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INTERVIEW | Kan Sano


「猫」に重ねた親しみやすさと危うさ、アルバム制作を経て辿り着いた「頑張らない頑張り方」

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2026.08.28

Kan Sanoが今年4月、4年ぶりとなるニューアルバム『MOJACAT』をリリースした。UA、関口シンゴ、Maika Loubté、柴田聡子、luv、Kacoという多彩なゲストを迎えた本作は、キャリアで初めて全編をボーカル曲で構成。ジャズやネオソウル、ファンクを自在に行き来するサウンドと、日常のユーモアから孤独や平和へと広がる言葉が、全11曲を貫いている。

2022年にライブ活動を休止し、翌年の自主企画『ただI MA』でステージへ帰ってきたKan Sano。2024年から少しずつライブを重ねながら感覚を取り戻し、『MOJACAT』の制作へ入った。全国7都市を巡るリリースツアーを終えた今、彼はこのアルバムをどのように見つめているのか。長く音楽を続けるための「頑張らない頑張り方」、他者のアイデアに自らの音楽を開くこと、そして作品の背景にあった個人的な喪失について話を聞いた。

Text by Takanori Kuroda
Photo by Ryusei Kashiwakura


「バンドとしてタフになった感覚」――久方ぶりの全国ツアーを経て

――『MOJACAT TOUR』を終えて1カ月ほど経ちました。今はどんなふうに過ごしていますか?

Kan Sano:今年の夏はたまたまライブの予定が少なくて、9月まで少し時間が空いているんです。今はオファーをいただいている制作の仕事と、次の自分のリリースに向けた制作を進めています。最近の日本の夏は本当に暑すぎて、昼間はあまり出かける気にもなれないので、とにかく家で作っていますね。

――全国をしっかり回るツアーは久しぶりだったそうですね。

Kan Sano:コロナ禍前に訪れて以来、7年ぶりくらいになる場所もありました。現地へ直接足を運んで、僕の音楽を聴いてくれている人たちの顔を見られたことが、すごく嬉しかったし、励みになりました。前向きな気持ちになれましたね。

――実際にツアーで演奏してみて、アルバムの曲やバンドにはどんな変化がありましたか?

Kan Sano:今回は制作の段階から、みんなの前で演奏する姿をイメージしながら作った曲が多かったんです。それを実際のステージで形にできたのは嬉しかったですね。会場ごとにお客さんの表情やムードは違うし、バンドも生き物なので、演奏を重ねるほどよくなっていく。特に今回はツアーの途中にパリ公演があって、移動も含めてメンバーと一緒に過ごす時間が増えたことで結束が強くなり、後半はバンドとしてタフになった感覚がありました。

――パリ日本文化会館での公演翌日には、会館前で路上ライブも行いました。

Kan Sano:エッフェル塔が見えるパリの真ん中で、人通りも多かったので、立ち止まって観てくれる人が結構いました。向こうの人たちは曲が終わるとしっかり拍手してくれるので、楽しかったですね。ただ、その頃のパリは前例がないほどの猛暑で、本当に大変でした。古い建物はエアコンを付けられないこともあるみたいで。でも、それも含めていい思い出です。

――ツアーファイナルは地元・金沢。10代の頃に通ったリハーサルスタジオの隣にあるライブハウスで、約20年ぶりに演奏しました。noteには「感傷的になりすぎないようにしたい」と書いていましたが※1、実際はいかがでしたか?

※1参考記事:「4年間」が「MOJACAT」になるまで(note)

Kan Sano:地元でファイナルなのでエモくなるかなと想像していたんですけど、それよりも、ツアーを無事に完走できる充実感や喜びのほうが強かったです。バンドセットのツアーはかなり体力を使うので、今回はツアー前から毎日10分くらい、プランクなどの筋トレを始めました。喉の調子がよくなったり、疲れにくくなったりして、これはやってよかったですね。


「今は音楽が消費されるスピードがあまりにも速い」

――『MOJACAT』は、キャリアで初めて全編をボーカル曲で構成したアルバムです。これは最初から決めていたのでしょうか。

Kan Sano:制作当初から全曲歌モノでいこうと考えていました。これまでは歌モノとインストを混ぜてアルバムを作ってきたんですけど、ライブで演奏すると、どうしても歌モノのほうが注目されがちなんです。僕は歌もインストも両方好きなので、インストの魅力まで歌に手柄を持っていかれるのが癪というか。だからしばらく、歌モノは歌モノ、インストは『Mental Sketch』や別のプロジェクトというふうに、分けてやってみようと思っています。

――noteでは、今後も音楽を続けるために「頑張らない頑張り方」へ移る必要を感じたと書いていました※2。なぜ、そう考えるようになったのでしょうか?

