マレーシア発の3人組バンド・babychairが6月29日(日)に東京・新宿 東急歌舞伎町タワー「KABUKICHO TOWER STAGE」にて開催された『TOKYO PLAYGROUND #1』に出演。そしてその翌日に東京・青山 月見ル君想フにて2年ぶりの来日公演を開催した。
チルなヴァイブスを湛えたシンセポップを軸に、艷やかな色気を感じさせるボーカル、そしてエバーグリーンなメロディを奏でるbabychair。そのバックグラウンドにはクラシックなソウルやR&Bの影響も感じられる。そのキャッチーな楽曲は中華圏の若者を中心に高い支持を獲得し、今やアジア大都市ツアーを行うまでの成長を果たした。
Spincoasterではbabychairの3人にインタビューを敢行。コロナ禍の結成からこれまでの歩み、母国・マレーシアの音楽シーンに対しての思いなどを存分に語ってもらった。
なお、今回babychairが出演した『TOKYO PLAYGROUND』は早くも2回目の開催が決定している。次回はタイの3人組バンド・KIKIが国内の気鋭バントと共演するので、こちらも合わせてチェックを。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Interpreted by Hayato Hidaka
Photo by Rintaro Miyawaki
それぞれの出会いとバックグラウンド
――『TOKYO PLAYGROUND』でのライブはいかがでしたか? スタッフから体調がすぐれなかった聞きました。
Sean(Vo.):実はメンタル面が不調で、今は回復に向かっています。ステージではしっかりとコントロールして、曲をきちんと届けられたと思います。
ライブはとてもよかったです。お客さんがとても温かくて、少しミスしてもすごくポジティブな反応で励ましてくれました(笑)。
Aaron(Dr., Ba., Gt.):Seanの状態が少し心配だったけど、演奏自体は全然問題なく行えました。最初の2曲くらいは様子を伺いながら、という感じでしたが、その後はとてもスムーズに進行できたかなと。
Young(Key., Synth):最初はちょっとスローに始まりましたが、テンポを上げていくとお客さんも一緒にノッてくれたし、踊ったり体を揺らしてくれて。すごく幸せな時間でした。

――みなさんはbabychair結成以前からの長い付き合いだとお聞きしました。それぞれの出会いを教えて下さい。
Sean:8〜10年くらいの付き合いになるかな。Youngとは音楽フェスで知り合いました。Aaronとの出会いは教会です。友だちが通っていた教会に連れて行かれて、そこで会いました。最初は軽い挨拶だけでしたけど。
Aaron:そのときに「一緒に音楽やろうよ」って話したことを覚えています。当時は実現しませんでしたが(笑)。
Young:僕とAaronはそれ以前からの知り合いで、もう10年近いですね。2人とも楽曲制作──アレンジ、レコーディング、作詞作曲など、どちらかというと裏方の仕事からキャリアをスタートさせたんです。
Aaron:僕は以前、英語で歌うバンドをやっていたんだけど、2015年にバンドを辞めて以降はずっと裏方で仕事をしていて。ステージに立つことはなかったですね。
Young:彼はマレーシアで2つスタジオを持っていたんですよ。
――裏方として音楽を作るのと、人前で演奏するの、どちらが好きですか?
