今、韓国インディ・シーンが大きな注目を集めている。先日のSay Sue Me、SE SO NEON来日公演に加え、来月にはHyukohの東名阪ツアーの開催も控えるなど、昨年に引き続き今年も韓国アーティストの来日公演ラッシュとなっている。さらに、ライブ会場では物販に彼らの7インチ、12インチ・レコードが多数並ぶのを目にする機会も多く、日本と同様にストリーミングでの音楽消費がメジャーな中においても、そのフィジカル作品の価値というものを改めて考えさせられる。
多くのアーティストを輩出するソウルの芸術大学・弘益大学校を中心とした韓国インディ・カルチャーの発信地、弘大(ホンデ)。その駅近くに店を構えるアナログ・レコード・ショップ・Gimbab Recordsは、国内外の幅広い作品を取り扱う数少ない独立系レコード・ショップのひとつとして運営されている。
また、ソウル最大規模のアナログ・レコードのマーケット・イベント、“ソウル・レコード・フェア”を主催するほか、海外アーティストの来韓公演のオーガナイズも手がけており、これまでにSt. Vincent、Sun Kil Moon、Mac DeMarcoの公演を行うなど、幅広く事業を展開している。
小規模ながらも、国境やジャンル、年代問わず良質な音楽を提供し続けるこのレコード・ショップが、韓国のユース・カルチャーに与えた影響は容易に推し量ることができるだろう。例えるなら、東京のBIG LOVE、大阪のFLAKE RECORDSのような存在と言えるのではないだろうか。HyukohやPalasolなど、世界へと羽ばたいていった弘大出身アーティストの多くも、このレコード・ショップがいち早く紹介してきているのだ。
そんなGimbab Recordsのオーナー、Kim Young Hyeok(キム・ヨンヒョク)にメール・インタビューを敢行。ショップ設立からこれまで取り組んできた事業について、また韓国のアナログ・レコード市場の現状と今後の動向について話を伺った。
Interview & Text by Izumi Gibo
――GimbabRecordsについて設立の経緯、名前の由来や事業を含め紹介をお願いします。
Kim:「Ginbab」というのは私が飼っている猫の名前です。元々はレコード会社で働いていたのですが、その後退職して、当初はレーベル運営やショップ経営をする考えは全然ありませんでした。でも、周囲から「音源を販売してほしい」とお願いされたり、私自身が販売や輸入をしたい音源もあったので、それを実現させるために設立しました。会社の名前を付ける際に思い浮かんだのが、グルグル回るターンテーブルが大好きなウチの猫だったんです。
現在私たちが主に取り組んでいる仕事は、ショップ運営と“ソウル・レコード・フェア”の運営、そして海外ミュージシャンの来韓公演などです。ソウル市内のレコード・ショップがだんだん少なくなっていき、私たちが輸入するようなアルバムを取り扱う所はほぼ全てなくなりました。設立からこれまでの4年間、音楽レーベルの機能はないですが、今後可能になれば国内のインディ・アーティストたちのアルバム制作などを考えています。
――スタッフの中にはアーティストとして活動なさっている方もいらっしゃるそうですが、在籍するスタッフはどのような方々がいらっしゃるのでしょうか?
Kim:社員というよりはアルバイト・スタッフという方が近いですね。最近までプロデューサーでありアーティストであるOtakheeはほぼ5年近くお店で働いていました。弘大を中心に活動中のバンド・Cogasonのボーカル、キム・ウォンジュンも週一でお店に勤務しています。他のスタッフもやはりDJだったりとフリーランスの仕事をしている方が多いです。
――ショップのある麻浦(マポ)区は、弘大を始めインディ・カルチャーの発信地として機能していると思いますが、この地域に出店した狙いは? また、客層は大学生など若い人が多いイメージですが、実際はいかがでしょうか?
Kim:以前勤めていた会社や家は弘大から離れていましたが、大学が弘大近くの街・新村(シンチョン)にあり、当時(90年代)弘大のクラブなどの音楽ヴェニューが大学時代の私や友人たちの溜まり場だったんです。2000年代の初めには、弘大で仲のいい友達たちと「ビハインド」というカフェを運営していました。そのカフェは10年以上営業していたので、当然私もよくこの地域に通っていましたし、その後勤めた会社を辞めてフリーランスとして仕事をしていた時も、主にこの地域の人々と会うことが多かったんです。だから、この場所でGimbab Recordsのショップを始めたのはすごく自然なことだったと思います。おっしゃる通り、客層は20~30代の方が多く、男女比は半々程度です。
――大手企業が経営するレコード・ショップもある中で、独立系レコード・ショップとしての強みというのはどういった点が挙げられると思いますか?
