名古屋を中心に活動する7人組バンド、AVOCADO BOYSが新作EP『KISS』をリリースした。
昨年リリースのシングル「pleasure」に引き続き、中村佳穂作品に参加するシンガー・ビートメイカーのMASAHIRO KITAGAWAもプロデューサーとして参加した本作は、5月より毎週収録曲を1曲ずつ先行配信する形で、6月23日(水)に完結し、EPとして発表された作品。高い演奏力を武器に、ジャズにファンク、R&B、ネオソウルから今日的なベース・ミュージックまでを感じさせる横断的な音楽性には、南ロンドンの新興ジャズ・シーンや、〈Brainfeeder〉界隈との親和性も見出すことができるだろう。また、北欧/ドイツ系カナダ人の父を持つシンガー・Lenaの圧倒的な存在感もこのバンドの個性を際立てている。
今回はそんなAVOCADO BOYSより、吉田裕(Per.)、谷川創一(Sax.)、Lena(Vo.)の3人にインタビューを実施。まだまだ情報の少ない彼らのこれまでの道のりから新作の制作背景などを語ってもらった。
なお、写真はTOKYO SONUDSの人気企画『Music Bar Session』収録に際して撮影。この日はそれぞれシンガーとして活躍するFiJA、Chloeの2人を迎えての収録となり、期せずしてコラボ・フォト・セッションとなった。(編集部)
Interview & Text by Naoya Koike
Photo by Hide Watanabe
「拠点は世界」「もっと多くの人に届けなければいけない」
――Spincoasterでは初めてのインタビューとなります。まずはこのユニークなバンド名の由来を教えてください。
吉田裕(Per./ 以下:吉田):昔は田舎から出てきたイモっぽい男の子のことを“ポテト・ボーイ”と呼んでいたんです。名古屋のポテト・ボーイが集まって、ちょっとお洒落なことをやろうと背伸びしているというイメージですね。なので、ポテトをアボカドにしています(笑)。もうひとつはアボカドを買う時の「ちょっと美味しいもの/凝ったものを作ろう」というアップリフティングな気持ちを曲で感じてほしい、という由来もあります。
――活動の拠点はずっと名古屋ですか?
吉田:そうですね。ずっと名古屋です。絶対と決めているわけではないのですが、名古屋在住のメンバーが多いので。
谷川創一(Sax./ 以下:谷川):僕だけ都内です。もともと名古屋だったのですが、個人としてもキャリアを積みたかったので1年くらい前に上京してきました。なので、僕は名古屋拠点だとは思ってないですね。
Lena(Vo.):拠点は世界ということで(笑)。
――結成のきっかけについても教えてください。
Lena:元々はヨッシー(吉田)と谷川くんがインスト・バンドをやっていたんですよ。
吉田:元々は対バンで知り合って、谷川くんをバンドに誘ったんです。パーティに呼ばれた営業バンドみたいな感じでしたが、そのうちLenaが「歌いたい」と。
Lena:私はヨッシー(吉田)はきっとボーカルがある音楽なんてやりたくないんじゃないかって思ってたんです。創ちゃん(谷川)はポップスも聴いていたっけ?
谷川:そうですね。ヨッシーと新しいバンドを組む時にアイデアを出し合っていた時から、僕はボーカルを入れることも視野に入れていました。シンガーとしてのLenaを知っていたので「それ、アリだよ」と言っていたのはすごい覚えています。それに対して彼は遠慮ぎみだった(笑)。
吉田:バンド活動に身内を誘うのに抵抗を感じていたのかもしれません(笑)。
――2018年リリースのEP『Wake me up!』は現在の音楽性に比べるとジャム・バンド的な要素が強いと感じました。
Lena:今とかなり違いますよね。そういう音楽をずっとやってきたけど、歌モノを作るうちにもっと多くの人に響くようなものをやりたくなったんだと思います。
――次作『Squeeze』(2019年)で、また音楽性が変わったように感じます。それこそ「Mediocre」はトラップ調のナンバーです。
吉田:僕はブラック・ミュージックが好きで、ヒップホップの要素をもっと入れたかったんですよ。当時のデモにもトラップの曲を入れていて、採用されないかなと思っていたら、当時のドラマーだった深谷雄一くん(中村佳穂BAND、egoistic 4 leaves)が「これは入れましょう」と。それが「Mediocre」です。それまではジャズ系のドラマーが加入してくれることが多かったのですが、雄一くんはポップスに造詣が深くて。彼のバンドへの影響は大きかったですね。
初めてトラップの曲を作ったので、当時は「こんな感じかな?」と手探りでした。でも結局「インパクトがあるから」と『Squeeze』の1曲目に入れたんです。当時は迷いましたが、今はいい判断だったと思います。
谷川:最初、僕は反対したんですよ(笑)。今まで生演奏の音楽をずっとやってきたのに突然トラップが入ってきたから、そこに対して自分は慣れることができなくて。「この曲が自分たちのバンドを印象付ける曲ってどうなの?」と。でも、同じく結果としてよかったと思います。
――ミックスなどのサウンド・デザインについても変化を感じました。
吉田:それも深谷くんの影響です。すでにフジロックに出たりと売れっ子になっていて、メジャーな仕事もするなかで培ったことをAVOCADO BOYSに持ち込んでくれたんですよ。おかげでオーダーが増えてしまい、ミックスには時間がかかりました。結局、彼は忙しくなってしまって脱退したのですが、そのレガシーは今も活きてます。7インチ・シングル『Chapel / Pleasure』までは彼のドラムですね。
――大胆に舵を切っていったことで、SNSなどでも皆さんの名前を聞いたり、音源を聴かれることが増えたと思います。そちらについて思うことは?