※2参考記事:1. MOJACAT「それから」ができるまで(note)

Kan Sano:今回、制作を始めてからリリースまで1年半くらいあって、そこでわかったことがいろいろありました。今は音楽が消費されるスピードがあまりにも速い。長い時間をかけてすべてを注いで作り込んでも、聴き手は短期間で次の音楽へ移っていくし、僕自身もそういう聴き方になっている部分があります。だから次は、1年以内に1枚作りたいと思っているんです。

僕はThe Beatlesなどのアルバムを聴いて育った世代なので、アルバムというフォーマットへの憧れが強いし、これからも作り続けたい。ただ、あまり力を入れすぎるとしんどくなってしまう。それより毎年コンスタントに作れるほうがいいなと。音楽は僕にとって仕事であり、日常であり、趣味のようなものでもあります。1年の中ではライブより制作をしている時間のほうが圧倒的に長いので、その期間を楽しめないと人生がもったいないんですよね。

――充実した制作期間にするため、具体的に何を変えたいですか?

Kan Sano:ひとりで家にこもって作り続けていると、だんだん鬱々としてくるんです。作詞作曲は考え込まないとできない作業ではあるけれど、たまには人に会ったり、外の空気を取り入れたりして、自分の中でのハードルをもう少し下げたい。最近は複数のプロジェクトを同時に進めるほうが、自分には合っているのかもしれないと思っています。ひとつが行き詰まったら別の作業に移り、少し逃げてからまた戻ってくる。ライブや別の仕事も、結果的にいい気分転換になるんです。

――タイトルの「MOJA」は、ベンガル語で「おいしい」「楽しい」「素晴らしい」といった意味を持つそうですね。そこに「CAT」を組み合わせたタイトルには、「最高のポップス」というイメージが込められている。Kanさんにとって、猫はなぜ理想のポップスなのでしょう?

Kan Sano:猫は人のすぐそばにいる身近な動物だけど、野生的な凶暴性も残している。人懐っこいのに、急に引っかいてきたり、気分が変わって遠くへ行ったりする。その親しみやすさと危うさが共存している音楽が、僕にとっての理想なんです。90年代のUAさんやCharaさんの音楽にも、そういうものを感じていました。

あとは、新しい音楽への入り口になること。僕自身、10代の頃にポップスをきっかけにいろいろな音楽を聴くようになったので、僕の音楽からジャズやピアノの音楽に興味を持ってくれる人がいたら嬉しい。間口は広いけれど、奥は深いというのが理想ですね。

――歌詞には、意味を簡単には説明できない言葉も混ざっています。“Coffee Break feat. 関口シンゴ”の《優しすぎる毒》も、明確には説明できないけれど、しっくりきた言葉だそうですね。こうした、感覚から生まれる言葉をどのように捉えていますか?

Kan Sano:歌詞には、「これはこういう意味です」と説明できる部分と、感覚で書いている部分がごちゃ混ぜになっています。歌詞って本当に不思議で、メロディが付くことで、何でもない言葉に意味が生まれることがある。歌い始めて10年以上経ちますけど、いまだに毎回驚きますね。僕自身、そういう音楽が好きでずっと聴いてきました。


「僕の身体に染みついている声」――長年の夢であったUAとのコラボ

――ここからは曲ごとに伺っていきます。“ユートピア feat. UA”では、UAさんのソウルフルでファンキーな側面が強く出ています。UAさんのどんな魅力を引き出そうとしたのでしょうか?

Kan Sano:10年くらい前にUAさんのツアーサポートをして、たくさんの曲を一緒に演奏しました。もともと10代の頃から、ファンとしてUAさんの音楽を聴いてきた。得意な音域やフレーズ、どの辺りを歌うとどんな声になるかまでイメージできるくらい、僕の身体に染みついている声なんです。90年代の“情熱”や“甘い運命”で聴ける、ソウルフルでファンキー、かつグルーヴィーな魅力を引き出したいと思って作りました。

実際に一緒に作って驚いたのは、人が書いたメロディを自分のものにするまでがすごく早いこと。UAさんは、さまざまなプロデューサーが書いたメロディに自分で歌詞を乗せて歌ってきた方なので、どんなメロディでもUAさんのものにしてしまう強さがありました。

――“White Out feat. Maika Loubté & 柴田聡子”は、Kanさんが作ったベーシックをMaikaさんが大胆に解体し、再構築した曲です。3人で制作したことで、どんな曲になったと感じていますか?

