今の台湾で最も注目を集めるシンガーのひとり、9m88。英語名であるJoanne Babaと、通っていたニューヨークの音楽学校でのマイナンバー、88を合わせた9m88=ジョウエムバーバーなるユニークなアーティスト名がまず目につく彼女。2019年の1stアルバム『平庸之上 Beyond Mediocrity』でR&Bやポップスとジャズをミックスしたスタイルで世界中で人気者となると、2021年にはトラディショナルなジャズ作品となったEP『This Temporary Ensemble』でさらに名を上げた。
MVで見せるスタイリングのユニークさや、映像美によりファッション・リーダーとしての人気も高い彼女は、モデル、俳優としても活躍するマルチな才能の持ち主だ。さらには、あえて大手レーベルに所属せず、インディペンデントで活動する新時代のウーマン・パワーの体現者でもある。
DJ Mitsu The BeatsやStarRoといった日本のビート・メイカーを始め、アジア〜世界の多くの才能をゲストに招いた待望の2ndアルバム『9m88 Radio』がリリースされたこの機に、嬉しいインタビューが実現した。
Text by Akira Kobuchi (City Soul)
Translation by Kent Mizushima
マンドポップ、R&B、ヒップホップ・ダンス、ジャズ――9m88を形成するルーツ
――“小さな頃からシンガーになりたかった”とのことですが、子供の頃、最初に好きになったシンガーや曲は何でしたか?
9m88:赤ちゃんの頃から、台湾のマンドポップ(筆者注:標準中国語=華語マンダリンで歌われる、現代ポップスと伝統的な中国音楽をミックスしたスタイル)を聴いていました。母がポップ・ソングのカセットテープをよく流してくれていて、それを繰り返し聴くことで、どうやって歌うのかを覚えたんだと思う。最初に歌詞を覚えたのはSandy Yehの楽曲だったかな。
――高校生の頃は、ヒップホップ・ダンスに夢中だったそうですね。
9m88:マンドポップを聴いていた時期を経て、今度はアメリカの音楽を聴くようになりました。子供の時から歌うことと、パフォーマンスするのが好きだったんだけど、なぜかストリート・ダンスをとても魅力的に感じて。それで高校生の時にダンス・クラブに通うようになって、そこでR&Bに魅了されました。台湾のメロウなバラード曲にも別のよさがあるんだけど、R&Bやヒップホップはストレートにメッセージが伝わってくるし、表現豊かに感じて。そのストレートな部分がティーンエイジャーだった私に刺さったんだと思う。
――MVでも、ダンスを取り入れることが多いですね。今でもあなたの大事な表現方法のひとつなのでしょうか?
9m88:私はダンスするのも、パフォーマンスするのも大好きだから。正直もっとダンスしたいくらい。ただ身体を動かして、その瞬間の気持ちを表現するというころは、とても楽しい行為です。
――ヒップホップ・ダンスを通じて、Alicia KeysやTLCといったアメリカのR&Bをよく聴いていたそうですが、他に好きなアーティストは?
9m88:Alicia KeysはR&Bを聴くキッカケになった最初のシンガーです。大学時代にとにかくネオ・ソウルにハマって、Erykah Baduからはシンガーとして、アーティストとして影響を受けまくったと思う。ネオ・ソウルにめちゃくちゃハマっていた時代が終わってからも、Jill ScottやD’Angelo、Bilalなんかを聴き続けているし、彼らのボーカリストとしてのパフォーマンスにはずっと影響を受けています。
――様々な音楽がある中で、R&Bに特に惹かれたのはなぜですか?
9m88:最近、Anita BakerやAl Jarreau、Chaka Khanといったレジェンドを聴き直しているんだけど、改めて聴くと歌声と楽曲のアレンジとかも本当に素晴らしくて、もう一度影響を受けてる最中なんです。私にとって、ソウル、R&B、ジャズといった音楽の一番好きなところは“グルーヴ”かな。気づいたら頭を振っていたり、足でタップしたりするのを止められないようなグルーヴに惹かれます。
――大学でジャズを知り、“衝撃を受けた”そうですね。
9m88:その通り! 最初は他の人と同じように、Ella FitzgeraldやBillie Holidayのようなボーカリストから聴き始めたと思う。彼女たちの歌声からもとても影響を受けたと思う。その後はCharles Mingus、Sun Ra、John Coltraneといった、独自のコンセプトを持って制作していた人たちの音楽を聴いて、彼らのアーティストとしての志からも影響を受けました。最近はピアノのソロ・レコードや、ボサノヴァなんかにハマっています。
――ジャズのどんなところに惹かれますか?
