FEATURE

INTERVIEW / 甲田まひる


先の保証は何もない、だからこそ後悔のない作品を──22歳のリアルを綴った1stアルバム『22』

2023.07.15

あるときはInstagramのファッション・アイコン、あるときはジャズ・ピアニスト、そしてまたあるときはポップ・スター──22歳にして異色のキャリアを築く甲田まひるが、SSWとして初のアルバム『22』を7月12日(金)にリリースした。

今作では全曲の作詞作曲を自身で手がけるほか、共同作曲/編曲に野村陽一郎やSUNNY BOY、UTA、前田佑、Shingo Kubota、DJ Mass MAD Izm*などが参加。また共同作詞には元SUPERCARのいしわたり淳治、ドラム演奏に石若駿など、幅広いシーンから錚々たるメンバーが集結し、作品に新たな風を吹き込んだ。

無類のヒップホップ好きであり、プロのジャズ・ピアニストとしても知られる彼女が見つけたポップスの形とはどのようなものだったのか。アルバム制作の最終局面を迎えるタイミングで、甲田まひるに話を訊いた。

Interview & Text by MINORI
Photo by Ayaka Horiuchi


「またいつの日か」が嫌いな理由

――昨日のインスタライブ拝見しました! 甲田さんが抱える“日常のもやもや”──例えば、周りの目が気になってレストランのメニュー表にあるオノマトペが言えなかったり、電車内で歩いているときに視線が気になって車両を移動できなかったり──について話されていて、すごく共感しました。日常生活では結構気を使うタイプなんですか?

甲田:子供の頃はおてんばで、お母さんが言うには育てにくいわけではないけど、思ったことを何でも口にする子だったらしいです。それが成長と共にだんだん薄まってきて、小さい頃に比べたら周りの目を気にするようになりました。

――その変化には、作詞を始めたことが関係あると思いますか?

甲田:私も最近そういったことを考えていて。それまではピアノを使って音だけで表現してきたので、自分の気持ちをアウトプットする場所がなかったんです。それに比べて、作詞は気持ちを整理することがメインの作業になるので、そこは結構影響してるかもしれません。

人とのコミュニケーションの取り方は直接的には変わってないんですけど、歌詞が書けるようになってくると、自分の自信のなさが見えてきたんです。会話の中で自分の言葉がどういう風に届いたか不安になったり、相手がどういう反応をするか気になったりするようになりました。

――先行シングルの「22」では、より素直な今の気持ちを歌っているように感じます。例えば《財布の中身が同じくらいの子じゃなきゃ遊びづらいよ》というラインなど。

甲田:本当に思ったことを書いただけなんです(笑)。この歌詞も一個の例で、財布に限らず、何もなければその人と心を通わせて仲良しでいられるはずなのに、他の要素があることによって付き合い方が変わるとか、気を使わなきゃいけない。それってすごく無意味な感じがして、とても嫌なことだなって。

――年齢を重ねることによって、そういうことが増えていきますよね。同じく「22」では《これでもありったけの愛を持って生きてるの 誰かにあげようとしたって、渡し方も知らないんだ》という歌詞も気になって。

甲田:「これでもう精一杯なんだ」と開き直ってるんですよね。だけど、どうやらこの愛を与えることが大事らしい。みんなそう言うけど、それをどうやって与えればいいのか、誰にも教わってないからわからないし、今は自分のことで精一杯っていう状況を書きました。

――甲田さんがご自身のファンに喜んでもらって嬉しいときの感情って、愛を与える、もしくは愛をもらうときと近い感覚だったりしますか?

甲田:そうですね……。でも、今は自分が誰かに与えられるくらい余裕のある人間だと思ってなくて。自分の価値を客観視できてないというか、定まっていないというか。自分が持っているものを誰かに渡すっていう、次のステップに行くことがすごく難しい。それが今の年齢の一番のテーマかもしれないです。ただ、歌詞ではそうやって書いていても、プライベートでは逆に人のことばっかり考えたりしていて。聞こえ方としては矛盾しているように思えるけど、結局それも、自分で自分の価値をちゃんと定義できていないことが原因だと思っていて。

