FEATURE

INTERVIEW | Samm Henshaw


UKソウルシンガーが実践する加速社会への抵抗、再提案する音楽の楽しみ方

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2026.01.09

買ったばかりのレコードを再生する。まず飛び込んでくるのはゴスペルのようなコーラス、続いて生演奏のギターやドラムなどのヴィンテージなサウンド。そしてその演奏と同じくらい「熟成された」ソウルフルな歌声が聴こえてくる。ソウル好きにとっては至福の時間のスタートだ。

ここで再生しているのがディグってきた中古レコードならばレコード愛好家の日常の一コマなのだが、配信に先駆けてレコードでリリースされた新譜となると話は少し変わってくる。ストリーミングで音楽を聴くことが当たり前となった昨今、そんな一種の「古き良き時代」のリスニング体験を優先させた作品が、UKが生んだ名ソウルシンガー・Samm Henshawによるニューアルバム『It Could Be Worse』だ。音楽性も先述したように1970年代を思わせるオーガニックなヴィンテージソウル系で、前作アルバム『Untidy Soul』(2022年)でのヒップホップなどの要素を取り入れたスタイルとはかなり異なるもの。2015年にEP『The Sound Experiment』をリリースしてキャリアを本格的に進めて10年、新しい音楽に進化するのではなくソウルのディープな魅力へと深化する境地に辿り着いたのである。まさにレコードで聴くのが「正しい」と思えるような作品だ。

さらに、リリース前にはNYやロンドン、東京など様々な会場でリスニングパーティを実施。当日の映像をVlogなどでアップすることもしない、実際に現地へと足を運んだ人のみが楽しめる取り組みだ。サウンド、リリース形態、プロモーション方法……ありとあらゆる面で、Samm Henshawの「古き良き時代」への思いが感じられる。このユニークなプロジェクトやここ10年の歩みなどについての「生の声」を聞くべく、Samm Henshawが昨年12月に来日した際にインタビュー。10年間での変化やシーンとの関わり、アルバム制作などについて語ってもらった。

Interview by アボかど, Takazumi Hosaka
Text by アボかど
Interpreter:Hitomi Watase
Photo by Jasmijn van Buytene
, Timi Akindele Ajani, Bardha Krasniqi


「変わらないように」意識して過ごした10年間

――あなたがデビューしてから10年が経ちました。この期間でご自身が成長したと思う部分、逆に変わっていない部分について教えてください。

Samm Henshaw:成長した部分は、単純に人生経験だと思います。学んだこと、見聞きしたこと、全ての経験はアートに影響します。「アートは人生を模倣する」という言葉がありますよね。いいことでも悪いことでも、学んだこと、経験したことの全てが作品に反映されます。

――変わってないと感じる部分はありますか?

Samm Henshaw:変わっていない部分は、おそらく周りにいる人たちだと思います。自分を地に足の着いた状態に保ってくれて、常に正しい心持ちでいられるよう支えてくれる。素晴らしい、信じられないような経験をさせてもらいつつ、同時にある程度の「普通の生活」を保てるよう意識してきたので、私の人生はそんなに変わっていません。

――ミュージシャンという職業には煌びやかで派手なイメージもありますが、「普通の生活」を保とうとするのはなぜですか? あなたがそのような考え方に至った経緯を教えてください。

Samm Henshaw:自分は幸運にも、ある程度の人生経験を積んだ年齢で音楽業界に入ることができました。その段階で、すでに自分の望むライフスタイルが形になっていて、それを維持したいと思ったんです。今の時代、みんな有名になりたがっているし、スポットライトや派手さには魅力がありますが……それは持続可能だとは思いません。ひとりの人間にあまりにも多くの称賛や注目が集まるのも、よくないと思います。人を狂わせかねない。幸い、自分の周りには止めてくれる人たちがいて、そういうものを見て学ぶ機会もあったので、「それを追い求めるのはやめて、すでに持っているものを大事にしよう」と思えたんです。

――この10年の中で、キャリアのピークだと感じた瞬間や最も印象的な出来事、もしくは転機などはありますか?

Samm Henshaw:逃げの回答みたいに聞こえるかもしれませんが、本当にキャリア全体がハイライトだと思っています。10年経った今でも活動できていること、東京を含め世界中どこへ行っても人が来てくれること……ひとつを選ぶなんてできません。全部に感謝しています。


UKソウルシーンとの距離、USアーティストとの共演

――2000年代以降、Estelle、Amy Winehouse、Adeleなど、英国から多くの人気ソウルシンガーが登場しました。あなたもそういったアーティストたちから影響を受けていると思いますか?

