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INTERVIEW | 大比良瑞希


コンプレックスや苦手意識を乗り越え作り上げた最新アルバム、改めて思い出した創作の喜び

2025.06.12

大比良瑞希はいま、新たなフェーズに入っている。昨年末に自身のレーベル〈Fetanu〉を設立し、今年2月には算5作目となるアルバム『After All, All Mine』をリリース。ソウル、R&B、ヒップホップなどを軸とした多彩なサウンドスタイルを取り入れながらも、これまで以上に私的な響きを湛えた同作は、まさにシンガーソングライター/アーティストとしての第2章を告げるに相応しい一作となった。

そして、同作のリリースツアーも残すはファイナルとなる6月19日(木)の東京公演のみとなったこのタイミングで、改めてアルバム制作の裏側に迫るインタビューが届けられた。聞き手は編集者/音楽ライターの矢島由佳子。本稿では主に前レーベルからの独立から制作期間についての、大比良の精神面や創作との向き合い方について語ってもらっている。

なお、大比良のオフィシャルサイトではアルバム全曲のセルフライナーノーツも公開されている。そちらでは岡田拓郎やFKD、山本連(LAGHEADS)、井上惇志(showmore)ら腕利きプレイヤー/プロデューサーたちとの協業面も含む、より詳細な制作プロセスが本人の言葉で綴られているので、合わせてチェックを。(編集部)

『After All, All Mine』セルフライナーノーツ

Interview & Text by Yukako Yajima
Header Photo by Tomohiro Takeshita
Interview Photo by Koya Yaeshiro


インプット期間で受け取ったもの

大比良:去年12月に行ったアルバムのプレイベントで、制作途中の楽曲をみんなに聴いてもらうときに、せっかくなら自分だけで話すよりも一緒に話せる人がいたらいいなと思って。いつもやじー(矢島)のインタビューを読んで「いろんな引き出し方されているな」と思っていたから、一緒に話したい人として呼ばせてもらいました。その流れを繋げたいなと思って、このインタビューも実現しました。ありがとうございます!

矢島:こちらこそありがとうございます、めちゃくちゃ嬉しいです。アルバム完成おめでとうございます!

大比良:ありがとうございます。今回、結構時間をかけましたね。……と思ったけど、考えてみたら同時に9曲作っていたので、今までと比べたらアルバム制作期間としては短いのかも。でも体感としては長かったです。

矢島:動き出したのはいつくらいだったんですか?

大比良:去年の4、5月くらいからデモを作り始めたのかな。今回はインプットと考える時間をなるべく長く取りたくて。2024年1月からフリーになったので、いろんな意味でリセットして、この環境変化をいい転機にしたいなという気持ちが強くて。3、4月は本屋や美術館に行ったり、映画を観たり、インプットしたりじっくり考えたりする時期にして、だんだん曲作りに移行していきました。

矢島:その頃、どういったものをインプットしていたんですか?

大比良:単館系の映画館でドキュメンタリーや昔の作品を1日に2、3本観たり。今はNetflixとかでいくらでも観られるけど、やっぱり映画館だと集中できるから、より感動するしインスパイアされる気がして。あと、埼玉にある角川武蔵野ミュージアムに1日中行って、ダリや中島みゆきさんの展示、図書館のコーナーを巡ったりしていました。

大比良瑞希

矢島:作品からもらったインスピレーションが具体的にアルバムの曲に落とし込まれているのか、それとも、抽象的なインスピレーションを受け取って作品作りに向かうマインドが変わった感じ?

大比良:それで言うとマインドの部分が大きかったけど、具体的に覚えておきたいキーワードをメモしたりもしてました。たくさんの作品と向き合うことで、過去の自分を振り返ったり、自分が一番やりたいことは何だろうと考えたり、そういうことを静かにできたというか。ゆっくり考えたりノートに書き込んだりすることで、少し奥にしまっていた自分に段々と向き合うことができました。自分が何に感動するのか、ワクワクドキドキするのかという、一番大事な部分を俯瞰できた感じがします。

矢島:映画、アート、本などの作品を通して自分の心を見て、いかに自分の心を表現するか、ということと向き合われたんですね。

大比良:まさにそうかもしれないです。特に思い出に残っているのが、『魔女の宅急便』著者の角野栄子さんのドキュメンタリー(映画『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』)。感動して、泣いちゃって。「ずっと自分が書きたいものだけを書いてきたの」「居心地のいいところをずっと探してきたの」ということを楽しげに、子どものように言っていたのが印象的で。びっくりするのは、今年90歳で、それでも現役で絵本作りとかのお仕事をされているし、しかも独創的でカラフルな洋服を着たり、それに合うファッショナブルなメガネを本ができるたびに自分へご褒美で買ったりするということ。自分のままにもの作りをして素敵な人生を送っていらっしゃるその姿と、まだまだ人生長いなということに、とても勇気をもらいました。