――自分のことで精一杯なのも、人のことを考えすぎることも、結局は自分の価値が定まっていないことが原因なんですね。とても素直な言葉だと思います。

甲田:そうですね。本当に歌詞って一回聴いただけでは全部は伝わらないと思っていて。大サビでは《「またいつの日か」そんな言葉は嫌 ねぇ、明日になればずっと私は 今日よりも老けちゃうんだよ》って歌ってるんですけど、最近“未来は約束されていない”っていうのをすごく感じるようになったんです。だからこそ、誰かとちゃんと約束をしたいってすごく思って。あやふやに「またいつかね」って言い合うことが不安になっちゃったというか、とにかく一日も無駄にしたくないっていう気持ちを書きました。これは自分で生きてきて、一番素直に思ったことかも。

――特にハタチを超えた辺りからそんな感覚が襲ってきませんか?

甲田:そうなんですよ(笑)。なんかいきなり焦るわけじゃないけど、意外と時間がないことに気づき始めて。

――同じく「22」の《求められてること以上にやって 大人に褒められたりしたけど》というラインは、甲田さんが10代の頃の話でしょうか? 今振り返って、その頃のことをどう思いますか?

甲田:今の事務所には小学校6年生くらいのときに入ったんですけど、その頃から大人の方たちと毎日のように一緒にお仕事をしていて。元々年上の人が好きだったので、居心地良かったんですけど、そのうちに“こうすれば褒めてもらえる”ってことがわかってくると同時に、“これをやらないと納得してくれないだろうな”って思い始める。そこで得られる幸せと、自分がやりたいことに挑戦して満たされる気持ちって違うのかなと思って。今まではそれをよしと思ってやってきたけど、本当にやりたいことはなんだろうと、振り返ってみた歌詞です。

――「22」の作詞にはいしわたり淳治さんが参加されていますね。

甲田:去年リリースしたEP『Snowdome』に収録されている「SECM」の中で、“KONMARI”で韻を踏んでるラインがあって。それをいしわたりさんが連載記事で取り上げてくれたことがきっかけで、ご一緒させていただきました。

「メジャーデビューから約1年のアーティスト、甲田まひるの光るワードセンス」(いしわたり淳治のWORD HUNT)

甲田:私が書いた歌詞を見てもらったら、《結局真面目な》っていう言葉に注目してくれて。「ただの真面目じゃなくて“結局”が付くことによってオチになるから、なんで“結局”って出てきたのかを考えながら書いた方がいい」とアドバイスしてくれました。それからもっと不真面目な部分も出るように、ちょっとした言い回しを変えたり、語尾を上から目線にしたりとか、視点を変えることにしました。

あと、「こういうテーマだからこそ、自分で書かないと意味がない」とおっしゃっていて。基本的には自分で書いて、譜割りなどで不安な部分で助言をいただきました。人のアドバイスでこんなに筆を動かしたことはなかったので、いしわたりさんって凄いなって思いました。

――いしわたりさんに参加してもらうことに対して、緊張したり萎縮してしまうことはありましたか?

甲田:最初はすごく緊張していて、「これでいいですかね……?」みたいな感じでおどおどしながら見てもらいました。でも、毎回「いいじゃん」と言ってくれて。すごく優しく接してくれるし、いつも客観的な意見をくれるので、納得しながら進めることができました。

――曲のタイトルは最初から「22」だったんですか?

甲田:最初から「22」って曲を作ろうと思ってましたね。数字の中で“2”が一番好きなんです。自分の年齢に2が2つ揃うのって、もう人生ではこないじゃないですか。


多彩なアレンジャー陣との化学反応

――「22」には編曲に野村陽一郎さんがクレジットされています。

甲田:デモができて、どなたかにアレンジをお願いしようと思い、私の方で何人か希望を出したんです。陽一郎さんはその中でも私のやりたいことを形にしてくれそうな方だと思ったんですけど、偶然スタッフさんが昔からの知り合いで、その場でお願いできるか連絡してくれました。

陽一郎さんはギタリストでもあるので、「これ、どうやって弾いたの?」って聞いてくれたり、コードの話でも盛り上がって。すごく音楽的な時間を過ごすことができました。「22」を聴くとその楽しかった記憶が今でも蘇ってきます。

――制作はどのように進めていったんですか?

