Justiceの片割れとしても知られるGaspard Augéが6月26日(金)に1stソロ・アルバム『Escapades』をリリースした。
グラミー賞を2度受賞し、仏名門レーベル〈Ed Banger Records〉を牽引してきた00年代エレクトロ・シーンの立役者、Justice。今作は当時のJutsiceの面影――ときに悪趣味とすら思うほどの荘厳な世界観、70年代のディスコやファンクを想起させる煌びやかなシンセ・サウンド、グルーヴィーなベースラインなどなど――も色濃く表出しているが、全体としてはどこかオーガニックでスムース。Justiceとしての現時点での最新作『Woman』(2016年)でみせた生音との自然な邂逅。それを推し進めた作品としても捉えられるかも知れない。
今回はそんなJusticeのGaspard Augéに短い時間ながらもインタビューを敢行。20世紀の映画音楽にインスパイアされたという本作の制作背景を語ってもらった。
Interview & Text by Spincoaster
Interpreter by Miho Haraguchi
――今作『Escapades』のテーマやコンセプトを教えて下さい?
Gaspard Augé:イマジネーションが湧くようなレコードを作りたいと考えていました。ボーカルや歌詞のない音楽のいいところは、すごくオープンで、全ての人を受け入れられる部分。言語の壁がないから、他人によって語られるストーリーに意識をもっていかれることもないですし、全ての人々が音全体を楽しむことができます。今、このパンデミックという時期には特にそういうサウンドが必要だと思いました。なぜなら、現実的に逃避や旅をすることがなかなかできないから。インストゥルメンタルで、ある意味普遍的な音楽を作りたかった。気楽に聴けて、リスナーが自分自身のライフ・ストーリーを重ね合わせられるような音楽。リスナーそれぞれの人生の背景に流れるような音楽を作りたかったんです。
Gaspard Augé:僕自身もそういう音楽を好んでいて、映画のサウンドトラックのような音楽が好きです。そういった音楽は感情を呼び起こさせます。音楽を使ってより広い世界にみんなを導き、できるだけたくさんの感情を引き出したかった。現代のメイン・ストリームのポップ・ミュージックにはそういった要素はなかなか見られないですよね。大きな理由のひとつは言語。そして、以前のポップ・ミュージックに比べると、ハーモニーやメロディーが薄いものが多いことも理由に挙げられると思います。
一方で、僕はあまり詳しくはないのですが、クラシック音楽は大きなスペクトラムを生み出す音楽だと思っています。最近の音楽にはない要素がクラシック音楽にはあります。僕自身、メロディやコードで驚かされるような音楽が好きですし、メランコリーな気持ちにさせてくれる音楽が好きなので、今回はそういうサウンドに挑戦してみたかったんです。
――今作の壮大なサウンドスケープ、そして時代や国境、時には現実と幻を横断するような、不思議な世界観を構築するにあたって、何か影響源はありますか?
Gaspard Augé:例えば、フェデリコ・フェリーニの作品で僕が魅力を感じるのは、意識の流れを感じられるところ。彼の映画がなぜあそこまでオリジナルなのかは、彼がかなりパーソナルな領域からアイディアを持ってこようとしているからじゃないかと思うんです。そして、たぶん彼はたくさんの夢からインスピレーションを受けているんじゃないかと。ある意味、このレコードのほとんどのトラックが、それと同じ心理状態ででき上がっています。朝起きて、夢の中ででき上がったメロディをアレンジしていく感じ。夢で何かを思いついても、いざそれをレコーディングしようとするとなくなっている。そういうことはよくあるけど、今回はそれをどうにか消さないように意識しました。夢の世界で得たアイディアをどうにか形にして、現実の世界で存在させようと試みたんです。
――『Escapades』というタイトルに込められた意味は?
Gaspard Augé:なぜ“逃避”という言葉が複数形になっているかというと、このレコードが、僕自身にとってはいくつかの逃避を意味したから。例えば、ソロ・レコードを作ることは、20年やっているデュオからのエスケープだったし、今回のレコードのサウンドは、この時代の音楽からのエスケープでもある。さっき時代を横断するようだと言ってくれましたが、このレコードがタイムレスなサウンドに仕上がっている理由はそこにあります。時代にも流行にもとらわれないサウンドだから。
Justiceの作品を想起させるサウンドももちろん要素としては入っているし、残したいサウンドもありましたが、今回はバロック音楽などを入れてみたり、実際にはあり得ないような壮大な音楽を作りたかった。リスナーが夢中になり、引き込まれ、現実から離れたどこかへ連れて行かれるような音楽。僕にとって、そういった役割を最も果たしてくれるのが音楽だから。
――制作においてコロナ禍の影響は受けましたか?
