音楽とファッションを中心に、さまざまなカルチャーがクロスオーバーする「接着点」として、アーティストと企業、そしてシーンをつないできた〈IN THE FLIGHT inc.〉が、2026年9月30日に設立10周年を迎えた。
Spincoaster読者にとっては、渋谷・hotel koé tokyoや下北沢・ADRIFTでの音楽イベントの数々、もしくは岡山のフェス『Setouchi Contemporary -MUSIC FESTIVAL-』のプロデュースや企画、ブッキングなどを手がけている……といえば興味を持ってもらえるはずだ。スタイリングや広告クリエイティブの制作から始まり、今ではアーティストマネジメントや海外アーティストとの協業までを担う、ファッションと音楽を2軸にしたクリエイティブエージェンシー、それがIN THE FLIGHTだ。
同社を率いるのは、代表の加藤将(かとうまさる)、通称「runpe」。大阪で90年代後半のインディシーンやレゲエ/ダブに浸り、アパレル業界でPRとしてキャリアを積んだ彼は、「好きな人と好きなことをしたい」という想いから、2016年に起業した。
多岐にわたる同社の事業を貫くのは、アーティストと企業の双方が「ハッピー」になれる関係を築く、いわば「仲人」としての姿勢だ。10年という節目に、runpeにこれまでの歩みとIN THE FLIGHTの哲学、そして11年目以降の展望を語ってもらった。
Interview & Text by Takazumi Hosaka
Photo by Hide Watanabe
「好きな人と好きなことをしたいから、会社作っちゃえ」
――10周年を機に、改めてIN THE FLIGHTとはどういった会社/集団なのかを紐解いていければと思っています。まずはrunpeさんご自身について伺いたいのですが、ご出身は大阪なんですよね。
runpe:そうです。高校時代はちょうどスカ、パンク、ハードコアみたいなインディ音楽の全盛期。タワーレコードの試聴機の前に人が並んで、順番を待っているような時代でした。
――当時はどんな音楽にハマっていたんですか?
runpe:元々はThe Clashが大好きで、次第に彼らが影響を受けていたレゲエにも惹かれていって。そこからAdrian SherwoodやMad Professor、Dennis BovellみたいなUKのダブやラヴァーズロックに触れていきました。当時のUKレゲエのレコードは、しこたま買い集めていましたね。同時に日本でいうと渋谷系とか、Fishmans、Cornelius、BOREDOMSあたりにもハマってました。実は「runpe」という名前も、音楽に傾倒し始めたときに付いたあだ名なんです。
――そこからファッション業界に進んだのは、どういう経緯で?
runpe:20歳くらいのときに東京に出てきたんですけど、当時はロン毛に髭、ゴリゴリの古着みたいな感じだったので、音楽かファッション以外の仕事はなかなか難しいよなと(笑)。それで、音楽も楽しめておしゃれもできるファッション業界に入りました。入社当初からセレクトショップのBGMやインストアライブなど、音楽に関わることをやらせてもらって、その後はPRとしてタイアップやアーティストとのコラボレーションも担当していました。ただ、当時はファッションと音楽って、意外と絡みがなかったんですよね。
――そして2016年にIN THE FLIGHTを設立します。独立の背景についても教えてください。
runpe:ファッションと音楽が自分の強みで、元々PRの仕事をやっていたので、この3つを上手く絡めて……なんだろうな、「好きな人と好きなことをしたいから、会社作っちゃえ」みたいな(笑)。独立前にはいろいろあったんですけど、この10年は本当に「好きな人と好きなことをやる」というテーマで動いてきた感じですね。
――立ち上げ当初は、どのような事業がメインだったのでしょう?
runpe:PR、広告、スタイリストですね。PRや広告は元々付き合いのある企業さんからの相談で、クリエイティブやプロモーションのコンテンツ制作が中心でした。スタイリストは自分自身なんですけど、会社を立ち上げて一番最初に仕事の相談をくれたのがアーティストだったんです。そこから、音楽に関わるスタイリングにも本格的に取り組み始めました。
――ちなみに、IN THE FLIGHTという社名の由来は?
