3月末に台湾・高雄にて音楽フェス『大港開唱 MEGAPORT FESTIVAL』が開催された。
今年で16回目を迎える同フェスは台湾最大級の規模を誇る大型イベントとなっており、毎年日本のアーティストも多数出演している。今年はくるり、WONK、Chilli Beans.、Creepy Nuts、岡崎体育などがラインナップ。もちろんその他にもアジア圏だけでなく世界各国から人気アーティストを招聘している。
そんな同フェス会場にて、ともに台湾の気鋭ラッパーとして支持を得ているGummy Bと楊舒雅(Yang Shuya)にインタビュー。Gummy Bは人気ヒップホップオーディション番組『大嘻哈時代 The Rappers Season2』で脚光を浴び、2023年の台湾インディ音楽の祭典『金音創作獎(Golden Indie Music Awards)』では「Best Live Performance賞」、「Best Hip-hop Song賞」、翌年には同じく注目のラッパー・wannasleepとのユニット・夜間限定で「Best Hip-hop Song」に輝くなど、まさに台湾ヒップホップシーンの最前線を走るラッパーのひとりだ。ボースティングやフレックスではなく、若者の心情や社会的なテーマを繊細に描写するリリックなどが高く評価されている。
一方の楊舒雅は2020年に台湾の植民地抑圧を描いた“華康少女體內份”でデビューして以降、積極的に政治的・社会的なメッセージを発信し続けているラッパーだ。2025年に入って台湾のヒップホップコミュニティで巻き起こったジェンダー論争においても、率先して意見を表明している。
『大港開唱 MEGAPORT FESTIVAL』では同じステージに立ち、共にパフォーマンスを行った両者。今回のインタビューでは短い時間ながらも、自然とお互いの新曲で言及しているジェンダー論争についても話が及んだ。聞き手は長年にわたって台湾の音楽シーンを追っているラジオDJ/コーディネーターの竹内将子。なお、彼女がMCを務める『Asian Breeze』(Date fm エフエム仙台)でも本インタビュー音声がオンエア予定*となっている。
Interview by Masako Takeuchi
Interpreter:柴郡貓 CheshireCat |チェシャ猫
Translation by Nobuko Hoshihara
Text by Takazumi Hosaka
Photo by 出日音樂
*『Asian Breeze』でのオンエア予定日はGummy B – 5月18日(日)、楊舒雅 – 5月25日(日)。共に21:30 – 22:00。Date fm / radikoなら全国どこでも試聴可能


シーンで巻き起こったジェンダー論争に言及する新曲
――それぞれ自己紹介をお願いできますか。
Gummy B:台北で活動しているヒップホップミュージシャンのGummy Bです。レーベル〈夜間限定〉に所属しています。
楊舒雅:ラップミュージッククリエイターの楊舒雅です。
――Gummy Bというアーティスト名の由来を教えて下さい。
Gummy B:昔から小熊グミ(※HARIBO社が販売する熊の形をしたグミ。英語では「Gummy Bears(現在はGold Bears)」、台湾では「小熊軟糖」として知られている)が好きで、アーティスト名を何にするのか思いつかなかったので、このGummy Bearsから取りました。自分は耳なし(ear)なので、Gummy B。ごめんなさい、今のは適当です(笑)。まぁ、そんな感じで出てきた名前です。
――プロフィールによると、台湾大学のバイオインダストリーコミュニケーション開発学科(生物產業傳播暨發展學系)に在籍していたそうですね。この学問に興味があったのですか?
Gummy B:もともとはコミュニケーション学科を専攻したかったのですが、入ってみたら思っていたのとは違うことに気づきました。実は旧・農業改良普及学科なんです。
以前から台大嘻研社(NTU HIPHOP/台湾大学のヒップホップ研究会)に入りたいなと思っていて、ちょうど成績も足りていたので台湾大学に進学することになりました。でも、入ってから大学に在籍してなくても台大嘻研社に入れることを知りました(笑)。
――あなたと同様に、最近は台大嘻研社に入りたくて受験する人もいると聞きました。
Gummy B:自分のやりたいことがわかっているなら、それをやればいいと思います。
――『大嘻哈時代 The Rappers』へ参加したことは、あなたにとってどのような経験になりましたか?
Gummy B:ある意味、私の人生とキャリアを変えたと言えると思います。最初はもちろんラッパーとしてのパフォーマンスとスキルを磨くためだったけれど、それと同時に、これから大衆の前に立つアーティストになるんだということを意識し、どうあるべきかを学んだと思います。
――新曲“WAR & LUV”の制作背景について教えて下さい。
Gummy B:この曲の背景には、少し前に台湾のヒップホップシーンで起きたいろいろな出来事があります。ひとつは、ラッパーのAsiaboy 禁藥王が、あるインフルエンサーへ向けたビーフ。両者がディス曲を発表したんだけど、それがきっかけになって台湾のヒップホップカルチャーにおけるジェンダー問題が浮き彫りになり、ネット上では血で血を洗うような騒ぎが起きたんです。そのときにこの曲を書いて、自分の考えを話すようになりました。みんなができるだけ争わないようにできればいいなと。
■参考記事:台湾ヒップホップ界の女性蔑視に苦言 女性歌手、ジェンダー問題への議論呼びかけ(フォーカス台湾)
嘻哈的涵義 心裡都精熟
不用靠翻譯 不用靠行頭
成為了榜樣 站上了頂樓
靠的是陽剛 也靠的是陰柔
帶著獎項 榮歸故里
過去仰望 的都能觸及
而當你再度 shout out 你的戶籍
別忘了我們都來自母親的肚裡
(編集部訳)
ヒップホップの意味は、心で知ってる
翻訳も着飾りもいらない
今やロールモデルとして頂上に立った
それは男らしさだけじゃなく、女性性の力もあったから
賞を手にして、栄誉を持って故郷へ帰る
昔見上げていたものも、今は手が届く
でももう一度、自分のルーツにShout outするときには
忘れるな、俺たちはみんな母親の腹から生まれたんだ
――「StreetVoice」(台湾発の音楽プラットフォーム。主に若手/インディペンデントのミュージシャンが使用している)で楽曲を発表した理由は?