Lena:それは単純に嬉しいですよ。でも「やっと追いついてきたな」という感じで、露出が増えれば、もっともっといくと思います。なので、そこまで驚いてはいません。
吉田:注目されている実感がない、というのもあります。
谷川:自分たちよりも上の世代の方にも響く音楽なんじゃないかなと自分でも思っていて。もっと多くの人に届けなければいけないし、今はその方法を探しているところです。
「究極のマイク」でのレコーディング
――では新作EP『KISS』についてお聞きしていこうと思います。まず、全体を通してのコンセプトなどはあったのでしょうか。
吉田:特には決めてなくて、曲を並べてタイトルを付けたときに何となく見えたという感じでした。“KISS”から連想するものって“唇”や“接触”、“恋愛”とか色々あるじゃないですか。人によってロマンティックだったり、チアフルだったり。特に今回はボーカルの録音にこだわっていて、Lenaの歌声そのものが、コロナ禍のなかでの人々の“接触”について何かを訴えるものになっているのかなと。彼女の声の温度感を感じてもらえると嬉しいですね。
Lena:恋愛における“KISS”だけではなく、それ以外にも家族など、様々な関係のなかでの“接触”。色々な“KISS”のイメージが命名後に段々と浮かんできました。
吉田:収録したのは、リリースのために作った3曲とすでにあった楽曲を合わせて5曲になっています。
――シングルを5週連続でリリースする、というアイデアはどのようにして決まったのでしょう?
吉田:リリースに当たりディストリビューターのNexToneの方から「推し曲はどれですか?」と聞かれて「全部です」と答えたんですよ。そうとしか返答できなかったのですが、その結果「では、全部シングルにしましょう」というアイディアが出て、「ぜひそれで」と。僕は古い人間なので、アルバム単位でも聴いてほしいとお伝えしたら、それも実現させてもらえました。
――そういうことでしたか。それから「究極のマイク(MANLEY製)」で録音したという歌のレコーディングについて詳しく聞きたいです。
吉田:あのマイクはSUGAR SPECTORさんという、マイクをチューンナップすることで有名な方が曰く「魔改造してバケモノみたいなマイクにした」というものなんですよ。
Lena:とても繊細でマイク様のご機嫌が斜めになるときもありました。ノイズが乗ったり、根本をイジると消えたりして。でもそれは最初だけで、使っているうちになくなりましたね。準備運動の必要なマイクだったのかな。とにかく録れすぎるほどよく録れる凄いマイクでした。
吉田:今回のサウンド・デザインを担当してくれたMASAHIRO KITAGAWAさんは「作るなら高級車だけ」という感じの方で、ボーカルを録るなら最高の音を録りたいと。なので声については一点集中で1カ月くらい時間をかけました。
Lena:1日おきくらいで夜な夜な録ってましたね。少しでも声が揺れると全部キャッチしてしまうマイクなので、1フレーズに1時間くらいかかりました。
吉田:歌は前作まで、ほぼ1発OKだったんですよ。でも「もっと!」と追い込んでいった感じです。
谷川:大変だったとは聞いていましたが、実際聴いた時はボーカル・トラックが何十個も重なっている点に驚きました。声の聴こえ方も表情が見えてくるようでカラフルだなという印象でしたし、前作よりも聴き応えがあっておもしろいなと。
Lena:歌い方の指示も多かったのですが、彼もシンガーなのでディレクションはわかりやすかったです。コーラス3音のメロディの移り変わりだけでも「階段状ではなく滑らかに繋げて!」など。細かいこだわりを感じました。
吉田:彼なりの設計図があるんですよね。楽器のミックス位置が見えているから、それに沿った全てのディレクションは必然だったと思います。
――KITAGAWAさんとはどのようにして出会ったのですか?