甲田:完成版のあのイントロを、最初は崩そうと思ってたんです。ただ、デモ音源を陽一郎さんに聴いてもらったら「このイントロがいいんじゃん!」って言ってくれて、私が作ったイントロを活かす形でアレンジしてくれました。「22」は自分の中でもよりポップスに振り切った曲なんですけど、サビはロックっぽく、メロディはJ-POPっぽく、でもビートは今っぽくキックが重い、みたいなバランス感を大切にしました。

――アルバムでは他にもアレンジャーやプレイヤーとして多くの方がクレジットされています。

甲田:「Snowdome」でSUNNY BOYさん、「Take my hands~君となら~」でUTAさんに参加してもらったんですけど、おふたりとの曲作りがすごく楽しかったので、今回のアルバムでは同じプロダクションに所属している前田佑さん、Shingo Kubotaさんにも参加してもらいました。

ドラムを叩いてもらった石若駿さんは『PLANKTON』っていう私のジャズ・ピアノのアルバムでもお世話になっていて。ベースは石若さんと一緒にSMTKというバンドも組んでいるマーティ(マーティ・ホロベック/Marty Holoubek)にお願いしました。マーティも昔から一緒にセッションをするような仲で、今まで自分のやってきたことが今回のアルバムで結実した感覚があります。

――「One More Time」に参加しているDJ Mass MAD Izm*さんとはどのようにして出会ったのでしょうか?

甲田:Massさんとは4年くらい前から交流があって。西野カナさんの作品などにも参加されてるんですけど、DJでもあるMassさんは90年代のヒップホップにとても詳しくて。そこで意気投合して、「何か一緒にやりたいね」って話をしていたんです。今回のアルバム制作でブーンバップなデモが生まれたので、すぐに連絡しました。

――「One More Time」はラップのリリックも具体的かつテクニカルですよね。

甲田:歌詞を考えるのがとにかく好きなんです。この曲は1年半ぐらい前に書いたんですけど、しっかりラップする曲で、なおかつ失恋ソングにしたくて。「今夜はブギー・バック」みたいなシンプルなサビがあって、その周りは全部ラップ、みたいな構成をイメージしていました。

――リリックにはストーリーが感じられます。これは全てフィクションなのでしょうか。

甲田:そうですね。自分は失恋を引きずった経験がまだないので、逆にそういう人の気持ちを想像しました。「強がって忘れようとするけど、やっぱりまだ好き」っていう感情。ただ、この曲を作ってるときにダンスで負傷した左足がすごく痛かったり(《左足を引きずったりしてんだ》)、スマホもよく落としてたので(《ベッドの下に落としたphone》)、本当のことも入ってます(笑)。

あとはちょこちょこ小ネタも入れていて、《ima feel like havoc where’s my prodigy at?》っていうのは、気持ちをMobb DeepのHavocに喩えています。《言葉じゃなくて心でunderstand it》はJOJO(『JOJOの奇妙な冒険』)のセリフをオマージュしていたり(笑)。


同世代にも自然と響く音楽を

――「Ame Ame Za Za」にはHomunculu$さんが参加されているんですね。

甲田:元々ラッパーのWatsonさんのことがライブも観に行くくらい大好きで、彼の作品経由でHomunculu$さんのことも知りました。ぜひともご一緒したくて、ダメ元でご相談してみたらお受けいただけて、個人的にはとても嬉しかったです。Chief KeefとかPlayboi Cartiなどをリファレンスにして、「コワイ系にしてください」ってお伝えしたら、Homunculu$さんヴァイブス全開のめちゃくちゃカッコいいトラックが返ってきて。遠隔で何度かやり取りして完成させました。

――先行シングルをピックするとポップな側面が印象的ですが、アルバム全体で見るとだいぶヒップホップ色も強めで。甲田さんの趣味趣向が表れているんだなと。

甲田:年代、国内外問わずヒップホップは大好きですね。私は結構リリックが聴き取りやすいラッパーが好きなんですけど、それこそWatsonさんはリリックも強いし、まず声がカッコいい。

――Watsonさんは書き起こせるくらいにリリックが聴き取れますよね。アルバムではヒップホップやR&Bをベースにしながらも、甲田さんらしい煌びやかな雰囲気も随所に感じられます。自分らしさを曲に出すために、意識していることはありますか?

