FEATURE

INTERVIEW / ermhoi


──早回しの社会に“待った”をかけられるのは、音楽だけなのかもしれない

2023.06.05

ermhoiがニュー・アルバム『Junebug Rhapsody』を6月2日(金)にリリースした。

本作は2015年、当時まだ大学に在籍しながら発表した1stアルバム『Junior Refugee』を今のermhoiが再解釈し、新たな作品に昇華させたというアルバムだ。リマスターやリミックスではなく、再構築。『Junior Refugee』と本作を聴き比べると、8年前のermhoiと現在の彼女の差異がありありと浮かび上がってくる。そしてそれはレーベル〈Salvaged Tapes〉の今年のコンセプトである“Water Reflection-水鏡-”というコンセプトともリンクする。水面に映し出されたのは似ているようで、しかし確実に異なる自身の姿。

今回のインタビューでは本作の制作背景を紐解くと同時に、millennium paradeやBlack Boboiのメンバーとしての活動を経た、彼女の現在地に迫る。(編集部)

Interview & Text by Naoya Koike
Photo by Kana Tarumi


「画家が絵に手を加えるように、過去を美化する」

――本作の制作期間はどれくらいでしたか。

ermhoi:3月頃に本作の作業が終わりました。全工程は2カ月以内で、特に集中したのは1週間ほど。今は「早く次作を作らなきゃ」という感じですね。

――8年前のアルバムを再構築しようと思ったのはなぜ?

ermhoi:『Junior Refugee』は趣味の範疇で、人に聴かせることも考えずに作った初期衝動的な作品でした。自由だし何でもあり。でも、そこで止まっている。先にあるクオリティや説得力が足りない、と今聴いて感じたんです。

ここ数年あまりにもすごい方々と一緒に音楽をクリエイトさせてもらって、自分の道のりを振り返ったときに『Junior Refugee』を今のアイデアで作り直したいと思ったんです。完成形にしておかないと、作品の魅力が埋もれたままになってしまう気がして。

ermhoi:過去を肯定する態度として再プレスという手もありましたが、「在庫がなくなったので再プレスしたい」という声に対して私がずっと「待った」をかけていたんです(笑)。画家が絵に手を加えるように、過去を美化するのもありかなと。だから8年後にミックスし直したり音質を高めるのではなく、再構築する形を採りました。

――前作『DREAM LAND』は〈SPACE SHOWER MUSIC〉からでしたが、今回は再び〈Salvaged Tapes〉からリリースする形ですね。

ermhoi:あくまで前作の場合も個人活動の範疇での契約で縛りはないですし、元の音源を出したレーベルから出すのも自然な流れでしたね。〈Salvaged Tapes〉は毎年テーマを立てて作品をリリースしているのですが、2023年の“Water Reflection-水鏡-”というコンセプトが『Junior Refugee』をどうにかしたいと思っている自分の気持ちとマッチしたのも大きかったです。

もっと具体的にいうと、水鏡に反射した像って滲むじゃないですか。過去の作品を映した時にクリアではないけど、実物より幻想的なものが反射するイメージがしっくりきて。ここ最近は音楽にザラつきやノイズを加えることが増えましたが、その感覚にも近いなと感じました。

――予算規模の大きい制作や現場も体験されてきたと思いますが、メジャーとインディのバジェット感で音楽の作り方は変わります?

ermhoi:昔よりも時間とお金を投資すべきことは理解しつつ、スタンスはそこまで変わっていないと思います。ただ、どこまで詰めて作っていくかの熱量は予算によって違うかもしれません。ただ自分の音楽は万人ウケしないし、そこを目指してるわけでもないので、どんな環境でもミュージシャンとして正直に作ることを心掛けています。

そういえば、イタリアに住んでいた頃、近所に住んでいた現地プロデューサーに「曲の作り方を教えてやるよ」と言われ、面白そうだから曲を聴かせたことがありました。彼は「いい曲だけど売れる曲にするにはサビを頭に持ってきた方がいい」と全体の構成を変えてくれましたが、その曲の魅力がなくなった気がして(笑)。あれは「売れる内容にしても自分は納得できない」と感じた最初の出来事でしたね。

――その流れでいうと、新作の楽曲も構成が明確でなく、徐々に変形していく曲が多い印象です。どのように音楽を構想したのですか。

ermhoi:曲によって違います。どちらかというとアンビエントや映画音楽に近い作り方ですかね。例えば映画で映像が突然サブリミナル的に入ってくる時や、主人公がダラダラ歩くだけのシーンのスピード感って作品を盛り上げる大事な要素だと思うんです。

