マーキュリー・プライズなど数々の権威ある賞を受賞した前作『Vision of A Life』から約3年半。Wolf Aliceが待望のニュー・アルバム『Blue Weekend』を6月4日(金)にリリースする。
Björk、Arcade Fireなどを手がけたMarkus Dravsをプロデューサーに迎え、パンデミック禍に制作されたという今作は、レコーディングを行ったベルギーでのタクシー移動中に見た晴れた青い空がタイトルの由来になっていることからも伺えるように、イントロダクションの「The Beach」から繊細で美しいブルーの世界観が広がっていくような一枚だ。一方で「Smile」や「Play the Greatest Hits」といったようなヘヴィなロック・ソングもあり、ライブの熱量が恋しくなる瞬間も。また、アルバムからの第1弾シングルである「The Last Man on Earth」ではウィットに富んだリリックで人間の傲慢さやエゴを鋭く批判。悲しみや暗闇も大きなテーマとして描かれているが、デビュー時から健在な甘美でロマンチックな旋律と透明感のある歌声に、不思議と希望も感じてしまう。
さて、今回はWolf Aliceのボーカル、Ellie Rowsellにテレビ電話で新作や近状について話を伺った。彼らに初めて対面した2015年の初来日当時はまだ初々しさが残る印象だったが、世界中のツアーやフェスを経験して久方ぶりに会う彼女からは、ミュージシャンとしてもひとりの人間としても成長と自身に溢れている様子が感じられた。
※取材日:2021年3月31日
Interview & Text by Aoi Kurihara
Photo by Jordan Hemingway
ポジティブとネガティブ、両方を含む最新作
――こんにちは。あなたちに取材をするのは3度目になります。パンデミックをどのように過ごしていますか。
Ellie:ワオ、もう3度目なのですね。私たちはとても幸運だったのかもしれません。というのも、昨年のほとんどの期間をアルバムの制作に費やすことができたんです。2月くらいから制作を始めたのですが、ベルギーのスタジオへ向かってからロックダウンになって、私たちはそこで数ヶ月を過ごすことになりました。その後イギリスに戻って、アルバムを夏頃に完成させて、後はMVの制作などを行っていました。パンデミックにも関わらず、アルバム制作などの音楽活動に集中できたのは、とてもラッキーだったと思います。
――先日、2022年のUK、アイルランド・ツアーがアナウンスされました。久しぶりのツアー、ギグは楽しみですか?
Ellie:ええ、すでに興奮しています。演奏すること、ツアーすること、そして何より様々な場所へ出向くことが恋しいです。今はこれらができない生活もしょうがいこととして受け止めていますが、私の人生からこれらが欠けてたことで、落ち込んだ気分がずっと続いています。またツアーができる日になったら、私らしさを取り戻せると思います。
――日本にもまたギグをしに来てくれると嬉しいです。
Ellie:はい、ぜひまた行きたいです。
――さて、3枚目のアルバム『Blue Weekend』がいよいよリリースされます。前作『Vision of A Life』から3年半間経ってのリリースとなりますが、今作を作るにあたってプレッシャーなどは感じていましたか?