大比良:私も自分が作りたいものを作ってきたつもりだけど、「こうでなきゃ」、「評価されたい」、他人の意見に押されて「それでいいか」とか、いろんなモヤモヤをたくさん厚着してしまって、自分の本音の輪郭がどんどん曖昧になっていたような気がして。そのドキュメンタリーが、そういったフィルターを取ってくれた気がします。


変化した歌詞との向き合い方、苦手意識の克服

矢島:今までの曲でも素直なことを書いていたとは思うけど、今回のアルバムの歌詞はより裸というか。瑞希さんの生活とか、今考えていることや感じていることが、すごくダイレクトに見えてくるなと思ったんです。それは「売れたい」「そのためにこうでなきゃ」とか、いろんなフィルターを取り除いたからだったんですね。自分の気持ちを大事にしたい、ということ自体を言葉にしている曲もいっぱいあるし。

大比良:それが出すぎていて、今自分で聴くと「まんま出しすぎたな」「恥ずかしい」とか思うんだけど(笑)。でもそれが自分だし、カッコつけなくてもいいかなと思えてきたのもあって。

歌詞も、一時は何を書いたらいいかわからなかったり、書いたあとにいろんな意見をたくさんもらうことによって方向性がわからなくなったり自信をなくしたりしていて。前のアルバムもその前も、誰かと一緒に歌詞を作る曲や歌い手に徹する曲も増えていたんです。それで発見できたこともたくさんあったし、勉強できたなと思うんだけど、そのときは自分を見失いそうになってた。被害妄想も煽って、自分の言葉を否定されると、どうしても自分自身を否定されているように感じたりして。そんな数年を経て、怖がらずに自分が思ってることをそのまま出してみたら共感してくれる人がいるんじゃないかなって、やっと思えました。

矢島:ここ数年は、作詞に対する自信をなくして「何を書けばいいのかわからない」みたいな、迷いの森に入っていた感じだったんですね。

大比良:本当に、迷いの森の奥のほうでうずくまってた(笑)。でもそのときは歌やギターに集中する時期だと思って。というか、そこに集中するしか自分を保てる方法はないくらいだったから。「歌が上手い」というのはどういうことなんだろうって考え直したり、歌の0.1秒のことをずっと考えたり。ギタリストとしてバンドを始めた中学生の頃は歌がコンプレックスだったけど、特にこの3、4年くらいは歌に集中したから歌が好きになったし、歌に対する意識が変わったと思います。ギターも音の鳴らし方とか、根源的なところから考えることができました。だから、そういう意味では大事な時期だったなと思う。でも完全に森の奥(笑)。

矢島:想像するに、メジャーのレコード会社というヒットを出すことが目的の環境にいた中で、ギターと歌は自分の強みにできるけど、作詞力は音楽業界にいる猛者たちに勝てる武器にできないんじゃないか、みたいに思ってたのかな。

矢島由佳子

大比良:本当にそう。言葉って誰でも毎日扱っているものだからこそ、万人それぞれの意見があるし。私としては「これで伝わる」と思っていても「何が言いたいかわからない」と言われて、「私って頭の中がぐちゃぐちゃなんだな」と思ったり。当時はどうしたらいいのかが本当にわからなかった。そこから脱却したいのに脱却できない数年だったかも。でも今となれば、自分に何が足りなかったのかが少しわかる気がします。

矢島:そういった時期を経て、今回はどういう意識で歌詞と向き合って、どういうものが書けたと思っていますか?

大比良:苦手意識があったからこそ、絶対に乗り越えたいなとは常にどこかで思ってて。自主レーベルを立ち上げて、久しぶりに全曲自分で作詞作曲をやろうと決めたからには、今自分ができることを見せたいなっていうプレッシャーと解放感の両方がありました。だからこなすように作るんじゃなくて、2ヶ月くらいはインプットの期間にしようと思ったんだけど、そのタイミングでエッセイ、短歌とかを読んで、言葉の力にたくさん感動したんです。

燃え殻さん、穂村弘さんとかの作品を改めて読んで、「こんなにおもしろい文章が世の中にいっぱいあったんだ」って思ったら、だんだん楽しく考えられるようになっている自分を目の当たりにして。あとは、くどうれいんさん、潮井エムコさん、古賀及子さんとか、他にも言葉のおもしろい人をたくさん発見する瞬間が、かけがえのない幸せな時間でした。今回の歌詞がいいか悪いかは置いといて、自分が楽しめるようになったことがすごく嬉しかった。苦手なことって克服できるんだな、って思ったかも。