Kan Sano:ベーシックは僕が作ったんですけど、それをMaikaさんが一度解体して再構築してくれたことで、僕っぽくもMaikaさんっぽくもある、自分ひとりでは作れない曲になりました。歌詞のコンセプトもMaikaさんが考えてくれて、夜のドライブを舞台にしたストーリーを共有してくれたんです。Maikaさんのパート以外は空白になっていて、僕と柴田さんがパズルを埋めるように書いていきました。

Maikaさんがシンセを足したことでドリーミーな雰囲気が増した一方、ベースとドラムはよりヘビーになりました。スタッフとは「ハードボイルドな人見知りたちの曲だね」と話していました。僕はアレンジャーの性として、つい音を足したくなる。でも、ミックスやマスタリングまで考えれば、音は少ないほうがいいはずなんです。Maikaさんは不要なところをばっさり切れる。その判断力がすごいと思いました。彼女の音楽や人柄を知っていたので不安はなく、どうなるか分からないスリルのほうが大きかったですね。

――“Stuck In My Mind”の「君」は、恋人というより、更新され続けるアーティストや「推し」のようにも聴こえます。具体的なイメージがあったのでしょうか?

Kan Sano:まさに推しの歌です。特定の誰かを推しているわけではないんですけど、推しとファンの関係性をイメージして書きました。僕の中では、TWICEのMOMOさんが何となく浮かんでいましたね。

ここ数年はK-POPにかなりハマっていて、知り合いに連れられてIVEのコンサートにも行きました。SNSにはアイドルのダンス動画が流れてくる一方で、推し文化やアイドル産業には危うさもある。僕が尊敬するプロデューサーが「アイドル産業は依存ビジネスだ」と話していて、本当にそうだと思うし、それでも僕はK-POPを楽しんでいる。その矛盾があります。僕自身も表に立つ人間で、僕を推してくれる人が多少なりともいる。ステージに立つと、推しがいることの素晴らしさと、推してくれる人がいることの素晴らしさ、その両方を実感します。だから簡単には否定できないんですよね。

サウンド面では、昔から好きなRoy Ayersの“Everybody Loves the Sunshine”をライブで演奏していたときのアレンジがベースになっています。ここ数年、バンドでライブをする中で生まれたグルーヴやサウンドを、アルバムへ逆輸入した形ですね。


「(音楽を)やめても全然よかったと思うんです」

――アルバムの中央に置かれた“Window”は、ピアノと歌を中心にした静かな曲です。《オリーブ畑で遊んで寝転んで/小さな手 友だちも連れてきて》という歌詞は、どんな情景から生まれたのでしょうか?

Kan Sano:パレスチナの子どもたちをイメージして作った曲です。ガザの子どもたちを支援している団体のInstagramをフォローしていて、食料を必要としている子どもたちの映像などをよく目にしていて。僕はパレスチナへ行ったことはありませんが、そこで過ごす子どもたちを想像しながら書きました。歌詞には、あまりはっきりとは書いていませんけどね。

ライブで弾き語りをする機会も多いので、ピアノと歌だけの曲を1曲入れたいとは最初から考えていました。アルバムで唯一クリックを使わず、ピアノを弾きながら歌も同時に録っています。イントロのフィールドレコーディングは近所の公園で録ったものです。

――唱歌や童謡のような懐かしさも感じます。Kanさんのどんなルーツが反映されているのでしょうか?

Kan Sano:古い日本の童謡や唱歌がすごく好きなんです。“故郷”や“赤とんぼ”とか。そこは強く意識したわけではないけれど、メロディや歌い方に自然と反映されていると思います。

ちなみに、この曲はNHK夜ドラ『ミッドナイトタクシー』の劇中でも使ってもらいました。自分が作った意図とは異なる文脈でドラマの世界観の一部になり、自分の作ったものが羽ばたいていったような感覚がありましたね。

――“それから”では《頑張るだけが別に正義じゃない/続ける、やめる、どっちも万歳》と歌っています。活動を続けることを選んだKanさんが、“やめること”も肯定したのはなぜでしょう?

Kan Sano:“それから”はアルバムで最初に作った曲で、ライブ活動を再開してから初めて作った曲でもあります。自分の中で分岐点にいて、「これからどうしていくのか」をかなり考えていた時期でした。

僕は音楽を続けることを選びましたけど、やめても全然よかったと思うんです。周りに同じような人がいたら、続けることも祝福したいし、やめて何もしないことや、違うことを始めることも祝福したい。活動を休むまでは、音楽はずっと続けるものだと当たり前のように思っていたけれど、休止中は今後の人生について、初めてリアルな問題として考えました。そのときのムードがかなり反映されていますね。

――シリアスな内容を歌いながら、サウンドや言葉遣いには軽やかさとユーモアがあります。こうしたコントラストは意識していますか?

