うと思っています。今は色々と試行錯誤している段階ですね。
——新作のアートワークにも使われている「天使」というモチーフに、あなたはどんなイメージを持っていますか?
Leaveourtears:(EPに収録されている)“cocoon”の歌詞には青い夜の中で崩れ落ちていく情景が出てくるのですが、それにも通じるような「どこまで落ちていくのか」という感覚をずっと表現したくて、ビジュアルディレクターの友人にも、そのイメージを強く伝えました。
天使をモチーフにしたことに特別な経緯があるわけではないんですが、シューゲイズにおいて視覚的な要素は欠かせないものだと思っています。レザージャケット、コンバース、破れたジーンズというようなシューゲイズの陳腐なイメージにはこだわらず、現実から離れたような視覚的な世界観を見せたかったんです。ちなみに完成したアートワークを見たときは、ドラマ『Doctor Who』(※1)の「Weeping Angel」を連想しました。
※『Doctor Who』:1963年に放送開始したイギリスの長寿SFドラマシリーズ。時空を旅する主人公「ドクター」の冒険を描く。
——天使は本来「堕落」の対極にある存在ですよね。
Leaveourtears:そうです。天使という純粋なものがただただ落ちていく。そういう衝撃のあるイメージを与えたかったんです。
シューゲイザー × クラシックという試み
——『vivid pillow』というタイトルと、4曲という構成について。どんなイメージやストーリーがあったのでしょうか。
Leaveourtears:アルバム名は「鮮やかな夢」のようなイメージで、自分のEP全体の解釈としては、夢と現実の境界です。元々はフルアルバムを準備していたのですが、1stアルバムを超える完成度でまとめるのが難しくて。9〜10曲あったものを絞り込んで、4曲のEPになりました。
それと、シューゲイズにクラシック的な仕掛けを入れる試みってあまりないですよね。それがおもしろいだろうと思って、最後にクラシック曲を引用したいと考えたんです。元々はノルウェーのピアニスト・Ketil Bjørnstad『The Sea』の収録曲を使用したかったのですが、著作権の問題で使えなくて。それでRobert Schumann(ロベルト・シューマン)の“Träumerei(トロイメライ)”を“pure”で引用することになりました。
——シューマンの“トロイメライ”は思い入れのある曲だったのでしょうか。
Leaveourtears:幼い頃に両親が聴かせてくれたクラシックのひとつで、元々よく聴いていた曲です。クラシックを挿入したいと思ったのは、シューゲイズとすごく合うと思ったからで、実際に入れてみたら「あ、なんでこんなに合うんだろう」と感じるほどしっくりきました。
実は“pure”は1日で書いた曲なんです。元々はシューマンの曲を演奏して事前に録音しておいたんですが、リリースするにはあまりよくなくて。アルバムのミキシングを全部終えて、次の日にマスタリングエンジニアに送らなければいけないという段階で、「これは駄目だ」と思って。それで曲を全く新しく書き直して、1日でミキシングまで仕上げました。
多くの人を振り回したと思います。コーラスのShin Yun Suさんにも当日いきなり電話して、「頼む、今すぐやってほしい。今度焼肉奢るから」と(笑)。本当に申し訳なかったんですが、すぐにやってくれたのでこの曲が出来上がりました。クラシックピアノの録音をしてくれたMinseo Kimさんは、私と同じく服がすごく好きなので、「録音する代わりに、俺の服を持っていっていい」と言って呼んだんです。代わりに服を100万ウォン分くらいあげました(笑)。
——EPは1曲目“we need to sink”のピアノのイントロで始まり、最後もまたピアノに戻ってきます。一方的に落ちていくというより、一度落ちてまた帰ってくるようなイメージにも思えました。最初と最後にピアノを配置した意図は?