runpe:Fishmansですね。ちょうど会社を立ち上げるときに“IN THE FLIGHT”を聴いていて、やっぱりこの曲好きだなと。自分の中では「実験飛行」というイメージもあって、テンプレートにハマらない、新しいチャレンジをどんどんしていきたいという気持ちを込めました。ロゴも帽子を被った魚が飛んでいるんですけど、よく見たら自分(runpe)だった、っていう(笑)。

hotel koé tokyoで広がった、音楽との接点
――音楽の領域で加速したタイミングなどはありますか?
runpe:渋谷にあったhotel koé tokyo(※2022年1月末に営業終了)ですね。立ち上げのタイミングで、音楽事業のプロデューサーとして契約させていただいて。hotel koé tokyoって、十字路でいろんなものがクロスオーバーする場所に位置していたじゃないですか。だから、ファッション好きも音楽好きも区別せずに、フラッと立ち寄れる場所にしたいと。
「エントランスフリーでイベントをやりましょう」というアイディアから、ブランディング、企画は全て弊社でやらせていただいて、年間で多分90本ぐらいはやっていたと思います。これからを担う若いアーティストと知り合う機会がすごく増えたのも大きかったですね。
――特に印象に残っているイベント、パーティはありますか?
runpe:強いて言うならJason Mrazですかね。知人から「Jason Mrazが日本に来るんだけど、何かおもしろいことできないか」という相談が来て、フリーライブをやってもらったんですけど、人が来すぎて入場制限どころじゃない騒ぎになりました(笑)。来場者の中から当選した人にはJasonがハンドドリップでコーヒーを淹れてくれる、みたいな企画もやりました。
――アーティストのマネジメントを始めたのも、その頃ですか?
runpe:そうですね。いい音楽をやっているのにまだ広く知られていない、自分たちの音楽を周りに伝える術を知らない、というアーティストがすごく多いなと感じるようになって。ちゃんと音楽として好きで、人として好きなアーティストに何かできることはないかな、というのが始まりで、マネジメントとレーベル事業も立ち上げることになりました。
――現在はどんなアーティストを手がけているのでしょう?
runpe:今はヒューマンビートボクサー/シンガーソングライターのYAMORIを、3社共同でマネジメントしています。最初はうちだけだったんですけど、ドラクエ方式というか、仲間が増えていって(笑)。あとはシンガーソングライターのUEBO。この2組を自社マネジメントという形で手がけていて、それ以外にも委託という形でブランディングや企画、プロモーションに協力しているアーティストが何組かいます。


音楽とファッションの「仲人」として
――ファッションと音楽のコラボやタイアップ企画について、具体的にIN THE FLIGHTはどのような役割を担うことが多いですか?
runpe:基本的にはゼロベースで、「このブランドとこのアーティストで何か新しいクリエイティブを生み出せたらおもしろいな」という発想からスタートすることが多いです。イメージが相反するものだと、形になってもあまり反響がなかったりするので、まず誰と誰、というところから、親和性やこれまでのストーリーとその先の展開まで考えて提案します。
――外注仕事というよりは、自分たちが主導で動くことが多い。
runpe:そうですね。自社である程度イニシアチブを持たせてもらえないと、どちらかに対して不公平になるケースがあるので。両者がちゃんとハッピーになれるように、間に立つ我々が発言力をしっかり持てるような座組みで取り組ませていただくことが多いですね。
――ただ受け身で動くよりも、手間はかかりそうですね。
runpe:でも、そうしないと続かないじゃないですか。言われたことを言われたとおりにやってるほうが楽かもしれないけど、それだと一度きりで終わっちゃったりする。特に自分からすると好きな人同士なので、ちゃんと仲人として導いていかないと、全員がハッピーになれないかなと。
――その橋渡しをするなかで、一番難しいと感じるのはどこですか?
runpe:やっぱりビジネス的な部分ですね。当たり前ですけど企業としては「結果」を求める。同時に、自分が一番気にしているのは、アーティストがよからぬ形で消耗されてしまうかもしれない、というところで。特定の企業の色に染まりすぎると、見られ方が変わってしまう可能性もある。おもしろいことをやりたいというのもありつつ、売り上げを立てなきゃいけないというリスクも背負っているので、そのバランスを上手く取るのがすごく難しいところだなと。
だからこそ、双方に対して「これをしたら相手が喜んでくれるかな」という提案で進めていくことがすごく大事だと思っていて。結局、信頼関係の中で妥協点って生まれてくるじゃないですか。そこを最大化するために、企業とアーティストで極力直接コミュニケーションを取ってもらうようにしていて。そこはこだわりですね。
――音楽とファッションの業界って、それぞれの共通言語が全く違ったりもしますよね。両者がもっと密に交流すればいいのに、と思うことはありますか?