Gummy B:特別何かあったわけではなくて、ただ「StreetVoice」で長い間曲を発表してなかっただけなんです。あと、この曲はできるだけ早く、タイミングを逃す前に発表したいと思っていて。だから最も簡単かつ迅速なプラットフォームである「StreetVoice」を使用しました。
――“WAR & LUV”を発表して、どのような反響がありましたか?
Gummy B:この件をきっかけに、何人かの人たちとこれらの話題について話し合うようになりました。そして、実は多くの人がこういった問題について話し合いたかったということに気づきました。
もちろん……酷い言い方をすれば、めちゃくちゃなことを言っているバカもたくさんいます。しかし、同時に理性的に対話してくれる人がたくさんいることもわかりました。立場が必ずしも一致するわけではありませんが、多くの場合、コミュニケーションを通じて両者の誤解を解くことができると思います。
「目標はただひとつ、この社会がより良い前進をすること」
――『大港開唱 MEGAPORT FESTIVAL』でのパフォーマンスはいかがでしたか。楊舒雅さんはライブ活動に対してはあまり積極的ではないですよね?
Gummy B:楊舒雅はかなり辛口で、危険(dangerous)です(笑)。今回のような大きなイベントでの出演は久しぶりで、とても楽しかったです。悪くないですね。
楊舒雅:ライブは以前はよくやっていましたが、今はあまりやりません。ただ、最近ではリコール運動の一環でパフォーマンスをすることがあります。
※編注:楊舒雅は『大港開唱 MEGAPORT FESTIVAL』のステージ上でも「音楽は音楽、政治は政治という状況はこれまでなかった。音楽は政治であり、政治は音楽であり、女性は政治であり、身体は政治であり、アイデンティティは政治なのです」と語った。(via. Taiwan News)
――YouTubeチャンネルやStreetVoiceではアーティスト名を「楊舒雅シュー」と表記しています。日本語で「シュー」を付けたのはなぜなのでしょう?
楊舒雅:シューは私の中国語の名前の2番目の字、「舒」を翻訳したものです。
――小学校の先生、音楽、政治参加など、さまざまなことを経験してきたと思いますが、あなたの人生の目標は?
楊舒雅:私が伝えたいことは、どんな仕事をしていても、それは私と社会との対話、橋渡しの道具であるということです。そして、どんな職業に就いていても、目標はただひとつ、この社会がより良い前進をすることです。
――さまざまな分野において、難しいと感じたこと、残念に思ったこと、やりがいを感じたことなど、現在の経験を共有してください。
楊舒雅:例えば、ヒップホップコミュニティではジェンダー問題について議論する人が増えていますが、これは5、6年前の台湾社会では考えられなかったことです。たとえクリエイターの進歩が比較的遅いとしても、観客からのフィードバックによって、クリエイターはジェンダー概念の進歩に間接的に耳を傾けるようになるかもしれません。この歩みはゆっくりかもしれませんが、それでも非常に期待できると思っています。
――2月に発表した“Rule男Free Style”について教えて下さい。この曲にはどのようなメッセージが込められていますか?
楊舒雅:この曲も、先ほどGummy Bが話していたヒップホップのジェンダー論争の流れを受けています。Gummy Bの後にこの曲をリリースしたのは、女性ラップミュージッククリエイターとして私もこの議論についていくつか投稿したのですが、それに対して「あなたの発言はあまりにも非合理的で暴力的だ」と攻撃されたからです。
そこで私は、女性がどんなに平和的で理性的に話しても、「衝動的だ」「感情的だ」と一部の人たちから非難されるのだと感じ、そのような意見に対してラップミュージックで応答しようと思ったのです。
你們說我也可以辱男
我真的辱了
你們會說我雙標
嘻哈劇本殺
信不信這個世界就是這麼簡單
(編集部訳)
あなたたちは(私に)「男を侮辱していい」と言った
だから本当に侮辱した
そしたらあなたたちは「ダブルスタンダードだ」と言う
ヒップホップミステリーゲーム
信じられないかもしれないけれど、世界はそれほどシンプルなものなのだ
――日本のリスナーにメッセージをいただけますか?
楊舒雅:いつか日本に行ってライブをしてみたいです。日本のステージはどのような雰囲気ですか? もちろん言語の違いはありますが、音楽そのものは言語の壁を越えることができると信じています。
また、日本のリスナーのみなさんにも、ここ数年の台湾の国際的な立場にもっと関心を持ってもらいたいです。なぜなら、多くの出来事が台湾の政治に影響を与えているからです。そして、国際社会全体が台湾にさらなる支持と関心を寄せてくれることを願っています。
■Gummy B:Instagram
■楊舒雅:Instagram