FEATURE

INTERVIEW / MARTER


「少しでも社会をリードしていければ」――有機的な音楽へと回帰していくMARTER。その胸に秘めた想いとは

2019.10.04

〈JAZZY SPORT〉所属のMARTERは、稀有な音楽家だ。東京出身ながらも14歳でLAに移住。その後バークリー音楽大学を卒業し、エレクトロニックなサウンドを経て、現在は滋味深いオーガニックな音色を奏でている。

前作『This Journey』よりおよそ2年ぶりとなる新作『By The Ocean』は、アコギの音色を軸に、風通しのいいサウンドを展開。聴く者の心を浄化するかのような、優しさを湛えている。

今回はそんなMARTERにインタビューを敢行。シンプルながらも力強い魅力を放つ、同作の背景に迫った。(編集部)

Text & Interview by Naoya Koike
Photo by Takazumi Hosaka


「チャレンジを諦める必要はない」――異色のキャリアを経ての現在地点

――最新アルバム『By The Ocean』がリリースされてから少し経ちましたが、今のご心境は?

MARTER:いい反響をもらっていると思います。夏向きというのもあってか「聴いてるよ」と言ってくれる人も多いし、ドライブで聴いてる人もいるみたいですね。ツアーもあるので、これからが忙しいです。ライブでは、どの曲も演奏していますが、「For You」や「Vacation」、「美しき日々」は引き語りでも演奏しやすいので作ってよかったなと。

――ネオソウル的な『Songs Of Four Seasons』からアコースティック・ギターを手にした『This Journey』、そして今作とだんだんとオーガニックなサウンドに傾倒されていますね。

MARTER:アコギだと対人で一緒に曲を作れるし、どこでも弾けるし、アイデアがあればすぐ曲を作れるんです。それがよくて。打ち込みでビートを作るとなると、コツコツとやる必要があるじゃないですか。別にやめたわけじゃないんですけど、過程的に人とアナログな機材で楽しみながら作りたい、という想いが最初にあるんです。それで結果的に全体的なサウンドも生演奏になっていきました。ライブもバンドでやることが多いです。

――ギターを40歳を過ぎてから始めることに抵抗はありませんでしたか。一般的には「今さらなぜ?」と思う人もいそうです。

MARTER:そういう風潮が間違っていることを証明してやる、ぐらいの気持ちで始めました(笑)。歌に関してもそうで、取り組み始めた頃は反対ばかりでしたよ。それを打ち破って、やりたいことをやるために努力しました。僕は反骨心をモチベーションにできるんです。

――歌はいつから?

MARTER:昔から歌ってたんですけど、ヒドくて(笑)。自分が作ったトラックに自分の仮歌を入れて送ると、相手から「歌抜きで送ってくれない?」と言われたりしていました。軽いノリだったんですけどね。楽器と同じである程度練習を積まないとそれっぽく聴こえないということに気付いてからは、ボイトレをするようにしました。やっぱり変わってくるんですよね。やっと最近、ボーカリストとして名乗れるような自覚が湧いてきました。

自分から実践して「チャレンジを諦める必要はない」とみんなに言いたいですね。日本って「そんなので食っていけるの?」みたいな風潮があるじゃないですか。そんなの気にしてたら何にもできないですよ。

――「音楽で食う」という特別な意識はないということですか。

MARTER:もちろんプロ・レベルに持っていく、という気持ちは大事。でも、歌は高度な楽器なので、上達に時間がかかるんです。ただ、初期衝動なんですよね。子どもとかも自然に歌うじゃないですか。だからボーカリストに限らず、歌うことは大事だと思っています。

あと、特にやってよかったと思うのは、肉体が健康に保たれること。ただ弾いてるだけよりも全身を使うし、運動もしようかなと思えるので。健康的な人生になりました(笑)。


バークリー音大で受けたブラック・ミュージックの洗礼からテクノ、ジャム・バンドを経て、ルーツへ回帰

――今は湘南にお住まいなんですよね。

MARTER:はい。湘南は全体的に陽気ですね。あとは変わった人が多い。フリーの写真家とか、やりたいことをやっている人が結構いるんですよ。だから「音楽やってます」と言っても「それでやっていけるの?」みたいな風潮がなくて、アーティストにとっては住みやすい空気だなと思います。

――もともとは海外で育ったとのことですが、それについても教えてください。

MARTER:14歳の頃から親の転勤で8年間アメリカにいました。その頃はエレキ・ベースを主に弾いていたんです。バンドを組んで、そこで演奏の喜びを知りました。パーティとかの演奏も楽しかったですね。