甲田:曲ごとの細かいアレンジの部分でならいっぱいあるんですけど、全体的な雰囲気については特に考えていなかったです。ただ、誰とご一緒しても自分っぽさが残るようには意識して、アルバム全体がバラバラにならないように気をつけていました。曲が揃ってきてから通して聴いてみると、意外と全部自分らしくなっていてよかったです。

――じゃあ、アルバムのテーマみたいなものは事前に決めてはいなかったんですね。

甲田:全く決めてなかったです(笑)。

――(笑)。あと、甲田さんのラップ・スタイルが確立されてきているように感じました。ラップをするにあたって参考にした方などはいますか?

甲田:たくさんいます。私は「California」(2021年)で初めてラップをしたんですけど、やっぱり最初は自分が思い描いた声の出し方とかもできなくて。それこそ大好きなCardi BやCLはめちゃくちゃリピートして聴きましたし、Q-Tipの滑舌のよさだったり、息を吸うタイミングや長さを研究したり。あとはKanyeの重心が低いラップも参考にしました。例えば《Power》っていう単語が自分の曲に出てきたときは、色々なラッパーの音源を聴いて、それぞれの発声の仕方を勉強して取り入れてみたり。自分としてはまだまだやり方を模索している段階かなって思います。

――甲田さんはジャズやヒップホップをバックグラウンドに持ちながらも、今はポップスをメインに音楽活動をされています。それはなぜなのでしょうか?

甲田:私の中には二面性があって、「22」でも歌っているように、こうしたい自分もいるけど、それを押さえつける自分もいる、みたいな。だからヒップホップもジャズも好きだし、それと同じくらい純粋にポップスも好きなんです。

元々ファッションが好きなことも関係しているかもしれないんですけど、ジャズ・ピアノを弾いていても、歌っている人を見ると、目立ってて羨ましいなって思ったりして(笑)。フロントに立つのが好きなので、何かをサポートするっていうのがあんまりしっくりこないんです。Ariana(Grande)のようなポップ・スターも大好きで、真ん中に立って、かわいい服で歌って踊りたい気持ちがずっとあるんです。

――Ariana Grande、私も大好きです。

甲田:Arianaって、曲はポップにまとまってるのに、ビートはめっちゃ重かったりして。ラップも自然に取り入れてるし、そのバランス感覚に憧れちゃいます。同じような理由で安室奈美恵さんも理想的ですね。彼女たちのようなダンス・ミュージックを自分で作って歌いたい。憧れてるアーティストさんに少しでも近づくために、今は色々と勉強しています。

あと、ジャズをやってるときは、どうしても同世代に届いてる実感が湧かなくて。当時はそれがすごく悔しかったんです。ジャズのことももっと知ってもらいたいからこそ、自分への入り口を広げないとって思うようになりました。今は同世代の人たちの耳にも自然と入っていくような音楽を目指したいです。

――ポップスをメインとしていながらも、ジャズ・シーンの盟友やヒップホップ、ポップス・シーンの憧れの存在まで参加した、甲田さんの多角的な魅力が存分に詰め込まれたアルバム『22』。ご自身にとって、このアルバムはどのような作品になったと言えますか?

甲田:最初の話にも通ずるんですけど、人生においてこれから先の保証って何もないと思うんです。だから、これが最後の作品になってもいいってくらいの気持ちで作りました。もちろん多くの人に聴いてもらえたら最高に嬉しいですけど、たとえ全然聴かれなかったとしても、自分としては「100%納得してる」って胸を張って言えるアルバムですね。


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※フリマサイトなどでの転売は固く禁じます


【リリース情報】


甲田まひる 『22』
Release Date:2023.07.12 (Wed.)
Label:Warner Music Japan
Tracklist:
1. Ignition
2. ターゲット
3. 22
4. Toyhouse
5. CHERRY PIE
6. One More Time
7. Ame Ame Za Za
8. Snowdome
9. Take my hands〜君となら〜
10. in the air
11. California
12. Sugar=High
13. M

甲田まひる オフィシャル・サイト


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