Samm Henshaw:実は自分は、UKソウルを愛聴して育ったわけではないんです。しっかり聴くようになったのは10代の後半くらいから。もちろんEstelle、Amy Winehouse、Adele、Lemarなどは知っていますが……自分はどちらかというと、Marvin GayeやOtis Redding、Stevie Wonderといったアメリカのソウルシンガーを聴いて育ちました。それに、教会で育ったのでゴスペルの影響も大きかった。ソウルはゴスペルなしには語れませんから。

――近年活躍するCleo SolやLittle Simzのように、どこかヴィンテージ感のある音楽を作るUKアーティストには共感しますか?

Samm Henshaw:強く共感しますし、感謝しています。彼女たちのようなアーティストの活躍によって、自分のような音楽も受け入れられやすくなる。Olivia Deanもそうですね。とても重要な存在だと思います。

――では、自分がUKソウルのシーンに属しているとは思いますか?

Samm Henshaw:自分はUK出身なので、ある意味ではそう思います。ただ、他の人たちの会話に自分がそこまで挙がるとは思いません。ただ必要としてくれる場所に行くだけです。自分がやるべきことを続けるだけなので、それで問題ありません。

――これまでのコラボレーターにはアメリカのアーティストが多いですよね。特に2019年のシングル“Church”でEarthGangを迎えたあたりから増えていった印象があります。環境や考え方の変化があって、そうしたコラボに繋がったのでしょうか。

Samm Henshaw:当時の業界の空気として、すごく自然な流れだったと思います。コラボというのは魅力的なもので、多くの人にとっては一種の「通貨」のような価値もある。自分の好きなアーティスト同士が一緒に作品を作るのを見たい、という欲求がありますから。当時はもちろん、今でも一般的なやり方ですよね。

ただ、私は必然性がないと、そういうことはあまりやりたくないんです。“Church”に関しては、作曲段階から「誰かをフィーチャーしたい」という明確な意図がありました。そして、デモ音源をEarthGangに渡してみたら、完璧にハマった。最終的にあの形がいちばん筋が通っていた、ということです。

――2016年にはChance the Rapperのサポートアクトを務めました。彼から学んだことは何かありますか?

Samm Henshaw:自分にとっては、ビジネスの進め方、ステージでの立ち振る舞い、観客の動かし方など、細かい部分を学んだ経験でした。大きなことというより、細部から多くを学んだという感じです。彼と一緒に過ごし、話せたこともいい経験でした。


アルバムを「アルバムとして」聴いてほしい

――新作『It Could Be Worse』についてお伺いします。なぜ配信より先にレコードでリリースしたのでしょうか。

Samm Henshaw:いくつか理由があります。まず、アルバムを「アルバムとして」聴いてほしかったからです。最初から最後まで通して聴いてほしい。プレイリストに入れたり、シャッフルしたりせずに。私たちがこの作品を作ったやり方──みんなで部屋に集まり、その場で音を合わせる──と同じように聴いてほしいんです。

もうひとつは、ストリーミングという仕組みがアーティストやプロデューサー、作家を搾取しているように感じられるから。時間も労力もかけて作品を作っているのに、適正なリターンが得られない。だから、他にも音楽の聴き方はあるんだということを伝えたかった。それを「思い出させるため」でもありました。

――『It Could Be Worse』(=悪くない/もっと悪い状況になっていた可能性もある)というタイトルはどのようにして生まれたのでしょうか。

Samm Henshaw:実はアルバムをリリースする前に、父からも同じことを聞かれたんです。彼は「(このタイトルは)ネガティヴに聞こえるけど、実はポジティヴだよね」とも言ってくれました。

……ある朝スタジオに行く前に、ふとこのフレーズが頭の中で何度も繰り返されたんです。この言葉は多くの質問を投げかけるけど、同時に答えにもなっている。「悪いことがあったんだろうな」と思わせつつ、「でも、この人はそれを前向きに捉えている」と感じさせる。その感じが気に入ったんです。人生経験、悲しい出来事、様々なことがあったからこそ生まれた言葉です。「どうなるかわからない」と不安になり、向き合うのが怖いこともあったけれど、乗り越えてみると「ああ、そんなに悪くなかった。もっと悪いこともあり得た」と思える。それこそストリーミングやレーベル、会社との経験にも通じています。それもこのタイトルに込めた意味のひとつです。