――バークリー音楽大学では何を勉強されましたか。

MARTER:ハーモニーやイヤー・トレーニングなど、全般的に勉強しました。一番印象に残っているのは、ゴスペルやR&Bをやっている黒人コミュニティで演奏したこと。もともとMiles Davisとかは好きでしたが、そこで一気にブラック・ミュージックに目覚めました。ドラマーが僕の隣で、すんごいグルーヴを出していたり(笑)。タメて弾く感覚を学びましたね。やっぱり黒人は小さい頃から聴いているからかもしれませんが、リズム感も筋肉もスゴいですよ。エグいドラマーたちをたくさん観れました。

ゴスペルのミュージシャンはポップな音楽に比べて誰にも知られていない人が多いです。それでも「ジーザスのためで意味のあることなんだ」って言うんですね。自分より大きい存在のために弾く、という価値観に触れたことも印象に残っています。

――ブラックへの憧れというのは今もあります?

MARTER:今は人種とか関係なしにそういう音楽を演奏する人もいるので、良いものはいいと思ってます。

――日本に帰ってきたのは卒業後ですね。

MARTER:帰国後はテクノにハマって打ち込みをやってました。あとはドラム・佐藤大輔とふたりで渋谷のモヤイ像の前やマルイの前で永遠とグルーヴ、みたいな演奏をしたり。その頃はまだ路上演奏で止められたりもしなかったんですよ。あと、ジャム・バンドもやってました。Cro-Magnonやphatがいた2000年くらいの話です。

MARTER:でも、20代の頃ってカッコいいことをやりたいじゃないですか。僕も捻くれていて、コード進行もリズムも複雑な曲を作ってました。ドラムンベースにディレイをかけて、今でいうダブステップみたいな。自分では最先端を行っていたつもりだったんですけど(笑)。

――そこから脱却していく過程も知りたいです。

MARTER:打ち込み系の場合は大きな音で鳴らさないと盛り上がらないし、歌も入れたらカラオケになっちゃうんです。演奏している方としては同じ曲を同じテンポでやるのもキツくて。それで行き詰っていた頃に出会った友達とジャズとか生演奏をするようになって、「人と演奏することで音楽好きになったんだよな」とルーツを思い出したんですよ。その時のバンドは先ほどの白石才三と、Lauryn Hillのバンドにいた宮崎大とか、アメリカ在住の人ばかり。彼らは僕が卒業してからバークリーに入った連中でしたが、たまたま日本で出会ったんです。

――打ち込みをしていた頃みたいに複雑な演奏を目指したりは?

MARTER:もう普通にストレートなレゲエをやったりですよ。もちろんジャジーなコード進行とかはありましたけど、不可能なことを追求するのには疲れたんです。誰も作ったことのない音楽って難しいじゃないですか(笑)。それだったら王道なコードのパターンでも自分なりにいい曲を作りたいな、という考え方になっていきました。シンプルでみんなが共感できる音楽の方が良いと今は思ってます。


「歌で世の中を良くできれば」――病んだ現代社会に対する想い

――その当時は「売れたい!」という考え方はなかったんですか。

MARTER:ないですね。その頃から経済システムには疑問を持っていて、革命のメッセージを発信したいと思ってました(笑)。とにかく売れる、ということを優先する人もいますが、売れても今だけのこと。それよりも実力を付けてからお金が付いてくる、とイメージしていました。人のために演奏をしてお金を稼ぐ、という確実でズルのない活動を周りもやっていたので、僕もたくさんライブするようになったんです。やっぱりステージを重ねると実力も付きますから。これからの時代は結局そこじゃないですか。

MARTER:付加価値とかで芸能人的に売れるというよりは、本当に音が良ければ世界中から注目されるし、されるべき。そういうチャンスはいくらでもあるから、良い曲と良い演奏で突き進んでいく方がよっぽどいいですよ。作っている時に、時々「これは売れ線なメロディだな。売れるかも」と思ったりはしますけどね(笑)。

――時代の音楽は気にされませんか?