吉田:『Squeeze』で深谷くんと苦戦したときにKITAGAWAさんを紹介してもらって『Chapel / Pleasure』から協力してもらっています。
Lena:彼も中村佳穂バンドに関わっていて、コーラスなどを担当しているんですが、ある日前作の『Squeeze』について「僕ならこうするな」「ここはこうした方がいいよ」と色々提案してくれて。「だったら次はお願いしますよ!」って感じでした(笑)。
吉田:普通にオファーしても受けない人なんですよ。そういうカウンター・パンチを入れないとやってくれない(笑)。
――なるほど。では、リード曲「Jagger」についてはいかがでしょう。
吉田:これは僕の中にあるソウル/ファンク・マナーへのリスペクトをそのまま表現した曲です。往年のディスコに聴こえる人もいれば、もう少し昔のソウルに聴こえる人もいるんじゃないかなと。意外とギターも泥臭いことを結構やっているんですよ。
――サウンド・デザインの巧みさで、いなたさを感じませんでした。それから楽曲と歌詞からDua Lipa「Levitating」を連想したのですが……。
吉田:よくご存じで(笑)。その影響は隠せませんね。
Lena:私は、歌詞を書くときにまずデモをよく聴くんです。ヨッシーのデモはデタラメ英語とカスカスな声なんですが(笑)、それを聴いて私が歌ってみるんですね。この曲の場合は「♪■×〇~ジャガー~」と聴こえて来たので「ジャガー」は入れようと思っていて。後付けで調べていたら、トラとジャガーの合いの子が「Jagger」で、私が(カナダ人と日本人の)ミックスなのとリンクしていいなと。彼の変な英語からインスピレーションを受けることは多いです。
――それから、最後のサビ前のブレイクでサックスがピックアップされて、歌と同時に後ろに下がる場面も素晴らしかったです。
谷川:あのアイデアはKITAGAWAさんじゃないですかね。
吉田:そうですね。今回はサウンド・プロデュースということで、プロデューサーでありアレンジャーでもあります。
谷川:フレーズを活かして、ああいうアレンジにしていくれたんだと思います。僕も驚きました。細かい仕掛けがあって、サックスを前に出すというよりも一瞬パッと出して耳を惹きつけてくれる。おもしろいですよね。
――またタイトル曲の「KISS」は収録曲の中では、シンプルなバンド・サウンドに近いものに仕上がっていました。テナー・サックスの音も優美で。
吉田:これはソウル × ドリーム・ポップという路線で作りました。フワっとした夢の中にいる感じ。甘いボーカルが聴こえてきてほしかったので、ビートは昔のソウルの人が淡々と叩いているイメージですね。でもサウンド・デザインで印象が大分変わりました。KITAGAWAさんのシンセのバランス感によって、オーセンティックなソウル味は薄れた代わりに現代的でより艶っぽくなりました。
谷川:夢心地な曲だったので、それを表現しようと思ってテナーを吹いています。ボーカルがすごい頑張ったのに、サックスは納期重視で全部宅録なんですよね(笑)。マイクはAKGのC414で録って、データを送って、修正して、という感じです。
吉田:結構キャッチボールしましたね。
谷川:割と自分のセンスで吹いたフレーズだったのですが、ヨッシーの指示と計算を飲んでやっていきました。前作と曲の作り方が全然違うので戸惑いもあったんですよ。でも過程やでき上がったものを聴いて、今は納得しています。
――前作の1曲目の件もそうでしたが、おふたりは制作に関して結構意見をぶつけ合うんですね。
吉田:そうですね。
谷川:やっぱり「言わないと」という気持ちですね。でも不思議と「ヨッシーがそう言うならいいよ」と言った後に納得できるんです。そこがうちらの関係のいいところだと思いますよ。
――では、オーガニックな質感の「Playback」はいかがでしょうか。
吉田:割と流行のミックス・バランスで、サウンドに関してはEPの中で一番好きです。ドライな音が多く、レンジが広いというよりは奥行き重視で、手前のキックとシンセの前後感が気持ちいいです。それからKITAGAWAさんはボーカルを一つひとつ録って加工する人なので、曲の節目節目で心地良いトリックが入っています。スムースで最後まで飽きずにサラッと聴けるのは、彼の小技が効いているからなんです。急にドライなボーカルが前に出てくるとドキっとしたりして、そのおかげでAORやシティ・ポップを現代的にアップデートできたなと思っています
Lena:最初に歌を聴いたときはデモと違ったので違和感がありました。でも何度も聴きたくなるような魅力があって、だんだん好きになって自分の声が前に出てくるのを待ってしまう(笑)。歌詞も可愛いので注目してほしいですね。
尽きない創作意欲
――普段はどのように英詞を着想されます?