――アートワークも、そのタイトルに込められた思いを表しているのでしょうか。

Samm Henshaw:聴く人が自分なりのストーリーや状況を想像できるようなものにしたかったんです。タイトルやアートワークを見て、「何が起きたのか」自分で組み立ててほしい。まるで探偵が現場に残された手がかりから出来事を推理するように。


「他のやり方では作れない」と強く感じた

――アルバム制作プロセスについて教えてください。最初からコンセプトやテーマを考えていたのでしょうか。

Samm Henshaw:最初に「どんな音にしたいか」はありました。自分のプロセスはいつも、「どんな気持ちになりたいか」から始まるんです。コンセプトを追いかけたわけではなく、感じたい「気分」を追っていた。その中で自然にいろんなものが見つかっていきました。

――アルバムで表現したかった「感情」や「気分」を、言葉で説明するのは難しいですか?

Samm Henshaw:ちょっと難しいですね……でも、試してみます。自分はそれを「色」として感じていて、メインはブラウン。そこにグリーンもテーマの一部として入ってきた。というのも、どこか「土」っぽい、自然でオーガニックな感触があったからです。それはつまり、「生の楽器演奏」を意味していて……過去に作ってきたような「マシンベースのアルバム」とは違うものでした。これまでのサウンドには感謝していますが、今回のアルバムで感じたのは、とてもオーガニックで、リッチで、ウォームで、そして強く「アーシー(大地的)」な質感だったんです。

――では、今回のアルバムでは全ての音が楽器で演奏されている?

Samm Henshaw:はい。アルバムで聴こえる全ての音は、誰かが実際に弾いています。ずっとそういうアルバムを作りたいと思っていたんですけど、これまでは予算だったり、いろんな理由で実現しなかった。でも、今回は「他のやり方では作れない」と強く感じたんです。

――2024年の夏にはEP『Someone Somewhere』をリリースしています。今回のアルバム制作はその後すぐに始めたのですか?

Samm Henshaw:そうですね。EPのプロモーション中にはすでに曲を書き始めていました。そのときは、それが次のアルバムになるとは思っていませんでしたが。しばらく曲を書いていなかったので、感覚を探るためでもありました。その時期に作った3~4曲で手応えを感じて、その後ツアーを挟み、2025年に入って大部分を書き上げて録音しました。4月からの約2ヶ月で制作を終えました。本当に早かったです。あんなスピードで制作したのは初めてでしたが、最高でしたね。

――レコーディングもマスタリングもLAで行ったと伺いました。

Samm Henshaw:LAで作詞・録音・マスタリングまで行いました。プロデューサーが向こうに住んでいるので、私が行くほうが楽だし、自宅から敢えて離れることで、効率が上がるんです。シンプルに集中できるし、邪魔するものも少ない。「やるべきことをやる」しかなくなる。なので、自宅ではない場所で曲を書いたり、レコーディングするほうが好きなんです。


プロデューサーやコラボレーターの助力

――プロデューサーのJosh Grantについて教えてください。彼はどのような人物で、今作ではどのような役割を果たしましたか?

Samm Henshaw:Joshは天才だと思います。彼自身は絶対に言わないと思いますが、彼と働いた人、彼をよく知っている人はみんな同じことを言うと思う。彼の音楽知識は本当にすごい。作曲でも、歌でも、アイディアでも、何でも、常に人のベストを引き出そうとしてくれる。とにかく「最高のもの」にしようとするんです。そして、新しいことに挑戦させようともしてくれる。

このアルバムを「ヴァイナル(レコード)先行で出す」というアイディアも、彼がいなければ実行しなかったと思います。以前からあったアイディアですが、なかなか決断できなかったんです。しかも、それを私から言い出したのではなく、彼が突然「ヴァイナルで先に出すべきだ」と言ってくれたんです。だから、私は「ああ、じゃあやるよ」って。

私はキャリアのほぼ10年間をJoshと一緒に歩んできました。私が新しい場所に行きたいと思ったとき、彼は必ず「そこへ導く」準備ができている。本当に素晴らしい人です。