runpe:そこは常々思いつつも、ある程度の距離感があるからこそ、お互いの良さが活きる部分もあると思っていて。そのうえで、ファッションを表現の一部として捉えていく流れがもっと広がっていったら嬉しいですね。それこそ90年代のアーティストって、音楽とファッションをセットでカルチャーとして体現していた人が多かったと思うんですけど、今の時代ならではの形でそういう人たちがどんどん増えていくと、さらにおもしろくなっていくのかなと。
「下北沢の中に渋谷を作っちゃえばいい」──ADRIFTでの4年
――現在は下北沢・ADRIFTにも参画されていますよね。
runpe:ブランディングと企画をメインにやらせてもらっています。運営会社さんも、実はhotel koé tokyoの仕事をしているときに出会った方々で、「音楽のことはよくわからないから、協力してくれないか」というお話をいただいて。実際に見に来たら、音響もいいし、立地もいいし、ビジュアルもいい。「いや、これは絶対勝てますよ」という話をして、ご一緒することになりました。
――最初に、どのようなことに取り組んだのでしょうか。
runpe:まずは自主企画イベントで色付けをすること。下北沢って老舗のライブハウスがいっぱいあるので、同じことをやっても、後発であるがゆえに……というところはすごく大きい。自分は「渋谷っぽい」カラーが一番得意なところでもあるし、そういうアーティストが周りにいっぱいいた。だったら、下北沢の中に渋谷を作っちゃえばいいじゃん、みたいな。自分がイメージする周りのたくさんのアーティストに協力いたいただけたおかげで、色の付け方としてはしっかりハマったのかなと思っています。
――特に印象深いイベントはありますか?
runpe:うちの7周年記念イベントをここでやらせてもらったんですけど、会社立ち上げ当初よりご一緒させていただいているsumikaが、「sumika [camp session]」というアコースティック編成で出てくれたんです。実はsumika [camp session]は“IN THE FLIGHT”という曲も作ってくれていて、それを演奏してくれたっていう。
――それはメモリアルな瞬間ですね。逆に、苦戦したことは?
runpe:今でも全然ありますよ。フェスもいっぱい増えてきて、箱主催イベントに対するハードルもどんどん上がってきている。先々を考えると、特定のアーティスト目当てで来るのではなく、「このイベントだから」「この箱だから」という理由で来てくれる方々を増やさないといけません。
それでも、ありがたいことに「ADRIFTでライブをしたい」と言ってもらえることもかなり増えてきて、ファッションやグローバルな企業がポップアップの会場として使ってくれるケースも多いです。4年かけていい方向に進んでいるんじゃないかなと思っています。
瀬戸内、台北、そしてアジアへ
――岡山の『Setouchi Contemporary』も大きな取り組みですよね。
runpe:それも元々はhotel koé tokyoのオーナーだった方からお話をいただいたんです。「岡山でイケてることをやりたい」という想いからスタートして、今年で2回目になります。まずロケーションが抜群にいいんですよ。温泉もあって、ステージからは直島も見える。
初年度は中村佳穂さんやSE SO NEON、SIRUP、Jeremy Quartusに出ていただいて、口コミで広まったのか、「今年出たい」と言ってくれるアーティストがすごく増えたんです。今年は平井 大さんやadieuさんをはじめ、今までご一緒できていなかった方々にもお声がけさせてもらいました。
――2年目にして、アーティスト側から「出たい」と言われるフェスに。
runpe:中国地方を代表するような都市型ライフスタイルフェスへと成長していけたらなと。あと、ADRIFTで力をつけたアーティストが、後々『Setouchi Contemporary』に出る、みたいなストーリーもどんどん作っていきたいですね。
――最近は台湾のBillboard Live TAIPEIにも関わられているとか。
runpe:はい。日本のアーティストの招聘について相談をいただいて、月に1、2本ぐらい企画しています。一昨年ぐらいから、海外の仕事もやりたいと周りに話していたら、去年ぐらいから急に形になり始めて。台湾や韓国のアーティストから日本のアーティストとコラボしたい、という相談をいただいたり、その逆もあったり。なので、自分が間に入ってキュレーションをして、曲作りの前後のストーリーまで一緒に作ろう、ということを今年から始めたところです。
うちの10周年も、そのお披露目と言いますか、韓国からSUMIN、台湾からsomeshiitとDEW、イギリスからShao Dowを呼んで、招待したお客さんにフリーで観てもらいました。11年目以降はグローバルな視点でも動いていくし、また何か初めそうだなという提示はできたんじゃないかなと思っています。
次の10年は「恩返し」
――11年目以降の展開について、もう少し詳しく伺いたいです。何か計画していることはありますか?