Aaron:昔は裏方で作る方が好きだったんです。でも、今は自分たちで音楽を作って演奏する方が楽しいなと感じます。
Sean:僕の場合は、自分の音楽を作って、自分で歌うっていうのが合ってるんです。元々はシンガーとしてコンテストに出たり、ソロアーティストとして活動していました。当時はポップスをやってたんですが、今はもう(ポップスは)自分には合わないと思っていて。バンドの方が自分らしいし、自分が作る音楽で生きてるって実感があります。
――3人それぞれの音楽的なバックグラウンドやルーツを教えて下さい。
Young:僕はインディポップやベッドルームポップをよく聴きます。最近は新しい感じの、メロディが甘くて綺麗で覚えやすいものが好きですね。例えばStill WoozyやClairoだったり……そういう雰囲気の曲が好きです。アレンジもすごく大事で、全体の空気感を大切にしています。
Sean:僕はジャンル問わず何でも聴きますが、一番影響を受けたのはRadioheadやGorillaz、Men I Trustです。彼らのような音楽性が曲を作るときのベースになっています。3人それぞれの好みを混ぜ合わせることで、babychairの音楽が完成します。
Aaron:僕は特にジャンルにこだわりがなくて、アニメを観るのが好きだから、例えば『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』のオープニングソングとか、そういう曲をよく聴きます。それから中国ポップスや広東ポップスもたくさん聴いてきました。一番影響を受けたのは、60年代後半から70年代のウェスタンポップス(西洋諸国のポップス、日本でいう「洋楽」)です。Earth, Wind & Fire、The Stylistics、Michael Jackson、Stevie Wonderなどなど……。昔のそういった音楽は今も大好きですね。

奇跡のようなバランス、3人が集結した経緯
――babychairはパンデミック中に結成されたんですよね。改めて、その経緯を教えて下さい。
Sean:情熱です。本当に情熱しかなかったです(笑)。パンデミックでみんなと同じように僕らも何もすることがなくて。何もできないなら「好きなことをやろう」って思ったんです。明日死ぬかもしれないし、今やろうって。それでbabychairが始まりました。
――発起人はSeanさん?
Sean:最初は僕とYoungでなんとなく始めたんです。何か一緒にやってみようかって。それで「これいけるかも」と感じて、後からAaronにも声をかけて、こうして形になりました。
――最初は「なんとなく」だったプロジェクトが、その後バンドとして本格的に始動するまでには、何か心境の変化などがあったのでしょうか。
Aaron:パンデミックが始まってから、自分の中に「表現したい」っていう強い欲求が生まれてきたんです。自分の好きな音楽を、自分の作りたい曲をやりたいって。でもマレーシアの音楽業界で食べていくためには、他のアーティストのために曲を書いて、相手の要求に応える必要がありました。それが長く続くことで、だんだん自分のやりたいことじゃなくなっていって……。
それに僕は、どちらかというと実行的なタイプではなくて、アイデアはあっても形にするのが遅かった。その一方で、Youngは行動派で、Seanと一緒に何かを始めた。そしてそこに僕も誘われた。「ついに来たか!」って感じでしたね。
――自然な流れでバンドが形になっていったんですね。
Young:そう、全員がそれぞれの形でリーダーシップを持っていると思います。

――babychairというバンド名にはどのような意味が込められているのでしょうか。
Sean:この名前は、「赤ちゃん用の椅子に座って、好きなことを自由にする」っていうイメージから来ています。赤ちゃんって、グラスを引っ張ったり落としたりしても、誰からも怒られないじゃないですか。僕らの音楽もそんなふうに、善し悪しを気にせず、ただ「やりたいことをやる」っていう姿勢で作っています。
――とてもいい名前だと思います。babychairとしての1stシングルは2020年リリースの“Call You”ですが、実際に最初に作った曲は?
Aaron:“Call You”は僕が参加する前に作った曲だよね。
Young:そうそう。“Call You”の前半はSeanと僕だけで作ったもので、Aaronはまだ加入していませんでした。たまたまSeanが僕の家に遊びに来て、「なんか音楽作ろうか」って感じで自然にできた曲なんです。
それで、Aaronを誘おうってなったのは、「この曲に何か足りない」と感じたのと、彼のスキルならその穴を埋めてくれると思ったからです。彼はマルチインストゥルメンタリストで、ベースもギターもドラムもできるし、ぴったりだなと。
Sean:“Call You”はある意味一番「ピュア」な曲かもしれません。僕がYoungに「ベースとドラムをくれ」って言って、それだけででき上がった曲です。
Aaron:僕はリズムの微調整をしただけで。すでに曲としてはとても魅力的だったので、そこに少しリアリティや自分の感覚を加えた感じです。3人のケミストリーは自然に起こったものでした。
――作る前に何かリファレンスを挙げたり、方向性などを話し合ったりもせず?
Sean:はい。完全に自然な流れでした。最初はもっとサイケっぽい方向を目指してたんだけど、でき上がってみたら、結果的にちょっと違う感じになりました(笑)。でもまあ、少しはサイケ感あるかも。
――みなさんはすごくバランスがいいんですね。
Sean:5年も一緒にやってるし、奇跡みたいなものだと思います(笑)。
「音楽に遊ばれるんじゃなくて、自分たちが音楽で遊ぶ」
――2021年に1stアルバム『Summertime』をリリースするまでは、ほとんどライブもやっていなかったと聞きました。初ライブは覚えていますか?