――今作にはLeven KaliとChloe Georgeが参加していますよね。

Samm Henshaw:Levenのことはずっと前から知っていて、彼は素晴らしいミュージシャン、プロデューサー、ソングライターです。幸運なことに何らかの縁で彼と繋がっていて、スタジオに呼ぶことができました。最初に一緒に作った曲が、アルバムの1曲目“Don’t Give It Up”です。

Chloe Georgeは、私のマネージャーが以前一緒に仕事をしたことがあって、彼が彼女を勧めてくれたんです。私が今回興味を持っていたのは、「作詞作曲を大切にしている人」と一緒に作ることでした。なので、彼女との作業もとてもスムーズで、美しい時間でした。最初に一緒に作った曲は“Find My Love”。2曲目は、シングルカットされた“Float”です。

――Levenと作った“Don’t Give It Up”は、アルバム本編最後の“Tangerine”と繋がっているようにも感じました。どちらもゴスペル的なコール & レスポンスがあり、主題も近い気がします。

Samm Henshaw:よく「このアルバムで何を受け取ってほしい?」と聞かれるんですが、私は「強く始まり、強く終わる」ことがいつも大事だと思っています。だから今回も、アルバムを聴き終えた人に何らかの「励まし」を残したかった。もし最初と最後の曲だけ覚えていたとしても、背中を押してくれて、気持ちを持ち上げてくれる。聴き終えたとき、希望を感じてほしいと思ったんです。アルバムのタイトルにも、その「希望」が込められています。


今の私たちは消費しているのに、何も消化していない

――アルバムのリリースに先立ち、東京やLA、NY、ロンドンでリスニングパーティが行われました。その狙いを教えてください。

Samm Henshaw:いい質問です。このアルバムで私にとって最も大事なポイントは、「アルバムであること」なんです。私たちは今、テクノロジーやデジタルにすごく囚われています。だから一度そこから離れて、音楽を「意図的に」体験してほしい。今の私たちは消費しているのに、何も消化していない。だから、この瞬間瞬間をちゃんと感じてほしいし、それが記憶にもなってほしい。例えば「このアルバムを初めて聴いたとき、どこにいた?」「リスニングパーティで、みんなと一緒に聴いたんだ」。そんな風に、人々に経験を与えたかったんです。ワクワクできる、語りたくなる何かを。

東京で行われたリスニングパーティの様子

――サウンドやリリース形態、イベントまで一貫したものがあるんですね。最後の質問です。あなたのように健康的で、持続可能なキャリアを目指す若いミュージシャンにアドバイスするとしたら、どのような言葉を投げかけますか?

Samm Henshaw:正しい人たち、いい人たちに囲まれることが重要です。そして、自分がなぜこの道を進むのかを忘れないこと、人を正しく扱うことも大切です。それから、「なぜやるのか」を常に意識して、その理由に対して正直でいること。今回アルバムを作ったことで、私はまた音楽を好きになれた。「ああ、本当に音楽が好きだ。作ることが好きなんだ」と思い出せたんです。大変な瞬間もあるけど、「なぜそれをやるのか」に立ち返れたら、それが一番大事だと思います。それが全てですね。


【イベント情報】


『SAMM HENSHAW PRESENTS: “IT COULD BE WORSE”』
2026年1月27日(火)東京 EX THEATER ROPPONGI
2026年1月28日(水)愛知 NAGOYA CLUB QUATTRO
2026年1月29日(木)大阪 BIGCAT

お問い合わせ:
東京 – キョードー東京 0570-550-799(平日 11:00〜18:00・土日祝 10:00〜18:00)
名古屋 – キョードー東海 052-972-7466(月〜金 12:00〜18:00 土 10:00〜13:00 ※日曜・祝日は休業)
大阪 – キョードーインフォメーション 0570-200-888(12:00〜17:00 ※土日祝休業)

公演詳細


【リリース情報】


Samm Henshaw 『It Could Be Worse』
Release Date:2025.12.05 (Fri.)*
Label:Dorm Seven / ASTERI ENTERTAINMENT
Tracklist:
1. Don’t Give It Up
2. Closer
3. Wait Forever
4. Float
5. Sun and Moon
6. Stay on the Move
7. Hair Down
8. Don’t Break My Heart
9. Get Back
10. Heavy Measures
11. Tangerine

*Digital:2026年1月19日(月)

Samm Henshaw オフィシャルサイト


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