Gaspard Augé:アルバムのほとんどはパンデミックの前にできていたので、あまり影響は受けていません。でも、コロナはある意味作品にいい効果をもたらしてくれたと言えます。コロナがあったから、音楽を休ませる時間ができた。その時間を設けられたことで、その後すごく新鮮な気持ちでレコードと向き合うことができました。よく考える時間ができたのはよかったことだと思います。アーティストはリリースすることに捉われがちだし、作品を届けることに使命を感じ、それに意識をもっていかれるときもある。もちろん届けることも大事だけど、よく考えて、自分にとってベストなものをリリースすることも大切だと思います。
――今作は2ヶ月間で録音したそうですね。これはあなたたちにとってはかなり早いペースだそうですが、レコーディングが素早く進んだのは何か理由が?
Gaspard Augé:曲のアイディアがレコーディングの前にすでに100個くらいでき上がっていたのと、次の予定があって時間が限られていたんです。でも、それは逆にいい方向に作用しました。時間が短いと曲に飽きることもないし、喜びの瞬間やイマジネーションが薄まることもない。選択肢を作り過ぎてどうしていいかわからなくなる状態に陥ることもない。せっかく思いついたヴィジョンを失うこともないので。
――資料には「何よりもまず、“感覚で音楽を楽しむ若い頃の無邪気さ”を表現したい」とあります。普通は大人になるにつれて、こういった気持ちは忘れてしまいがちです。今作ではなぜ“若い頃の無邪気さ”を表現しようと思ったのでしょうか?
Gaspard Augé:僕にとって、無邪気さを保つということはとても重要なことです。例えば子供のとき、ある1曲に夢中になっても、それを分析しようなんて思いませんよね? それがどうプロデュースされたかなんて気にしないし、曲構成がどうかも考えない。ただ単純に感動して、エモーショナルになる。
だからこそ、僕は60年代や70年代に魅力を感じるんだと思う。あの頃は、音楽に今ほど冷笑主義がなかったから。ディスコの時代は、純粋で新鮮にみんなが音楽を楽しんでいましたよね。そしてそのあと、パンクがその純粋さ、ユートピアを破壊しました。僕が60年代、70年代を好きな理由は、人々が宇宙に夢中だったから。みんなが月を夢みて、自分たちの暮らしがよりよくなることを願っていたから。今回のレコードでは、そのユートピアを表現したかったんです。
――今作をライブで披露する予定は?
Gaspard Augé:ツアーの計画同様、今はまだありません。このレコードはスタジオ・レコードなので、アルバムのトラックをバンドを従えて生演奏するのは少し違う気もします。まだライブのやり方について考えているところです。オーケストラやクワイアと一緒にやるのはいいかもしれません。
――ストリーミング・ライブなどはどうでしょう?
Gaspard Augé:それも考えていません。大編成でのオーケストラも今のところは現実的ではありませんし、Zoomなどはみんな飽きてるような気もしていて。実際に体感、経験できないことにイライラしているんじゃないでしょうか。だったら、レコードを家で聴いたり、本を読んだり。ディスプレイを見ないで、想像力を働かせる、鍛えることに時間を費やした方がいいと思います。
――日本のファンへメッセージをお願いいたします。
Gaspard Augé:また日本に行けるのが楽しみです。日本はお気に入りの国ですし、ツアーの時はいつも楽しい時間を過ごしています。ヨーロッパと全然違うし、日本の文化も大好きです。
例えば、日本の創作への熱意はヨーロッパには存在しません。ヨーロッパは今や金儲け主義になってしまって、創作へのこだわりが失われてしまっていると思う。でも、日本は何か物を売るとなると、その作品を作り上げるのにものすごく努力しますよね。何かを作るなら、完璧に作り上げる。その考え方は本当に素晴らしいと思いますし、ここフランスのシェフたちには、その精神が欠けてしまっています。日本では、たこ焼き屋からだって職人的な愛情を感じます。その品を作り上げるために尽くしているのがわかるんです。
【リリース情報】
Gaspard Augé 『Escapades』
Release Date:2021.06.25 (Fri.)
Label:Genesis / Because Music
Tracklist:
1. Welcome
2. Force Majeure
3. Rocambole
4. Europa
5. Pentacle
6. Hey!
7. Captain
8. Lacrimosa
9. Belladone
10. Casablanca
11. Vox
12. Rêverie