Ellie:前作から今作を作り始めるのに2年かかりました。他の人たちはすぐに次の作品を作り始めることができるのでしょうが、私たちには少し時間が必要だったんです。人々の期待から、プレッシャーを感じていたことも事実です。また、時間がかかった理由のひとつにはパンデミックの影響もあります。
――昨年は、ギタリストのJoff (Oddie)がソロでアルバムをリリースしたり、あなたもMura Masaの曲に参加していましたね。
Ellie:Joffは本当に素晴らしいアコースティック・ギタリストです。彼がソロでアコースティック・アルバムをリリースしたことは誇らしく思っています。
――今作のアートワークはバンド4人で写っている写真を利用していて、過去の作品とは少し異なる印象を受けました。
Ellie:これは……単に決めることができなかったんです(笑)。アルバム制作に時間がかかり、なかなかマッチするアートワークを見つけられなくて。個人的にはバンドの写真はあまり好きではなくて、何か美しいものを探していたんです。でも、なかなか合うものがなくて、結局自分たちの写真になりました。正直、何かこだわりがあってこの写真にしたわけではありません。
――タイトルの『Blue Weekend』について、アートワークの写真はダークな雰囲気ですし、青には“ブルー・マンデー”のようなネガティブな意味もあります。実際のところはこのタイトルにはどのような想いや意味が込められているのでしょうか。
Ellie:今作のタイトルについてはひとつの意味を決めているわけではなくて、ポジティブ、ネガティブの両方の意味を含んでいます。アルバムにはダークネス、悲しみ、恐ろしさといった要素も含まれていますが、一方でおもしろい瞬間もあったりして、意味をひとつに決めるのは適切ではないかなと思います。
「自己探究する中で、人生のシンボル的なものを忍ばせた」
――今作に収録されている「The Last Man on Earth」はカート・ヴォネガット『猫のゆりかご』からの影響があるそうですね。あなたたちのバンド名もアンジェラ・カーターの小説から来ていますし、あなたは読書家のイメージです。今作の制作期間に、何か読んでいた本はありますか?
Ellie:今回の制作にあたって特に影響を受けた本はないですね。いつも本を読んだり映画を観て興味深いとか美しいと思った一節やシーンをノートに書き留めています。そして後からノートを見返して、そこからインスパイアされることが多いです。カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』についてもそのようにして辿り着きました。他には、自身の体験、例えば私の祖母がとの会話だとか、そういった実体験から影響を受けています。
――なるほど。ロックダウンのステイホーム期間に多くの本を読んでいたのかなと想像していました。
Ellie:今作の歌詞についてはロックダウンの前に書かれたものが多くて、パンデミックの前はツアーなどで忙しくて、本を読む時間がなかったのです。
――「The Last Man on Earth」は人間の傲慢さについて歌っていますが、これは何か特定の経験が基になっているのでしょうか。
Ellie:この曲のテーマについて話すのは難しいのですが、この曲を書いている時は私自身の経験を思い出していました。なぜ誰もが傲慢さを隠していると感じるのだろうか、と。すごくバカらしいことなんですけど、私は誇大妄想をしていていたんです。そして自分のエゴや中心的な気持ちと闘っていました。リーダー・シップのある人、特に団体、宗教、政治のリーダーといった人々は傲慢だと考えていました。でも、きっとそういう気持ちは誰しもが持っているのだと思います。自分自身、そして他者に対しても苛ついていて、このテーマに関して考えていた時はとても辛い時間でした。
――音楽的なインスパイア源はどうでしょうか。この曲は美しいピアノのサウンドが印象的です。
Ellie:私は友達の家に住んでいた時期があったのですが、その時自分のスペースがあまりなく、ピアノはおろかギターすらも持っていなかったので、PCで曲を作っていました。教会の音楽、ゴスペルというわけではないのですが、教会のような音楽を作りたかった。David Bowieからの影響を指摘してくれる人もいますが、実は私は彼の音楽をちゃんと聴いたことがないんです。確かにオーガニックな楽器の音や、ポップなサウンドなどは通ずる部分があるのかもしれませんが、よく聴いてみるべきですよね。
――アルバムは「The Beach」という曲で幕を開け、「The Beach II」という曲で終わります。ビーチというと青い海を想起させ、アルバム・タイトルとの関連性も感じさせます。ビーチはこのアルバムで何か象徴的なものなのでしょうか。
Ellie:はい、アルバムの中には様々な象徴的なものを含めています。歌詞を書くにあたって自分の人生を振り返り、自己探究する中で、人生のシンボル的なものを忍ばせた。ちょっとしたことなんですけどね。
――「Play the Greatest Hits」はアルバムの中で少し雰囲気が違って、Bikini Killなどを想起させるエナジェティックなパンク・チューンですよね。この曲で意味しているヒット曲(the Gratest Hits)とは?