Kan Sano:サウンドと言葉のコントラストや対比は、僕が好きなアプローチです。人間には常に多面性があると思うので、ひとつの角度だけではなく、複数の面を見せられたらいいなと思っています。

――“With Love feat. luv”は、初めてバンドそのものをフィーチャーした曲です。メンバーの演奏やアイデアによって、どんな変化が生まれましたか?

Kan Sano:luvが演奏する姿をイメージしてデモを作り、それをベースにみんなに演奏してもらいました。レコーディングの一週間ほど前にスタジオへ入ったんですけど、演奏を重ねるたびにどんどんよくなっていく。Hiynくんのボーカルスタイルと言葉のセンスが、曲のエネルギーやスピード感に大きく影響したと思います。

途中のDJスクラッチも、「DJならスクラッチがいいよね」くらいの気持ちでお願いしたのですが、普段はluvの曲であまりスクラッチをしないそうなんです。それでもすぐに対応してくれた。ドラムとベースを相手に任せることも、僕にとっては初めての経験でした。ずっとひとりで作って完結するスタイルだったからこそ、自分では想像できないものや偶然性、自分の外にあるアイデアを取り入れたかったんです。“White Out”や“With Love”では、それができたと思います。

――関口シンゴさんとの“Coffee Break”も、相手を想像することから生まれた曲です。関口さんのギターから、どんな風景や言葉が浮かびましたか?

Kan Sano:セッキーのギターをイメージすると、ハートフルな気持ちになるというか、日常の中に幸せを見つけるような歌詞を連想しやすいんです。それで自然とあの曲になりました。僕らには、ネオソウル特有のフレージングやアーティキュレーション、音の表情の付け方が共通言語としてある。その共通言語を形にしたくて、ギターとピアノがユニゾンするソロを作りました。彼のギターを思い浮かべることで、今までとは違うメロディや言葉が出てきた。作曲自体は僕ひとりでも、これもコラボレーションと言っていいんじゃないかと思っています。


「自分がたとえ少数派だったとしても、同じように感じている人は絶対にいる」

――作品が自分の手を離れ、ツアーでさまざまな人に届いた今、『MOJACAT』はKanさんに何を残したと思いますか?

Kan Sano:アルバムを作っている時間は僕の人生の大部分を占めているので、必然的に人生の一部になります。制作していたときに感じていたことや、考えていたことがかなり詰め込まれている。後から振り返ったときに、「この時、頑張って生きていたんだな」と思える作品になっているはずです。

さっき、猫は理想のポップスのイメージに近いと話しましたけど、実家には猫が3匹いて、去年と今年に続けて亡くなってしまったんです。少し前まで一緒に過ごしていた猫が、次に実家へ帰るともういない。そういう個人的な出来事もジャケットや作品に入っています。自分の音の好みやこだわりと、私生活での感情や出来事が重なった、パーソナルなアルバムだと思います。

――僕も2年前に飼っていた犬を亡くしていて、そのことを思い出しながら聴いていました。『MOJACAT』には、喪失と再生のようなものを感じます。Kanさんのパーソナルな感情が、聴き手それぞれの記憶や感情にも触れる作品になっているのではないでしょうか。

Kan Sano:ありがとうございます。僕は、自分が感じていることがたとえ少数派だったとしても、同じように感じている人は世の中に絶対にいると思っているんです。自分の音楽にどれくらい大衆性があるかは分からないけれど、必ず感じ取ってくれる人がいると信じています。

もちろん、このアルバムがすべての人に刺さるとは思っていません。人それぞれ人生のフェーズも年齢も、今考えていることも違う。でも、人生のどこかのタイミングで、この作品を必要としてキャッチしてくれる。そういうアルバムになったらいいなと思います。


【リリース情報】


Kan Sano 『MOJACAT』
Release Date:2026.04.22 (Wed.)
Label:origami PRODUCTIONS
Tracklist:
1. Romantics in A Flat Major
2. ユートピア feat. UA
3. Coffee Break feat. 関口シンゴ
4. White Out feat. Maika Loubté & 柴田聡子
5. Stuck In My Mind
6. Window
7. それから
8. With Love feat. luv
9. OK (is not OK)
10. Deja Vu In Taipei feat. Kaco
11. Dreaming About You

※CD、ストリーミング & ダウンロード

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