Kim:先程も言った通り、ソウルではレコード・ショップが激減し、現在あるメイン・ストリーム系のお店の多くは大手書店が運営している店舗です。そういった店舗はいわゆる「K-POP」の音源販売に集中しているため、必然的に独立レコード・ショップはそれらとは違う(国外のインディ系の音源を販売する)スタイルを取るしかありません。ソウルには私と同じような趣向のリスナーも少しはいると思うので、独立系レコード・ショップがすぐに淘汰されることはないと思います。強みというよりは、異なる点という感じですね。
――普段、ショップで仕入れる作品はどのように選んでいるのでしょうか?
Kim:私が好きな音楽がほとんどですが、国内外から訪ねてくるお客さんがアルバムをオススメしてくれたり、あるいは店頭販売を求められた作品を参考にしたりしています。中古買取をしていないので、販売する音源は新譜のアルバムであったり、リマスター(再発)作品になります。
――幅広い年代、ジャンルの作品や、日本のアーティストの作品も仕入れていらっしゃいますよね。韓国の音楽市場は欧米を中心としたポップ・フィールドのトレンドを押さえた音楽スタイルが主流で、人気があるというイメージですが、その中で日本の音楽を聴くリスナーはどういった点に魅力を感じていると思われますか?
Kim:当店で扱う日本の音楽を聴く方々は、一般的な音楽リスナーとは異なると思います。私たちが取り扱っている日本の音楽を敢えて説明するなら、すでにインディ系の音楽を聴いていたり、R&B/ソウルのようなジャンルに興味がある人々に引っかかる作品、と言えると思います。国内外で活動するDJやミュージシャンたちが薦めてくれた音楽であったり、自分が好きな音楽をYouTubeやSpotifyのプレイリストで聴いている中で偶然に知る場合もあります。シンセを大々的にフィーチャーしたR&Bであったり、パンク/ニューウェーブやフュージョンなどのジャンルのアーティストが最近多くなったこともあり、たくさんの人々が自然に80年代の日本の音楽に関心を持つようになったのではないでしょうか。例えば、Ned Dohenyのレコードが再発されて、私たちがそれを販売したりレコメンドして、それを聴いた人々が自然に日本のAORやファンクのような音楽に関心を持つという流れですね。
私が知っている日本の音楽の幅もちょうどそこに限定されています。なので、当店で販売している日本の音楽はものすごく限定的と言えますね。先程も言ったとおり中古盤も取り扱っていないですし。ただ、韓国のバンド、チャンギハと顔たち(Kiha & The Faces)のギタリスト・長谷川陽平さんのような、ソウル在住の日本のアーティストたちが選ぶ中古レコードをショップで販売する場合もあります。
――“ソウル・レコード・フェア”はどういった経緯でスタートされたのでしょうか?
Kim:レーベル会社に勤めていた時だったのですが、アメリカで“レコード・ストア・デイ”が開かれているのを見て、ソウルで同様のイベントを開催してみたいと思ったんです。ですが、当時は誰も関心がありませんでした。そこで、ソウルにあるショップやレーベルをひとつの場所に集めて“レコード・フェア”をしてみようと考えたのですが、それまでソウルで同様のイベントが開かれたことは一度もなかったようで、ショップやレーベルの方に話をしてみても「そんなイベントに誰が来るんだ?」という反応でした。
〈Beatball Records〉(ソウルを拠点とするインディ・レーベル。60〜80年代のフォーク、ロック、ソフト・ロックなどのレア盤のリイシューを多数手がけている)の代表であるイ・ボンス(Lee Bongsoo)は、おそらくレコード・フェアに関心を寄せてくれた最初の人物でした。当時〈Beatball〉を含む弘大の3つのレーベルが興味深い公演やイベントを開催する団体「Round & Round」を運営していて。会社を辞めた後は自然にその人たちと共同で“ソウル・レコード・フェア”を主催することになりました。初めは販売者や訪れる観客もレコード・フェアというものに不慣れだったので、もう少し多様なプログラムでイベントを開きました。ライブを企画したり展示をしたり……。
また、販売者を増やすために参加費も極力低く抑えていました。「Round & Round」は会社というより運営団体に近かったので、“ソウル・レコード・フェア”を運営していくなかで赤字も積み重なってきて、そのための融資が必要になったり、最初はとても大変でした。それでも何年かは続けてみようという考えの元、協同運営の形で設立しました。
――毎回多くのレコード・ファンが訪れるこのイベントですが、第一回と比べてみて客層や参加店、企画内容などに変化はありましたか?