矢島:実際、曲のムードや歌詞自体も、今作は「温かい」「愛」という言葉が似合うようなものが多い気がして。たとえば2023年の“I WANNA 罠?”だと、ちょっと投げやり感とか、自分と他者や世の中への否定感が出ていたと思うんですけど。自分の生き方も、曲に向かう姿勢も、前向きになれたのが音楽に表れているのかもしれないですね。

大比良:たしかに。「すぐに飲み込まれてしまう」と歌ってる曲とか《皆が首を振る》(“ねねねねね、”)という歌詞にはネガティブな感情が出ているけど、総合的には、自分で自分を守れるマインドになってきたから、ジャケットデザインのオレンジのような温かさが出たのかな。“I WANNA 罠?”は前のアルバムの中でも自分で作詞作曲したもので、少し自信がない中で書いていたのが曲の憂いや影として出ていたのかも。言葉の裏側というか、余白みたいなところに乗る感情っておもしろいですよね。今回は自分を大切にする方法が少しわかった上で、自分との向き合い方や社会との共存について歌えたことが、そういうムードに繋がったのかもしれないです。


「自分自身と繋がることを諦めないでいたい」

矢島:「自分を大切にする」というのはまさにタイトル『After All, All Mine』に表れているものであり、この1年の瑞希さんのテーマでもあったんですね。

大比良:そう。今ってSNSも便利で、誰とでもすぐに繋がれるのはすごいことだけど、他人よりも本当の自分と繋がれているかどうかがわからなくなってきて。「本当の自分って何?」ってなるけど、本来はどんなときの私も本当の私自身のはず。今までの私も私自身で、それがあったから今の私がいるし、「結局全て私のものだ(=『After All, All Mine』)」と思ったら、どこかちょっと心が軽くなるというか、「なんか大丈夫」と思えた気がして。本当の私探しは永遠に続くものだし、忙しくなってくるとブレたりもするけど、そのときはまた私を連れ戻してくるみたいな、そんな繰り返しなのかなって思ったりします。

矢島:「自分と繋がる」って、いい言葉ですね。

大比良:自分で自分を誤魔化しやすい時代な気がして。人と比べやすいし。常に情報がありすぎて、それもすごく楽しいけど、「誰かがいいって言うから、自分もいいって言っているんじゃないか」みたいなこともあるし。そういう時代だからこそ、自分自身と繋がることを諦めないでいたいなって。あまり人に流されず、いかに自分自身と向き合うか。生きていくことが大変すぎてそれどころじゃないし、本を読む時間もないし、という感じで日々磨耗されていくけど、もうちょっと自分のことを見る時間が増えたほうがいいよなって自分自身に思ったから。このアルバムが、オリジナルな自分を大事にできるような支えになったらいいなと思います。そういうことを自分にも言い聞かせている9曲かな。

矢島:今回「EP」とかではなく「アルバム」にしたのはこだわりですか?

大比良:サブスクで再生されるには「頻繁に曲を出したほうがいい」みたいなことを言われるけど、時代に逆行してみました(笑)。自主レーベルになって初めてのリリースで、制作進行的にも制作費的にもまずはEPにしようかなと思っていたんだけど、制作を手伝ってくれた神保さんという方に最初のデモの一部15曲くらいを聴いてもらったときに、「大比良瑞希の新しいフェーズや世界観を見せるためにはアルバムのほうがいいんじゃないか」という話になって。そうなったらアルバムで聴いてほしいから、先行配信も1曲だけにしました。

手応えとしては、もうちょっと届いてほしい感があるんだけど、流れを楽しんでもらうという意味では、アルバムにしてよかったなって思います。実際アルバムで楽しんでくれている反応もいただけて嬉しいです。まだまだ広げていきたいので、リミックスや弾き語りバージョンとかを入れたデラックスver.やレコードも出したいなと思ってます。

矢島:アルバムで表現したからこそ、瑞希さんの新しいモードがちゃんと伝わる作品になっていると思います。いろんな時期に作った曲が入ったアルバムだと、生き方に対する考えも音楽の方向性もバラバラな曲が並んだりするけど、今回の曲は全部、一言で言ってしまえば「After All, All Mine」というモードで統一されている感じがする。

大比良:そう伝わっていてよかったです! 去年の3月から12月までの私でしかないから、そういう意味では統一感があるかもしれない。

矢島:Logic(パソコンで音楽制作を行うためのソフトウェア)で作るようになったのも、今回から?