9m88:ジャズというジャンルは、シンプルに、ミュージシャンそしてアーティストとしてよりよい曲を作って、パフォーマンスしていくのにピッタリなジャンルだと思っています。(ポップス)より実力が試されるし、時には即興で演奏することだってあるしね。
――今、特に好きなジャズの曲、アルバムを教えてください。
9m88:Stan Getzの『Jazz Samba Encore!』は私の人生の一枚。楽曲の素晴らしさだけじゃなくて、Getzの演奏も本当に最高です。
「女性アーティストに“女性らしさ”のようなものを求める時代は終わった」
――それではニュー・アルバム『9m88 Radio』について伺います。同性、女性の仲間に語りかけるような歌詞がさらに多くなっていると感じました。
9m88:私はいつも、自分自身の心の奥にある感情を曲にしています。アジア人の女性アーティストとして、私たちはまだ様々な場面で、昔からあるようなステレオタイプや固定概念が作り出すルールのようなモノに縛られることがある。けれど、そういった古臭い概念やルールを壊していく瞬間っていうのは、私が音楽をやっているテーマのひとつでもあります。女性アーティストに“女性らしさ”のようなものを求める時代は終わったし、今は私たちもパワーを表現するときだと思っています。
――BeyoncéやRihannaを始め、欧米の女性アーティストはどんどんタフで、自立していっていると感じます。彼女たちを見ていて思うところはありますか?
9m88:もちろん! ひとりの女性として、臆せずに堂々としたパフォーマンスをしている彼女たちを見て勇気をもらっています。
――全てをDIYで手がける、インディペンデントな活動を展開していますが、それによるいい点、悪い点、やりがい、難しさなどを教えてください。
9m88:今よりも少し前の方が“THE DIY”って感じだったかな。その頃は全てが本質的で楽しかったし、刺激的な瞬間が私にもリスナーのみんなにもたくさんありました。
最近は数人のプロフェッショナルで信頼のおける人たちと一緒に仕事をして、より優れたクリエイティヴを目指してる。サウンド面もそうだし、ひとりのアーティストとしてコンスタントに成長していくことが大事だと思っているから。常にやり方を少しづづ変化させて、新しいものを生み出すことに挑戦していきたいんです。
――あなたは他のアーティストとのコラボレーションに積極的ですが、どういった考えでコラボを重視しているのですか?
9m88:先ほどあなたが言ってくれたように、気づいたらずっと私はDIYで色々やっていたから、レーベルに所属せずに私と同じような意思を持って活動しているアーティストと、チームになって動くことが大事だと思いました。ニュー・アルバム『9m88 Radio』はそこを大事にしたアルバムで、私がゲストで呼んだアーティストたちの音楽が大好きということは大前提なんだけど、その上で、私と同じくらい音楽に対して情熱を持って取り組んでいるインディペンデントなアーティストたちとコラボレーションしました。住んでいる場所や国籍は違うけど、同じ志を持っているからこそお互いよく理解し合えて、いいものを作れたと思う。
――『9m88 Radio』で一番気に入っている、もしくは上手くできたと感じている曲は?
9m88:難しい質問だけど、「Dark Night / Sunlight」がとにかく大好きなんです。この曲は作ったときの私の気持ちの本質を捉えているから。聴いていると、他の曲とは違う感情になります。
「音楽という表現は豊かで正直なもの」
――ところで、大学ではファッションを学び、卒業後はニューヨークに移住してファッション・デザイナーを目指したそうですね。
9m88:実際は、ファッション・デザイナーになりたくて行ったんじゃなくて、ファッション業界のインターンシップで行ったんだけど、そこで私にとっては音楽が一番大事だと気づかされました。もちろん、今でもファッションについては魅力的に感じています!