それと同様に音楽も“A、B、サビ……”ということではなく、“ここで感情を増幅させるのか/ぶった切るのか/ショックを与えるのか/穏やかにするのか”と考えていますね。ただ私の音楽はメロディも歌詞もサビっぽい部分もあるから、ポップ・ソングにも聴こえなくもない。だから「これは何だ?」と困惑する人もいるかも(笑)。

――アートワークも印象的でした。

ermhoi:担当してくれたcomuramaiさんは、数年前から人の肌だったり、インティメートな世界観が素敵だなと思っていました。今回は“水鏡”というコンセプトを解釈してもらったり、“見えそうで見えない”という抽象的なイメージを撮ってもらいました。写真を印刷したものを再び印刷したものなんです。

――アルバムや曲のタイトルの意味も気になります。

ermhoi:タイトルは『Junior Refugee』を『Junebug Rhapsody』として、曲は「Call South Shofar」を「Fall Mouth So Far」にするなど、それぞれ韻を踏んだ言葉に置き換えています。言ってしまえば言葉遊びみたいな感じですね。


「日常的にみたことや感じたことをコラージュしている感じ」――抽象性の高いリリックについて

――なるほど。では具体的に曲をどう再構築していったのか教えてください。

ermhoi:元データを活用しているので、ほぼ歌は録り直していません。新規の箇所は2、3節ほど。また英詞を日本語にした曲もあります。それも元々が日本語だったのに、(『Junior Refugee』を)リリースする際に「やっぱり英語にしよ」という気持ちのブレがあったから。単純に英語の方がカッコいいかな、っていう(笑)。でも、今は英語と日本語の両方で書くようになって、日本語の方がしっくりきたんですよね。

日本語に合うメロディと英語に合うものは異なります。例えば、日本語は発話毎に切っても成り立つので器楽的な旋律に合いますが、英語やイタリア語はイントネーションやリズムを言葉に寄せないと意味が通じにくい。日本語の方が自由な気がしますね。

――それは「なぜ日本語以外のボカロ・ソングが聴こえてこないのか?」という問いの実質的な答えだと思いました。

ermhoi:確かに。J-POPのメロディにおける複雑さは歌詞の乗せやすさに拠るのかもしれません。

――各曲について聞かせてください。まず「Misunderstood」はハイハット部分のBPMが徐々に落ちるイントロが、「Nile River」はディストーションされた声がそれぞれ印象的でした。こちらはどのように着想されたのでしょう。

ermhoi:原曲「Second Thought」はリズム・パターンが鍵なので、それを冒頭に提示してから変化させていくアイデアでした。そういう展開を打ち込むのも「AbletonLive」なら簡単にできるんですよね。

8年前はFKA twigsなど、UKのエクスペリメンタルなサウンドが好きでした。「Nile River」はそれを思い出しつつ、さらに発展させる形で作りました。ただ実験性があるというだけでなく、イメージを伝えるための方法として考えられている音楽には今でもグッときます。

――元アルバムはkaito sakumaさんがミックスを担当されていますが、今回はご自分でされていますね。

ermhoi:kaito sakumaさんは今やアートの分野で大活躍なサウンドアーティストですよね。一緒に仕事ができたことをすごく光栄に思っています。最近はミックスもクリエイティブの一部だと位置付けるようになったので挑戦するという意味も込めて自分でやるようになり、ミックスとマスタリングの重要性をより痛感するようになって。例えば「Feats」はブラジルのレーベル/コレクティブ〈Voodoohop〉周辺アーティストのサウンド・デザインを参考にしました。

――その「Feats」や「The Bird’s Lie」はより歌モノに近い楽曲だなと感じましたが、リリックはどのようなトピックなのでしょう?

ermhoi:「Feats」は雇い主と被雇用者の関係性や過酷労働を抽象的に歌っています。「The Bird’s Lie」は日本語で、メッセージというより日常的にみたことや感じたことをコラージュしている感じ。《第三者は見ているようで見てない》というフレーズは実際に当時感じた落胆についてでしたが、今はSNS社会に対して“そこまで気にしなくていいよ”というポジティブな意味合いの解釈に至りました。