Aaron:最初のライブは2021年、マレーシアの音楽フェスでした。そのとき、どうやってライブをするか色々考えたんですけど、最終的に「スリーピースバンド」でやることに決めました。Youngと僕は演奏しながら歌い、Seanは自由に動いてパフォーマンスする。その形式で何度かライブを重ねるうちに、どんどんしっくりくるようになりました。
――アルバムリリース後はオファーも増えましたか?
Young:初ライブのすぐ後に、シンガポールのフェスに呼ばれました。そこはフェスと音楽カンファレンスが合わさった複合型イベントで、僕たちはディストリビューターに連れていかれて出演しました。そこでいろんな業界関係者が僕たちのライブを観てくれて、そこから徐々に声を掛けてもらえるようになったんです。
Aaron:Seanはビジュアル面にも気を配ってくれていて、僕たちは音楽面で全力を注いでいます。その組み合わせが、ブッキング担当やオーガナイザーたちにいい印象を与えたんじゃないかと思います。
――アジア圏を中心に様々な国でライブを行っていると思いますが、地域毎にオーディエンスの反応は異なりますか?
Young:その地域によって、反応のある曲が違うんですよね。東南アジアでは、たぶん“Oh It’s You”が一番人気で、中国では“Dear”が一番沸いたと思います。
――1stアルバム『Summertime』について教えて下さい。何かテーマやコンセプトを掲げて制作したのでしょうか。
Sean:正直なところ、フィーリングで決めました(笑)。全曲でき上がった後に、聴きながら「……なんかサマーっぽいな」って思って、それで『Summertime』っていうタイトルをつけたんです。アートワークも、僕が浜辺で椅子に座ってる3人の絵を描いて、「これでいいじゃん」って。あまり深く考えず、自然に出てきた感じです。
――そのアルバムから約3年後となる昨年、EP『blank』がリリースされました。制作プロセスは変化しましたか?
Sean:目指してる方向性自体は変わらず、「チルな空気を届ける」っていうのが軸にあります。少しだけ新しいことに挑戦した感じもあって。ジャンルには縛られずにもっと実験的にやってみたかったんです。音楽って遊びみたいなものだし、「音楽に遊ばれるんじゃなくて、自分たちが音楽で遊ぶ」っていう気持ちで作っています。
EPの曲はちょっと思い雰囲気のものが多いんですけど、それは当時の僕らの気分や、それぞれが抱える悩みなどが反映されたのかもしれません。そして曲が出揃ったときに、「これはブランク(空白, 虚ろ)なフェーズだな」と感じて『blank』と名付けました。
――babychairの曲作りはどのようにスタートすることが多いですか?
Sean:曲によって変わるんですけど、最近はまず土台となるトラックを作ってから、それにインスピレーションを受けてメロディを乗せていくことが多いです。
――最初のトラックは誰が作るのでしょうか。
Aaron:それも曲によります。たとえば最近ディスコっぽい曲を作ったんですけど、そこには非常に強いリフが必要でした。そのときはSeanが素晴らしいリフを考案してくれたので、それを起点に全体を構成しました。
――これまでにタイのViolette Wautier、Pa!nter、そして台湾のWhyte(?te)とコラボレーションを行っていますが、これはどのように実現したのでしょうか。
Young:Violette Wautierは友人が彼女のライブのブッキングエージェントを担当していて、その縁で紹介してくれたんです。もちろん彼女の方が有名だから、フックアップしてもらうような形で「一緒にやってみない?」って声を掛けてくれて。僕たちも新しい可能性を模索していたところなので、「やってみよう」ってなりました。
Aaron:Pa!nterは韓国とのコネクションを持っている僕たちの友人です。
Sean:Whyteとは台湾で出会って友だちになりました。彼女は本当に素晴らしいアーティストだし、とてもおもしろい人です。
Young:babychairとしてはこれからもいろんなアーティストとコラボして、新しい可能性や方向性を探っていきたいですね。
多民族・多言語国家ならではの課題、自国の音楽シーンを変えるためには
――マレーシアの音楽シーンについて教えて下さい。あなたたちがシンパシーを感じるようなバンド、アーティストはいますか?