――音楽を表現する上で、ファッションの知識は役に立っていますか? あなたの中で、音楽とファッションは互いに影響しあっていますか?
9m88:もちろん! デザイナーやスタイリストの友達とクローゼットを見ながら、スタイリングのアイデアを話すのが大好きだし。毎回MVの撮影のときには、衣装やスタイリングを私も一緒に考えます。私は音楽がファッションに影響を与えることも、その逆もあると思っています。幸運にも一緒に仕事をするファッション系の仲間がいて、アイデアを出し合うことができる。音楽とファッションは切っても切り離せないような関係だと思いますね。
――〈CHANEL〉などハイブランドとの仕事は刺激的ですか?
9m88:〈CHANEL〉と仕事をして学んだのは、彼らは常に高品質で、高い水準を保つために挑戦し続けているってこと。私も自分自身のアーティストとしてのブランドや価値を高めていけるように、ベストを尽くし続けることを学びました。
――あなたのMVは全てアイディアに溢れ、映像美が楽しめる、見応えのあるものばかりです。MVはいつもどのように作っていくのですか?
9m88:ありがとう! MVを制作するときは、その曲にマッチすると思うディレクターに連絡を取って、楽曲のコンセプトと仕上がりのイメージを伝えることから始めるかな。私のアイデアを形にして、練り上げてくれるのは本当にありがたいことですよね。私のイメージを元に、ディレクターたちがよりよい形にブラッシュアップしてくれるんです。
――MVは音楽やファッションを始め多くの要素が詰まった総合芸術と思いますが、あなたのMVに対する考え方を教えてください。
9m88:MVに関しては映像や、アイデアの新しさが最も重要だと思う。目新しさを感じさせるような、今までにないもの。それは映像の色や質感だったり、アーティストのスタイリングもそうだし、編集でも変化をつけられる。映画のように長尺じゃないから、短い時間でインパクトを残せるようにしなくちゃいけない。それが挑戦でもあるし、楽しいことでもあります。
――俳優としての仕事も始めていますが、どんな点がおもしろいですか? また、音楽へのフィードバックはありますか?
9m88:演技をしているときは、とにかく全神経を集中させてシーンに取り組むこと、そして何よりも他の演者に注意を払って演技をしていくことに気をつけています。とにかく集中しなきゃいけないので、まるでパラレル・ワールドにいるような錯覚に陥ります。演技のはずのそのシーンが、急に私自身になるんです。演技は音楽を制作する上でも役に立つと思っています。なぜなら、とにかく自分の深い心の奥と向き合わなきゃいけないから。
――今、音楽を通じてどんなことを伝えていきたいと考えていますか?
9m88:特別にコレ! っていうものはないですね。ただ、人間って考えすぎちゃったり、傷つきやすかったりするから、そういった感情を吐き出す手段にはなっていると思う。音楽と感情はリンクしていますよね。それがそのまま伝わればいい。だから、音楽という表現は豊かで正直なものだと思う。私の制作する音楽もそうであったらいいなと思っています。
――今後、やりたいこと、目指すところを教えてください。
9m88:日本を含めて、いろんな国でライブがしたいです! ミュージシャンにとって、実際に曲をいつも聴いてくれているオーディエンスの前で演奏することより大事なことはありません。近い将来に会えるといいですね!
【リリース情報】
9m88 『9m88 Radio』
Release Date:2022.08.08 (Mon.)
Label:P-VINE
Tracklist:
01. Whatchu Gonna…? (Produced by Chun Yin Rainbow Chan)
02. Tell Me(Produced by DJ Mitsu the Beats)
03. Sleepwalking (feat. SUMIN) (Produced by SUMIN)
04. Love is So Cruel (Produced by Arthur Moon)
05. A Merry Feeling (Produced by Layton Wu)
06. 😀
07. Friend Zone (feat. Oddisee) (Produced by StarRo)
08. :’-(
09. Dark Night / Sunlight (Produced by Chia-Lun Yue)
10. Prelude to A Star
11. Star (Produced by Silas Short)
※CD/デジタル