runpe:今まで培ってきたものをベースにしつつ、IN THE FLIGHTがもう少しメディア化するというか、音楽やファッションを中心に、その裏側やおもしろいこと、自分たちが伝えたいことを発信する存在になれたらいいなと思っています。具体的に言えばYouTubeなどでの映像コンテンツ。これから活躍していくであろうアーティストたちを紹介したりしたいですね。
あとは、この10年間、基本的に好きな人としか仕事をやってこなかったんですけど、チームも成長してきているので、もっと間口を広げて、新しい人たちと新しいことに挑戦していきたいですね。最近だと芸人さんや作家さん、映画など、音楽以外のカルチャーとのコラボレーション企画も展開しています。
――お話を伺っていると、どの仕事も「好き」がスタート地点になっているのが伝わってきます。そんな中で、runpeさんが一番嬉しいと感じるのは、どんな瞬間ですか?
runpe:うーん……モチベーションをクオリティが超える瞬間が、一番嬉しいかもしれないです。どのプロジェクトも最初からモチベーションはすごく高いんですよ。でも、好きっていう気持ちだけで作ると、どうしても自己満足で終わっちゃうこともあって。そこからみんなで詰めていって、出来上がったものが、最初に全員が思い描いていた熱量を超えてくる瞬間があるんです。関わった人みんなが「え、ここまでいけるんだ」ってなるような。そうなると、ファンの人にもちゃんと届くし、企業にとっても結果につながるし、アーティストにとっても次につながっていく。結局、全員がハッピーになれるのって、そういうときなんですよね。
――では最後に、ここからさらに10年後、IN THE FLIGHTはどんな会社になっていたいですか?
runpe:10年後……もうおじさんですね(笑)。まずは今いる仲間たちを大切にして、10年後まで一緒に何かをしていたい、というのが大前提ではあるんですけど。この10年間はいろんな人に助けられてやってこれたので、次の10年は恩返しというか。自分たちはファッションと音楽で生計を立てさせてもらっているので、そこに携わる人たちに対して、微力ながら少しずつ返していきたい。それをやり続けることで、結果的にコミュニティや新しいカルチャー……というとちょっと言い過ぎかもしれないですけど、そういうものを作っていけるような存在になれたらいいなと思っています。
――恩返しをしつつ、次につながる種を撒いていくような。
runpe:実際、この10年もそうなんですよね。当初は赤字でも、自分たちがやりたい仕事は積極的に引き受けていたのですが、数年後、逆にお願いやわがままを聞いてもらったり、お世話になることも多くて。そういう方々のおかげて会社を成長させることができました。だからこそ、一つひとつの出会いを大事にしたいし、一度好きになった人はちゃんと最後まで好きでいたい。僕らも好きでいてもらえるように、努力をし続けなきゃいけないと思っています。
※IN THE FLIGHT設立10周年を記念して制作された、スペシャルコラボレーションTシャツ、スウェットが受注販売中。
IN THE FLIGHT代表であるrunpeとゆかりの深い片岡健太(sumika)、Jeremy Quartus(Nulbarich)、又吉直樹の4人をキービジュアルに使用した写真に、コラージュアーティスト・河村康介のアートを施したデザインとなっている。受注受付は10月21日(水)23:59まで。
※販売数には限りがありますので、お早めにご検討ください。
【イベント情報】

『Setouchi Contemporary 2026』
日程:2026年10月24日(土)、10月25日(日)
会場:岡山県玉野市 たまの湯(キャンプ場)