身近なことに対して歌っていた内容が拡大解釈できたり、システムや恋愛、戦争についての話にも当てはめられるのが抽象性のよさ。“はっきり書かないことでごまかしている”という見方もあるかもしれませんが、私はこの曖昧さが好きなんです。


「自分の初期衝動と向き合うこと」

――8年前と今で一番変わったところはどこでしょう?

ermhoi:何だろう……。音楽を生業とするようになったので、聴き方や取り組み方は全く違います。真剣に音楽と向き合う人たちと出会い、自分が甘っちょろいと思わされたこともありました。今は本気でやらないと彼らに顔向けできないという気持ちが強くて。それと同時に、音楽へのリスペクトも増していますね。

――逆になくなった、失ったと感じる部分はありますか?

ermhoi:「作らないとやってられない!」というような初期衝動はなくなりました。他人の曲を聴いて「私もこういう曲作りたい!」って思ったり、家に帰ったらすぐに制作したり、っていう感じで、今よりもエネルギーを注いでいたなと。今は音楽が中心の生活で日常的に作っていますし、必要に迫られることは少ないです。だから『Junior Refugee』の再構築は、自分のそんな初期衝動と向き合うことでもありました。

――今後はレコ発ライブも控えているそうですね。

ermhoi:『DREAM LAND』を出した時はバンド・セットでツアーしました。集団の中で演奏するときとソロでのパフォーマンスは別物ですね。人と一緒にやると脳内が外向きになって、自分の音楽だけど違うものになる感じ。ひとりのときは自分の音楽のまま提示するので責任は重いですが、それを貫くことも再びやらないといけないと考えています。

――海外にも活動の幅を広げたいと考えているとか。

ermhoi:日本で10年ほど活動させてもらったので、今度は海外もチャレンジしてみたいです。来年くらいには自分のルーツでもあるヨーロッパを中心にライブができたらなと。

――ちなみに日本の音楽シーンについて、ermhoiさんが感じることなどはあります?

ermhoi:夫の出身地・オーストラリアではインディのSSWのアートワークにも文化庁的なところから助成金をもらっている表記があったりして。そういう仕組みが日本にももっとあればいいなとは思いますね。

ただコロナ禍のときに感じたことですが、日本にも助成金のシステムが意外とあるんですね。美術界隈だと活用する人が多い反面、音楽関係者は活用していない気がします。

――日本では成り上がり的な、自力で稼ぐことが美徳だという考えが強いのかもしれません。

ermhoi:“ちゃんとビジネスにしないと”って考えがちな気がします。確かに音楽は商品になりやすいですが、全員がそうなると売れる、わかりやすい音楽ばかりになってしまう。それとは別のやり方を考えていく必要がありますよね。

――逆にマンガなら「pixiv」や「Kindleインディーズ」、ライターなら「note」などのプラットフォームで非メジャーの作家がマネタイズする流れがありますが、音楽ではいわゆる「続きを読む」や「おまけカット」などの付加価値を付けづらい点で、難しさも感じます。

ermhoi:視覚コンテンツとの差がそこに出ますよね。音楽を聴くって時間のかかる行為だから。時間をかけて体感するという意味で映画に近いというか。

――ただ映画を早送りして観る人が増えている一方、音楽は早送りできないですよね。したところでアレンジ違いや別バージョンになってしまう。TikTokの影響による“Sped Up ver.”もリミックスとして考えられます。とすれば、音楽は早送りできない唯一の時間芸術なのでは?

ermhoi:確かに。時間をかけることで「おまけ」がもらえるなどの利点があることよりも、本来は時間をかけて聴くこと自体がベネフィットなはずなんです。人との関係もそう。お酒を飲まなくても1時間じっくり話せば、いい話ができたりする。

瞑想も時間を緩める行為だから流行ってると思うんです。そこに音楽は入り込む気がしていて。リラクゼーションなサウンドという意味ではなく、早回しの社会に“待った”をかけられるのは音楽だけなのかもしれないから。


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【リリース情報】


ermhoi 『Junebug Rhapsody』
Release Date:2023.06.02 (Fri.)
Label:Salvaged Tapes
Tracklist:
1. Fall Mouth So Far
2. Misunderstood
3. Strenuous Blur
4. Pie
5. Nile River
6. Feats
7. The Bird’s Lie

Recorded & Mixed:ermhoi
Mastered:Stephan Mathieu
Performed:ermhoi
Composed:ermhoi
Artwork:comuramai
Key Visual:Hiroki Morioka

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