Ellie:みんなにとってのヒット曲はそれぞれだと思います。この曲では楽しい時間を探したい、それが何かというのは気にしていません。何かクールなもの、興味深い何かが欲しい。私はみんなそれぞれのとっておきの1曲を聴きたいと思ったんです。例えばウェディング・ソングとか、DJがかけるクラシカルなヒット曲(それはクールではないけど)、ティーンエイジャーが好きな曲など。もちろん、私のヒット曲を共有したいという思いもありました。
――この曲でスクリームしているのは誰でしょうか。
Ellie:私です。
――そうだったのですね、とてもクールです。一方の「No Hard Feelings」はしっとりした失恋ソングのようですが《Crying in the bathtub to “Love is A Losing Game”》と歌っていて、これはAmy Winehouseの曲?
Ellie:はい、でもこれは実体験ではありません。そもそも家にバスタブがあったことがないので(笑)。Amy Winehouseの「Love is A Losing Game」は素晴らしい失恋ソングだと思います。私はただこの曲のイメージを使いたかったのです。
「人は誰しも間違うことがある。だからこそ、その時にどのように振る舞うべきか」
――話は変わって、あなたは先日、数年前に楽屋でMarilyn Mansonからの盗撮被害の経験を告白しました。あなたの話も含め、複数の女性から性的虐待の告発にとても驚きました。とても勇気のいる告白だったと思いますが、周りの反応はどうでしたか。
Ellie:私の知人はとても支援的でした。ただ、インターネット上では悪い行いをした人に怒ればいいのに、そうではなく告発した側を非難する人もいるので、最初は少し心配でした。
――ちょうどこの取材の前に、Kate Nashが音楽業界での性被害やハラスメントの問題に取り組むプラットフォームを設立したというポストを、あなたがSNSでシェアしてしているのを見ました。難しい問題だと思いますが、女性の今置かれている状況を改善していくにはどのようにすればよいと考えていますか。
Ellie:これは本当に長い議論になってしまいますね……。何年もこういった問題について考えているのですが、実際のところどうすべきなのか答えを出すのは難しいです。ただ、私たちはミソジニー的な考え方を理想化することをやめるべきだと思います。ロックの世界では――いえ、ロックだけではなく他の音楽ジャンルの世界でもですが――女性に対して敬意がない行動が称賛されてきました。まずはそういった考え方をやめるべきだと思う。
それから、性教育を再度受けるべき。イギリスの学校で行う性教育の内容にも不満があります。女性の立場にフォーカスしていないので、そこから見直すべきです。正しい知識を養って欲しい。最近はこういった会話がオープンにされるようになってきて、学ぶ場所も増えてきたと思います。恐れというより罪悪感から、自分がどうすれば助けになれるかと聞く人もいます。
Kate Nashのプログラムでは男性に学んでもらう、ということも含まれているようです。ミソジニーについてというよりは、どのようにしたら助けになれるかなどを人々に教えようとしています。人は誰しも間違うことがある。だからこそ、その時にどのように振る舞うべきか、ということを学ぶ必要があります。
――今日、色々と話を聴いてみて、最初の取材で「Arctic Monkeysみたいになりたい」と話してくれていたのを懐かしく思い出していました。すでにあなたたちはビッグ・バンドになりつつありますよね。自分としてはこの夢はすでに叶った、もしくは叶いそうだなという手応えはありますか。
Ellie:ハハハ(笑)。私たちはそんなにお金持ちじゃないです(笑)。Arctic Monkeysは同世代の中でも若くして急速的に成功したバンドの代表です。フェスではいつもヘッドライナーを務め、自分たちのスタイルを持ちながら音楽的にも進化している。彼らは成功したバンドとしてとてもいい例ですよね。それに比べて私たちはまだまだです。早く追いつかないと(笑)。
【リリース情報】
Wolf Alice 『Blue Weekend』
Release Date:2021.06.04 (Fri.)
Label:Dirty Hit
Tracklist:
1. The Beach
2. Delicious Things
3. Lipstick On The Glass
4. Smile
5. Safe From Heartbreak (if you never fall in love)
6. How Can I Make It OK
7. Play The Greatest Hits
8. Feeling Myself
9. The Last Man On Earth
10. No Hard Feelings
11. The Beach II
12. Smile (demo) *日本盤ボーナス・トラック
※日本盤はボーナス・トラック、歌詞対訳、解説付き