Leaveourtears:“we need to sink”のイントロが「夢」だとすれば、最後の“pure”で引用した“トロイメライ”に含まれる「追憶」と「憧れ」は、「現実」を表します。EPを最後まで聴くと、ループして1曲目に戻ってくる。その夢と現実の境界の間に自分は落ちていく。その感覚をそのまま“cocoon”という曲で表現しています。
“cocoon”の歌詞について少し話すと……誰しも眠れない夜ってありますよね。眠ろうとして苦戦しているうちに夜が明けて、だんだん明るくなって、部屋が青くなってくる。その憂鬱な朝を、どんどん何かが落ちていくようなイメージで表現したかったんです。
Shin Yun Suとの共作、マイブラの偉大さ
——3曲目“look at me”は、EPの中でも歌詞が短いフレーズに絞り込まれた、とても感情的な曲だと感じました。どんなことを考えながら書いたのでしょうか。
Leaveourtears:去年アジアツアーを回ったときに、自分を本当に苦しめる出来事が次々と重なり、音楽も何もかも辞めたいと思ったんです。でも、誰にも頼ることができなかった。そこから生まれた曲が“look at me”です。
——先ほど名前が挙がったShin Yun Suさんについて教えてください。基本的にひとりで完結させるスタイルの中で、彼女と協業するに至った経緯を教えてください。
Leaveourtears:Yun Suとはとても長い縁があって、お互いの作品によく参加しています。ちなみに、Yun Suのアルバム『Wherever』(2025年)に入っている“tomamu”は、元々は私が書いた曲なんです。元のタイトルは“machida(町田)”でした。(東京の)町田に住んでいる友人がいて、私の1stアルバム『soft meltdown』(2024年)の制作をそこでやっていたんですが、その曲がどうしても気に入らなくて。それで、Yun Suと曲をトレードしたんです。結果、Yun Suが書いた曲が『soft meltdown』に“machida”として入り、自分が書いた曲がYun Suの“tomamu”になりました。
——“cocoon”は、My Bloody Valentineを思わせる激しさを持った曲でもあります。本日もMy Bloody ValentineのTシャツを着ていますね。韓国の『ONE UNIVERSE FESTIVAL 2026』にもヘッドライナーとして出演予定の彼らからは、どのような影響を受けていますか?
Leaveourtears:My Bloody Valentineのヘッドライナー公演について、あるコミュニティで「夏の教会学校に行ったら、隣町にイエス様が降臨した」という比喩表現を見て、それがすごく印象的だったんです(笑)。
東京ガーデンシアターでライブを観たときは、心の中の何かが疼くような気持ちになりました。一番印象に残ったのは『Loveless』収録の“Soon”で、そのときは「なんでこれを聴くの?」と思うくらい単調だなと感じました。でも、聴いているうちに自分が自然とリズムに乗っていたことに気づきました。ギターのトーンも研究したんですが、結論は「これは真似できない」ということでした。改めて、偉大なバンドだと認識しましたね。
「夕日が沈んでいくような情景」──日本の音楽から受けるイメージ
——EP全体について「夢と現実の境目」だとおっしゃっていましたが、実際の制作背景をお聞きして、そこにはKim Jeonghoonという個人の現実のエピソードが色濃く反映されているように感じました。Leaveourtearsというプロジェクトと、Kim Jeonghoon本人の境目は、どこにあるのでしょうか。
Leaveourtears:鋭い質問ですね。元々は、Kim Jeonghoon名義でフォークやアンビエントをやっていたんです。ただ、シューゲイズに触れて間もない頃に出したEP『Miserable of Happiness』(2023年)が、フォークミュージシャンがシューゲイズを真似したような感じになってしまったんです。それを機に、シューゲイズのプロジェクトは「ちゃんと名義を分けよう」と決めました。そこからLeaveourtearsが始動したんです。ただ、もっと歳を重ねてから、フォークやアンビエントをKim Jeonghoon名義でもう一度やってみたいという計画もあります。
——日本のバンドではPasteboardをよく聴いていると公言されていますよね。日本の音楽を聴くと、どんな風景が思い浮かびますか。他に好きなバンドがいれば、合わせて教えてください。
Leaveourtears:日本の音楽には、夕日が沈んでいくような情景がよく描かれている印象があります。コンプレッサーをあまりかけない、ドライでナチュラルな音。聴いていると、いつも仕事帰りの会社員の姿が浮かんでくるような雰囲気を感じるんです。
特に好きなバンドは羅針盤で、“せいか”という曲が好きです。他にはCruyff、cephalo、Modern Jazz War、それからRoly Poly Rag Bearですね。それらを聴くと、胸が締め付けられるような、切ない気持ちになります。
——日本で見たい風景・行ってみたい場所はありますか?
Leaveourtears:町田はもう行き尽くしていて、近くの登戸の川辺をまた散歩しに行きたいですね。他には京都の海辺の町・伊根とか、あと富士山に一回も行ったことないので、いつかは行ってみたいです。
——最後に、日本のファンに何かメッセージをお願いします。
Leaveourtears:とにかく大音量で聴いてほしいです。そして、とにかくギターはローポジションで(笑)。
【リリース情報】

Leaveourtears『vivid pillow』
Release Date:2026.07.24 (Fri.)
Label:Balsin
Tracklist:
1. we need to sink
2. cocoon
3. look at me
4. pure
■Leaveourtears:Instagram