Sean:マレーシアには才能あるバンドがたくさんいます。でも、日本やタイ、台湾みたいに国全体で音楽を支えてくれるような環境がないんです。政府や文化的な支援が少ないから、音楽だけで生きていくのは難しい。僕たちは運良く東南アジア圏でのチャンスが多くて、海外から認知してもらえる機会もありました。ただ、そういったチャンスがないマレーシアのバンドもたくさんいて、そこが大きな壁ですね。
――マレーシアの人たちは自国の音楽を聴くことが多いですか? それとも他国だったり、英語圏の音楽がメインなのでしょうか。
Young:ほとんどの人は海外の音楽を好みますね。マレーシアの音楽は今でもアンダーグラウンドな立ち位置にあると思います。もちろんポップで売れている人たちもいますが、その多くはTikTokなどでバズるようなトレンド重視の音楽です。つまり、今のマレーシアでは僕たちのような音楽は浸透しづらいんです。
でも、ありがたいことに海外では僕たちの音楽をちゃんと評価してくれる人々がいるので、それが活動のモチベーションにもなっています。
Sean:マレーシアの人たちは、基本的には「海外の音楽が素晴らしい」と思っていて、自国の音楽には見向きもしない傾向があります。20〜30年前からずっとその状況は変わってないですね。
――マレーシア国内のアーティストやバンドとの交流はありますか?
Sean:僕たちは基本的に独立して活動していて、他のバンドと交わることはほとんどありません。正直、マレーシアのバンドの間では「エゴ」が強すぎて話し合いが難しいときもあります。たとえば「売れてる=もうアンダーグラウンドじゃない」とか、「有名になる=商業的だ」と言われたりします。
――パンクやヒップホップの世界ではよく聞く話ですね。
Sean:そうなんです。だから僕たちは「とにかくやるべきことをやるしかない」と思っています。自分たち自身に証明したいし、周りにも自分たちのやっていることを見せたい。ただ「結果で見せる」しかないんです。
――「国全体で音楽を支援するような取り組みが必要」というのは、ここ日本の音楽業界やシーンを見渡していても強く感じる部分です。
Sean:マレーシアは多民族国家だから、マレー語、英語、中国語、タミル語など言語がバラバラで、それも音楽活動を難しくしている一因です。それに比べて、日本、台湾、韓国、タイなどは、みんなが同じ言語で話しているから、団結している印象を受けます。
Aaron:しかもマレーシアでは、インディペデントな音楽シーンへの支援がほとんどありません。
――マレーシアの音楽シーンをポジティブに前進させるためには、何が必要だと思いますか?
Sean:僕たち自身がもっと大きくなって、ロールモデルになるしかないと思います。若い世代に「マレーシアにもカッコいいバンドがいる」と気づかせることで、国内にももっと関心が向くようになるはずです。海外ばかり見るのではなく、まずは自国の音楽にも目を向けようよって。
――babychairがマレーシアのトップアーティストのような存在になってほしいですね。今後の展望や夢などはありますか?
Sean:ワールドツアーをやってみたいですね。もし実現できたら、マレーシア初の快挙になるかもしれません。今年は東南アジアで10カ国を回ったんですけど、東南アジア圏でこんなに回ったのは、僕たちが初めてだと思います。
Aaron:もうすでに、自分たちの夢の一部を叶え始めている感じですね。あとは世界に行くだけです。
――メンバー間で具体的に「このフェスに出たい」「この賞を獲りたい」という話はしますか?
Sean:少なくとも僕はそういった物事にはこだわっていません。賞なんて所詮はマーケティングの一環だと思ってるし、大事なのは「自分たちのゴールを達成する」ことです。
もし賞をもらえたらもちろん嬉しいですけど、それはあくまで「おまけ」って感じで。それを目標にはしてないです。賞を獲ったって、チケットが売れなかったら意味がないので(笑)。
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【イベント情報】

『TOKYO PLAYGROUND #2』
日程:2025年9月27日(土)
会場:東京・新宿 東急歌舞伎町タワー1階 KABUKICHO TOWER STAGE
出演:
KIKI
Billyrrom
S.A.R.
……and more!