大比良:Logicは20歳くらいのときに大学の授業で教えてもらって、1stアルバムの『TRUE ROMANE』の曲は自分でベーシックアレンジをしていたんだけど、1st以降は「餅は餅屋」で、自分でアレンジをするのはな……みたいになっちゃってて。

矢島:そこも自信をなくしていたんですね。

大比良:そうそう。人との出会いも増えて、私よりもその人がやったほうがいいかなって思っちゃっていた部分もあるし、ちょっと逃げて楽をしていた部分もあったのかも。でも今回、「やっぱり私、アレンジが好きだったな」と思い出しました。Roos Jonkerの『Mmmmm』というアルバムが好きで、歌もめちゃくちゃいいのにピアノ、ギター、ドラム、サックスとかも全部ひとりでやっているMVが上がってて。さすがに全部の楽器はできないけど、その人の感じに憧れていたから、今回はできるところまでやってみようかなって思いました。


「もの作りの楽しさを改めて思い出した」──DIYだからこその発見

矢島:実際に自主レーベルを立ち上げると、曲をゼロから作るだけじゃなくて全体をプランニングして、スケジュールを立てて、いろんな人に連絡して、予算の管理もして……スタートからゴールまでの全部を自分でやらなきゃいけないのは、大変じゃなかったですか?

大比良:途中でこれを作り始めました。「デモ」「アレンジ」「コーラス」「ギター」「ミックス」とか、各曲どこまでやったのかをアナログで塗ると達成感を得られて、めっちゃ楽しくなってきた(笑)。

※本人提供

矢島:最近はタスク管理のアプリがいろいろありますけど(笑)。アナログでやるの、めっちゃかわいい。

大比良:紙でやると、途中でなくして、新たに作り直して、かと思ったら見つかって……結果3枚くらいになった(笑)。アプリとかも使ったけど、多少の不便さがあってもやっぱり紙が好き。まだ昨年はChatGPTを知らなかったですし(笑)。でも一人で全部を把握するために、タスク整理ツールや自己管理ツールについてもっと知りたくなりました。

あとは、最終ジャッジを自分一人でするということを、これまでは意外とやってなくて、今回はそれをやったことが自信に繋がったのかなと思います。チームがあることも夢のひとつだったから、他の人の意見を聞いたり最終ジャッジを一緒に考えたりすることもすごく楽しかったんだけど。自分でやると、1回録音したあとに「やっぱり録り直してみようかな」ということもできるし、最悪スケジュールも動かせるし。突き詰めることができてよかったです。

矢島:じゃあ今回できあがった9曲は、もちろん今までもそうだけど、より愛情深い感じ?

大比良:それは本当にそうかもしれない。曲だけじゃなくてMVやグッズも全部、0から10までの細かい過程を自分でできたから、1個1個の愛情は深まったかも。もの作りの楽しさを改めて思い出しました。もの作りに没頭する時間だけで生きていられたらいいなって、改めて思ったりもした。他のことも雑念として湧いてくるけど。

矢島:自分でやってたら、赤字も自分で背負わなきゃいけないし。

大比良:そう。音源やライブの総合で収益を考えるんだけど、「これ、大丈夫なのか?」「次の作品も作れるのか?」って急に焦ったりする(笑)。自分の作りたい音楽を作り続けるって本当に難しいよなって、改めて思います。評価や他人の意見を気にしないことを多少なりとも意識しつつ、音楽を好きになり始めた頃の気持ちを思い出して、芯の目的を見失わないでいれば、自分と自分がフィットして居心地がよくなって、自然と風向きもよくなってくるような気がする。自分が好きな創作物に触れて、今はそれを信じられるようになりました。


【リリース情報】


大比良瑞希 『After All, All Mine』
Release Date:2025.02.19 (Wed.)*
Label:Fetanu
Tracklist:
1. YAWARAKAI HOME
2. ねねねねね、
3. No No No
4. So It’s Not Too Late
5. CURVE
6. Tell Me Why
7. How are you feeling?
8. あいこが続いたみたいな
9. 夜を縫って

*CD:3月19日(水)リリース

配信リンク / CDリンク


【イベント情報】


『大比良瑞希 5th Album “After All, All Mine” Release One-Man Tour 25′ Spring -東京編-』
日時:2025年6月19日(木)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:東京・表参道 WALL & WALL
料金:ADV. ¥4,000 / DOOR ¥4,500(各1D代別途)
出演:
大比良瑞希 BAND SET

チケット詳細(TIGET)

大比良瑞希 オフィシャルサイト


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