Lena:作詞は英語でしかしません。トピックは恋愛が多いですが、ちょっとしたストーリーを考えるのが好きです。音を聴きながら言葉が少しずつ自然と出てくる感じですね。日常のふとしたときに浮かんで携帯にメモしたりもしていますよ。
吉田:映画のシーンが出てくることも多いよね。
Lena:映画のワン・シーンだと思ってもらえると嬉しいです。それから対訳も私が書いていて、ヨッシーに添削してもらったり。
――塩田浩さんのマスタリングに関しては?
吉田:彼も前作から関わっていただいていて、KITAGAWAさんから深谷くんを経由して紹介してもらったんです。人柄も素敵ですし、仕事も完璧です。
――AICONさんをアートワークに起用された理由についても聞きたいです。
吉田:Instagramで見つけたんですよ。イラストレーターさんと繋がっていくなかでアルゴリズム的に出てきたのかもしれません。作品が目に入ってきて、カッコよかったのでDMしました。
Lena:アートワークに関しては私も別意見を出すこともあるのですが、ヨッシーの決断を尊重しますね。
吉田:ふたり(谷川 & Lena)から反対されることが多い(笑)。
Lena:それにしてもヨッシーはモーターが止まらないからすごいですね。今もずっと作曲していますし。
吉田:まだまだ曲はありますね。資金だけがないです(笑)。
――その創作意欲はどこから湧いてくるのでしょう。
吉田:特に創作のためのルーティンや秘訣があるわけでもないんです。「KISS」は当初「Sunday Papa」という仮題が付いていて、日曜日の朝起きてギターを鳴らしたらできた曲ですし「Jagger」みたいにDua Lipaの曲を聴いて遊びながら作ったものもあります。中学生の頃からアコースティック・ギターで作曲しているので、もうライフ・ワークですね。最近は特に出かけられないので『サザエさん』の伊佐坂先生みたいに半纏を羽織り、散歩に行っては作曲して、を繰り返しています(笑)。
――今後はEPのリリース・パーティ『AVOCADO BOYS TEA PARTY』も予定されています。(※6月26日[土]に開催)
吉田:ライブには何物にも代え難い魅力があるとは思いますが、一方で自己満足的な側面もあると思っていて。コロナ禍の影響でそういう部分が少し削ぎ落とされように感じています。年齢もあるかもしれませんが、今はお客さんが求める声に応じてライブをやりたいという気持ちです。なので自分たちで企画して、どんどんパフォーマンスするよりも自然な流れでやれる場所が今は大事。今回のライブも小規模に絞って、来てくれる人に特別なものを用意したりと一番いい形でリスナーに届けたられたらなと思っています。回数は減るかもしれませんが、クオリティは高めていきたいです。
Lena:私はソロ活動もしているのですが、AVOCADO BOYSが一番好きですね。オリジナル曲を聴いてもらえる喜びは格別ですし。でもライブはかけがえのない楽しい瞬間なので、なくすことはありません。なのでパフォーマンスしつつ、制作もしつつ。
谷川:ライブだと音源とは全然違う形になるので、演奏力もあるというところは見てほしいですね。でも「たくさんライブをやる」という方法ではなく、多くの人に届けるやり方を日々探しています。
Lena:それにコロナ禍が終わったら、また変わるかもしれません。大きなイベントから声が掛かれば出演したいですし。
吉田:これから良い曲はもっと出せると思うので、何となく僕らを遠くから見ている方も声を掛けてほしいです。
――コロナ禍が収束したとして、もし活動が活発になれば拠点は東京に移すこともあり得えます?
吉田:実は、僕は場所の必然性をあまり感じていません。確かに東京で仕事をするという楽しさもあるし、東京でしかできないこともあると思います。でも、拠点がそこにないといけないとは考えてないですね。今後、東京にアクセスすることは増えるかもしれませんが、その時は創ちゃん(谷川)の家に泊まり込もうと思ってます(笑)。
【リリース情報】
AVOCADO BOYS 『KISS』
Release Date:2021.06.23 (Wed.)
Label:AVOCADO BOYS
Tracklist:
1. Come home
2. Jagger
3. Fallin’
4. KISS
5. Playback