Kim:第一回目の開催ではおよそ1500名の方が来場してくれました。多くはないですが、初めて開催したフェアとしては成功だと思いました。昨年は7回目の開催となり、およそ一万名近くの来場数を記録し、かなり成長したと言えるのではないでしょうか。困難も経験し、相変わらず少ない予算でやりくりすることには限界がありますが、変わらず次の開催地を探しています。
レコード・フェア参加者の増加に伴い、市場は少し活性化されているようにも感じていて、そこにやり甲斐を感じています。最初は公演や展示のようなプログラムが中心でしたが、今は参加者が当初の3倍以上に増えたので、マーケットとしての機能がより拡大しています。毎年開催に合わせて販売する限定盤も多様になってきましたし、今ではフェア期間に合わせてレコードやカセットなどをリリースするアーティスト/レーベルも多くなってきて、それを目当てに様々なお客さんが来場してくれるようになりました。今年は中心部(ソウル駅)で初めてイベントを開催することになったので、これまでよりもさらに多くの方々が来てくれるのではないかと期待しています。
――来韓公演について、出演者や開催地、日程などはどのようにして決めているのでしょうか?
Kim:韓国における海外音楽市場の規模はあまりにも小さいので、公演を行える都市はソウル以外にほぼありません。海外アーティストが日本だけ訪れる場合もありますが、アジア・ツアーとして開催しないと実現できない場合がほとんどです。そこで、アジア基盤のエージェントに協力してもらうことも多く、他のアジア都市の公演日程がある程度決定した後で、来韓公演を確定させるという流れがメインですね。
ショップで扱う音楽がメイン・ストリームではないため、ブッキングするアーティストはやはりインディ系が多く、それまでソウルで聴く(観る)ことが難しかったアーティストたちを選ぶことがほとんどです。チケット販売や集客面ではまだまだ大変なことも多いですが、それでもライブを観て、「よかった」という話を誰かがしてくれたり、アーティスト本人がその公演を楽しんでいるのを観ると、やはりやり甲斐を感じますね。
Photo by 안웅철 An Woong Chul
――ソウル市内にプレス工場が13年ぶりに復活したことや、これまでの事業を通して、韓国のレコード市場はこれからどう発展していくと予想しますか?
Kim:“ソウル・レコード・フェア”の初開催時、レーベル関係者やショップ関係者たちから「誰がレコードを買いに来るんだ?」という言葉をたくさん聞きましたが、今ではレコードを買う人々も、レコードを販売する人も増えました。しかし、だからといってレコードを買い求める人々が一般的になったかと問われると、それはまだ「イエス」とは言えません。プレス工場の現状は当初からあまり変わっていないと言えます。ですが、ひとつ確かなことは、レコード愛好家はこれからも少なからず存在するだろうという事実です。このフィジカル・メディアが、特有の魅力や強みを持っていることは明らかです。CDの時代には「レコードは昔のメディア」といった認識がありましたが、新たな世代がこのような先入観を持たないことができたなら、この市場は大きく拡大されなくとも、愛好家たちを魅了し続けることができるのではないかと思います。
――最後にレコード・ショップとしての今後の展望とキムさん自身の今後の展望について教えてください。
Kim:展望と言うほどではないですが、この仕事をこれからも続けることが目標ですね。レーベル会社に勤務していた時に新たな音楽を紹介する無料配布のZINEを作ったことがありましたが、現在韓国に音楽雑誌というものがほぼないので、余力があればショップへ来るお客さんが持ち帰れるような雑誌、ZINEを作ってみたいとも思っています。また、国内には音楽に特化したFMプログラムもほぼないので、やはり余裕があればそのような役割を担うようなラジオ・プログラムを作れたらいいなと考えています
【店舗概要】
Gimbab Records
所在地:Seoul,mapo-gu,dongyo-dong 155-36, 1F
営業時間:14:00~21:00