MARTER:数年前からオンタイムのトレンドをフォローしなくなりました。結局、曲が良くて声の良い人だったらアレンジはそこまで関係ない気がします。「こういうビートがクールだ」というのは行きつくところまで来たと思っていて、クラブ系の音楽でも新しいジャンルも出てこないですし。トラップとかのダークな音楽でカッコいいって思いたくないところもあります。もちろんそういうサウンドは耳には入ってくるんですけど、結局は後ろにあるメッセージが重要ですし、テクノロジーでいくら編集してもそれだけじゃダメなんですよ。コンピュータで作る完璧な音楽は誰でも作れちゃいますからね。それだったら違うところに行きたいです。

――過去のインタビューなどを拝見しましたが、テクノロジーとの向き合い方については、確固たるご自分の意見をお持ちのようですね。

MARTER:ちょっといきすぎというか、自分も含めてスマホやSNSを見すぎだなと常に感じていますよ。5Gの電波も人体や動物に有害だという話もありますし。もちろん良い面もありますが、技術に人間がハックされるんじゃないかという心配もあります。

――一方で、情報が多くなった分、若い世代の音楽家のスキルは飛躍的に向上しました。

MARTER:18歳でめちゃくちゃ上手い人とかもいますよね。もう音楽学校とか行く必要ないんじゃないかなって思います。でも、「上手いだけじゃダメだよ」と上の世代が教えないといけない。やっぱり、味なんですよ。音楽の魅力って、必ずしも技術と比例するわけじゃない、ということ。聴く側の評価もそれぞれですし。でも、彼らの将来はとても楽しみですね。

――今後やっていきたい活動などがあれば教えていただけますか。

MARTER:癒しや自然の良さみたいなものも歌っていきたいですね。最近作る曲は日常でグッときたイメージをきっかけに書くことが多いです。SSWとして歌詞にどんな言葉でも込められるので、歌で世の中を良くできればと。やっぱり日本は商業ベースというか、音楽が文化の一部として根付いていない部分があるかもしれません。でも、音楽が好きな人の熱量はすごいので、その人口が増えていけば嬉しいです。リスナーの方々にも良いものと悪いものを聴き分けられるようになってほしいですね。「みんなが好きだから、これが好き」という安易なものではなく、自分が本当に好きなものを選んでいくことが大切。そのためにも若い世代も含めて実力のある人が前に出ていってほしい。

僕がそういうところで貢献したい、と思うほど病んでいる状況が今の日本にはある気がします。自分の気持ちを言えない人も多いですし。ひきこもりの人とかも外に出て踊ったりすれば、楽しめるはずなんですよ。ミュージシャンには時間がありますし、世界情勢を見ながら少しでも社会をリードしていければ良いですね。

――すでに始まっている『By The Ocean Release Tour』についての意気込みも聞かせてください。

MARTER:その場その場でベストを尽くすのみですね。日ごとに曲も考えて、準備していきます。会場も今までお世話になった場所が多いので、ファミリーって感じ。ライブのブッキングは自分でやっていて、お店やオーガナイザーとの繋がりのなかで交渉しています。自分でやるというのが、僕にとって一番ベーシックなことだと思ってます。

MARTER:基本は弾き語りなんですけど、東京公演だけバンド編成やる予定です。ギター・コスガツヨシ、ベース・Zak Croxall、ギター・朝田拓馬、ボストンからちょうど帰国している鍵盤・Yusaku Yoshimuraと豪華な編成になってます。新しい人にも来てほしいですね。

――その後の予定は?

MARTER:年内はライブできるところでたくさんやって、合間で曲を書いて、またアルバムを出したいです。アルバムに入れられなかった曲も合わせると数はすでに結構あるんですよ。来年の今くらいにリリースできるのが理想ですね。


【リリース情報】

MARTER 『By The Ocean』
Release Date:2019.07.17 (Wed.)
Label:rhythm zone
Tracklist:
01. 新しい世界 (album mix)
02. Come On Over (album mix)
03. Shining Star (album version)
04. For You (album version)
05. 真夏の海 (album version)
06. Vacation
07. The One I Love (album verion)
08. I’ll Always Be By Your Side
09. A Place I Belong (album version)
10. 美しき日々
11. Beach House -bonus track-
12. Wonderful Day – alt. version – -bonus track-


【イベント情報】

MARTER 「By The Ocean Relece Tour」 in TOKYO
日時:2019年10月25日(金) OPEN 19:30 / START 20:00
会場:東京・渋谷7th Floor
料金:前売 ¥3,000 / 当日 ¥3500 (1D代別途)
出演:
MARTER

チケット発売中:e+

※全席自由席)
※フル・バンドでのライヴになります。

MARTER オフィシャル・サイト


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